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向上心

第158話

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 「ご……なさい、ごめ…なさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
 コグモへ近づいて行くと、段々とその呟きが、はっきりとした物になって来た。
 
 「……コグモ?大丈夫か?」
 その肩に手を置き、顔を覗き込もうとすると、彼女は「ヒィッ!」っと、言って、俺から距離を取った。
 
 「……大丈夫。怒ってないからさ……。ほら、理由があるんだろ?」
 その反応に若干ショックを受けつつも、離れた彼女との距離を縮めて行く。

 きっと、彼女も混乱しているのだろう。
 俺が、腹を空かせて、コグモを襲った時もそうだった。
 正気に戻った後、力なく倒れるコグモを見た時は、血の気が引いた。
 
 「ごめんなさい。ごめんなさい。怒らないでください。嫌いにならないでください」
 そう言って、うずくまる彼女の心境は、同じてつを踏んだ俺なら良く分かる。
 とんでもない事をしてしまった。嫌われたくない。許してもらいたい。でも、自分は謝る事しかできない。

 俺はあの時、コグモに許してもらおうと、必死で食いつくように謝った。
 コグモは良い子過ぎるから、自分のしたことに対する、恐怖や罪悪感がちょっと強すぎて、逃げ腰になってしまっているだけなのだ。
 
 「大丈夫だ……。嫌いになんてならない。コグモだって、そうだっただろう?」
 俺は歩みを止めると、優しい声と表情で、ゆっくりと彼女に話しかける。
 まずは、彼女の混乱を解く事が先決だ。
 
 ……きっと、俺も彼女と同じ轍を踏んでいなければ、彼女と似たような気持を味わっていなければ、訳が分からず、混乱していただろう。
 俺が今、こうやって冷静でいられるのは、過去の失敗のおかげだ。彼女と似たような境遇で、似たような気持になったおかげだ。
 
 相手の気持ちが分からなければ、コグモが翼を触られて怒った様に、容易に相手を傷つけてしまう。
 しかし、相手の痛みが分かれば、これ程までに落ち着いて、相手を傷つけない様、対処できるのだ。
 
 相手の気持ちを知ると言うのは、とても大切な事だと、改めて思い知らされた。
 
 俺はコグモを安心させる為、その場に立ち止まったまま、何も言わず、いつまでも待った。
 ゆっくりとで良いのだ。整理が付くまで、見守っていてやる。

 しばらくすると、口を閉じたコグモが、ゆっくりと顔を上げ、こちらに目線を向けてくれた。

 「……ほら、怒ってないぞ?」
 俺は透かさず、笑顔を作ると、辛抱強く、彼女が再び口を開くのを待つ。
  
 「……本当に、怒ってないですか?」
 心配そうに、潤んだ瞳で聞いて来るコグモ。
 
 「あぁ、怒ってないぞ。それに、俺も前に、コグモに同じような事、しちまったしな。……ほら、怒っていたとしても、怒るに怒れないだろ?」
 彼女に必要なのは、許してくれる俺ではない。
 現に、俺は既に許しているのだから。

 彼女が必要としているのは、彼女を許すだけの理由。
 彼女の中の俺が、彼女を許すに値する理由だ。
 
 ……理由と言えば、彼女は何故、こんな事をしてしまったのだろうか?
 毎日の食事が足りていなかったのだろうか?
 悪ふざけが過ぎて興奮して、とかなら、穏便に事が済んで良いのだが……。いや、それはそれで、俺やクリナに似てきている様で嫌だけど……。
 
 「ルリ様………。ごめんなさい……。ありがとう、ございます……」
 コグモは腰を上げると、嬉しそうに、申し訳なさそうに頭を下げる。
 俺は、それが見れただけで、理由など、どうでも良くなった。
 
 「なぁに。お相子様だって!」
 俺は頭を下げるコグモに歩み寄ると、その肩を掴んで、頭を上げさせる。

 しかし、ただ一人、この中でお相子様でない関係の奴がいるとしたら……。
 
 「……それじゃあ、罪滅ぼしと言っては何だが、クリアを解いてやってくれないか?」
 俺は空気を軽くする為にも、苦笑いをしながら、木の上から吊るされ、プラプラと揺れるクリアを指差す。
 
 コグモも、その存在を完全に忘れていた様で、あわあわと、慌てだすと「かしこまりました!」と言って、クリアの方へと飛んでいく。
 
 「……ふぅ……」
 そんな元気なコグモの姿を見て、俺は上手く行ったと、安堵のため息を吐いた。
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