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向上心

第141話

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 「あっ。コグモ……」
 糸で応急的に直された、大きなの葉の扉を抜けると、荒らされたロビーを掃除している、コグモの後ろ姿が目に映った。
 
 「おかえりなさいませ。ルリ様」
 俺の声に気付いたのか、こちらに振り返ると、いつも通りの笑顔で挨拶してくるコグモ。
 相当ショックを受けていたと聞いたので、愚痴の一つでも言われると、覚悟していたのだが、ちょっと拍子抜けしてしまった。
 
 「あ、あぁ、ただいま」
 「ただいま」
 俺がぎこちない挨拶を返すと、俺の手を掴んでいたクリアも、その後に続く。
 
 「…………」
 不意に訪れる沈黙。
 笑顔を向けて来るだけで、一言も話さず、動かないコグモ。

 ……あっれぇぇ?やっぱり怒ってる?
 
 「……なんか、心配かけたみたいで、悪かったな……」
 無言の笑顔から生み出される重圧を避ける様に、顔を逸らしながら、謝る俺。
 
 「いえ、良いんですよ。気にしないでください。ルリ様がどうされようと、ルリ様の勝手ですから。えぇ……」
 微動だにせず、表情も一切崩さずに、言葉を口出すコグモ。
 あれ?コグモって、こんなに怖かったっけ?

 「あ、あぁ……」
 コグモは一切動いていないと言うのに、俺は呆けた返事を返しながら、その重圧感に負け、思わず後退あとずさってしまう。
 
 「………?」
 クリアは状況が理解できていないのか、そんな俺を不思議そうに見上げている。
 俺も無知でありたかった……。
 
 「時にルリ様」
 「は、はひぃ!」
 素早く姿勢を正し、クリアに向けていた視線をすぐにコグモへ戻す俺。
 意識を別に向けていた事をとがめられている気がして、変な声が出てしまった。
 
 「あの時の約束。覚えていますか?」
 「い、いぇ!」
 俺は考えもせずに、即座に否定する。
 緊張で、何かを考えている余裕などなかった。
 
 「それは残念です……。絶対服従の件なのですが……」
 あぁ……。そう言えばそんな事もあったなぁ……。
 そう遠くない過去、彼女に使って欲しいと願っていた時期もあったはずなのだが、今の俺の頭には後悔の二文字しか浮かばなかった。
 
 「きょ、拒否権は……」
 俺は声を震わせながら、うかがうように、訊ねる。
 
 「絶対服従なのにですか?」
 笑顔を崩さず、首だけを小さく横に曲げるコグモ。
 もう既に、絶対服従制度は施行されている様だった。
 
 「……分かった。言う事を聞こう」
 約束を反故にすると言う選択肢はありえない。
 それに、ある程度、言う事を聞いていれば、その内に、コグモも冷静になるだろう。
 
 「では、ルリ様のコアを私に預けてください」
 当然の事の様に、笑顔で、両手を差し出してくるコグモ。
 つまり、それを人間で言うならば、脳を差し出してください。と、言われている様な物だ。
 
 「い、いや、それはだな……」
 躊躇ためらう俺に、コグモは「絶対服従ですよね?」と、笑顔で念を押してくる。
 
 「……くっ!殺せ!」
 俺は悔しさのあまり、何処かで聞いたようなセリフを口走ると、コアのルリちゃん人形を体から引き抜き、コグモに差し出す。
 
 「はい……。確かに」
 コグモはそれを笑顔で受け取ると、ムカデの尻尾を使って、スカートの下から体内へ、俺のコアを引きずり込んでいった。
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