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帰還

第106話

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 「これが、”を”。だ。”お”とは同じ発音で、表記の時にのみ使う」
 午後の訓練は青空教室よろしく、文字盤を使っての座学だった。

 「ヴぉ……」
 「これが、”を”。ですか……」
 
 それぞれ、木の板に、河原に落ちていた石灰質の石で文字を書いていく。

 初めは恥ずかしがっていたコグモも、授業が始まれば、すぐに学習に没頭し始めた。
 
 「"を"はどんな時に使うんですか?」
 
 先程までの態度とは打って変わって、積極的に説明を求めて来るコグモ。
 本当に学ぶ事が好きらしい。
 
 「そうだな……。例えば、”魚を食べる”。の様に、”○○を△△”の形。つまりは、○○の言葉を、△△の言葉を繋ぐ時に必要な、"お"を、文字として見分けやすい様に"を"と、置き換えるんだ」

 俺は木の板に図と文字を描きながら説明していく。
 
 「試しに書いてみるか……。"さかなおたべる"と、"さかなをたべる"。後の方が、何処で言葉が切れるか一目で分かって、読みやすいだろ?」
 
 俺の説明を聞いて、コグモが「なるほど……」と、感心したように呟いた。
 
 「因みに、これと同じように、言葉と言葉を繋ぐ際に使う"わ"は、"は"と書く。”○○は△△”の時の様に使うな」
 
 「……え?でも、それって、元の"は"の読みと被って、分かりにくくないですか?」
 痛い所をついて来るコグモ。
 正直、俺も、それは何度も思った事がある。
 
 「……そうだな。別に、ここは元の国じゃないし、元の形にこだわらないで、俺たちで考えるか」

 特に日本語に強い思い入れの無い俺は、コグモ達と新しい接続の"は"を表す記号を考える。
 
 これがまた、案外楽しくて、ああでもない、こうでもない、これじゃあ書きにくすぎる、等、議論が白熱した。
 
 「んじゃ、これから俺達の"は"は、この記号になると言う事で良いな?」
 俺が板に書いた記号を髪の糸の先にで持っていた木の棒で示す。
 
 「ヴァゥ!」
 「はい!問題ないです!……へへへっ。これからみんなが使う文字を考えたと思うと、ちょっと誇らしいです」
 
 そんな話をしながら、文字の練習を続け、日が暮れる頃には、一応、カタカナと、簡単な漢字までもを習得した。
 
 「んじゃ、今日使った文字盤と、練習に使った板はやるから、各自、文字の書き方を忘れない様に」
 俺は最後の締めに、教師っぽく偉ぶってみる。
 
 「ヴァワゥ!」
 「はい!」
 
 二人の元気な返事が返ってくると、とても充実した気分になれた。

 人に物を教えるのは楽しい。一緒に考えるのも楽しい。
 以前の世界の様なくだらないカリキュラムや、縛りが無ければ、俺は教師に案外向いているのかもしれない。
 
 「んじゃ、明日はピクニックでお休みだが、次は単位の勉強だ!高さを表す基準や、重さを表す基準について、覚えて行こう!
 勿論、飽きてきたら、将棋やオセロ、弓道ややり投げなんかもやって、楽しめる範囲で覚えて行こうな!」
 
 俺の声に、二人の素直な返事が返ってくる。

 こんなにも充実した気分になれるなんて……。
 俺は今、生まれて初めて感じる満足感に、心底、感動していた。
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