上 下
77 / 172
捕食生活

第76話

しおりを挟む
 「ハハハハハハ…………。帰り道が分からないわ」
 一頻ひとしきり笑い終えて、冷静になった彼女の第一声が、それだった。
 その顔に、もう、張り付いたような笑顔はなく、周りに無関心そうな、事務的な表情が写っていた。
 
 まぁ、あれだけジグザグに、しかも長い距離を走ったんだ、分からなくなるのも無理はない。
 
 「なぁ、もう、話しても良いか?」
 彼女が笑い終えるのを待っていた俺は、呆れた様に質問する。
 
 「……そうね。良いわよ。もう、抵抗する気も無いようだし」
 意外と素直に受け入れてくれる、彼女。
 一人笑いだしたときは、相当ぶっ飛んでいる奴かとも思ったが、どうやら、話は通じるらしい。
 
 「もう一度聞くが、お前とリミアとは……」
 「リミアお嬢様の名前を気安く呼ぶなぁぁぁ!!」
 前言撤回、こいつは相当ぶっ飛んでやがる。
 
 「わ、悪かった。その、リミアお嬢様とは、どういう関係なんだ?」
 俺は、彼女の気に触れない様、言葉を選びながら話す。
 
 「主従の関係です。しかし、私は、最も近くで、お嬢様に使える存在であり、最も信頼がおかれ、その仕事は、身の回りをお世話する事から始まり……」
 何かに憑りつかれたかのように、恍惚な表情で話し始める彼女。
 俺は、呆れつつも、それなりに必要そうな情報を拾っていく。
 
 「……分かりましたか?」
 話し終えた彼女が、また事務的な表情に戻り、俺に問うてくる。
 
 「……あぁ、分かったよ。つまり、お前はその素晴らしいお嬢様に遣える、側近のメイドと言う事だな?」
 俺の素っ気無い態度に彼女は顔をしかめるが、俺の回答で、話を聞いていたと言う事は分かったのか「そうです」と、だけ答えた。
 
 「んじゃぁ、そこに居る蜘蛛共は?」
 俺を上空からの奇襲で絡めとった、小蜘蛛達を指す。

 「この子たちは、私の可愛いペットです」
 そう言うと、彼女は一匹の小蜘蛛の前に、しゃがみ込んだ。

 それを見た小蜘蛛は嬉しそうに、その腕の中に飛び込む。
 それを、表情を変えずに、優しく受け止める彼女。

 そのやり取りを見ていると、表情を変えるのが苦手なリミアに、そっくりだと感じた。
 
 彼女は、小蜘蛛を抱え込んだまま立ち上がり、こちらに向き直る。
 どうやら、ペットと言うのも、可愛いと言うのも、嘘ではないらしい。
 
 「そうか……。知っている様だったが、俺はルリだ。リミアの……父親みたいなもんだ」
 俺は緊張感を解くと、改めて自己紹介をした。
 生き物を可愛がれる奴に、それも、リミアの仲間に、悪い奴はいないと判断したからだ。
 
 「お嬢様の御父上?……御父上という物は、オスだと記憶しているのですが」
 小首をかしげる彼女。この調子では、俺の名前だけを聞いていて、その他は何も聞いていないのかもしれない。
 
 「……まぁ、信じるかどうかは自由だが、色々話してやるよ、俺の事とか、リミアお嬢様の事とかな」
 彼女は、俺の誘いに、いぶかし気な表情を見せるも「まぁ、聞くだけなら……」と言って、糸に巻かれて、座り込んでいる俺の前に正座の姿勢で、腰を下ろした。
 
 「それじゃあ、まずは、俺の前世の話からだな」
 彼女の顔はさらに険しくなる。
 これは失敗したか?とも思ったが、彼女の口から出た言葉は「前世とは何ですか?」だった。 
 
 ……なぁんだ。案外、素直で良い子じゃないか。
 やっぱり、リミアに似ている。

 「前世って言うのはだな……」
 俺は子どもに言葉を教える様に、ゆっくりと話し出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

聖なる幼女のお仕事、それは…

咲狛洋々
ファンタジー
とある聖皇国の聖女が、第二皇子と姿を消した。国王と皇太子達が国中を探したが見つからないまま、五年の歳月が過ぎた。魔人が現れ村を襲ったという報告を受けた王宮は、聖騎士団を差し向けるが、すでにその村は魔人に襲われ廃墟と化していた。  村の状況を調べていた聖騎士達はそこである亡骸を見つける事となる。それこそが皇子と聖女であった。長年探していた2人を連れ戻す事は叶わなかったが、そこである者を見つける。  それは皇子と聖女、二人の子供であった。聖女の力を受け継ぎ、高い魔力を持つその子供は、二人を襲った魔人の魔力に当てられ半魔になりかけている。聖魔力の高い師団長アルバートと副団長のハリィは2人で内密に魔力浄化をする事に。しかし、救出したその子の中には別の世界の人間の魂が宿りその肉体を生かしていた。  この世界とは全く異なる考え方に、常識に振り回される聖騎士達。そして次第に広がる魔神の脅威に国は脅かされて行く。

転移想像 ~理想郷を再現するために頑張ります~

すなる
ファンタジー
ゼネコン勤務のサラリーマンが祖父の遺品を整理している中で突如異世界に転移してしまう。 若き日の祖父が言い残した言葉に導かれ、未知の世界で奮闘する物語。 魔法が存在する異世界で常識にとらわれず想像力を武器に無双する。 人間はもちろん、獣人や亜人、エルフ、神、魔族など10以上の種族と魔物も存在する世界で 出会った仲間達とともにどんな種族でも平和に暮らせる街づくりを目指し奮闘する。 その中で図らずも世界の真実を解き明かしていく。

悪役令嬢の騎士

コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。 異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。 少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。 そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。 少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。 「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」 それって私のことだよね?! そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。 でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。 長編です。 よろしくお願いします。 カクヨムにも投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

夜明けの続唱歌

hidden
ファンタジー
炎に包まれた故郷。 背を灼かれるように、男は歩き続けていた。 辺境では賊徒が跋扈し、都では覇権や領土の奪い合いが繰り返されていた。 怯えながら、それでも慎ましく生きようとする民。 彼らに追い打ちをかけるように、不浄な土地に姿を現す、不吉な妖魔の影。 戦火の絶えない人の世。 闘いに身を投じる者が見据える彼方に、夜明けの空はあるのだろうか。 >Website 『夜明けの続唱歌』https://hidden1212.wixsite.com/moon-phase >投稿先 『小説家になろう』https://ncode.syosetu.com/n7405fz/ 『カクヨム』https://kakuyomu.jp/works/1177354054893903735 『アルファポリス』https://www.alphapolis.co.jp/novel/42558793/886340020

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

処理中です...