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旅立ち

第29話

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 (餌、持って帰ったぞ)
 俺はドアを捲ると、部屋の中で、死体の様に転がっている彼女に、声を掛ける。
 
 《…………》
 彼女の下腹部はしっかりと、光っている。
 死んではいないはずだが、まだ、寝ているのだろうか。
 
 (ひっ!)
 俺が、洞の中に完全に入ると、彼女は仰向けの形で、背中に生えている8本の足を使い、途轍もない勢いで走って来た。
 その間、人間の体に力が全く入っておらず、死体の様に、ガタガタと揺れる物だから、気味が悪い事この上ない。

 しかも、俺の目の前で止まると思っていた彼女が、俺の目の前で一回転をし、うつぶせになる形で、俺を押し倒したのだ。
 
 (な、中身が……。中身がでるぅ………)
 人間の腕と八本の脚で、抱擁される俺。
 その、3倍の体格差から生み出される全力の抱擁と、重量によって、潰されそうになる。
 ギブギブ!と、肩を叩くと、多少その力が弱まった。

 (……ん?)
 そこで、彼女が震えている事に気が付く。

 (ど、どうしたんだよ……)
 俺が問うが、彼女は何も言わない。
 何がどうなっているのだろうか……。
 
 (うっ!!)
 俺の下腹部から何かが入ってくる。

 (うわぁぁぁぁっ!!!)
 それが、徐々に上に上がって行き、全身を内側からめちゃくちゃにされるような痛みが走る。
 
 《ツギ。ツギ、イナイ、ナル、モット、イタイ》
 そう言って、彼女は、俺から離れる。
 
 あまりの痛みに、俺は痙攣し、彼女はそれを見下ろしていた。
 感情を映さない目が、やけに恐ろしく見える。
 次は、殺される……。
 
 《……ゴメン。サスガ、ニ、ムリヤリ、ツナグ、スギタ》
 彼女は、俺の感情を読み取ってか、急に冷静になって謝って来た。
 如何やら、俺に無理やり、糸を繋いだらしい。
 
 《ソウ。コレ、ナイ。ハナス、デキナイ》
 (そうか…。この糸を介して、会話もしてるんだもんな……。
 でも、こんなに痛いなら、二度とつなぎたくねぇ……)

 俺は天井をあおぎながら、呟く。
 ショックのあまり、脚一本、動かせる気がしなかった。
 
 《ホントウ。イチド、ツナイダ、イト、セツゾク、ナオス、ダケで、イイ。イマ、イト、ムリヤリ、ツナグ、シタセイ、で、ノコッタイト、シンケイゴト、ヒク、シタ。ゴメン》
 素早く糸を繋げると思ったら、どうやら、俺の中に糸が残っているらしい。
 加えて、優しくすれば、痛くないらしいので、良い事を聞いた。

 まぁ、俺にとって一番大事な情報は、彼女がその気になれば、これ以上の激痛を、俺に与え続ける事ができると言う、地獄のような事実だった。
 
 《ワルカッタ。アヤマル。デモ、ワタシ、オイテイッタ、ルリ、ワルイ》
 死にかけた俺を抱き上げ、文句を言って来る、彼女。
 
 《ヒトリ、コワイ。クライ、コワイ。シズカ、コワイ。イタイ、コワイ、サムイ。シンデ、シマウ……》
 俺を掴んだまま、両腕と、八本の脚を胸の前に集める彼女。
 その体は、再び、震えだしていた。
 …………それが、クリナの、最後の記憶だろうか……。
 
 (………悪かった)
 素直な謝罪が、零れる。
 
 (次からは、置いて行かない)
 多分、これは、クリナに対しての言葉だ。
 
 彼女を守れば、クリナを守ったことになるのだろうか?
 …でも、彼女が死んでしまえば、その面影を追う事すらできなくなるだろう。
 
 (守る……。次は、絶対守るから………)
 俺は、自然と、彼女の体を抱き返していた。
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