Grow 〜異世界群像成長譚〜

おっさん。

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まだなの?

第27話 ミランと交渉

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 仮面の少年は私が落ち着いたのを確認すると、主の毛をまさぐり、中からコランを引きずり出した。

 少年は「おらよっ」と掛け声をかけ、コランを背負うと、見せつけるように「どうだ?」と聞いてきた。

「確かに…私達が探していた村人です」

 私は堂々と返事を返す。
 娘が生きていたことは今すぐ飛びつきたいぐらいに嬉しい。助けてもらった彼にも感謝している。
 
 しかし元貴族で元冒険者の私だ。この手合てあいが厄介やっかいなこともわかっていた。だから”娘”ではなく”村人”と答えたのだ。
 相手の交渉価値を下げるために。

「クックック。そうかそうか…それじゃあ」

 思った通り相手は交渉に入るようだった。
 顔は見えないが、さぞかし良い拾い物をしたという顔をしているだろう。

「取引ですか?」

 相手にペースを作らせないように言葉をはさんで崩していく。
 相手側にコランという私に対して最強の切り札がある以上、ペースを作られれば私はうなずき飲み込まれるしかない。
 …それこそ村を裏切るような内容であってもだ。

 もし相手に私が感じるコランの価値がばれたら終わりだ。
 それはコランの命をおびやかす事の次に、避けなければならない。
 私は内心、冷や汗が止まらなかった。

「あぁ、話が早くて助かるぜ。こちとら無駄な駆け引きっていうのは苦手でよ…」

 そういうと少年は茶色い骨のようなものを取り出した。

 …いや、違う。あれは斧角おのづのの角を加工したものだ。
 その切れ味があれば娘の首など一瞬で切り落とせるだろう。

「・・・分かりました。私のできる範囲であれば何でも言うことを聞きましょう。その代わりその子には手を出さないでください」

 完全に完敗だった。
 娘と聞いて先に動揺してしまった時点で私の負けだったのだろう。

 此処で下手に抵抗をすればコランが傷つく。
 私は両手をあげ、降参のしめした。

 それを見た少年は刃物をしまうとこちらに近づいてくる。

「・・・すまない。少しやりすぎた。悪かったよ。そこまで過度な要求をするつもりはない。これはお詫《わ》びの証だ」

 そういうと、少年は交渉材料である娘をやすやすと渡してきた。


 背景に森の主がいる以上、いう事を聞かざるを得ない事にかわりはないが、少なくとも今は娘が返ってきた。
 それだけで十分だった。

「それで要求の事なんだが…」

 娘を受け取り、私がしっかりと抱きかかえるのを見届けてから、彼は声を掛けてきた。
 そんな彼には先ほどまでの覇気はきはなく、少し寂しそうな雰囲気をまとっていた。

「これから森で取れた食料を持ってくる。そちらも冬に向けて食料を蓄えるだろうからいくらあっても足りないだろう?必要な分だけで良いから買い取ってほしいんだ。見ての通りこちらには服や道具等が不足していてね。冬になる前に準備しておきたいのさ」

 このままでは大切な金蔓かねづるが冬を越せずに死んでしまうからね。と冗談半分で笑う少年には、先ほどまでと違って裏はないように思えた。

「…それだけ、ですか?」

 あまりに簡単な要求。
 と言うよりはこちらからお願いしたいようなことを言い始めた彼。
 そんな言葉にさぐりを入れるわけでもなく、私の口から純粋に出た言葉がそれだった。

「あぁ、それだけだよ。それだけ黒髪と孤児と言う肩書は重いのさ。僕も今の主がいなければ死んでいただろうしね…」

 少年がどこか遠くを見て答えた。今の主を思っているのか、過去の自分を振り返っているのか。
 少なくともこの年齢に釣り合わない人格ができるほどには過酷な人生だったのだろう。

 そんなものは私にも想像ができない。
 コランと同い年ほどの人間がこうなってしまうほどの人生など、想像したくもなかった。

「四日後…。四日後の天日てんびの刻に食糧を持ってまた村に来てください。それまでには準備を済ませておきます」

 あと三日ほどで夫たちが帰ってくる。
 それまでに根回しをしておいて、帰ってきた人たちには話をするだけで大丈夫な状況にしておこう。

「それで恩返しになりますか?」

 そう、これはあくまで恩返しだ。
 娘を助けてもらったお礼。決して脅されたからじゃない。

 少年は「それで充分ですよ」と優しく答えると、森の主の下に向かった。

「僕の名前は…モネ。モネでお願いします。あなたは?」

 彼は森の主をいとおしそうに撫でながら名前を聞いてくる。

「私の名前はミラン・バインです。そしてこの子の…娘の名前はコラン。今日は娘を助けて頂き有難うございました」

 私が深々とお辞儀じぎをすると、少年が「いえいえ」と優しく返してくれる。

 少年は私が頭をあげるのを見届けると、森の主に跨る。
 そして最後にこちらを向き「これからも娘さんを大切に」と言い残すと、風のように去っていった。

 私は何とも言えない気持ちになってその場に立ち尽くす。あの少年の事を想うととても胸が痛むのだ。

「クチュン!」

 眠っている娘が小さくくしゃみをした。
 もう夜も寒くなってきたので無理もないだろう。

 私は泥だらけになった娘を抱きしめると、家に向かって歩き出した。

 今はただ、娘が返ってきた喜びだけをみしめて。
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