Grow 〜異世界群像成長譚〜

おっさん。

文字の大きさ
上 下
14 / 132
おはよ。

第14話 メグルと俺

しおりを挟む
 湖に近づくにつれ、生き物が腐ったような腐臭が漂ってきた。

 ただ事ではない雰囲気に、僕は改めて周囲を観察する。
 そういえば何故、この湖のほとりには木が生えていないのだろう。

 小石で埋め尽くされているわけでも、地面が緩いわけでもない。
 にもかかわらず、一定の浮草やイネ科の植物しか見当たらないのは不自然だろう。

 自然と言うのであれば、湖の畔まで森が侵出しているべきだ。
 しかし、湖から10mほどは殆ど一定植物しか見受けられない。
 土壌の問題と言うよりはあの腐臭漂う湖に問題がありそうだが…。

 湖に近寄るにつれ、酷くなる腐臭。その正体は、当然と言うべきか、生き物の死体だった。
 鳥やネズミ、大型のものでは熊の様なものまで見える。

 そこまでは普通だった。
 だが、全長3メートルほどもあるアリの死骸はどうだろうか。
 あるいはムカデのような体をしつつ、クワガタような頭をして、トンボのようなはねがその側面に何枚も生えている、全長10m以上あるであろう生物の部分死体。

 明らかに常軌じょうきいっしている。
 当然こんな生き物が人間界にいるわけがない。
 いるわけがないにも関わらず、僕はこの生き物たちになつかしさを感じた。

 この生き物たちは魔界の生物だ。
 それも”俺“が住んでいた地域の魔物。
 魔力なしでは生きて行けず、魔力を遮断しゃだんする魔断壁のこちら側には、出て来ようともしない生物たち。

 きっと今回の豪雨で死体が流されてきたのだろう。この毒沼の玄関まで。




……?

…………あ。

危なかった?


 …そうだ、この辺りの草で簡易マスクを作ろう。
 こいつらは葉の裏で呼吸し、有毒な成分をそこでそぎ取っている。
 表面を口に当てて呼吸すれば多少息苦しいが、沼の瘴気しょうきを吸わずに済むのだ。

 いや、今は必要ないか。毒性が弱まっているようだし。

 ここは普段、毒沼の湿地帯だったようだ。
 今回の雨で増水し、湖のようになっている為、ここまで近づく事ができるが、普段は近寄ることすらできない危険地帯。

 姉さんたちはこの期間を狙って湖に来たのか。
 この魔物の死体から魔力をむさぼるために。

 姉さんたちは思い思いに魔物の死体をまさぐっていく。
 そしてその中から魔素の濃い部位を見つけると、腐っているにもかかわらず、ぱくりと飲み込んだ。

 あぁ、そうか。こうやって姉さんは大きくなったんだ。
 そしてこの白い毛や、ハウンドの黒い毛、マロウさんのいびつな左腕が生まれた。

 他生物から摂取せっしゅした魔力は突然変異を誘発する。
 魔力の少ない人間界生まれのマロウさん達は、少し魔物の魔力を喰らっただけで体に異変が訪れるだろう。
 つまり、この豪雨で運ばれてきた死体を下流域で見つけ摂取してしまったのだ。

 なんで僕はそんな事にも気が付かなかったんだろう。
 そうすれば初めにマロウさんを怖がることも、セッタ姉さんに驚くこともなかったのに。

 いや、魔法を使えば生活がもっと簡単に豊かになったではないか。
 思い出せなかった自分が悔しい。


 思い出す?いや、これは僕の記憶ではないのだから思い出すというのはおかしいのかも知れない。
 思い出すというよりは…。侵食しんしょくされている?

 …いや、そんなはずはない。
 大丈夫だ。僕は僕で…名前は思い出せないけど…。お父さんがいて、お母さんが居て…。
 あれ?二人はどうしたんだっけ?

 あ、あぁ…だめ。駄目だダメだダメ!思い出すな!今はまだその時じゃない!

 その時じゃないって?え?”君”は誰?

 “俺”は”俺”だよ。いずれ分かるさ、…嫌でもね。

 そう言うと彼は僕の中から消えていった。
 いや、深くにもぐっていっただけだろう。
 彼が僕の中から消える事はない。


 そこでようやく分かった。この”記憶”は思い出してはいけないのだと。
 思い出せば思い出すほどに僕は僕でなくなってしまう。
 そしてそれを止める事は僕にはできないだろう。

 いつか、きっと彼に飲み込まれる日がやってくる。
 そして彼の心の奥のぐちゃぐちゃが、黒い何かが見えてしまった。
 その時にマロウさん達を傷つけてしまうのだけはごめんだ。

 今はまだ難しい。でも今回思い出した記憶だけでもなんとかやっていけそうだ。
 この記憶を頼りに独り立ちして、ひっそりと誰も知らないところで暮らそう。

 正気をたもっている内は独り立ちしても、マロウさんにあいに行こう。

 そんな軽い慰めで、零れそうな涙を抑える。

 姉さんから降りた僕も血みどろになりながら、魔物の死体をあさり始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜

みおな
ファンタジー
 私の名前は、瀬尾あかり。 37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。  そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。  今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。  それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。  そして、目覚めた時ー

異世界に来ちゃったよ!?

いがむり
ファンタジー
235番……それが彼女の名前。記憶喪失の17歳で沢山の子どもたちと共にファクトリーと呼ばれるところで楽しく暮らしていた。 しかし、現在森の中。 「とにきゃく、こころこぉ?」 から始まる異世界ストーリー 。 主人公は可愛いです! もふもふだってあります!! 語彙力は………………無いかもしれない…。 とにかく、異世界ファンタジー開幕です! ※不定期投稿です…本当に。 ※誤字・脱字があればお知らせ下さい (※印は鬱表現ありです)

弱小デイトレーダーが異世界に来たら、いきなりチート投資家になったのです。

comsick
ファンタジー
フルダイブ型VR✕異世界転生✕お仕事・ビジネス系=全乗っけ型小説。 ★電脳空間に飛び込んだ弱小デイトレーダーによる、現在ファンタジー ★企業分析が得意なエルフ。 ★ハイファンタジー?剣と魔法?株式投資?マネタイズ? ★幻想的な世界観と、ただのリアル。 投資のことを全く知らなくても楽しめます。でもって、ちょっとだけ投資の勉強にもなったりします。。。

団長サマの幼馴染が聖女の座をよこせというので譲ってあげました

毒島醜女
ファンタジー
※某ちゃんねる風創作 『魔力掲示板』 特定の魔法陣を描けば老若男女、貧富の差関係なくアクセスできる掲示板。ビジネスの情報交換、政治の議論、それだけでなく世間話のようなフランクなものまで存在する。 平民レベルの微力な魔力でも打ち込めるものから、貴族クラスの魔力を有するものしか開けないものから多種多様である。勿論そういった身分に関わらずに交流できる掲示板もある。 今日もまた、掲示板は悲喜こもごもに賑わっていた――

転生した愛し子は幸せを知る

ひつ
ファンタジー
【連載再開】  長らくお待たせしました!休載状態でしたが今月より復帰できそうです(手術後でまだリハビリ中のため不定期になります)。これからもどうぞ宜しくお願いします(^^) ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢  宮月 華(みやつき はな) は死んだ。華は死に間際に「誰でもいいから私を愛して欲しかったな…」と願った。  次の瞬間、華は白い空間に!!すると、目の前に男の人(?)が現れ、「新たな世界で愛される幸せを知って欲しい!」と新たな名を貰い、過保護な神(パパ)にスキルやアイテムを貰って旅立つことに!    転生した女の子が周りから愛され、幸せになるお話です。  結構ご都合主義です。作者は語彙力ないです。  第13回ファンタジー大賞 176位  第14回ファンタジー大賞 76位  第15回ファンタジー大賞 70位 ありがとうございます(●´ω`●)

悪役転生の後日談~破滅ルートを回避したのに、何故か平穏が訪れません~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
ある日、王太子であるアルス-アスカロンは記憶を取り戻す。 それは自分がゲームのキャラクターである悪役だということに。 気づいた時にはすでに物語は進行していたので、慌てて回避ルートを目指す。 そして、無事に回避できて望み通りに追放されたが……そこは山賊が跋扈する予想以上に荒れ果てた土地だった。 このままではスローライフができないと思い、アルスは己の平穏(スローライフ)を邪魔する者を排除するのだった。 これは自分が好き勝手にやってたら、いつの間か周りに勘違いされて信者を増やしてしまう男の物語である。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン
ファンタジー
完結しました! 魔法使いの国に生まれた少年には、魔法を扱う才能がなかった。 無能と蔑まれ、両親にも愛されず、優秀な兄を頼りに何年も引きこもっていた。 そんなある日、国が魔物の襲撃を受け、少年の魔物を操る能力も目覚める。 能力に呼応し現れた狼は少年だけを助けた。狼は少年を息子のように愛し、少年も狼を母のように慕った。 滅びた故郷を去り、一人と一匹は様々な国を渡り歩く。 悪魔の家畜として扱われる人間、退廃的な生活を送る天使、人との共存を望む悪魔、地の底に封印された堕天使──残酷な呪いを知り、凄惨な日常を知り、少年は自らの能力を平和のために使うと決意する。 悪魔との契約や邪神との接触により少年は人間から離れていく。対価のように精神がすり減り、壊れかけた少年に狼は寄り添い続けた。次第に一人と一匹の絆は親子のようなものから夫婦のようなものに変化する。 狂いかけた少年の精神は狼によって繋ぎ止められる。 やがて少年は数多の天使を取り込んで上位存在へと変転し、出生も狼との出会いもこれまでの旅路も……全てを仕組んだ邪神と対決する。

処理中です...