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 貴族達の学校である王立魔法学院には浮ついた気配が満ちていた。浮き足立つ生徒とハンターの目をした生徒。どうしていいか分からず身を潜める者まで。

 すでにクラスメイトと打ち解けていたリサは、絶賛特別レッスン開催中だった。

 もうすぐ王太子の誕生祭という名目で学院内ではダンスパーティーが催される。王太子本人は学院に顔を出すかどうかは定かではないが、お祝いのためのパーティーだ。
 実際に王宮へ上がった時のための実践演習みたいなものだが、生徒達は何よりもまず各々相手を探さなくてはならない。

 親同士の繋がりがあったり、社交界デビューを済ませた生徒はまだしも、そうでないと生徒が相手を見つけるのは至難の技だ。なので、ダンスの授業で相手を探すことになる。
 出来る子は選び放題だが、出来ない子は苦しい。リードの上手くない相手でもいいから、と言えるレベルまでは出来なければ壁の花にもならないのだ。

 いつもは舞だのお茶だののレッスンをしているリサも、この所は連日社交ダンスを教えていた。相手役はローズを筆頭に男装出来るドール達。ある程度の身長が必要なので、数に限りがあった。

 いっそ男子生徒を巻き込もうかとも思ったが、ルイサにきゃんきゃん止められた。それなりの駆け引きやら恥じらいとやらは残さなくてはならないらしい。ふーん。

 ちなみに、当のリサは当日壁の花になるのと言いつつ急病で欠席、ということにする予定。

「当日は学院にも行きますよ。カサブランカにお会いできる事、楽しみにしています」

 本当に王太子が顔を出すとは生徒側は誰もが思っちゃいないだろうが、誕生日の約束の言い出しっぺであるブロはカサブランカと踊る事を宣言している。
 貴族のパーティーにドールを大量投入する訳にもいかないし、学院内のパーティーで突然ドールの舞を披露するわけにもいかない。どうするのかと思ったら、レフィが王妃様に面白いものを見せて差し上げるという名目で、カサブランカをエスコートしていくというサプライズにするのだと。王妃様は当日会場の様子をスクリーンで鑑賞されるそうです。
 サプライズとは言え、根回しバッチリだし、ドールハレの踊りを心置きなく見せるだけなので仕事としては簡単な方だ。

 ガーデンで事前にレフィと合わせてみたが、レフィのリードも問題なし。というか、かなり上手かった。これはドールの良さを知らしめる事が出来ると、リサはウキウキだ。

「マイプティ、瞳にお金の絵が浮かんでいるよ?」
「だってもう、これで我が家は安泰みたいなものだもん」
「カサブランカは出し惜しみするものじゃ無いのかい?」
「いつか枯れるのに隠しておいても仕方ないでしょ」
「枯れる?」
「二十歳位の設定なのよ、今。後はブリザードフラワーになるまで頑張るったって、知れてるわ。多少の単価が下がっても、ぜひぜひ新規のお客様はお越しください~」
「リサが喜んでくれて、何よりです。本当はリサ本人と皆の前で踊りたかったですが」
「私の健やかな学生生活のために我慢してください」

 小躍りしていたリサは、ぴしゃりとブロの提案を断った。それを見て、レフィは吹き出す。

「ブロにそこまで言える人はなかなかいないね」
「レフィも大概ブロに言ってるでしょ?」

 ガーデンの花は咲き乱れ、調和のとれた空間に日差しは暖かい。カレル王太子の誕生日まで後数日という日だった。

――――――――――――――――――――――――――

 レフィは馬車でカルスのハウスまでカサブランカを迎えに出向いた。学院の馬車がセレネの町に乗り付けるなんて前代未聞だ。そして、迎えに来たレフィもまた、この町でも十分通用するほどの美しい見た目。
 セレネの町の客も店員も何事かと成り行きを見守っている。そして、ハウスから現れたカサブランカを見て息を飲む。
 陶器で出来たような白い肌に亜麻色の髪。長い睫毛と愛らしい口、そして、ドレスから見えるほっそりした手。ため息と生唾を飲むような音が聞こえて来そうな程、ギャラリーはそれを見つめた。

「相変わらずお美しい」
「この度のお誘い光栄にございます」

 本人達にだけ白々しいやりとりも、周りは見とれるばかり。

 馬車は走って、学院に着く。パーティは既に始まっていているはずで、タイミングの良いところで合図が来るまで、二人は待機だ。
 王宮から学院は繋がっているから、ブロがこちらに着いて、王妃様がスクリーンでこちらをご覧になる予定時間は多分大幅にはずれないだろう。最終確認も何も要らない。予定通りの時間に合図があって、ただレフィと目で会話する。

 パーティーの始まりだ!

 流れを止めないように、スルリとワルツの輪に華が紛れた。初めに気がつくのは、壁の花達。そして、花を誘うべく彼女達を見ていた者。
 ホールでもリードのために進行先を確認した者も緩やかに足を止め始める。不審に思った娘達も何故かに気がつき息を飲む。

 動く絵画か妖精か。完璧な美しさと完璧なワルツ。見とれて、思わずスペースを空ける。一曲が終わる頃には、ホールで踊っているのはカサブランカとレフィの二人きりとなっていた。

「カサブランカを連れてくるとは……愉快だ」

 男女隔てなく極上の笑みと共に魅了を振りまくカサブランカに苦笑しながら、アレッタがレフィに声をかけた。「これが、あの」とカサブランカのうわさを知る者が声を漏らす。

「我が君にこの美しいドールをお見せするのも一興かと」

 撮影装置に向かって礼を取るレフィをみて、周りもレフィが王妃へのサプライズで連れてきたのだと理解した。小賢しい、と思う者もいなかったわけでは無いが、本物を見た後は自分がやれば良かったという悔しさの方が勝つ。

「確かに美しいね。私にその人形を貸してはもらえぬか?」

 壇上の幕の内側、王太子が万一足を運ばれた場合のために用意された席のすぐ横の幕の内側は王宮に繋がっていく。そこから、カレル王太子はなんの前触れもなく声をかけた。

 平素の訓練は何処へやら。慌てる者に騒ぐ者。膝を折る者に立ち尽くす者。それらの中心でカサブランカとレフィは紳士淑女としての礼を取る。

 官吏が王太子の登場を告げようとするのを手で制して、カレルはカサブランカに近づいた。

「一曲」
「喜んで」

 レフィが身を引いて、予定通り曲が流れ始める。ただし、その曲目だとは聞いてない。

「この曲、長いやつだよ?」
「レフィに言ってリクエストしておきました」

 見慣れない顔とよく知った香りと笑い方。どこか笑いそうになる感覚は表に出さずに、リサとカレルは言葉を交わす。

「とてもリードしやすいですね」
「カサブランカと踊った人から、その感想を頂いたのは初めてだよ。見た目の方の感想はもらえる?」
「美しいとは思います。だだ、好ましいのはいつものリサですね。ただ、」

 曲調は変わらないまま、ステップだけ少し強引になる。

「私の知らない貴女を知る人間がいるのを、今自覚しました」

 ガーデンの籠の中で、敬語すらも取り払ったそのままのリサを知っているという優越感しか無かった。そこに、今熱い視線を集めるカサブランカという面が彼女にある事を実感して、カレルは人前に出した事を少しだけ後悔した。

「心は広い方だと思っていたのですが」
「どういう事?」
「あまりにも、リサが魅力的で妬いたという事です」
「魅力的なのはカサブランカだよ」
「私にとってはリサが、なんですよ」

 カサブランカで良かった。仕事モードで良かった。丸っとリサのままだったら、リサは呆けて転んでいたかもしれない。
 カレルが少し意地悪に微笑んだ時、曲は丁度終わった。

『面白いものを見せていただきました。レフィ、私にもそのお人形さんを貸して頂いても?』

 何処からか声が流れてくるが、所在は分からない。

「もちろんです」
「では、私が母上の元へ連れて参ります」

 母上とカレルが呼んで、その声が王妃のものだとリサは知った。

 え?こんな予定聞いてございませんですよ?

 と思ったけれど、声にも顔にも出さない。少しざわめく会場をカレルにエスコートされて後にした。

――――――――――――――――――――――――――

「……どうしよう?」
「いつかは『お母様』と呼ぶ相手ですよ?リラックスなさってください」
「無理です」

 キッパリはっきりそういったカサブランカの顔を見て、カレルは堪らず笑い出した。

「カレル様……」
「ふふ、すみません。少しからかい過ぎましたね。大丈夫です。あれはただの口実で私達が向かっているのは王妃様の元ではありませんよ」
「口実?なんの?」
「こちらへ」

 連れられた先はよく知っているガーデンへのゲート。

「事情があって、母上にも協力して頂いてます。王妃と王太子は今日、カサブランカというドールを気に入り、そしてその繋がりでリサと知り合います。王太子は歴代の王と同じく、黒髪で黒い瞳のリサに恋をする。そう言う筋書きにしました」

 さらりと外堀を埋め始めている事を告白されて、カサブランカはカサブランカらしからぬ間の抜けた顔になった。

「その代わり、と言っては何ですが、レフィから貴女へのプレゼントも預かっています。カサブランカからリサに戻ってください」

 人払いは済まされているようなので、魔法を解く。切ない事に胸は余ってお腹は苦しい。肌の露出は少ないので、多少不格好だけれど下品ではない、はず。

「許された時間は五分です。後悔は無いように」

 訳もわからずリサはカレルに背中を押されてガーデンに入った。

 花の色がおかしい。赤く紅く、咲き乱れている。他のように染まって、その色は滴り落ちそうだ。

 時間が無い、の理由は分からないけれど、とりあえず真っ直ぐ東屋の方に進む。その先に人が一人立っていた。

 それが誰か分かって、リサは走り出した。

「シオンさん!」
「あ、ああ、あんたか」

 どう言うことかは分からない。けれど、真実を暴く瞳で彼を見ても間違いなく彼だった。

「急にここに連れてこられたんだが、ちょっと今あんまり時間が無いんだよなぁ。まぁ、でもあんたに会えて良かった。元気だったか?」
「はい!あの時はありがとうございました。おかげで、みんな、私も全部上手くいって、あの」
「うん。あんたならできると思ってたさ。俺の力じゃねぇ。俺の言葉は単なるきっかけさぁな。あんたが頑張ったからだろう」

 にかっと彼が笑ってリサは嬉しかった。以前に会った時のような全てに諦めて悟りを開いたような笑顔じゃ無い。
 目の端で見える花は今にも燃えてしまいそうで、それがリミットだと本能的に分かる。

「また、お会いできるとは思っていませんでした……」
「俺もだ。あんたが俺を覚えてる事にもびっくりだ。ありがとな」

 やはり、記憶関連の代償だったのだろう。

「わ、私、ずっと貴方にお礼が言いたくて、それから、ずっと好きでした。貴方のこと、好きでした」
「そっか、うん、ありがとな。でも」
「大丈夫です。時間が無いことも聞いています。どうにかなりたいとかそうじゃなくて、ただ。貴方のこと、本当に思っている人がいる事を、忘れないでください」
「あんた、本当にいい奴だなぁ」

 上手く伝えられ無い。思いの十分の一も説明出来ない。多分、今を逃したら直接言える事はもう無いのに。

「悪いな。もう行かにゃあだめだ」
「シオンさんは!今、幸せですか?」
「ああ、幸せだ。あんたも幸せなら、完璧だ。あんたは幸せか?」
「はい!」

 「よし、いい笑顔が見れた。じゃあな!」そう言って走って行く彼をリサは見送った。これ以上無い終わり方だ。生きて彼に会って話せるなんて、思っていなかった。

 なのに、苦しい。

 彼が立ち去って、少し待ってから歩き出す。予想通り、レフィが待っていた。

「僕のプレゼントは気に入った?」
「っ……!」

 我慢できなくて、リサはレフィに飛びついた。胸に顔を寄せて、それでも必死で止めていた涙はレフィに頭を撫でられて簡単に流れてしまう。

「ありがとう。ごめんなさい。レフィ」
「……切ないね。君をそんな風にできるのが彼だけだなんて」

 そして、レフィはリサを抱きしめた。
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