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 ヨンゴは常通り仕事が早く、一週間も経たずに詳細は知れた。やはり、レフィはフレンセン家の息子だった。
 ただし、レフィはフランセン家の養子で上に嫡男が居る。何故養子になったかは不明だけれど、養子になった時点ですでに王妃セシル様のお気に入りだったそうだ。何かしらの政治的配慮の臭いしかしない。

 それにしても王妃と生徒って、何歳差になるんだろうか。浮気未満は甲斐性って事?と思いながら、物凄いパトロネージュを手に入れたレフィを遠く窓ガラス越しに観察する。
 王妃様を落としたレベルなら、不本意ながらやはり彼の魅力は本物だろう。リサは自分の好みはこの際捨て置いてでも、魅力的な男性のお手本がいるならその技は盗むべきだと考えた。将来女性客が増えれば男性のキャストも必要になるだろうし、と。

 リサは自分の好みが偏っていることは、家に帰ってハウスのドール達に魅力的な異性の話を振った時に理解した。
 彼女達の回答は「金と権力、でもやっぱり性格が一番」だったのだ。

 普通に考えて、彼女達を購入できるのはこの地域に足を踏み入る事ができる商人や貴族の地位にある人で、安くない代金を払える人だ。また、カルスのハウスに限っては、ドールを幸せな人間の女性に戻せる相手にしか落籍させなかった。
 カルスにとってドールはリサと同じく娘の様なものだから、相手の素性は調べ上げるし無体に扱った場合は『壊れやすくてすみません』と回収してしまう旨を飲んでもらう。
 結果、こういう店から選んだ妻を周囲から守って幸せにできる、男気に溢れていて、しかも優しく優秀な人が歴代のドールを嫁として落籍していった。そして、そういうタイプは偶然にも雄々しい見目をしていたのだ。男性ホルモンが外見にまでほとばしっているタイプ。
 幼い時からリサの周りで話題になるステキな男性はそういうタイプだったから、当然彼女にとっても魅力的な男性が見た目も男気溢れるタイプになっていた。
 知識としては知っていたはずなのになと、リサはため息をつく。

 不意にレフィがこちらを向いた。そして、笑いながら手を振ってくる。微笑みとお辞儀で返したが、取り巻き達の視線で射殺されそうで退散した。
 御令嬢たちが仲間内で「ハニー」とか呼び合っているのは、どうやらレフィの真似らしい。彼は女生徒を「ハニー」とか「ストロベリー」とか「レモンパイ」とか呼んでいる。噂では、彼は味見した相手を「スイート」と呼んでるとかいないとか、既に千人斬りしたとかしないとか。もはや都市伝説だ。

「千人斬りは、まぁ、嘘だろうね」
「だよね」

 報告を読むヨンゴの見解にはリサも同意する。流石に御令嬢ばかりの学院内でそこまでスキャンダラスな訳が無い。パトロネージュだって黙っちゃいないはずだ。

 イケメンデータを取るならば、もう少し近くでどんな接遇をしているか見たいなぁ、と思いながらレフィに忍びの如く距離を詰めていると、突然後ろから肩を叩かれた。

「ぎゃっ!」

 リサが振り返ると、クスクスと笑うルイサ軍団がお出ましだった。

「嫌だ、カエルが潰れたのかと思ってびっくりしていましましたわ」

 眉を八の字にして、ルイサはふらりと私に軽くもたれかかった。

「驚き過ぎて、目眩が……これでは、舞台には上がれませんわ。ねぇ、カルス様?私の代わりに『寿ぎの舞』、踊ってくださらない事?」
「寿ぎの舞?ですか?」

 金魚の糞達は「こんな方が踊れるわけ無いじゃないですか」などと言って笑っている。

「カルス様は踊った事ございませんの?」

 踊れない事は、無い。しかし少し悩ましい。

「寿ぎの舞、とはもしかして午後の授業の?」
「ええ」

 ルイサの口がリサの耳に近づく。

「ベーン家のお願いを商人風情が断る訳無いわよね?」
「……分かりました」

 ルイサはゆったりとした動作で離れて、頰を上気させて微笑んだ。

「では、よろしくね?」
「あの、お待ちください」

 伸ばした手はフン……もといルイサのファンの一人の扇子で払われる。

「汚らわしい。触らないで」

 リサは彼女達を見送りながら、情報を整理した。

 午後には祭典についての実践的な授業が予定されていた。寿ぎの舞は四季の実りを感謝する祭りで必ず踊られる舞だ。三十分は舞続けなくてはならないし、難度もある。観る人を選ばないのでハウスでのリクエストも多い。貴族の娘は教養として舞は踊れるものだし、普通は舞の流れが確認できる程度に踊れれば、授業の妨げにはならないので下位貴族の生徒が手伝う事になっている。
 つまり、またと無いチャンスとも言える。授業は合同だし、リサの舞でカルスのドールハウスに興味を持たせる事も可能という事だ。
 音楽担当の子達は……大丈夫、彼らのお父様方も音楽に明るい方達だ。リサは、緊張しながら舞台に上がった。

――――――――――――――――――――――――――

 下位貴族の子供は持ち回りで祭りの実行側を担うが、上位貴族の子供は全体を見渡せる場所から、祭りの全体をチェックする方法を学ぶ。通しで行なった後、各自が取ったメモを元に改善法を議論するのだ。
 しかし、この日の授業は先生を含めて、誰一人まともなレポートは書けなかった。下位貴族の者達はそもそも知らない上質な舞を彼ら彼女達は知っていたがため、彼等は舞台から目が離せなかった。全体など見ていられない。

「見事だ」

 舞台から目を離さずに豊かな金髪を巻いた女生徒が付き人に聞こえる程度の声で感嘆を漏らす。

「惜しむらくは、音楽か」
「アレッタ様?この舞は寿ぎの舞では無いように思いますが……?」
「これが本来の、寿ぎの舞、だ。陛下の前で捧げられる時はこの正式なものを舞う。この舞にはグレードがあって、この正式なものを舞うには舞の師範の免状が必要だからな。限られた者しか舞ってはならぬものだ。普段目にする事は無いから仕方ないが」
「では、免状も無いのに踊っているあの娘は?」
「この舞を知っていて、しかも踊れる。免状かない訳がなかろう?」

 ふっと笑って、アレッタは扇子を鳴らした。

 アレッタと同じ様な表情で舞台上を眺める人物はもう一人いる。空中庭園の特殊なガーデンで花の手入れをしていた男子学生だ。中庭の舞台装置が良く見えて、まるで特等席の様になっているベンチに腰をかけた。黒い眼鏡には同じく黒い髪が少しかかり、その奥にある瞳もまた黒い。

「素晴らしいですね。花達への水遣りは後にしましょう。本当に美しい。是非側で見たいものです」

 彼の周りには人はいない。だからこそ、心置きなく独り言もできた。彼はある事に気がついて、腰を浮かした。

「もしかして、彼女が……?」

 寿ぎの舞は佳境に入った。

――――――――――――――――――――――――――

 やりきった後もそのまま授業続行だ。司祭役に挨拶して、花を撒き、舞台を降りる。
 疲れた。失敗出来ないのはいつもの事とはいえ、今回の寿ぎの舞はいつもより疲れた。ふぅ、と一息つきながら舞台横を通ると、防音カーテンに巻き込まれる様に舞台裏のスペースに引き込まれた。

 賊?いきなり抵抗するより、無抵抗な絶対弱者を装った方が安全かと声を出さずにいると、意外な人の声がした。

「ごめんね。プティフールサレ。少し静かにお願いできるかな?」

 レフィはリサが自分を認識した事を確認して手を離した。

「あの、何故こちらに?」
「素晴らしい舞に引き寄せられてね」

 舞台裏の防音カーテンとカーテンの間まで引っ張りこまれたことに警戒する。聞いてた話じゃ強引に、という事は無いはずではある。流石に不審な表情を見せたリサの頭をレフィはまた二回ぽんぽんと叩いた。

「だけど、実力の七割、といったところかな。隠したいんだろう?」

 え?

「なら、これが必要だ」

 渡されたののは少し濡れたハンカチ。花の香りがする。

「フラワーウォーターを染み込ませたものだよ。そのハンカチで汗を拭った事にした方がいい。それから、息があがっているフリも忘れずに。それじゃあね」

 汗は確かにかいていない。実力を出し切っていないことを否定する前に、レフィは消えていった。カサブランカの花の香りがするハンカチを残して。

 何故リサがカサブランカである事がバレたのだろうか。レフィがどこでカサブランカの舞を見たかも分からない。ハウスの最重要秘密をカルスがフランセンに話すはずも無い。
 寿ぎの舞は舞の師範を許された自分でも手応えのあるものだが、今回全力で演る訳にはいかなかった。ミスなくソツなく、けれどカサブランカには及ばない程度に抑えながら最上グレードの舞を舞うのはとても気疲れをしてしまい、その後の事まで気が回らなかった。
 レフィは確信を持っているのか、疑いを持っているのか。リサはレフィをもっと知らなくてはならない事を知った。

 舞台裏から出て、疲れている風を装いながら化粧室に向かう。少し休んだから、髪を直しに来ましたという顔だ。
 その化粧室の前のソファにルイサは一人で座っているのを見つける。少しぼんやりしている様だ。

「ベーン様?」
「なかなか上手かったわ。でも、どこの田舎のアレンジかしら?」
「教わった通りにでございます。ところで皆様は?」

 ルイサは最上グレードの寿ぎの舞は見たことがないらしい。それから一人だけリサの代わりに花の準備をする係になったためか、金魚の糞シスターズは周りにいなかった。

「……全体を見る方達の方にトラブルごあった様ですわ。だから、少し押しているの」
「そうですか。でしたら私が医務室までお連れいたします」

 リサがルイサに手を差し伸べると、上気したままの顔が驚いた表情になった。

「先程触れた時に熱がある事はバレていますよ。頰の赤さも先程より酷い。みっともなく倒れるよりは下賎の者の手でも借りた方がよろしいでしょう」
「別に下賎な者だなんて思って無いわ」

 知ってる。金魚の糞シスターズと違ってルイサはリサに触れている。
 お得意様のベーン様は貴族としても商人としてもそれなりの力があるし、ドールハウス自体の重要性はその娘も知っていたのだろう。

 医務室は遠く無いので、人を呼ぶより肩を貸した方が早い。リサは筋力はあるから本当はルイサをお姫様抱っこだって出来るが、それはやめておく事にした。
 ルイサの熱はかなり高い様だ。肩越しにさえその熱は感じられる。

「でしたら、いきなり喧嘩を売らなくても良かったのに」
「気には入らなかったのは……本当だもの……」

 レフィに貰ったハンカチで汗を拭ってあげるが、体は少し震えている。医務室まで後半分もないが、少し気が焦る。

「何が気に入らなかったの?」
「レフィ様に声をかけてもらうなんて……ずるい」
「あの人の何がそんなにいいんだか」

 レフィは侮れない相手ではある。だけど、男性としての魅力はリサには納得し難い。

「だって、優しいんだもの。前に熱を出した時も、大した身分でもない私を助けてくれたもの」

 医務室には先生が居なかった。呼び出しベルを片手で鳴らしてから、ルイサを空いているベッドに横たえる。

「ルイサ様はレフィ様の取り巻きにはならないの?」

  熱が高いのか、リサの声が心地良いのかルイサは素直だった。

「本気の好きなったら辛いじゃない。あの人は夢は見せてくれるけど、私は義務は果たさないと……ダメ……」

 この子も私も、ハウスの子達も変わらない。家の都合で人生が決まってしまう。頭は悪くなさそうなんだから、お馬鹿の大将なんて辞めればいいのに。
 眠ってしまった彼女を保険医に引き継いで戻ると、金魚の糞シスターズはソワソワしていた。

「ベーン様は医務室の方にいらっしゃいましたよ」
「え、あ、そう……ありがと」

 小さく礼を言ってそそくさと医務室に行く彼女達は滑稽なほど小者だ。

「きっかけがあれば良くも悪くも転びそう」

 そう独りごちたリサは大きく伸びをした。
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