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「大地から連絡はやっぱり無い?」

 上目遣いの月子ちゃんは嫁に欲しいくらいに可愛い。ライバルが恋の奴隷だから参戦しないけど。
 月子ちゃんは海里君のこんこんとした説得で大地君に謝ったらしい。それでも、「えいこサンちゃんにあんな顔させて、どうしても腹が立っちゃって」という彼女に私がやられてしまったのは仕方ない事だと思いませんか?
 大地君に大したケガが無かったからそう思えるのかもしれないけど。
 しかし、ケガがすぐ治った事さえ、今の私は彼の幼馴染と忍びのごとき友人からの情報で知っている状態だ。

 送信ボタンがね、押せないんですよ。打ち直しする事何十回なのに。そして時間が経って更に送れないという。
 しまいには、クラス遠くて良かった、顔合わさなくても良いし、みたいな都合のいい事を思い始めてる。

 まぁいっか、と私が無理やり思おうとしてるのは友人達にバレバレみたいで、心配をかけているのが本当に心苦しい。
 月子ちゃんは謝り倒してくれたし、月子ちゃんと大地君は昔からそういうケンカはよくやった方らしく特に障りはないのだそうだ。彼女の意外な熱さを知って、今は静観していて欲しいと伝えてある。

「ケンカしてる訳じゃないんだけどね」

 私みたいなモブなんて、やっぱりダメだったんだ。とは言わない。思わない。
 モブ仲間であるはずの、だんだんやもっちゃんはすごく好きだしいいキャラだと思う。それに月子ちゃんだって私と友達でいようと思うくらいに……大地君が一度は好きだと思ってくれるくらいには私もダメな人間ではないはず。自分に自信はないけれど、私の周りの人への信頼は抜群だ。
 ただ、大地君と本当の私は合わなかったのかもしれない、とは思う。あちらでの、自分を多少殺していたキャラにはもう戻れない。魔力的な話でも、大地君への想いを自覚してしまったという点でも。



 そんなこんなのまま高校一年生の親睦を深める行事、林間学校が始まりました。
 大地君とはクラスも違って、性別も違う。こんなとこで治政討論するのもアレなので元々彼とと仲良いままでも何も無かったでしょう、と思っている。

 林間学校という名の割に、宿泊施設はホテルのようだった。部屋風呂ありだし、ベッドだし。シーツ交換とかはあるけれど、女子は月の物の関係か四人で一部屋。男子は十人ごとらしいけど、別に大浴場もある。
 私はだんだんともっちゃんと三人で一部屋ゲットだった。バッグの中のお菓子とトランプが火を噴くぜ!とそれなりに楽しみだった。

「そんな訳にはいかないでしょー?」

 九時の反省会が終わった後の、外出禁止のワクワク枕投げタイムに、だんだんに正座させられた。

「源野兄は八月にはアメリカに行くんだよー?今仲直りしなくてどうするのー?」
「いや、ケンカしてる訳じゃないし……」
「シャラップ!」

 もっちゃんが新聞紙で作ったハリセンで叩いてくる。昼間の製作で余った新聞紙なんて持って帰って、なんに使うんだろうと思ってたよ。

「そーじゃないっしょ?しーまんのその顔が全てを物語ってるっしょ?」

 そうやって見せられた鏡には、なるほど最悪な表情の自分がいた。久しぶりに前世の事を思い出すような。

「……どうしたら良いと思う?」
「しーまんは、どうしたいの?」

 私がしたい事?そんなの

「大地君に会いたい、です」

 親友二人はニヤリと顔を見合わせた。

――――――――――――――――――――――――――

『源野兄へ、一人でベランダに立て。忍より』

 物凄く怪しいメールが届いたが、大地は心当たりがあった。過去に一度『えいこが三日後に英語の教科書を借りに来るであろう。忍より』というふざけたメールが来たからだ。まさかと思ったが、万一を考えて予習を書き込んでおいたら、確かに借りに来たのだ。
 そもそも、えいこサンの友人の二人は隠密スキルがあるとしか思えないような事をしながら自分を探っているのには気がついていた。
 今回も十中八九彼女がらみの事だろう。自分も煮詰まっていたところだから、ありがたくさえ思った。
 あちらの世界で手に入れたスキルのいくつかは魔力に拠らず、こちらでも使用できた。気配を消して、タイプの女子の話題で盛り上がっている同室の男どもから距離をとってベランダに出た。

 外はベランダ、というよりテラスといった感じだった。自分のいる部屋である、この二階部分は張り出しているが、上は全て小さなベランダなのだろう。そう思って上を見上げてギョッとした。

 えいこサンが三階からザイルで降りてきている。ザイルは四階から伸びているようだ。

「は?ちょっと待て?何やってんだ?」
「だ、大地君、ごめ、手が痺れ……」
「バカ!受け止めるから、離せ」

 小さい声で指示すると、えいこサンはそのまま落っこちてきた。もちろん、抱きとめた。小柄な彼女は自分にとってはかなり軽い。

「おかしい。昼間の実習の時は出来たのに……」
「実地体験の崖は傾斜がついてたろーが」
「そうだっけ」

 そう言ってえいこサンが壁を確認していると再び携帯が鳴った。

『必要物資を投下する。受け取れ。忍より』

 顔を上げると目の前にリュックサックが迫ってきていて、それを受ける。前の自分なら確実にぶつかっていた。

「ごめーん」

 という声が上から降ってきた。全然忍べてなくて思わず苦笑だ。

「大地君大丈夫?」
「ああ」

 三度鳴った携帯を確認した。

『一階の見回りは十二時と三時、五時。健闘を祈る。忍より』

 とんだ友人がいるもんだ。
 必要物資の中にあったザイルを部屋の中からは見えない位置にあるテラスの柱にくくりつけ、手すりに巻きつける。同部屋の奴らに気づかれるのはまずい。
 いまいち状況を把握してなさそうなえいこサンを小脇に抱えて、二階から飛んだ。

――――――――――――――――――――――――――

「事前説明って大事よね」
「ああ、ノープランはダメだな」

 地面への着地も良かったし、ザイルも目立たないように植木にカムフラージュできた。しかし、どこで話すかまでは考えていなくて、車のライト慌てて茂みの方に隠れた。昼間の散歩道と聞いていた方にとりあえず行ったら、下がぬかるんでいてえいこサンが滑った。手を引いたが、自分の足元も崩れて山の斜面をいくらか落ちてしまった。

「助け、どうやって呼ぼうか」
「……場所的には遠くないし、三時くらいには明るくなるさ。それまでは動かない方がいいだろう」

 携帯で時間を確認したら十時まであと少しという所だった。電波は無い。頭の中の地図ではもう少し下がれば、この宿泊施設に来る時に通った道路があるはずだ。自分達は怪我もしていない。それならば助けを呼ぶより話がしたかった。
 どうやって切り出すか考えていると視線を感じて、えいこサンの方を見た。
 彼女は少し潤んだ瞳で自分をじっと見つめている。月の淡い光に黒い髪と白い肌が浮かんで、自分の中がドクンと脈が打った。

――――――――――――――――――――――――――

「大地君、あのね。こんな時にあれなんだけど、ちゃんと話、したいの。話がしたいって言ったから……忍さん達が手伝ってくれて。だから少し、時間ちょうだい?」

 何故か忍と名乗る事に決めたもっちゃんに話を合わせながら、私は頭が沸騰しそうだった。
 久しぶりの大地君。話はしなきゃ。でも、湯上りの色気はマジ半端ない。いやいやいや……

 それと、普通に話せて良かったという思いで満たされる。

「俺も、ちゃんと言わねぇとなって思ってた」

 ちゃんと?!まだ驚きの隠し事があったの?!と身構えた。首の後ろに手を当てるようにして思い悩む彼はこんな時でも無駄にセクシーだ。

「えいこサン、ちょっとは妬いたり寂しがったりしてくんね?」

 へ?

「俺は向こうで一回振られてるし、正直その後逃げられたって思ってた。でも、えいこサンも多少は良いなって思ってくれてたんだとは思ってる。最後魔王の寝室でえいこサンが消える瞬間まで俺の事見てくれてた程度には好かれてるかなって。入学式の後だって、えいこサンは俺を受け入れてくれてただろ?俺はえいこサンと離れてる時間は苦痛だ。前も辛かったし、振り向いてもらった今でさえ、辛い。頑張って見てもらえるように足掻いてるのはカッコ悪いかも知れないが、そんくらいしかできねぇんだよ」
「ごめん、ちょっと意味が分かんないんだけど。足掻いてるって何?離れるの苦痛って……でも交換留学行くんだよね?」

 暗闇だから、顔色とかは分からないけれど大地君の表情は憂いを帯びている。覗き込むように近づくと、距離を取られた。

「わりぃ。流石にこの状況であんま くっつかれると自制できなくなる。……あっちからこっちに帰ってきて、えいこサンを思い出して、一番初めに思ったんだよ。俺とえいこサンじゃ格が違う。俺は確かに魔力はあったし、体力もあるけど、えいこサンは両方無かった。無かったのに、あの選択とかありえねぇよ。今のえいこサンは覚えてねぇと思うけど、記憶も力も無いのにあの選択ができる胆力はすげぇなって思った。それから、そりゃあ、振られるわけだわってな」

 大地君はどうやらあちらでリピートした記憶もあるらしい。私はこちらに帰って来る時にその記憶はあえて置いてきていた。

「それで、えいこサンにまた会える日までに出来る事色々やって、会ったらあれしようこれしよう、ならこうでなくちゃダメだなって詰めてった。交換留学はその一つだ。だけど、ダメだった」
「何が?」
「実際にえいこサンに会ったら、止まんねぇんだよ。全然足りねぇ。積み上げてった自信、木っ端微塵だ。交換留学で離れるのだってこんな辛いとは思って無かったらくらいに……俺はえいこサンを手放せない」

 顔を赤らめて、少し辛そうな表情で目線は逸らされて、私はポカンとしてしまった。

「あのね?それ、私のセリフだよ?」
「は?」
「私、あっちでもこっちでも何の取り柄もない平均ど真ん中だと思ってる。違うのは友達とか、だ、大地君とか周りに恵まれてるところだって。大地君にとって、今の世界って向こうで神様に叶えて欲しいくらいに楽しみたい世界なんでしょ?だから、邪魔しちゃダメだなって思ってたんだよ」
「邪魔なわけねーだろ」
「言わないとわかんない」
「それこそ俺のセリフだ」

 大地君がため息をついたタイミングで、彼の手を取った。さぁ、言うぞ。今言わずしてどうする。ドンドコドンドコ心臓が耳元で鳴る中、己を鼓舞して、意を決した。

「私、大地君が好きです。離れるの、辛い。でも、大地君が頑張る邪魔もしたくないの。こ、交換留学頑張ってね?でも……」

 行くまでの時間がもっと欲しい事、向こうに行ってもメールやスカイプがしたい事。それから、浮気はしない人だと知ってるけど、他の人にちょっかいをかけられるのも嫌な事。それらは言葉にならずに、口を塞がれた。

「っだから、自制できねーって」

 息継ぎの時にそう囁かれて、私の腰は砕けた。
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