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当然といえば当然の話。

 私は転生先の乙女ゲームの中では、元々はただのモブキャラA子だった。対する彼は、ヒロインの幼馴染にして異世界では魔王閣下であり、異世界を救ったヒーロー様でもある。
 例えあちらで私と彼の間に何があろうとも、帰ってきて残るのはゲームで初めから決められていたキャラ設定のみ。
 平均ど真ん中の私と違って、大地君は攻略対象らしく、長身イケメン頭脳明晰で責任感の強い兄貴系キャラだ。格が違う。そして、現在彼は何故か全てにおいてやる気がみなぎっている。全方向無敵。

 そんな大地君と私ごときの恋愛が上手くいくのは難しい。

 私と大地君はヒロイン月子ちゃんらと一緒に異世界に飛ばされた。私は異世界でその世界を救うお膳立てをして、先日元の世界に一応一人で帰ってきた。大地君はその後、月子ちゃん達と一緒に異世界を救い、神様にお願いしてこちらに帰ってこれたそうだ。
 その願いは『自分がもし異世界に行かなかった場合の未来を見たい』的な事だったそうで、異世界に飛ばされる一年前の時間軸に飛ばされ帰ってきたのだと。

 それなら私の記憶も無くなりそうなものだけど、何故かバッチリ覚えている。

 そして入学式の日に再び出会った大地君は私に告白した。

 その上、同意もとらずにキスされた。
 正直嬉しかったけれど、同意はとって欲しいものだ。キスしていいか聞かれたら、断っていた。冷静に考えればモブとヒーローが上手くいく訳がない事は明らか。そのせいで今、私は悶々と過ごしている。

 異世界で天寿を全うした彼にとって、今は第二の青春だ。全てに全力投球。学業も部活も交友関係もキラッキラで目が潰れてしまいそう。
 まず、いろんな部活に体験入部して成果を残して回ったらしい。各部活から熱烈なラブコールを受けた大地君は帰宅部で各部活の助っ人という立場を選んだ。そして全部の部活に日替わりならぬ時間替わりで顔を出している。
 次に学業。忍びばりに情報の早い友人のもっちゃんとだんだんに教科書を隠されて、仕方なく大地君に借りに行きました。
 借りたのは英語だったんだけど、入学して数日なのに問題系は全部解いてある。そして訳し終えたノートまで貸してくれた。入学してひと月だよ?……すごく頭良くても単純に時間はかかるはずよね?
 交友関係は言わずもがな。彼を慕う同性。彼を狙う異性。熱い視線が常に降り注いでいて灼熱地獄状態。非戦闘民は即死です。二度と教科書借りたりしないと強く心に決めました。

 大地君と私は付き合っているのだと思う。付き合おう、とは言われてないけれど、異世界での彼の人間性から考えて、そういう関係でないのにキスするとかは無い。
 それに最初の方はどんなに短い時間でも毎日電話をくれていた。しかし、部活があるから電話するのも遅くなるし、彼も疲れているだろうしで、メールにしてもらった。
 メールは『おはよう』とかでは無く、話題はもっぱら異世界のその後について。つまり不定期な小説が届くのだ。大地君の文章力か高いから、作家とファンレター状態となった。多少は他の話題も出るけれど、私側はそんなに毎日提供できる話題は無い。休日にカフェデートもしたけれど、どうしても話題は向こうの話ばかり。
 ようやく恋心を自覚した私は大地君の事がもっと知りたかった。自分の心に向き合ったら恋心があって、いきなり両思いスタートなんて贅沢なんだけど、だけど、

 平日はあんまり会えないのが辛い。

 三クラス合同の体育すら別。大地君の双子の弟の海里君とは一緒だった。おしい。
 男子と競技は別だけど、せめて同じ枠なら活躍するところ少しは観れたのになー。部活はすごい速さで色々回ってるからあんまり見れないしなー。あ、でも席替えして校庭側になれたら観れるかも。とアホな事を考えながら体育の授業を受けた、怪我した。

 着地の際に両足首捻るとか、自分の運痴を呪う。言い訳していいなら、異世界で瞬発力を上げるドーピングをしていて、それになれていたからと言いたい。

「両足かー。だんだん、うちら二人で支えられそ?」
「いやー。流石に無理ー。あたしも一緒にこけるよー。担架借りてこよーか?」
「ご心配をおかけしてます……あ、でも大丈夫そうかも。ほら、歩けったーっ!?」

 担架は目立つ。それは嫌だ。もっちゃんとだんだんに心配されないように無理やり歩いたら悪化した。あかんやつや。

「何馬鹿な事してるんだよ?ほら」

 後ろから声を掛けられて、一瞬大地君かと期待した自分殴りたい。月子ちゃんが海里君を呼んできてくれて、海里君は肩を貸そうとしてくれた。

「ごめん、ありがとう」

 しかし、片方支えてもらったところで、両足痛いからあんまり進めない。

「反対、私が支えよっか?」
「いや、大丈夫だ」

 もっちゃんが手を貸してくれようとした時、海里君にふわっと持ち上げられた。

「月子、先生に報告しといて。保健医に預けたらすぐ戻るから」

 ものすごくありがたい事だし、ものすごく申し訳無いけれど、これなら担架の方が目立たなかったと思う。

「海里君、ごめん」
「いや、月子に頼まれたから」

 そっかー、君は異世界に行かなくても幼馴染の君の恋の奴隷なのね。うふふ。

「その表情はやめた方がいい。あまり気持ちの良いものでは無いから。言っておくけど、何もそれだけが理由じゃないからな」
「他は?」
「困っている人は助ける。それから、馬鹿な奴らが俺と変な髪型の女子をくっつけようとしてるからそいつらの牽制」

 わぁ、さらりと利用されちゃった。しかも笑顔キショイというお言葉付きで。しかし、縦巻き令嬢の取り巻きは何を考えてるんだか。

「……それから、山下さん、大地と付き合ってんだろ?勘違いもなさそうだ」

 勘違い、ああ、女子を助けると好意だと思われるのか。

「モテる男の子は大変だね。運んでくれてありがとう。助かったよ」
「いや……。まぁ、いいか」

 保健の先生に引き渡されて、海里君は授業に戻って行った。足首は両方腫れているけれど、恐らく骨は大丈夫そう。念のため親に迎えにきてもらって早退し、病院に行ったけれど骨も靭帯もなんとも無かった。保健の先生も病院の先生にも両足挫くとか器用ね、と笑われたのが一番のダメージかもしれない。

――――――――――――――――――――――――――

 「今日、どうした?」

 放課後の時間帯に入ってすぐに大地君から電話がかかってきた。最近休みも各々の都合がつかずで会えなかったから声が聞けたのは嬉しい。

「今日?体育で足首怪我して早退したんだけど……もしかして教室来てくれたの?」
「まぁ、そんなもんだ。程度は?」
「両足首上手に捻った。でも、骨も靭帯も大丈夫って病院でお墨付きもらったよ。ちょっと、こっちの環境に時々体が慣れなくてやっちゃった」
「慣れない?もしかして異世界の後遺症あるのか?」

 声が低くなって凄まれたように感じた。大地君心配してくれたんだ、と思うとちょっと嬉しい。いかん。

「うーん。向こうで俊敏性のサポートあったから、それが無くなったからね。ちょっと調子に乗ったのが悪かったかな」
「……それだけか?」
「うん。だから大丈夫。もう、ガラスみたいに壊れたりしないよ?」
「そう、だな」
「そういえば、わざわざ教室まで来てくれたって、何かあったの?」
「いや、……久しぶりに顔見て話したかっただけだ。今日部活系も休みだし」

 はい。うそー。なんか隠してんな、大地君。顔見たら一発で分かる自信はあったけど、声のトーンのみですらおかしいと分かる。

「ありがと。でも、部活、全部休みの訳無いじゃん?」
「自主休息日」
「あはは、勝手だなぁ」
「今度会った時話すよ」
「はいはい」

 今度っていつ?と言えないまま、他愛のない話をして電話は終わってしまった。
 なんで聞けないんだろう。なんで聞けなくなったんだろう。変わってしまった自分が少し嫌だし、それくらいで大地君が気分を害すはず無いのに自信が持てない自分がもっと嫌だった。

 そして、その今度はなかなか来ない。休日の予定が何故だか埋まりまくってるらしく、代わりに放課後デートは良くするようになった。しかし学校残っておしゃべりとか、フードコートでまったりとか過ごしているのに肝心の話題にならない。
 代わりになんの話をしていると言うと、話題は異世界の治政から派生して、こっちの政治や経済の話になった。観光資源がどうとか外交がどうとか議論してる姿は内政ゲームオタク二人にしか見えないだろう。
 色気ゼロである。いや、色気なんか出されたらたまったもんじゃないんだけれども。

 大地君があの日に話そうとしていた事は予想外の方向から知ることとなった。
 昼休みに教室で夏休みの予定をだんだん、もっちゃん、月子ちゃんと話していた時だ。

「八月に入ると大地、あっちに行っちゃうもんねぇ。今も準備忙しいみたいだし、空いてる時間は全部えいこちゃんにつぎ込んでるとは言え寂しくない?」

 月子ちゃんの心の奥底からの気遣いに私は固まった。もっちゃんの顔にマズイと現れて、だんだんも目が泳いだ。

「八月に何かあるの?」

 私が尋ねると、月子ちゃんは意味が分からなかったのか目をパチクリさせた。

「あー。ひらりん。多分源野兄はしーまんにまだ言ってない」
「え?え?うそ?だってもう六月になるよ?」

 月子ちゃんの顔がさーっと青くなって、次に真っ赤になった。
 そして、ガタンと席を立って教室を飛び出した。

「追いかけた方が良くない?」

 だんだんに促されて後を追うと、大地君のクラスの前の廊下で月子ちゃんが大地君と対峙していた。
 なんだなんだと思った目の前で、スローモーションのように月子ちゃんが大地君の顔をグーで殴った。
 大地君は一瞬こちらをみて、苦笑いしてそのまま月子ちゃんのグーパンを避けなかった。

「きゃー」

 誰かの叫び声と、ぼろぼろ泣く月子ちゃん。尻餅をついた大地君に呆然とする私。カオス。

「ちょっと、貴女何するのよ?!」
「いや、月子はちょっと悪い虫がいたから、それをやっただけだよ。だろ?」

 更にどっから湧いたのか分からない縦巻きさんと海里君が現れた。

「ああ」

 よっ、と勢いを立ち上がった大地君は「ちょっと話すか」と私に言って歩き出した。
 だんだんに背中を押されて、私は大地君について言った。一瞬後ろを振り返ると、

海里君にひしとしがみついて泣く月子ちゃんと
それでも殴るのはダメだと言いつつ、全然叱れてない表情の海里君と
キャンキャン言ってる縦巻きさんと
縦巻きさんを挑発するもっちゃん

 が見えた気がするけど私は何も見なかった。

 とりあえず濡らしたハンカチで大地君の口の横を冷やしてあげる。少し赤い。

「月子ちゃん、意外と力あるねぇ」
「ああ」

 気まずい。大地君に心当たりはありそうだけど。

「月子にどこまで聞いた?」
「どこまでも何も聞いてないよ。夏休みの予定話してたら、大地君の話題になったの。それで月子ちゃんが私が何も知らない事に切れちゃったみたい。八月に何かあるの?」
「ああ、うん。悪い」
「何が?」
「……交換留学行くんだよ。アメリカ。九月から」

 交換留学?

「いつまで?」
「一年間」

 あ、嫌だ。と思った。だけど私にはそう思う資格は無かった。あちらの世界で、大地君に内緒で彼の庇護から突然説明もなく離れた事があったから。その時すでに大地君は多少の好意を明らかに私に向けてくれていたのに。
 だからこれは自業自得。

「そっか。前に話したいって言ったのはこの話?」
「……ああ」
「交換留学なんて……結構前に決まってたんでしょ?話してくれるの遅いよ?」
「ああ、悪かった」

 自業自得なのに、寂しく感じてしまって、私はにぱっと笑うのに失敗して苦笑いになってしまった。

――――――――――――――――――――――――――

 大丈夫。どうせ今だって、物語メールのやりとりとか、謎の治政討論しかして無いじゃ無い。いっそ離れた方が写真とかやりとりするかもしれないし、校内でつい彼の姿を探したりしなくていいし、それにきっと大地君は浮気はしない。万一他の人を好きになっても、ちゃんと切ってくれるし、その時慰めてくれる友人は私には、いる。
 異世界にいた時はセクハラを心配するレベルでボディタッチされてたのに、こっちでは手もほとんど繋ぐ事も無かったし、意外と柔らかな彼の髪も長らく触れていない。

 自業自得だ。

 大地君は留学があるから部活も決めず、だけど戻ったら参加はしたかったのか体験は受けまくったらしい。少しだけそういう事もメールで説明が来たけど、あまり良い返しが思いつかなくて、当たり障りない事しか返せない。

 怒ってると思われたのか忙しいからか、そのメールも激減して、大地君が旅立つまで時間がなくなっていくのに私と彼のメールは途絶えてしまった。
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