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51-2 52-1 記憶の続き

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 それが、争いの元になる事も知らず、神の雛である自分より強い者がいる事も知らなかった。この世界をすでに支配していた龍の一族は争いの種を撒き散らした私に怒り、私自身を裂いて二つに分けた。エネルギーは奪われ、私はほんの少しのエネルギーとして、最弱の人種に拾われたのだ。

 少しのエネルギーを使って、私を拾った一族を守りながら、天に帰るべくエネルギーを回収する。そして、一族から色々な感情を学ぶ。最弱の一族が有り余る力を得てしまわないよう、私とその一族が関わりすぎないよう取り決めをした。それが稚児以外の接触を避ける事だった。

 力を取り戻し始めると、世界が見渡せるようになった。

 遠い地で私の破片である剣は私とは違う人格を持って、それでも元に戻ろうと私を求めているのが見えた。剣も同じく最弱の一族に拾われだが、あちらは深く人と関わりすぎていた。

 すでに剣は何度か私の元に辿り着き、元の姿に戻る事を要求してきた。ただし、彼は神力を得て、彼の子供達と私の子供達をこの世界の覇者にする事を願っている。
 互いの意見はずっと平行線のまま、あちらは何代もの代替わりをした。代替わりで多少剣の意見も変わったので、そろそろ諦めて天に帰ることに同意してもらいたい。

 世界を見ると、龍の一族が取り込んだ力の一部が他の人種に溢れて、力が暴走する者達が出てきた。私が天に納まれば、世界に有り余る力も連れて戻れる。このままでは、破壊のみの世界になるだろう。一つ前の剣も、それは避けたがっていた。説得さえ上手くいけば、近々にも私と剣は一つになり、世界を元の姿に戻す事ができるはず……。

「お時間です」
「ありがとう」

 ハチロノの声を受けて御簾に座ると、御簾の向こう側に候補の子供達が並んだ。子供達の親は我が子が稚児に選ばれるよう、豪華な衣装で着飾ったり、化粧を施したりしている。数代前に朝、虹がかかったからと、7色の衣装の子を選んだから、その傾向はより強くなった。

 皆、カラフルで赤い服ベースの子も多い。ふむ、と見渡すと、服の波に埋もれるように小さな子供がいた。服は無垢で装飾もない。何より、周りが8齢前後はある中でその子供は5齢にも満たないように見える。

「ハチ、あの一番小さい子は?いくらなんでも幼くない?」
「……あの子には係累がおりません。言葉と身支度ができるので、今回連れてまいりました」
「係累がいない?」
「グールの番として数年前に島を出た男を覚えていますか?その時の子供です」

 ああ、と合点がいった。龍の力の溢れ先の一族は番としか子を残せない。数年前に女のグールの番として島から出た後、摩耗し亡くなったセクンダス族の男がいた。残された子供はグールの資質のある子と、最弱の一族の資質の子供の二人。グールの妻は律儀にセクンダス族の資質のある子供は返しにきたのだった。
 私が体を失うと、セクンダス族の一族の下に再生する事になっている。グールとの間の子であっても、グールの資質が無ければセクンダス族となる。外に出た男の妻もそれは知っていて、血脈の者を返してくれたのだ。

「あの時の」

 ぼんやりと前のを見る姿は哀れみを誘う。それはハチロノも同じだったのだろう。

「ハチ、あの子が良いんだけど。まだ門は潜れないと思う。潜れるようになるまで、ハチの力を貸してもらえる?」
「御意に」

 その他の子を外に出し、新しい稚児を御簾の中に呼び入れた。

「あなたは今日からクロノです。よろしくね」
「あ……」

 クロノは、恐らく御神体が現れた時はそうしろと教わったのだろう。慌てて平伏した。

「稚児はね、少し作法が違うんだよ。多分、何も教わって無いよね?」

 クロノは平伏したまま「はい」と蚊の鳴くような声で返事をした。

 一日かけて、クロノは私と普通に話せるようになった。稚児候補は大体事前に稚児の作法……私の存在が人に近いものである事が外にバレないようするための色々な決まり事を習うものだったが、クロノはそれを教わっていなかった。
 当然、門を潜って神の山に行ける程長く泳ぐ事も出来ない。
 半年ほど私は毎日稚児の待機部屋に通い、私が居ない時間はハチロノにクロノの世話をお願いした。
 クロノは頭が良く、その能力はやはり龍の血のおかげか優秀であった。そして、従来の法則に反し、ハチロノそっくり、いや、それ以上に真面目な子になっていった。

 水に十分強くなり、そして、調整役としても問題ないとハチロノに太鼓判を押してもらって、クロノは神の山のある島に来た。

「ようこそ神の山へ。基本的に自給自足だから、人手が増えて嬉しいよ」
「全て、自給自足なのですか?」
「作り方が分かるもの大体は手作り。一応神の端くれだからね、神力でズルはしてるけど」

 「ズル、ですか」と驚くほどクロノに畑を見せる。虫が来なくて病気にもならないのは完全にズルだと思う。ただし、収穫や水遣りは人力だ。本当は他の動物を使ったり何とかできなくは無い。他にも釣り場や洗濯場所を見せて周り、最後に「質問は?」と聞くと、クロノは待ってましたとばかりに言った。

「主人様、主従契約をお済ませください」
「ほんと、ハチロノそっくり。ハチロノジュニアよね。真面目」
「ハチロノ様より指導を受けた訳ではありません。むしろハチロノ様はこの件に関しては何も仰ってない。ただ、稚児の待機部屋に会った本に書いてありました」

 そんな所がそっくりだ。初代真面目大王の稚児ジロが今後の稚児のために必要と思われる事をマニュアルにした本の数々。それらは本当に格式張っていて、ちょっとジロの独断と偏見にまみれている。

 現在のクロノの所属を確認できるカードを使ってクロノを見ると、本人は私の奴隷になる気満々で主権を天に返した後だった。

「奴隷を飼う趣味は無いよ」

 笑いながら言うと、クロノは明らかに傷ついた表情になった。しまった。この子はこれまでの子供と違う。愛情が足りて無い。慌てて、クロノを抱っこする。

「あのね、私の稚児の選び方ってどんなだと思う?」
「……私が選ばれる前までは、皆衣装の色とか化粧の仕方だと言っていました。今回は珍しかったからだ、と」
「いつも祭事場に行く前になんとなく決めてたの。空に虹がかかってたから、七色の衣装にしよう、とか。今回は池の周りに赤い花が咲いてたから、赤い服の子にしようと思ってた」
「私に赤い要素はありません」
「うん、初めて自分でちゃんと選んだんだよ。この子にしたいって。そんな大事な子を奴隷なんかにしたくない」
「主権を天に返すのは私の意思です。主人様の咎はありません!」

 ぷくーっとほっぺたが膨らんで、クロノは怒った。笑ったら絶対もっと怒りそうだけど、可愛すぎてたまらない。

「主権を自ら喜んで返すなんて無いよ。クロノはそれが必要だと本で学んで、私のためにそうしたんでしょう?他の奴隷もそう。完全に自分の意思なんて無い。多くは状況のせいで陥ちるもので、奴隷が奴隷になった理由はその奴隷のせいではないよ。だから、主権を返したクロノも悪く無いよ」
「難しいです」
「うん、まだクロノは小さいからね。大丈夫だよ。でも、可愛すぎるから、ちょっと遊んじゃったらごめん」
「ええっ!」

 頬ずりしても、クロノは逃げなかった。

 クロノは五齢だったが、体を小さく、また幼さがあった。夜は心細さで震えるような子で何年も夜は抱きしめて眠った。母親と父親の愛情を私もクロノも知らないけれど、私の愛情は注げるだけ注いで育てた。月日はあっという間に過ぎてしまい、可愛い雛は私の中では可愛いままに、こまっしゃくれた所も真面目で頑固な所も変わらないままクロノは大きく育っていった。

 ただ、クロノは能力が高く見た目も良く育ったのに、一向に分化しなかった。外との調整で生活の三分の一は本島で過ごしている。その外でアプローチを受けてないはずはない。
 いつまでも幼いままでいてくれればと思っても、外で学習してくるあれこれは彼を大人にしてしまう。私の背丈を抜いた辺りからお風呂も一緒に入ってくれなくなり、更に寝所も分けられた。

「分化してないんだから、一緒で良く無い?」
「いけません。大人にはなりましたので、ケジメです」
「……大人になんかならなくていいのにー。戻れ戻れーほっぺぷくぷくに戻れー」
「……主人様こそ、私に分化しないの?と聞いたかと思えば、大人になるなとかめちゃくちゃです」
「最近冷たくない?」
「私は変わりません。主人様がお子様すぎます」

 振られて寂しく、一人ハチロノの結婚の儀の時に送られた風景画集をめくる。ハチロノは長く仕えてくれただけあり、私の好みドンピシャの贈り物をもらった。そして、これはまたクロノの夜の読み聞かせに使った大切な絵本でもある。……クロノを私はちゃんと育てられただろうか?人を愛せるような子にできただろうか?私はいつまでもここにいるかもしれないし、でも剣さえ帰る事を受け入れてくれればすぐにでも居なくなる存在だ。
 離れていく事はとても寂しいけれど、この群れに馴染めないまま一人残していくような事は絶対に避けたい。でももし、セクンダス族に馴染めないなら、更に外に出られるようにしてあげたい……

 クロノはグールの血が入っている。表の適性にグールの適性は無くとも、その能力に影響はあるはず。本来なら異性の血肉か繁殖行為で他人のエネルギーを奪うのだろうけれど、そもそもクロノは分化していないし。その力を使えるようにしてあげるのも手かもしれない。

「と言うわけで、直接エネルギーを送って見ようと思うの」
「はぁ」

 本島の行事の準備に忙しいクロノを捕まえて、私はクロノにキスをした。理論上はこれで私の貯めていたエネルギーを与える事ができるはず……。

 エネルギーが送られる感覚がしたので、口を離すとクロノは真っ赤な顔でその場にへたり込んだ。

「クロノ?息してた?」
「は、はじめに方法は説明してください!」

 大きく育ってからは久しぶりの、クロノの慌てた様子は相変わらず愛らしく思う。

「で、どう?」
「……そう、ですね。これは……」

 クロノの目が光った。

「主人様の体の様子が透けて見ました。医学の本のイラストのようです」
「私とは違うタイプの視力なんだね。これからも時々やってみようか」
「……そう、ですね」

 傷ついた、とは少し違う表情をクロノは見せた。ずっと側にいたのに、最近はクロノの感情が読みにくくなってきた。多分、もうすぐクロノも分化するのだろう。皆、恋を知る直前はこんな表情をしていた。
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