《完結済》優しい悪魔の作り方 R18

吉瀬

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37 逢瀬

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 香りが、広がっていく。初めてエウディさんに感じた香りだ。リードさんが使ってた、あの。
 エウディさんは、一体何を思って振りまいていたんだろう。ゆっくりとみんなに耐性をつけさせたかった、とか?

 だんだん濃くなる香りで思い出す。アルバートさんは眠くなる、と言っていた。あまり強いと寝てしまうかもしれない。

 千里眼で確認すると、壁に背を預けるよう座りながらもアルバートさんは起きてはいた。目の焦点をずらして、なるべく無意識になろうとしているようだ。

「睡眠剤と、幻覚剤、か。エウディの差し入れやな」

 そして、自嘲気味に笑った。

「なんで幻覚剤やねん。夢で味わえってか。できるかいな」

 座ったまま、上を向いて彼は深呼吸している。私のタイミングなら、薬はもう効いているはずだ。

 声をかけようとして、躊躇う。見たいものが見えるなら、私を見ているとは限らない。くだんの番の候補が実はいて、その人が見えるかも……。少し迷っている間に、アルバートさんが私に気がついた。

「そこ、誰かおるやろ。サヤか?」
「アルバートさん……」

 彼も私とは違ったタイプの千里眼だったから、一瞬看破されたかと身を固くした。

「まぁ、サヤやろな。俺が幻覚で見るとしたら」
「あの、これは夢、です。だから、忘れてください」
「知っとる。都合の良い夢見ろ、てエウディの差し金や」

 「いらん事しぃやな、相変わらず」と言う彼は笑っていて、でも、あの時の優しげな表情だった。

「……幻でも傷つけとうない。そっからは入らんとってな」
「幻の私は、言う事は聞きません」

 一番彼に近い鉄格子を開けて、中に入る。アルバートさんは座ったまま、逃げたりはしなかった。

「私、アルバートさんが好き、です。抱いてくれませんか?」

 なんと言って誘えば良いかも聞いておくべきだったと後悔するくらい、語彙が出てこない。恐る恐る私はアルバートさんにキスをした。幻に私を呼ぶ位だからとちょっとは期待していたが、彼はやはり応えてはくれなかった。

「えらいきっつい夢、やな。都合良すぎやし。せやけど、夢でも幻でもサヤは抱かへん。サヤだけは抱けへん」
「そんなに私は魅力、無いですか?」
「……なんでやねん」

 彼は私を抱きしめた。顎の下に優しく挟むように。

「んな事あるか。逆やあほ。お前は俺の番やっちゃうねん」
「え?」
「番、やねんて」

 番?私が、アルバートさんの?

「分かる、んですか?」
「分かる。番っちゅうんは、簡単に言えば魂の色みたいなもんや。色がおんなじやから、繋がれば同調したり、共鳴強化する。魂の色はほとんど生まれ持ったもんやけど、多少は環境や交友関係やらで変化するもんやねんけど、……サヤは会うた時から俺と完全に一致しとった。性別決まる前から俺の本能に影響与えるくらいに、サヤは特別やった」
「じゃあ、どうして?」

 私がアルバートさんに惹かれるのも、番だから、なら、なんの問題もないはずだ。

「俺の両親な、番やった。グールの番は大体悲惨な最期になんねん。俺とこは……目の前でおとんがおかんを食い殺したわ」

 食い、殺した?

「グールは群れを守る時理性が飛ぶ。番を大事にしようとして、暴れて、エネルギー切れて番を摩耗させる。……賊がサヤに触れたって知った時、気がついたら船に連れてきた人質三人は生き絶えとった。残った一人もクロノがアジト見つけるために止めてくれたから、死んでへんかったっちゅう状態や。後先考えずに人殺して、痕跡残して、人から追われる。相手が番のために番を引き離そうとしてると分かってても、やってまう。血を浴びて不安定になって、番傷つけて、最後には食い殺すか摩耗させるか。グールが番を見つけるんが上手いのに、数が増えへんのは番としか子を残せへんのに番を短命にするからや。俺はサヤを血祭りにあげるんだけは避けたい」
「お父様は……?」
「理性取り戻した瞬間自分で首掻き切ったわ」

 亡くなられた時、アルバートさんはそれを全て見ていたんだ。だから、番を見つけないように、誰かを番にしてしまわないように、女を避けさていた。

「俺も、サヤが傷つかへんにゃったら、消えてまいたいわ」
「……私は嫌、です」
「せやろ?だから、俺は生きてサヤを守る。『番に出会えた事は不幸やない。笑ってる顔見るためやったら、何でもできる』おとんが言ってたんは嘘やなかった。おとんもおかんを殺さへんように手は尽くしてたと、思う。でも、あかんかった。……例え幻でもサヤを抱いたら、俺は壊れる。本物のサヤを手に入れようとするやろな。サヤも本気の魅了と番の感覚で受け入れると思う。そしたら、何もかも終わりやねん」

 苦しくて、涙が出る。アルバートさんは優しく私を包む。

「クロノにしとき。俺とクロノは魂の色がかなり近い。俺とは共鳴し始めてるから番からは外れへんけど、サヤがクロノと過ごせば色が近づいてって番になれると思う。サヤもクロノに惹かれる感覚あるやろ?エウディは何とかなる。……あいつらは何か隠しとるけど、その隠し事のためだけに一緒におるだけやねん。俺でも代われるかもしれへん。クロノと番えば、俺の番候補からは外れるはずや。性別が無くなるからな。俺の食欲も減るやろ」
「そんな……」
「もし、な。もしやけど、番から外れてもまだ俺がサヤの事一番好っきやったら、それってほんまに俺がサヤ好きやったって事になるやん?本能とか番やからとか、魅了とか関係なくサヤを好きやったって言えるやん?……それやのにサヤを諦めたって事は俺は本能に勝ったって言えると思うねん。そしたら、俺、グールや、無くなるんちゃう、かな……」

 薬の濃度が高くなるにつれて、本心を話してくれるようになったけど、今度は濃度が高くなりすぎて眠気が出てきたようだ。私は泣きながら、このまま眠って欲しいと願った。眠って、全て忘れて、そして、私の事も消して欲しいと願った。

「……幻、か。まぁ、これくらいやったらええか」

 最後の最後に、薬の影響下で理性が飛び始めた彼は私の涙を舐め取った。
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