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34 敵襲

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 船はいつもより遠くの場所に接岸させた。マンイーターは少なく、この街では特に見かける事は無い。あえて他の客人達に心配させる必要も無く、無駄な争いも避けるためだ。

 夕食は軽く食べていき、帰りに美味しいお土産を買ってきてもらえる手筈になっている。

「と言うわけで、おめかしね」

 久しぶりの女性バージョンのエウディさんのお支度を手伝う。そして、何故か私もお支度される……

「私、留守番なのですが?」
「いいじゃない。遊ばせなさいよ。それに、船内でカジノごっこするんだったら、正装した方がいいに決まってるじゃない。所作も覚えるし」

 そう、かも?と思った後はなされるがままだ。アルバートさんから苦情がきたら取れば良いだけだものね。

「もーいーですかー?」

 リードさんがドアの外から声をかけてくる。

「入っても良いわよ」
「はーい、お邪魔します!あ、可愛い!サヤ可愛いー!」
「ちょっと?あたしは?」
「『相変わらずお美しい』」
「よろしい」

 微笑みと共に右手を胸に当てて恭しく礼をしたリードしんは、何かの訓示としか思えないくらい不似合いな言葉で吹き出してしまった。
 リードさんの手にはグラス三つとワインボトルが一本。

「サヤのお留守番我慢するためのご褒美が、ドレスアップ二人とワイン一杯って約束なの」

 さささとテーブルがセットされて、リードさんがかしこまって注いでくれる。

「うふふ。こんなに可愛い二人と飲めるなんて、りんりんラッキーね」
「うん!嬉しい!お店は解禁してもらったけど、お酒飲む所でのおねえさんはまだダメって言われてるんだよね」

 買春は許可が出たらしい。知らなくて良い情報だった。

 ワイン一杯の約束だったので、とりあえずボトル2本目はしまわせる。ものの数分で空いてしまうのよね。私はまだ一杯目を頂いている。

「おい!そろそろ行かなあかんやろ!開けるで!うおっ!」

 エウディさん一人の支度が終わってると思ったら、私も着飾ってるしお酒飲んでるしで、アルバートさんは固まった。

「あら?もうそんな時間?」
「あはは……」

 呆れたのか口が開いたままのアルバートさんの後ろからクロノさんが部屋に入ってきた。

「……見間違えました。よく似合う」

 手を取られて、口付けられた。だから、あの、私、留守番です。

「ちょっと!あたしは?」
「相変わらず、お美しい」

 右手を胸に当てにっこりと微笑んで答えるクロノさんをみて、リードさんのコピー元を知った。

 わいわいと楽しそうな三人を見送ると、後は二人。

「……ワインのグラス持ってき。ツマミ作ったるから、カジノごっこやろや。俺が着替えるんは堪忍な」
「私作ります!」
「汚すやろ。たまにはお姫さんやっとき」

 手を差し出されて、驚くと優しく微笑んでくれた。海の星空の時のように。
 カジノに行った時みたいに腕を組んで部屋にエスコートされながら、私は思う。

 私はアルバートさんが好き。例えこれが魅了のせいでも、アルバートさんの気持ちが食欲だとしても、それでも好きだと思う。叶うとか叶えるとかは置いといて、気持ちを認めてこの時間を楽しもうと決めた。

――――――――――――――――――――――――――

 少しのおまツマミとお酒、それから簡単なカードゲーム。そのうちカードは横に置いて、風景画集と地図を指しながら話をしていた。アルバートさん達が行った場所、見たことのある景色、それから、まだの所。

「ご新規さんの開拓は重要やしな」
「今までは南の方は行かなかったんですか?」
「おお、前までは街少ない所行くと、あれや、飯が芋だけになっとったやろ?」

 ニヤリと笑われて、私も楽しくなる。

「準備さえちゃんとすれば大丈夫です。お任せください」
「期待しとるで」

 これで、いい。こんな時間が私は欲しかった。ずっと。

 ずっと?

 何かを一瞬でも思い出しそうになって記憶の先を探ったけれど、そこはポッカリと穴が空いているようだった。

「サヤ?」
「あ、いえ、何でもありません!」

 アルバートさんの手が私のおでこに触れた。

「しんどないか?熱、出てきたんとちゃうか?」
「い、いえ、あの、これは……」
「あ」

 パッと彼は手を離した。目線をそらせた彼の、耳の先か少し赤くなっていて出て少しだけ嬉しい。



 ギィッと甲板の軋む音は小さかったけれど、完全な違和感で私とアルバートさんは同時に扉の方を見た。船内ならどこでも手に取るように見える。アルバートさんが音から半じた方向を私は『見た』。

「人、五人くらいが乗って来ました。見慣れない男の人達、です。侵入に手慣れた様子に見えます」
「珍しな。この船荒らす、の意味知らんアホか……うちによっぽどの恨みあるんか」

 アルバートさんはランプを消した。

「サヤ、ここ出んな。鍵閉めて、閉じこもっとれ。護りながらやれへん。火は使わんし」
「でも……」
「信頼でけへんか?」
「いえ」
「ほな、すぐ済ますし」

 アルバートさんは外に出ていった。言われた通り鍵をしめ、扉の向こうに集中すると……アルバートさんが一人仕留めたのが見えた。早い、それに、殺してもいない。音声は拾えないけど、アルバートさんが何か話しかけてるのが見える。それからもう一人仕留めた。二人を片手で持って、甲板まで出た。またアルバートさんが何か言って……、敵は何かを言ったようだ。アルバートさんの目がさっと赤く染まって、二人を連れたまま船を降りて森へ消えた。
 私の千里眼ではそこまでしか見れなかった。

 どうしたんだろう。でも待つしかできない。こんな時少しでも力になれれば、と悔しく思う。

 船内に目を向けると書かれていたらしい一人が順番に部屋を巡っている。エウディさんの私物や私の私物を漁って、でも、何も盗らない。目的の物があるらしい。しかも女物……。この船にあると思ってる?何を?
 クロノさんの部屋は開かなくて、斧で滅多打ちにしていた。それでも開かない。一旦諦めて、こちらに来る……。

 ガチャガチャと扉を開けようとする音がして、次にがんっがんっと音がした。多分、斧だ。ドア側の壁際に寄るとちょうど斧の先が扉から見えた。集中すると、その穴から敵は中を覗いていた。

「メシ場か。外れだな。……成る程」

 そう言って敵はどこかに行ってしまった。

 怖かった。アルバートさん、相手が武器を持ってても大丈夫なの、かな?
 今外に助けを呼びに行くのは愚策だ。ただ待つしかない……。

 集中して。集中するの。森の少し奥へ。見えた先には血溜まりがある。アルバートさん?まさか?いや、敵のかもしれない。

 アルコールなんて摂らなければ良かった。ほんの少し落ちた集中力と判断力が惜しい。

 ギィッとまた音がした。

 さっきの男が、泥だらけになってこちらに向かっている。

「助けてくれ!殺される!」
「!!!」

 その男は扉に開いた穴に向かって叫んでいる?!

「仲間がやられた!グールだろ!奴は!テリトリーを荒らせば撤退しても全員やられる!本能が暴走しているんだ!あんた!そこで奴と食事してた奴!いるんだろ!奴を止めてくれぇっ!」

 アルバートさんが、暴走している?

「暴走って」
「女か?番か?このまま血に飢えて街まで行っちまうと、奴もただじゃすまねぇ!俺らを返り討ちにしただけと訳が違うぞ!」

 いけない!アルバートさんが望まない殺戮も、捕まるのもダメ!
 私は判断力が落ちていた。鍵を開けると私の腕を掴んだ敵は、笑った。

「まぁ、嘘な訳だが」

 首の後ろに激痛が走って、私は意識を失った。

――――――――――――――――――――――――――

「あらかた片付いた、か」

 目の前には四人、うち三人は申し訳ないがアキレス健を切らせてもらった。

「残りは、逃げたんやろなぁ」

 手慣れた盗賊相手には、鎖が逆に有利になる。そこで目の色を示せばグールだとすぐ察して普通は手を引くはずだった。

「えらいガッツお疲れさん。リーダー格一人逃したけど、まぁ、後は治安隊にお任せやな。ちょこまかしよってからに。……サヤ、心配しとるかな」

 完全に散らすか捕まえるか、そうでなければ互いに良い事は無い。船の周りを嗅ぎまわっていれば、リードのスイッチが入って訓示外のギリギリまで遊んでしまう可能性があった。

 とりあえず、と担いで船の近くに転がすと、甲板にはエウディがいた。

「あれ?早いやんけ」
「……アルちゃん、落ち着いて、ね?」
「何や?」

 エウディの様子を訝しんで、一瞬、アルバートはサヤのいた部屋に走った。

「クロノ……」
「賊が入ったようですね。鍵を閉めて出ないように、と指示したのでしょうが、サヤは何を言われたのか……」

 ボロボロの扉の向こうに彼女はいなかった。リードが検分している。

 ドクン、血が燃える。敵がサヤを攫った?サヤに無理やり敵が触れた……っ!
 クロノはアルバートの鎖を掴んだ。

「今、本能型に戻るのはいただけません。ただ、私も彼らを許すつもりは無い」

 クロノが左手で掴んだ右肘からは血が滲んでいた。

「エラスノのボスとして命じます。サヤを救います。……そして、闇は闇へほうむらねばなりません。……リード、お遊びの時間ですよ」

 リードの顔に喜色が浮かんだ。
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