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30 エウディさんの幻
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エウディさんは「やっぱりね」と言って私の横に座った。
「昨日の幻覚はいつもと違ったんでしょ」
「……違いました。昨日より前までは、私、ずっとクロノさんの姿のエウディさんに慰めてもらってたんです」
「え?あたし?」
エウディさんは驚いていた。
「はい、声もクロノさんなんですけど、表情とか、雰囲気はエウディさんで……だから、キスしても、抱きしめてもらっても、どこか幻覚だって分かってて本人とリンクしてませんでした」
クロノさん本人にされてる感覚も無ければ、本物のクロノさんを汚している気もしなかった。彼が私をからかう時の表情とも違ったから、完全に違う作り物扱いしていた。
「でも、昨日、エウディさんと喧嘩して、仲直りしてっていう表情を見て、その後の幻覚がより正確なクロノさんの仕草になりました。もちろん、クロノさんがあんな表情で愛を私に語る訳は無いから、幻影に間違いないって分かってるんです。でも」
クロノさんが愛するエウディさんだけに向ける表情を思い出す。
「クロノさんの、エウディさんだけに向けてる特別な表情を私が勝手に使うのはダメです。クロノさんの想いを踏みにじってる気がして」
「あたしそうは思わないけど、その、あたしはクロノが好きなわけじゃないじゃない?」
エウディさんにだから向ける特別な感情なら、例え、エウディさんがそれを独占したいと思って無くても、エウディさんのためだけのものだと私は思う。
「エウディさんに、クロノさんに恋して欲しいとは言いません。ただ、クロノさんの想いを知って、クロノさんの特別を再現してしまうあの幻覚は見たくない、です」
クロノさんも契約でエウディさんを妻にしただけで、私をからかうアプローチを簡単にしてしまうだけ、ならこんな風には思わない。本気の彼を知って、本気の彼の気持ちを利用はできない。
エウディさんは額に手を当てて俯|《うつむ》き、焦るように悩んでいた。
「どう、しよっか」
彼は私を後ろから抱きしめて、困り果ててポツリと呟いた。
「クロノさんの幻覚を見ないようにって出来ませんか?」
「うーん。……一応、少しだけ調合変えてみよっか。あたしのイメージもあるなら……あたしの幻覚になるかも。あたしなら、誰かに恋なんかしてないから気にする事ないわよね?」
流石に少し気まずげな声色になる。エウディさんの顔でエウディさんの表情、か。私が気まずいだけなら、その方が良い。私はエウディさんに「よろしくお願いします」と答えた。
クロノさんには喧嘩をした所を見てしまった事と、エウディさんが見えなかった事は謝罪と共に報告した。案の定、リードさんから先に私が見たらしい事は報告されていて、クロノさんも困った様な顔だ。こちらも昨夜のアレがあるので気まずく、ずっと目線は合わせられない。
そりゃー普通、閨の秘め事見られたって思ってたら居た堪れないですよね。今後は意図して見ないようにする訓練もしないと。やり方分かんないけど。
その夜、エウディさんに今晩も薬を飲む様に指示された。昨晩の一度寝てから幻覚を見る、と言うのは耐性を付けるには効果が低くなってしまったそうだ。
何卒エウディさんが来ますように!
祈る様にして、いつもと少し違うフレーバーの香水を干した。
高揚感とドキドキは軽く、そして少し眠い。人肌が恋しくなってくる……。やっぱりいつもとはちょっと違う……。
「あたしの事呼んだ?」
クロノさんのが現れる時より唐突に、私を後ろから抱きしめながら、エウディさんの幻影は現れた。
「呼びました」
「あら、嬉しい」
後ろから首を回されてキスをする……。仕草がエウディさんで、見た目もエウディさん。本人とキスをしているようで、やっぱり緊張はする……。
「あたしに、何して欲しい?」
「え?」
「それか、あたしに何かしたい?」
挑発するように誘われて、少しどきりとした。辛さの波が無いから、特にしてもらいたい事はないんだけど……
「何でも、いいですか?」
「いいわよ?特別、ね」
「じゃあお言葉に甘えて……」
私はエウディさんに抱きついて、背中を優しく撫でた。せっかくだから本物にはできない事、しちゃおう。
「え?これ?」
「私、エウディさん好きです。いつもありがとうございます」
「サヤ……」
力の無い私が言っても、本物のエウディさんにとっては迷惑かもしれない。力の面で対等にはなれる事は無くて、だから、凄く失礼な事かもしれない。それでも、いつもどこか寂しげで距離を置いているような彼に言いたかったこと……
「私、エウディさんに助けてもらわなくて良くなりたいです。本当は私もいつも助けてもらってるみたいにエウディさんを助けたいし、守りたい。力ではやっぱり叶う見込みは無いけど、いつかエウディさんに甘えてもらえるような人間になります」
「……あたしを甘やかしたいの?」
「うーん、いつも身を引いてて、ここから入らないでってしてるそっち側に行きたい、かな?」
「そんな風に……見えちゃってた?」
「見えちゃってました。私、同じものを見れるようになって、寂しさを少しでもとってあげたい。ふざけて誤魔化して距離を取らなくても、傷つけない人間だと思ってもらいたい」
「……そんな事言ってても私からいつか離れるでしょ?先に死んでしまう癖に」
「だから本物のあなたには言えない。言わずにいつか、でも、そんな顔させないようにするの。……待ってて」
すぅーっと意識が遠くなる。寝付く直前に見たエウディさんの表情は初めて見た顔で、やはりこれも幻影だったと安心した。
――――――――――――――――――――――――――
「バカね、あたしもあんたも、みんな、ほんとバカ」
寝てしまったサヤの瞼にに、エウディはキスを一つ落とした。
その頃、クロノは一枚の布を見つめていた。そしておもむろにその一端を持ち上げ、目を閉じ口付ける。敬愛を込めたその一連の儀式は、クロノの心が惑った時何度も繰り返された行為だった。
再び目を開いた時、もはや迷いは残っていない。唯一無二のその布は文字通り彼の命より大切なものであったが、下賜されたものではない。あるべき時にあるべき人へ渡るよう、彼はその布を保管庫に閉まった。
――――――――――――――――――――――――――
今までで一番充実した幻覚だった。本人だけど本人じゃないって、悪い事だけじゃ無いかもしれない。これを現実に引きずりさえしなきゃだけど。
次に香水を飲むのは来月で、月一回なら何とかなりそう。それに、昨日は発作が来なかった。もしかしたら、もう薬で発作自体は起きないのかも。
昨日と打って変わって、気持ちは軽く、朝食作りも捗る捗る。
捗って作りすぎました。個数は少ないけど品数が多い。よく見たらデザートも二種類作ってるわ。現実にすでに引きずってて自分で笑ってしまう。メニューもなんだか、エウディさんの好みの物ばかり。
本物さんはからかってくるか、単純に喜ぶかどっちかな、と考えていると甲板の方から声がするのに気付いた。何かトラブルがあったのかな?聞こえるのはリードさんの楽しげな声……。
火を止めて甲板に向かうと、クロノさんの声も聞こえた。それから、懐かしい声も。
「アルバートさん!」
「お、おはようさん。元気やったか?」
こちらを向いた彼の、その口と耳には真新しい銀色の鎖が揺れた。
「昨日の幻覚はいつもと違ったんでしょ」
「……違いました。昨日より前までは、私、ずっとクロノさんの姿のエウディさんに慰めてもらってたんです」
「え?あたし?」
エウディさんは驚いていた。
「はい、声もクロノさんなんですけど、表情とか、雰囲気はエウディさんで……だから、キスしても、抱きしめてもらっても、どこか幻覚だって分かってて本人とリンクしてませんでした」
クロノさん本人にされてる感覚も無ければ、本物のクロノさんを汚している気もしなかった。彼が私をからかう時の表情とも違ったから、完全に違う作り物扱いしていた。
「でも、昨日、エウディさんと喧嘩して、仲直りしてっていう表情を見て、その後の幻覚がより正確なクロノさんの仕草になりました。もちろん、クロノさんがあんな表情で愛を私に語る訳は無いから、幻影に間違いないって分かってるんです。でも」
クロノさんが愛するエウディさんだけに向ける表情を思い出す。
「クロノさんの、エウディさんだけに向けてる特別な表情を私が勝手に使うのはダメです。クロノさんの想いを踏みにじってる気がして」
「あたしそうは思わないけど、その、あたしはクロノが好きなわけじゃないじゃない?」
エウディさんにだから向ける特別な感情なら、例え、エウディさんがそれを独占したいと思って無くても、エウディさんのためだけのものだと私は思う。
「エウディさんに、クロノさんに恋して欲しいとは言いません。ただ、クロノさんの想いを知って、クロノさんの特別を再現してしまうあの幻覚は見たくない、です」
クロノさんも契約でエウディさんを妻にしただけで、私をからかうアプローチを簡単にしてしまうだけ、ならこんな風には思わない。本気の彼を知って、本気の彼の気持ちを利用はできない。
エウディさんは額に手を当てて俯|《うつむ》き、焦るように悩んでいた。
「どう、しよっか」
彼は私を後ろから抱きしめて、困り果ててポツリと呟いた。
「クロノさんの幻覚を見ないようにって出来ませんか?」
「うーん。……一応、少しだけ調合変えてみよっか。あたしのイメージもあるなら……あたしの幻覚になるかも。あたしなら、誰かに恋なんかしてないから気にする事ないわよね?」
流石に少し気まずげな声色になる。エウディさんの顔でエウディさんの表情、か。私が気まずいだけなら、その方が良い。私はエウディさんに「よろしくお願いします」と答えた。
クロノさんには喧嘩をした所を見てしまった事と、エウディさんが見えなかった事は謝罪と共に報告した。案の定、リードさんから先に私が見たらしい事は報告されていて、クロノさんも困った様な顔だ。こちらも昨夜のアレがあるので気まずく、ずっと目線は合わせられない。
そりゃー普通、閨の秘め事見られたって思ってたら居た堪れないですよね。今後は意図して見ないようにする訓練もしないと。やり方分かんないけど。
その夜、エウディさんに今晩も薬を飲む様に指示された。昨晩の一度寝てから幻覚を見る、と言うのは耐性を付けるには効果が低くなってしまったそうだ。
何卒エウディさんが来ますように!
祈る様にして、いつもと少し違うフレーバーの香水を干した。
高揚感とドキドキは軽く、そして少し眠い。人肌が恋しくなってくる……。やっぱりいつもとはちょっと違う……。
「あたしの事呼んだ?」
クロノさんのが現れる時より唐突に、私を後ろから抱きしめながら、エウディさんの幻影は現れた。
「呼びました」
「あら、嬉しい」
後ろから首を回されてキスをする……。仕草がエウディさんで、見た目もエウディさん。本人とキスをしているようで、やっぱり緊張はする……。
「あたしに、何して欲しい?」
「え?」
「それか、あたしに何かしたい?」
挑発するように誘われて、少しどきりとした。辛さの波が無いから、特にしてもらいたい事はないんだけど……
「何でも、いいですか?」
「いいわよ?特別、ね」
「じゃあお言葉に甘えて……」
私はエウディさんに抱きついて、背中を優しく撫でた。せっかくだから本物にはできない事、しちゃおう。
「え?これ?」
「私、エウディさん好きです。いつもありがとうございます」
「サヤ……」
力の無い私が言っても、本物のエウディさんにとっては迷惑かもしれない。力の面で対等にはなれる事は無くて、だから、凄く失礼な事かもしれない。それでも、いつもどこか寂しげで距離を置いているような彼に言いたかったこと……
「私、エウディさんに助けてもらわなくて良くなりたいです。本当は私もいつも助けてもらってるみたいにエウディさんを助けたいし、守りたい。力ではやっぱり叶う見込みは無いけど、いつかエウディさんに甘えてもらえるような人間になります」
「……あたしを甘やかしたいの?」
「うーん、いつも身を引いてて、ここから入らないでってしてるそっち側に行きたい、かな?」
「そんな風に……見えちゃってた?」
「見えちゃってました。私、同じものを見れるようになって、寂しさを少しでもとってあげたい。ふざけて誤魔化して距離を取らなくても、傷つけない人間だと思ってもらいたい」
「……そんな事言ってても私からいつか離れるでしょ?先に死んでしまう癖に」
「だから本物のあなたには言えない。言わずにいつか、でも、そんな顔させないようにするの。……待ってて」
すぅーっと意識が遠くなる。寝付く直前に見たエウディさんの表情は初めて見た顔で、やはりこれも幻影だったと安心した。
――――――――――――――――――――――――――
「バカね、あたしもあんたも、みんな、ほんとバカ」
寝てしまったサヤの瞼にに、エウディはキスを一つ落とした。
その頃、クロノは一枚の布を見つめていた。そしておもむろにその一端を持ち上げ、目を閉じ口付ける。敬愛を込めたその一連の儀式は、クロノの心が惑った時何度も繰り返された行為だった。
再び目を開いた時、もはや迷いは残っていない。唯一無二のその布は文字通り彼の命より大切なものであったが、下賜されたものではない。あるべき時にあるべき人へ渡るよう、彼はその布を保管庫に閉まった。
――――――――――――――――――――――――――
今までで一番充実した幻覚だった。本人だけど本人じゃないって、悪い事だけじゃ無いかもしれない。これを現実に引きずりさえしなきゃだけど。
次に香水を飲むのは来月で、月一回なら何とかなりそう。それに、昨日は発作が来なかった。もしかしたら、もう薬で発作自体は起きないのかも。
昨日と打って変わって、気持ちは軽く、朝食作りも捗る捗る。
捗って作りすぎました。個数は少ないけど品数が多い。よく見たらデザートも二種類作ってるわ。現実にすでに引きずってて自分で笑ってしまう。メニューもなんだか、エウディさんの好みの物ばかり。
本物さんはからかってくるか、単純に喜ぶかどっちかな、と考えていると甲板の方から声がするのに気付いた。何かトラブルがあったのかな?聞こえるのはリードさんの楽しげな声……。
火を止めて甲板に向かうと、クロノさんの声も聞こえた。それから、懐かしい声も。
「アルバートさん!」
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