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26 グール
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鉄格子の中には大きな動物が厳重に幽閉されていた。
長い首と胴体、尻尾。巨大なトカゲの様にも見えるが、頭部にエラの様な物も付いている。その四肢とエラの部分は、首輪と手錠、足枷で強く拘束されていて、多少首が動かせる程度で、ほとんど身動きは取れないようになっている。元の肌の色は黒かもしれないが、全体的にひどい火傷をしていて、ドロドロとした膿が流れ落ちていた。臭いはそこからしているようだ。
巨大トカゲは地に伏しており、目は閉じられていて、身動き一つしない。けれどくぐもった呼吸音がして、死んでない事だけは分かる。
教育課程でも見覚えのない生き物だ。口から覗いている牙から肉食獣である事は分かるけど……。
確認に十分な距離まで近づくと、ゆっくりとその生き物は目を開けた。赤い目は酷く怯えていて、でもその瞳は良く知っているそれだった。まさか、
「アルバート、さん?アルバートさん!」
アルバートさんの本能型だと確信して思わず駆け寄った。彼は首を少し持ち上げて、その目は少し大きく開く。
「こんな。ひどい怪我……火傷、ですか?」
「いえ、……これが、彼の発作です」
「そんなっ!」
涙が溢れた。幻覚で皮膚が溶けただけで恐怖だった。それが実際に皮膚が溶けて膿だらけになっている。痛いなんてもんじゃ無いはずだ。
少し離れていても感じる熱。怪我で発熱しているのか、患部に熱を持っているのか分からないけれど、これでは食事どころか寝る事もままならない。
「……アルバートさん。……私が、女が側にいると、こんな目に……?」
「サヤ……」
アルバートさんのままの声がした。
「ちゃうねん。これはサヤのせいやない。クロノ、格子開けたって?」
「……分かりました」
「ええか、サヤ、女が側にいたり触れたりしたからこうなる訳やない。もし、怖ないんやったら……」
格子が開いた瞬間に私は中に飛び込んだ。そしてそのままアルバートさんの首に抱きついた。
彼は大怪我をしているのに衝動に耐えられなかった。生きている。瀕死だったものがアルバートさんだと分かった時に一瞬感じた、彼が死んでしまうのではと思った恐怖に私は震えていた。
「……汚れるで」
「ごめんなさい、痛いですよね。でも、ごめんなさい。アルバート、さんが、死んじゃうかと思ってっ」
「痛ないねん。全然、痛ない。こんなん、辛ないから」
「アル、手錠外しますか?」
「いや、事故があったら怖い。せやから、サヤを離してもらえるか?」
「分かりました」
クロノさんに引き離されて、アルバートさんをもう一度見た。痛くないはずは無いと思うけど、確かにもう一度見たアルバートさんの瞳は先程より穏やかで、優しげな笑みさえ浮かべてる……。
そう思った直後、アルバートさんは血を大量に吐いた。
「アルバートさんっ!」
「大丈夫です。少し話し過ぎただけですから。アル、説明は私からでよろしいですね?」
アルバートさんは頷いた。
「サヤ、アルは、アルバートは、グールの一族です。グールは分かりますか?」
「……マンイーターの?」
「はい」
教育課程を思い出す。グールは残忍な人種だ。仲間以外への攻撃性は高く、異性の血肉を好む。トラップとしてヒト型では異性を引きつける容姿をしており、独特のフェロモンで捕縛し捕食または繁殖行為を行う……。
「異性の血肉を欲すると人種総覧にはありますが、実際は生きているために他人の生命エネルギーが必要な人種なのです。必要な生命エネルギーは少量ではありますが、吸収効率が悪い。最も効率が良いのが異性の血肉や分泌物となります。なので、人種として定期的な捕食や繁殖行動でそれを補う必要があるのですが……アルはそれを放棄しています」
「放棄?」
「ええ、アルはタブレット、人の爪や髪から作られたマンイーター用の粗悪なエネルギー源のみ摂取しています。常に空腹である事に慣れてはいますので襲う事は恐らくない」
「今までは、な。いつ理性が飛ぶかは分かへん」
「少なくとも長い付き合いの間でその拘束具が役に立ったことはありません」
アルバートさんはぐるるると喉を鳴らした。
「アルは、女性、それも効率良くエネルギーがもらえそうな相性の良い相手が側にいる時や戦闘時に生命エネルギーが回りきらないと目が赤くなり、その後元の姿に戻ってしまいます。それと、月の力が弱くなる新月近くは消費エネルギーが激しく、タブレットでは充分な量が賄えません」
人種総覧の説明とだいぶ違う。彼らは任意でヒト型にも元の姿にも変えられ、元の姿ではいかんなく資質が発揮される、とあった。それに、
「どうして、この様な酷い発作があるのですか?」
発作なんて記述は無かった。
「人の生命エネルギーを取り込む際に、爪や髪に含まれる毒物も取り込むからです。体に合わない人間の、それも代謝不要物はグールにとって毒なんですよ。その毒を体からあのように出そうとして、アルの体はは常に元の姿に戻ろうとしています。排毒は元の姿でないとでぎず、それをひと月分まとめてやるのであのようになります」
「リードさんは?」
「知っています」
「でしたら、なるべく船内では元の姿でいる方が軽くはなりませんか?」
「元の姿の時間が長いと、ヒト型に戻っても本能が強くなるそうです」
街に降りた時に女性を襲ってしまう、という事だ。
「じゃあ、やっぱり私は側にはいられない、ですね。常に女性が側にいるとタブレットの量が増えてしまう。毒が多いと、きっと発作も酷くなるでしょう、から」
嫌われたくない、と思っていた。でも今は、嫌われても良いからこんな発作が無くなって欲しいと身勝手にも願う。
「ほんまに辛ないんやけど、……サヤは納得せんわな」
「はい。私はアルバートさんがそんな風になるのは嫌です」
しゃあないな、という表情でアルバートさんの顔が近づいてきて、私の頭の上に頭を乗せられた。彼の大きな手で頭を撫でられてる時のような感じがする。触れた首筋の血管を介して感じる、ゆったりとした鼓動に安心感を覚えた。
「こんなんされてもビビらへん、か。そりゃ引かんわな」
「アルバートさん?あまり話されては……」
「なんとかする方法は、ある。せやから、心配せんでええ」
「え?」
「アル……。それではあの話を?」
「おお、後は頼むわ。それから、俺もサヤも限界やと思う」
「分かりました」
「あの?」
クロノさんに促されて部屋を出された。アルバートさんは限界と言っていたからお疲れなのかもしれない。だから、これ以上のお邪魔はできないけど……。
「クロノさん、今のはどういう意味ですか?」
「詳しくは今度アルから聞いてください。あなたもアルも消耗が激しい。今はお休みください」
消耗している、と言われて手を取られて、自分が真っ直ぐに歩けないほどである事にようやく気がついた。
翌朝、やはり何かの夢を見たけれど覚えていない。最近リアルな夢を見ている気がするけど、ほぼ忘れてしまうのってなんだかな、と思いながら朝の支度にかかった。
長い首と胴体、尻尾。巨大なトカゲの様にも見えるが、頭部にエラの様な物も付いている。その四肢とエラの部分は、首輪と手錠、足枷で強く拘束されていて、多少首が動かせる程度で、ほとんど身動きは取れないようになっている。元の肌の色は黒かもしれないが、全体的にひどい火傷をしていて、ドロドロとした膿が流れ落ちていた。臭いはそこからしているようだ。
巨大トカゲは地に伏しており、目は閉じられていて、身動き一つしない。けれどくぐもった呼吸音がして、死んでない事だけは分かる。
教育課程でも見覚えのない生き物だ。口から覗いている牙から肉食獣である事は分かるけど……。
確認に十分な距離まで近づくと、ゆっくりとその生き物は目を開けた。赤い目は酷く怯えていて、でもその瞳は良く知っているそれだった。まさか、
「アルバート、さん?アルバートさん!」
アルバートさんの本能型だと確信して思わず駆け寄った。彼は首を少し持ち上げて、その目は少し大きく開く。
「こんな。ひどい怪我……火傷、ですか?」
「いえ、……これが、彼の発作です」
「そんなっ!」
涙が溢れた。幻覚で皮膚が溶けただけで恐怖だった。それが実際に皮膚が溶けて膿だらけになっている。痛いなんてもんじゃ無いはずだ。
少し離れていても感じる熱。怪我で発熱しているのか、患部に熱を持っているのか分からないけれど、これでは食事どころか寝る事もままならない。
「……アルバートさん。……私が、女が側にいると、こんな目に……?」
「サヤ……」
アルバートさんのままの声がした。
「ちゃうねん。これはサヤのせいやない。クロノ、格子開けたって?」
「……分かりました」
「ええか、サヤ、女が側にいたり触れたりしたからこうなる訳やない。もし、怖ないんやったら……」
格子が開いた瞬間に私は中に飛び込んだ。そしてそのままアルバートさんの首に抱きついた。
彼は大怪我をしているのに衝動に耐えられなかった。生きている。瀕死だったものがアルバートさんだと分かった時に一瞬感じた、彼が死んでしまうのではと思った恐怖に私は震えていた。
「……汚れるで」
「ごめんなさい、痛いですよね。でも、ごめんなさい。アルバート、さんが、死んじゃうかと思ってっ」
「痛ないねん。全然、痛ない。こんなん、辛ないから」
「アル、手錠外しますか?」
「いや、事故があったら怖い。せやから、サヤを離してもらえるか?」
「分かりました」
クロノさんに引き離されて、アルバートさんをもう一度見た。痛くないはずは無いと思うけど、確かにもう一度見たアルバートさんの瞳は先程より穏やかで、優しげな笑みさえ浮かべてる……。
そう思った直後、アルバートさんは血を大量に吐いた。
「アルバートさんっ!」
「大丈夫です。少し話し過ぎただけですから。アル、説明は私からでよろしいですね?」
アルバートさんは頷いた。
「サヤ、アルは、アルバートは、グールの一族です。グールは分かりますか?」
「……マンイーターの?」
「はい」
教育課程を思い出す。グールは残忍な人種だ。仲間以外への攻撃性は高く、異性の血肉を好む。トラップとしてヒト型では異性を引きつける容姿をしており、独特のフェロモンで捕縛し捕食または繁殖行為を行う……。
「異性の血肉を欲すると人種総覧にはありますが、実際は生きているために他人の生命エネルギーが必要な人種なのです。必要な生命エネルギーは少量ではありますが、吸収効率が悪い。最も効率が良いのが異性の血肉や分泌物となります。なので、人種として定期的な捕食や繁殖行動でそれを補う必要があるのですが……アルはそれを放棄しています」
「放棄?」
「ええ、アルはタブレット、人の爪や髪から作られたマンイーター用の粗悪なエネルギー源のみ摂取しています。常に空腹である事に慣れてはいますので襲う事は恐らくない」
「今までは、な。いつ理性が飛ぶかは分かへん」
「少なくとも長い付き合いの間でその拘束具が役に立ったことはありません」
アルバートさんはぐるるると喉を鳴らした。
「アルは、女性、それも効率良くエネルギーがもらえそうな相性の良い相手が側にいる時や戦闘時に生命エネルギーが回りきらないと目が赤くなり、その後元の姿に戻ってしまいます。それと、月の力が弱くなる新月近くは消費エネルギーが激しく、タブレットでは充分な量が賄えません」
人種総覧の説明とだいぶ違う。彼らは任意でヒト型にも元の姿にも変えられ、元の姿ではいかんなく資質が発揮される、とあった。それに、
「どうして、この様な酷い発作があるのですか?」
発作なんて記述は無かった。
「人の生命エネルギーを取り込む際に、爪や髪に含まれる毒物も取り込むからです。体に合わない人間の、それも代謝不要物はグールにとって毒なんですよ。その毒を体からあのように出そうとして、アルの体はは常に元の姿に戻ろうとしています。排毒は元の姿でないとでぎず、それをひと月分まとめてやるのであのようになります」
「リードさんは?」
「知っています」
「でしたら、なるべく船内では元の姿でいる方が軽くはなりませんか?」
「元の姿の時間が長いと、ヒト型に戻っても本能が強くなるそうです」
街に降りた時に女性を襲ってしまう、という事だ。
「じゃあ、やっぱり私は側にはいられない、ですね。常に女性が側にいるとタブレットの量が増えてしまう。毒が多いと、きっと発作も酷くなるでしょう、から」
嫌われたくない、と思っていた。でも今は、嫌われても良いからこんな発作が無くなって欲しいと身勝手にも願う。
「ほんまに辛ないんやけど、……サヤは納得せんわな」
「はい。私はアルバートさんがそんな風になるのは嫌です」
しゃあないな、という表情でアルバートさんの顔が近づいてきて、私の頭の上に頭を乗せられた。彼の大きな手で頭を撫でられてる時のような感じがする。触れた首筋の血管を介して感じる、ゆったりとした鼓動に安心感を覚えた。
「こんなんされてもビビらへん、か。そりゃ引かんわな」
「アルバートさん?あまり話されては……」
「なんとかする方法は、ある。せやから、心配せんでええ」
「え?」
「アル……。それではあの話を?」
「おお、後は頼むわ。それから、俺もサヤも限界やと思う」
「分かりました」
「あの?」
クロノさんに促されて部屋を出された。アルバートさんは限界と言っていたからお疲れなのかもしれない。だから、これ以上のお邪魔はできないけど……。
「クロノさん、今のはどういう意味ですか?」
「詳しくは今度アルから聞いてください。あなたもアルも消耗が激しい。今はお休みください」
消耗している、と言われて手を取られて、自分が真っ直ぐに歩けないほどである事にようやく気がついた。
翌朝、やはり何かの夢を見たけれど覚えていない。最近リアルな夢を見ている気がするけど、ほぼ忘れてしまうのってなんだかな、と思いながら朝の支度にかかった。
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