20 / 59
20 フィフィさん
しおりを挟む
お店は閑散としていて、エウディさんはラッキーだといった。ここは主に馬車待ちの人が利用するそうで、帰りの馬車が混まないと確約された様なものだった。港町から外へ出る船の最終便はまだ先だからか、逆にこの時間程度から港町へは空いている。
飲み物を買って、まばらな客席につくと、ちょうど馬車が来るのが見える席が空いていた。
「……執行日はね、告知無しで執るものなのよ。良からぬ事を考えちゃう奴もいるからね。悪用されてたら、ルルーは鎖を失ってたかもしれないの」
甘めのフレーバーだけど、味は少し苦い。そんなお茶を飲みながら、彼は説明してくれた。
長い髪を無造作に束ね、それからこぼれ落ちた髪の束は柔らかく巻いて風になびいている。シンプルな服は作業効率重視な簡素なものなのに、彼のいる場所一点だけがこの軽食屋では別世界に見え、少しドキドキする。
「彼も迂闊な方では無いんだけど、あたしの方が上手なんだから反発しなきゃ良いのに」
「鎖を失うとは?」
「帝国の管理下から外れるって事。身分保障も無ければ、安定した給餌もままならないわ。帝国ではマンイーターが食べるために人を殺せば問答無用で死刑だし、その死刑が私刑でも罪にならないからね。それに鎖の跡は消えないから、まぁ、社会的にも死んだ様な感じよ」
「そんな……」
「それより、あんたどうする?」
「え?」
「ルルー達はあんたの教育をルルーがやるつもりだったっぽいけど、さっきの様子だと別のお仕事が下ったみたいよ?デイノは職人系だから、教育課程に関して言えば壊滅的に先生に向いてないわ」
確かに、デイノさんは手を動かす事は上手く教えてくださるけど、知識関係は見て覚えろタイプだ。
「あたし、教えてあげよっか?」
「え?」
「リードん時も教育課程では無いけど、先生役やってあげたのよ。言ってもあいつはほとんど暗記は自分でできたけど。街で実地訓練は、完全にあたしが手ほどきしたわ」
リードさんの先生……。もしかして、アルバートさんが言ってたあいつが居るって、このエウディさんのこと?
「いいんですか?」
「もちろん。ただ、来週からの助っ人をデイノに申し出る時に少しお力添えをお願いね。丁度仕事が契約満了で困ってたの」
両手を合わせてお願いされて、私は「もちろんです」と答えた。
宿に戻りエウディさんがデイノさんに助っ人について話すと、彼女は少し訝しんだ。やはり、執行日が事前に漏れる事はあってはならなかったらしい。私は経緯を説明した。
執行日は年に数回しか無い。満月にかからないその時期に事前に人を雇うと執行日がバレてしまう危険があるので、宿としては事前に周囲に分からない様に助っ人を雇うのは毎回苦慮していたらしい。
当日に助っ人を雇う事がほとんどで、賃金も高く、雇えない日は寝ずの番が数日にもなる。今回は私の家庭教師として今日から雇い入れる体にできるし、リードさんで前例があるから、執行だとは思われないだろうとのエウディさんの意見にデイノさんも同意した。
一般的な宿の仕事としてだけでなく、エウディさんの方が全てにおいて先輩だった。料理や掃除もソツなくこなし、当然知識も豊富。教え方も上手くて、人手もあるから勉強時間も確保できる。ひと月も無い期間なので、ダイジェストと勉強の仕方、それから万事屋に必要なところを重点的にお願いした。拘束具の使い方や、マンイーターの専門的な知識、教科書外の事もどんどん教えてもらえる。お陰様で満月の大入りの日も滞りなく終わり、執行日も無事迎える事が出来た。
実地訓練は主に外、それも酒場が多かった。アルバートさんは心配していたけれど、一人では無いし、身につく事が格段に多かった。エウディさんは毎日色んな種族の人を紹介してくれたり、色んな海域の話を聞く事が出来た。それにそもそもとして、楽しい。
「サヤはなんで好きな人作らないの?分化したくない?」
「えっと、好きな人って作るものなんですか?」
「あなた構造としては成熟してると思うのよねー。ちゃんと心にフォーカス持って行ったら、できると思うんだけど」
「うーん、心当たりが無いです」
「ドキドキーとか、きゅんっ、とか、かっこいいなー、みたいなのは?」
アルバートさんの顔が一瞬浮かぶ。いや、でも、それを言えばエラスノのメンバー全員がかっこいいし、女の人の方のエウディさんは可愛いと思う。ついでにプテラ乙女にもときめいた事がある。
「あ、今誰か思い浮かべたでしょ?誰よ誰よ?」
「皆さん好きですよ」
「何、クロノみたいな事言ってんの。じやぁねー、その誰かが、他の異性と仲良しだときゅーってなる、みたいなのが恋愛的な好き、よ」
アルバートさんは……デイノさんと仲良いところを見たけどなんとも無かったし、リードさんの女遊びを聞いた時も同じく何も……。でも、敢えて言えば
「クロノさん、かな……」
「なになに、あんた、エウディに嫉妬してんの?」
「や、嫉妬っていうか……嫉妬なのかな?ちょっとモヤモヤしなくはない、というか……って、そもそも、お二人はご夫婦だし!」
アルコールが少し進むといつも口調がつい砕けてしまう。エウディさんは初回に謝った時に気にしなーいと言ってくれていたので、時々無礼講になる。
「ふーん、いーじゃんいーじゃん、取っちゃえ」
「いやいやいや、取れるわけ無いですって、エウディさん超可愛いし超性格良いし!」
「あらー、そーなの?」
「あなたじゃないですよ?」
「え、何よ、私は可愛くも無くて性格も悪いの?」
「え、いや、その、可愛いっていうか美人で、性格も良い……です」
「よろしい。まぁ、カッコいいって言われないのはちょい不満だけどね」
髪をかきあげる彼は美人だし、十分カッコいい。周囲の男女もチラチラとこちらを見る程に。
「でもさー、恋心自体を押し潰すのは相手にも失礼よ」
「そうかな」
「叶う、叶わないは別でさ、好きって求める感情自体は押し込めちゃうと悪い気持ちにしかなんないわよ。好き、それから成就でも玉砕でも良いじゃん。ちょっとは考えてみ?ダメなら、私が慰めてあげる」
そう言って横に座っていた彼は私の首筋にキスをした。あの甘い香りがして、お酒のせいかクラクラする……
「ちょっと!そこのちんちくりん!」
視界外か、金切り声がして見やると、そこにはプテラ乙女が立っていた。
「あなた!アルバート様がいながら!そんな!ばかなの!」
手にはジョッキで、私とエウディさんの間に割り込むように彼女は座った。
「エウディ様!この娘!この娘がアルバート様をたぶらかしたあの娘です!」
「フィフィ、あんたにアルバートは無理って言ったじゃない。まーだ、追っかけてんの?」
「だってかっこいいんだもん!」
会話に口を挟む間も無く、プテラ乙女、もといフィフィさんは机に突っ伏して泣いてしまった。
「アルバートさんだけで無く、エウディ様もなんて狡いー!」
「あの、フィフィさん?エウディさんは私の家庭教師です……」
「そうそう、それに、アルバートが一方的にお熱なんでしょ、この子が本気にならなきゃ番にもなんないわよ」
「番にもならず婚約状態放置だなんて、なんて……」
「あの、番ってなんですか?」
ヒートアップしていたフィフィさんがぴたりと止まって、怪訝な顔で私を指差しながらエウディさんに目で問うている。居た堪れない。
「この子、記憶喪失ですって。それで私がカテキョしてんの」
「じゃ、じゃあ、もしかしてビロンギングカードの婚約中って……」
「相手がどなたか皆目……」
「それって、記憶が戻ったらしたら、アルバート様からターゲットが移るって事?」
「ええと」
「そもそも、この子自体はアルバートに本気じゃ無くない?」
あれ?アルバートさんと恋人設定維持しなきゃ不味くない?と思ったけど遅かった。
「わたくし、あなたの記憶が戻る事に全力投球しますわ!」
私の両手をひしと握って、フィフィさんは宣言した。
飲み物を買って、まばらな客席につくと、ちょうど馬車が来るのが見える席が空いていた。
「……執行日はね、告知無しで執るものなのよ。良からぬ事を考えちゃう奴もいるからね。悪用されてたら、ルルーは鎖を失ってたかもしれないの」
甘めのフレーバーだけど、味は少し苦い。そんなお茶を飲みながら、彼は説明してくれた。
長い髪を無造作に束ね、それからこぼれ落ちた髪の束は柔らかく巻いて風になびいている。シンプルな服は作業効率重視な簡素なものなのに、彼のいる場所一点だけがこの軽食屋では別世界に見え、少しドキドキする。
「彼も迂闊な方では無いんだけど、あたしの方が上手なんだから反発しなきゃ良いのに」
「鎖を失うとは?」
「帝国の管理下から外れるって事。身分保障も無ければ、安定した給餌もままならないわ。帝国ではマンイーターが食べるために人を殺せば問答無用で死刑だし、その死刑が私刑でも罪にならないからね。それに鎖の跡は消えないから、まぁ、社会的にも死んだ様な感じよ」
「そんな……」
「それより、あんたどうする?」
「え?」
「ルルー達はあんたの教育をルルーがやるつもりだったっぽいけど、さっきの様子だと別のお仕事が下ったみたいよ?デイノは職人系だから、教育課程に関して言えば壊滅的に先生に向いてないわ」
確かに、デイノさんは手を動かす事は上手く教えてくださるけど、知識関係は見て覚えろタイプだ。
「あたし、教えてあげよっか?」
「え?」
「リードん時も教育課程では無いけど、先生役やってあげたのよ。言ってもあいつはほとんど暗記は自分でできたけど。街で実地訓練は、完全にあたしが手ほどきしたわ」
リードさんの先生……。もしかして、アルバートさんが言ってたあいつが居るって、このエウディさんのこと?
「いいんですか?」
「もちろん。ただ、来週からの助っ人をデイノに申し出る時に少しお力添えをお願いね。丁度仕事が契約満了で困ってたの」
両手を合わせてお願いされて、私は「もちろんです」と答えた。
宿に戻りエウディさんがデイノさんに助っ人について話すと、彼女は少し訝しんだ。やはり、執行日が事前に漏れる事はあってはならなかったらしい。私は経緯を説明した。
執行日は年に数回しか無い。満月にかからないその時期に事前に人を雇うと執行日がバレてしまう危険があるので、宿としては事前に周囲に分からない様に助っ人を雇うのは毎回苦慮していたらしい。
当日に助っ人を雇う事がほとんどで、賃金も高く、雇えない日は寝ずの番が数日にもなる。今回は私の家庭教師として今日から雇い入れる体にできるし、リードさんで前例があるから、執行だとは思われないだろうとのエウディさんの意見にデイノさんも同意した。
一般的な宿の仕事としてだけでなく、エウディさんの方が全てにおいて先輩だった。料理や掃除もソツなくこなし、当然知識も豊富。教え方も上手くて、人手もあるから勉強時間も確保できる。ひと月も無い期間なので、ダイジェストと勉強の仕方、それから万事屋に必要なところを重点的にお願いした。拘束具の使い方や、マンイーターの専門的な知識、教科書外の事もどんどん教えてもらえる。お陰様で満月の大入りの日も滞りなく終わり、執行日も無事迎える事が出来た。
実地訓練は主に外、それも酒場が多かった。アルバートさんは心配していたけれど、一人では無いし、身につく事が格段に多かった。エウディさんは毎日色んな種族の人を紹介してくれたり、色んな海域の話を聞く事が出来た。それにそもそもとして、楽しい。
「サヤはなんで好きな人作らないの?分化したくない?」
「えっと、好きな人って作るものなんですか?」
「あなた構造としては成熟してると思うのよねー。ちゃんと心にフォーカス持って行ったら、できると思うんだけど」
「うーん、心当たりが無いです」
「ドキドキーとか、きゅんっ、とか、かっこいいなー、みたいなのは?」
アルバートさんの顔が一瞬浮かぶ。いや、でも、それを言えばエラスノのメンバー全員がかっこいいし、女の人の方のエウディさんは可愛いと思う。ついでにプテラ乙女にもときめいた事がある。
「あ、今誰か思い浮かべたでしょ?誰よ誰よ?」
「皆さん好きですよ」
「何、クロノみたいな事言ってんの。じやぁねー、その誰かが、他の異性と仲良しだときゅーってなる、みたいなのが恋愛的な好き、よ」
アルバートさんは……デイノさんと仲良いところを見たけどなんとも無かったし、リードさんの女遊びを聞いた時も同じく何も……。でも、敢えて言えば
「クロノさん、かな……」
「なになに、あんた、エウディに嫉妬してんの?」
「や、嫉妬っていうか……嫉妬なのかな?ちょっとモヤモヤしなくはない、というか……って、そもそも、お二人はご夫婦だし!」
アルコールが少し進むといつも口調がつい砕けてしまう。エウディさんは初回に謝った時に気にしなーいと言ってくれていたので、時々無礼講になる。
「ふーん、いーじゃんいーじゃん、取っちゃえ」
「いやいやいや、取れるわけ無いですって、エウディさん超可愛いし超性格良いし!」
「あらー、そーなの?」
「あなたじゃないですよ?」
「え、何よ、私は可愛くも無くて性格も悪いの?」
「え、いや、その、可愛いっていうか美人で、性格も良い……です」
「よろしい。まぁ、カッコいいって言われないのはちょい不満だけどね」
髪をかきあげる彼は美人だし、十分カッコいい。周囲の男女もチラチラとこちらを見る程に。
「でもさー、恋心自体を押し潰すのは相手にも失礼よ」
「そうかな」
「叶う、叶わないは別でさ、好きって求める感情自体は押し込めちゃうと悪い気持ちにしかなんないわよ。好き、それから成就でも玉砕でも良いじゃん。ちょっとは考えてみ?ダメなら、私が慰めてあげる」
そう言って横に座っていた彼は私の首筋にキスをした。あの甘い香りがして、お酒のせいかクラクラする……
「ちょっと!そこのちんちくりん!」
視界外か、金切り声がして見やると、そこにはプテラ乙女が立っていた。
「あなた!アルバート様がいながら!そんな!ばかなの!」
手にはジョッキで、私とエウディさんの間に割り込むように彼女は座った。
「エウディ様!この娘!この娘がアルバート様をたぶらかしたあの娘です!」
「フィフィ、あんたにアルバートは無理って言ったじゃない。まーだ、追っかけてんの?」
「だってかっこいいんだもん!」
会話に口を挟む間も無く、プテラ乙女、もといフィフィさんは机に突っ伏して泣いてしまった。
「アルバートさんだけで無く、エウディ様もなんて狡いー!」
「あの、フィフィさん?エウディさんは私の家庭教師です……」
「そうそう、それに、アルバートが一方的にお熱なんでしょ、この子が本気にならなきゃ番にもなんないわよ」
「番にもならず婚約状態放置だなんて、なんて……」
「あの、番ってなんですか?」
ヒートアップしていたフィフィさんがぴたりと止まって、怪訝な顔で私を指差しながらエウディさんに目で問うている。居た堪れない。
「この子、記憶喪失ですって。それで私がカテキョしてんの」
「じゃ、じゃあ、もしかしてビロンギングカードの婚約中って……」
「相手がどなたか皆目……」
「それって、記憶が戻ったらしたら、アルバート様からターゲットが移るって事?」
「ええと」
「そもそも、この子自体はアルバートに本気じゃ無くない?」
あれ?アルバートさんと恋人設定維持しなきゃ不味くない?と思ったけど遅かった。
「わたくし、あなたの記憶が戻る事に全力投球しますわ!」
私の両手をひしと握って、フィフィさんは宣言した。
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【R18】今夜、私は義父に抱かれる
umi
恋愛
封じられた初恋が、時を経て三人の男女の運命を狂わせる。メリバ好きさんにおくる、禁断のエロスファンタジー。
一章 初夜:幸せな若妻に迫る義父の魔手。夫が留守のある夜、とうとう義父が牙を剥き──。悲劇の始まりの、ある夜のお話。
二章 接吻:悪夢の一夜が明け、義父は嫁を手元に囲った。が、事の最中に戻ったかに思われた娘の幼少時代の記憶は、夜が明けるとまた元通りに封じられていた。若妻の心が夫に戻ってしまったことを知って絶望した義父は、再び力づくで娘を手に入れようと──。
【共通】
*中世欧州風ファンタジー。
*立派なお屋敷に使用人が何人もいるようなおうちです。旦那様、奥様、若旦那様、若奥様、みたいな。国、服装、髪や目の色などは、お好きな設定で読んでください。
*女性向け。女の子至上主義の切ないエロスを目指してます。
*一章、二章とも、途中で無理矢理→溺愛→に豹変します。二章はその後闇落ち展開。思ってたのとちがう(スン)…な場合はそっ閉じでスルーいただけると幸いです。
*ムーンライトノベルズ様にも旧バージョンで投稿しています。
※同タイトルの過去作『今夜、私は義父に抱かれる』を改編しました。2021/12/25
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる