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15 カジノ3

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 予定の時刻になると彼は普段通りの、いつもの彼にに戻った。安堵と少しの寂しさの様な感情を抱えてエスコートされながら部屋を出ると、驚くべき事にプテラ乙女達は退場した時と寸分違わぬ状態で待っていた。あれ?30分は経ったよね?

「……ア、アルバート、様、まさか、そんな、本当に……」

 わななく彼女の様子で偽装工作は成功した事が分かる。知識ゼロでよく頑張った!私!
 とはおくびにも出さずにすましているけど、この後どうするべきか。

 アルバートさんが私の後ろに回ったので、私が何か言うべき?と考えていると、左手が上に持ち上げられた。頭上まで上がって、手の甲と指の境にソフトな感覚とちゅっと言うリップ音。

「プテラの座長はん?……こいつに手ぇ出したら、わかっとるな?」
「………………!」

 声にならない何かを呻いて、プテラ乙女は去っていった。ついでに一瞬の間を開けて観客の乙女ーズも蜘蛛の子を散らしたようになった。なんなんだ。アルバートさん、威嚇でもしたの?

「……これだけ派手にやってしまったら、後々大変では?」
「ん?これからもおんなじポジションやろ?快適やんけ」
「いえ、でも、いつかは男になる訳ですが、私」
「……女装やな」

 アルバートさんは面倒な取り巻きの無い生活のために何か大切なものを悪魔に売り渡したらしい。

 しばし妙な沈黙は流れたが、仕切り直しだ。

 クロノさん達は終わればまたフロアに戻ってくるそうなので、今度は勉強がてらアルバートさんのゲームを観戦する事にした。
 低レートのルーレットは私の心臓に比較的優しげ。

「サヤもやれ」
「いや、私は……」
「まあまあ」

 膝に乗っけられて、ゲームに参加させられるが一向に勝てない。3回に1回は勝って増やし続けるアルバートさんが謎すぎる。

「サヤ、目に頼ったらあかん。俺らは視力がええ。これは目は使こてへんっちゅう事やねん。眼球通して光を感じてるだけやったら海の底までは見えんのや」

 それは、以前にも教えられた事だった。周辺視野と純粋な視力ももちろん良い。その上で音や風、場の力を総合的に脳で再構成して私達は飛び抜けた視力を操っている。

「ええか、今度は『ちゃんと』見とけ」

 ゲームを観察する。ルーレットやディーラーはもちろん、アルバートさんを含めたプレイヤー、それから観客。何かが、引っかかってきた。感じる違和感に焦点を当てていくと……。

「あっ」
「気いついたか」

 耳元で、まるで恋人同士が愛を囁くように見せながら、アルバートさんに問われて、私は頷いた。

「ほなら、サヤ、やってみ」
「はい」

 プレイヤーで着実に勝っている人がアルバートさん以外にいる。その人がテーブルに置いている左手の、中指と薬指が離れた時は必ず当てているのだ。

「勝ちすぎたらあかんで」

 囁きに小さく頷いて答える。同色と数字は固まりで賭ける。と、横からアルバートさんが違う所にもコインをのせた。予想通り、私は少し増やしてアルバートさんは外す……

「おお!やったな!」
「初めて当たりました!」

 少し大げさかと思ったけれど、喜んで見せて偶然を強調した。

「ほな、『今日はここまでにしよか』」

 船で教えてもらう時と同じ言葉で、習得の時間は終えられた。席を辞すと換金に行くと、全員分の豪華なディナー二回程度の儲けになった。

「ルーレットはあれのご相伴の預かるのが、まぁ、安全やな」
「……その言い方ですと、いつもは違うやり方なんですか?」
「いつもはリードと組んで、やっとる。俺の目とリードの脳内ルーレットにお任せや」
「能力使えば何でもありですね……」
「まあな」

 アルバートさんは意味ありげにバースペースに視線を移した。バースペースは少し高くなっていて、フロアの大きなゲームをする場所は少し低くなっている。1番人気のゲームは階段状のフロアの1番下で、視力が良ければ観覧できた。飲みながら観戦している客もいるだろうなと思ったが、客のほとんどは先程と変わらずノンアルコールだ。そして、じっと各々はそれぞれを観察している……。
 なんとなく先ほど教えてもらった見方を試す。集中して焦点を広げる……。
 そのうちの一人が立ち上がった。不自然さが視界に引っかかり観察すると、彼の視線は一点を見たままで、私達のように周辺視野で焦点は絞らないようだ。その人はあるゲームをしている一人に近寄って……何かを話した後、上の個室のあるフロアに向かったようだ。

「バースペースのな、上に監視カメラあんねん」
「監視カメラ?ですか?」
「せや、で、上の個室で客に見せとる。ここに遊びに来る奴もおるけどな、今日は仕事の奴の方が多いらしいで」

 仕事?バースペースにいる人達は個室にいるご主人様の目や手足になって何か仕事をしている?

 もう一度フロアを見回したが、使用人を遠ざけてまで遊んでいるような遊び方をしている『ご主人様』らしい人はほとんど見当たらない。

 ダーツスペースでは、高得点の丸の線に沿ってぐるりとダーツが刺さっていっている。それができるならかなり稼ぐ事はできるはずだ。だけど、あえてそんな事はせず、自分の腕を誰かに見せている様だ。相手は誰?

「カジノって、もしかして……見本市、ですか?」
「サヤは察しがええなぁ」

 にかっと笑ってアルバートさんはいつも通り私の頭を撫でようとした、が、髪が乱れてしまう事に気がついて私の毛束に沿って手を滑らせた。指は先端まで行って、そのまま毛先にキスをした。

「……観客、おるやろ?」

 いますよ。いますけども!

 演技でそんな優しげに微笑みながら、髪にキスしないで欲しい。

「……心臓に悪いです」
「さよけ」

 エラスノの新参者が勝ったから、一応マークされてるらしく、乙女以外の人の視線をさっきの勝負のあとから確かに感じていた。その観客達に『私』は商品でない事をアピールする必要がある事は今しがた理解した。したけどね……。

 カジノは能力を見せて、それを売り買いする場所だった。能力を使って小銭を稼いで、大きなゲームに参加して勝つ。目的に合った能力を持つものを探して、交渉する場所だから、逆にイカサマも当然あるのだ。遊びだけの人が運だけで残らないようにするために。

「お勉強はお済みですか?」

 アルバートさんと同じようにフロアを眺めて感心していると、クロノさん達が見ていた方と真逆の、入り口近くから現れた。

「なんで、こっちから出とんねん。つーことは依頼、受けたんか」
「ええ、リードを正当に評価してくれる相手でしたので」

 と言うことは、今日の依頼は初めからリードさんの能力の売買だったのだろう。当のリードさんはあまり浮かない顔をしていた。

「決裂やとフロアの前から、合意やと裏から出る。前から出たらまだ仕事受付中っちゅうことや。とりあえず、出よか」
「そうですね、では換金を……時間潰しで少し上がりが出たので、これもついでにお願いします」

 渡されたのは1番高い札一掴み……。100年通っても自分には拝めないと思う。

 アルバートさんと一緒に換金して戻ると、クロノさんは身なりの良い商人風の男性と談笑していた。リードさんが浮かない表情のまま側に控えているし、先程の取引相手なのかもしれない。

「……皆様お時間がありましたら、少し休憩されて行かれませんか?なかなかの娘をご用意させていただきます」
「……サヤ、先外行っとこか」

 聞こえる内容から判断すると接待のお誘い?アルバートさんは私の腰を抱くように引き寄せて、外へと促した。苦手だものね、と苦笑いしそうなる。

「女連れの者もおりますし、本日は遠慮いたしますね。とても魅力的なお誘いですが」
「お部屋のみのご用意も、もちろん。英雄が色を好むのは当然でございますれば」

 少しアルコールか入っているのか、相手は引かない。ご新規様なら、接待は不可欠なのか。クロノさんに任せて、その場を離れようとして……

「……困りましたね。妻に叱られてしまいます。どうか、ご勘弁ください」

 ……妻?

「あ、ああ!そうでございましたな。クロノ様は愛妻家でいらっしゃった!失礼いたしました。しからば、甘いものでもお持ち帰りください。奥方さまにも何卒よろしく……」

 妻?クロノさん……結婚してるの?

「……落ち着け。行くで」

 アルバートさんに囁かれ、一瞬真っ白になってしまった意識が戻る。
 それはそうだ。一緒に生活してきて彼が既婚だと感じた事は無い。アルバートさんのように、何か設定があってもおかしくない。私達はそのまま外に出た。そして、夕食に目星をつけていた店に向かった。

――――――――――――――――――――――――――

 食事を終えて船に戻り、シャワーで化粧を落とす。見慣れた姿と身軽な衣服。どことなく浮き足立っていた気分がようやく落ち着いた。
 周りからはどの様に見られていたのだろうか、と考えて、アルバートさんとのやりとりを思い出し、穴を掘って永眠したくなった。
 一方で、まるで魔法にかかったような幸福感のような物も感じていた。正装したアルバートさんはいつもと違った風で、エスコートされると物語の中にいるようで。
 しかし、このままではまずい。アルバートさんに惹かれてはまずい。仕事をしてる所とか、頼りになる所、笑顔が優しい所でも十分危険なのに、これは冗談でなく女側に傾きそうだ。

 頰をパシパシ叩いて風呂場から出ると、外にリードさんがいた。

「あれ?お先でした。ブースは空いてたので入ってくださっても良かったんですよ」
「あ、うん。お風呂じゃないんだ」
「では、私にご用意ですか?」
「うん、少し……甲板の方に行こ?」
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