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 遥か昔、森には多種多様な生き物がいた。それらを統べ、安定させてきたのがルシファーという狼だ。
 人と森は今より距離は遠く、滅多に邂逅する事は無かった。

 ところがある時、森の奥で異変が起きた。それは森を破壊しうる物だった。森の王ルシファーは原因を突き止めるべく人間にも近づかざるを得なかった。

 運命は時に残酷で、ルシファーは人の中に運命の一人を見つけてしまう。

 ルシファーの下には、腹心の索冥と人の世界からあぶれた異能を持つ人間の子がしもべとして付き従っていた。

 索冥と人の子はルシファーの役割を分かち合い、森の王は大神を辞して人として生きる道を選んだ。

「私はそのルシファーの子孫に当たります。索冥は森の外から森を守り、同時にルシファーとその子孫の補佐を、人の子は森の中でルシファーの代理を務める事になりました。最も、私の頃には森を守る事については伝えられていませんでしたが」

 それでナルさんは使令もどきになったり、特殊なスキルがあったりしたのか、と逆に納得だ。

「獣の血が流れている事自体は隠しておらず、我らにとってはむしろ誇り。しかし、人の世界ではあまり良い事とは捉えられません。そこを前サンダーランド公に保護してもらった。ゆえに、我らは前サンダーランド一族に忠誠を誓いました。潰えてしまった後はその遺志を継ぐ事を誓っています。ダイリ殿、そして索冥の使命を知り得たのはカリン様のおかげです」
「兄様がその、今の説明の人の子に当たるんだね」
「そうだ。俺に名前は無く、故にちなんで呼ぶ必要のある時はダイリと呼ばせている」

 兄様、安直です!

「じゃあ、森の異変の原因は?それが、兄様達の戦う相手なんだよね。ここの雰囲気、皆で集まってる感じだとそれは魔王なの?」
「魔王なんていねぇんだよ。そもそも」

 魔王はいない?それは、雨情が言っていた通りという事だ。
 リオネット様を見ると、彼は頷いた。

「魔王、というか、力を与えてくれる存在はいます。力を欲せば魔力を与えてくれる。それはどちらかというと自然現象に近い。私があの世界からこちらに来た時、カリンがこちらに戻りたかった時、助けてくれたアレに名前をつけるならば、神だったと思います。神は力を与える。ただそれだけです」

 私が二度目にこちらに来た時、私は確かに何かの声を聞いて準備して、そしてこちらに来れた。

「女王陛下が呼んだからじゃ無いの?」
「召喚の力はあちらから来たいと思う者がいた時に、あの魔法陣に呼び寄せる力です。無理矢理あちらから呼ぶ事は恐らく出来ない。あちらで、神から力をもらったり、私の様にこちら生まれでそもそも力を持っていた者がこちらへ望んで来る。望む事に魔力が絡まり、一種の魔法陣となってゲートとなります。そのゲートは空気中のマナを消費するので、その時代のその場所でしか出ることが出来ない。時間の流れは歪み、女王の魔法陣で呼ばれた瞬間が我らの出口になるのです。実際、今あちらからの思念を妨害する簡単な細工で、女王クラリスは聖女を召喚できなくなった」

「……クラリス女王陛下が、黒幕なの?」

 可愛らしく笑う陛下の顔が浮かぶ。

「彼女は民を想う人の様に思えたよ?」
「ええ、彼女は民の事を想っています。この世界の人間だけを、ね」

 この世界の、人間。

「貴族は民を守る。けれど魔王相手には異世界の少女に戦わせる。おかしいでしょう?お供も異世界人。そうでなければ帰還人か原石。どちらも貴族に守られる世界から逸脱しそうな駒です。平民の心が分かる貴族などいてはいけない。原石は可能な限り貴族化させて、ダメな場合は魔王征伐で葬られる。サンダーランドの一族は半分獣の血が入っている。守る民には入っていない」
「そんな」
「加護はこの方法をコントロールするのに都合が良いんですよ。実際、勇者の加護は精神面に強い影響がある。貴女は女王を裏切りにくい精神的な影響下にあって、お話するのがここまで遅くなった。この結界の中ですら、陛下に同情シンパシーを持ってしまう程に」

 クラリス女王陛下が……。信じられないという思いと、そうかもしれないという思いの間に裏切られたという感情は生まれなかった。代わりに、彼女が敵では無い可能性を増やす理由を、私は無意識に探している。これが、加護、か。

「魔王征伐は?行った人が皆亡くなる訳じゃない。証言もある。さっきのじゃ説明がつかない」
「聖女の加護はクラリスの洗脳が強い。共感性強化、民への慈悲、そして、獣への嫌悪。パニックになりやすく、幻覚も出ます。そして、全てが終われば都合良く記憶が改竄される。……魔王は南にいるとされていますが、本当は南の地には東西北の森の奥にランダムで移動させる結界が張られているんですよ。森の奥に行けば行くほど、強い聖獣や瑞獣がいて、テリトリーを守るその獣達は魔王討伐に来たパーティーを攻撃するでしょう。聖女は獣嫌悪とパニックを発症し、恋慕で縛られた勇者がそれを叩きのめす。白魔道士はそこにいる人間が傷つくのを放置できない精神仕様で、黒魔道士は人を力で止めるような魔法は使えない。自分の命を守るため白魔道士や黒魔道士も戦うしかない。それ以外の記録係や補助はそもそも結界で飛ばされず幻覚を見せられて帰ってくる。記憶を改竄された聖女と支配下の勇者以外の魔導士は帰ってこないことも多い」

 リオネット様は、何故私がそんな質問をしているかの理由が分かっている様だった。穏やかにでも確実に論破してくる。池に引き込まれていく私を掬う様に。

「どうして?そんな事をさせる必要があるというの?」
「マナの空気中の貯留は事実として力を求めるものが簡単に魔力を得られる様になる。自然現象の怨嗟の発露は自分の最大魔力量以上に力を求めた結果なのです。つまり怨嗟が発露する者は確かに増えてしまう。ところが、聖女の召喚はマナを大量消費する事ができます。それから、空気中のマナが増えると瑞獣も生まれやすくなり、街の裾野の聖獣も怨嗟が発露しやすくなる。聖女が森で暴れてくれると、すごい量のマナが消費されるんですよ。瑞獣を減らし、空気中のマナも減り、聖なる国は安泰だ」

 私のなかの陛下の反論が、枯渇していく。

「私をワントに送ったのも彼女だというの?」
「何か、2人きりの時に不都合な事を言ったのでは?」
「私は異世界人だって言った。それから一回目は森で動物と暮らしてたって。後、人や獣を殺した事があるかどうかも聞かれた」
「……動物が殺せないから不要と思われたのか、それとも殺さざるを得ない状況で殺せる様にしたかったのか。異世界人を憎む者を当てて来た事と、その後の女王の様子からだと後者でしょうか。自分の駒のエイスの腕を奪ってもカリンの事を罰しようとはしなかった。むしろ大量のマナを消費するカリンは女王クラリスにとっては都合が良かったのでしょう」
「私があの時お側を離れたばかりに……」
「その点は私がナルニッサに話をしてなかったせいですからね。そして、アレがあったから私達はナルニッサに真実を話す事になり、索冥殿がダイリ殿に話を繋げてくださった。カリンに近いナルニッサに話すのは賭けだったんですよ。クラリスの影響をカリンを通して受けている可能性はあったのですから。本当に皮肉です」

 私が召喚された時、私が聖女だった時に備えてアッシャーが対策をしていた事、勇者見習いだったら2人で守るつもりだった事なども知らされた。私が呼ばれるまでは、聖女にマナを大量消費させならが怨嗟を払いまくらせて、征伐に行ってないのに怨嗟が出ない(=勝利)とする方向にしようとしていたそうだ。そして、磐石だった聖なる国に穴を開けようとしていた。
 私が現れて計画は狂う。リオネット様達だけで無く、それは女王も同じ。

 最早、反論はし得ない。

 兄様が私の肩に手を置いた。

「森はもう、持たない。本来瑞獣は奥深くで生きていく生き物だ。人に干渉すれば、争いを生む。その森の、人の手の届かない場所は女王に破壊し尽くされた。次、聖女が破壊する場所はここしかない。その時は迎え撃つ以外無かった。この世界から逃げ出せる者達は逃げ出した後だ。エルフもドラゴンもこの世界を見放して随分経ったと聞いている。ここには若い瑞獣しか残されておらず、それらは人に下れず世界も跨げない。聖女が現れれば、我々は総力で当たるより他無かったのだ」

 兄様の女王という単語の響きが二重に聞こえた。私が初めに来た時、エネミーという意味だと習った言葉は女王を表していたのか。

「さて、これで準備は整いました」

 リオネット様は不敵の笑みを浮かべた。

「手段を選ばない女王陛下は嫌いじゃない、だけど、私達を要らない側に切り捨てた事は後悔していただきましょう」
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