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「っはぁっ!」

 ベッドから飛び起きたら、そこは寝室でまだ夜中だった。全身の疲労が凄くて、カロリーを消費し過ぎたのか寒くて凍えそう。息を落ち着かせて、それから水を一杯飲んだ。

 どうしよう。失敗した。

 核心に触れそうになった瞬間、全力で拒否されてしまった。それも、次の機会まで失って。

 アッシャーは大丈夫だろうか。リオネット様に報告して方が良いか?いや、リオネット様が渡してくれたペンダントだ。盗聴魔が覗いていないはずがない。覗けなかったら、早々に報告を求めてきそう。

 それより考えなくちゃ。仮面娘がもう使えないなら、後はカリンとしてあれを解消しなくちゃいけない。それには、何が足りない……?

『信頼とは信じて頼るってことだ。お前は信じて頼られる人間か?』

 ふっと兄様の声が聞こえた気がした。これはアンズと仲良くなれずに苦労した時にかけられた言葉だ。

 私には頼られる素因が無い。強さもそうだけれど、私の出来る事はアンズやナルさんの力が大きくて、頼り無いんだ。

「アッシャーから信頼されないと」

 何かあれば帰ってこいという私の家族。私も帰ってきたいと思わせる家族にならなくては。
 現状方法は浮かばないけど、無茶はしない。心配はかけない。それでも成長できる様な事から始めないと。無茶と判断されれば、義兄達やナルさんが護りに入る。そしてアッシャーからの信を落とす事にもなる。

「兄様を探そう」

 兄様の下で巣立った獣は多い。以前の私は元の世界に戻る事前提で甘やかされていただけ。だから、今なら自立のヒントはもらえるだろう。最終の最終は自分一人でやらなくてはいけないかも知れない。本当は全て自分で気づくべきかも知れない。だけど、全てを叶えるには時間が無さすぎる。聖女が召喚され、アッシャーの心が絡め取られればジ・エンドだ。兄様の方のが間に合うだけでは、ダメ。

「兄様、どこにいるの?」

 私は空の満月を見つめた。

 翌朝、アッシャーに会うのが気まずい。いや、アッシャーは私だと知らないんだから、気まずいのはおかしいんだけど。

「おはようございます。カリン」

 いつもの食事の時間より早くダイニングに行くと、リオネット様が既に朝のティータイムをしていた。

「おはよう、ございます」
「カリンも朝ごはんの前にいかがですか?ハーブティーは体を癒す」
「いただきます」

 お茶はリオネット様が手ずから入れてくれる様だ。

「リオネット様、昨晩は……」
「お疲れ様でした。結果はすぐに求めない方が良い」
「すみません」
「何故謝るのですか?一晩で解決されてしまえば、兄として立場がありません。アッシャーは一つ知らなかった事を知りました。それを消化する時間が彼には必要です」
「はい……」
「まずは貴女の心を回復させなくては。甘い物も少しお召し上がりください」
「ありがとうございます」

 やはり、リオネット様は昨晩の事を知っている。その上で、私を労ってくれた。アッシャーに時間が必要という見方は思いつかなかった。さすがリオネット様だ。……ん?

「ご機嫌は治りましたか?」

 私が昨晩のリオネット様の所業を思い出した瞬間、リオネット様も悪い笑顔になった。

「昨晩のアレは許しませんよ?」
「執念深い弟だ」

 その弟に接吻ぶちかましたのはお前だ!と指差してやりたい。

「二人とも早ぇえな」
「おはよう」
「おはようございます、アッシャー。私はもっと早起きの子に起こされました」
「んあ?」

 アッシャーも消耗が激しかったのか、まだ覚醒していない様だった。昨晩ナルさんと打ち合いもしていてからのアレだから、疲れは取れてないんじゃないかな。

「昨晩アンズ殿が泊まりに来てくれたのですが、朝早くに遊ぼうと起こされましたのですよ」

 アンズさん、無断外泊でしたか。

「で、そのアンズは?」
「同じく早起きのナルニッサとのお散歩を勧めました」
「ああ、ナルニッサの朝のランニングか」

 ナルさん毎朝お散歩してるのか……。ますます犬っぽい。

「ところで、アッシャー、顔色が優れませんが?」
「ああ、ちょっと、な……?」

 アッシャーにも私と同じ様にハーブティーを入れてあげてたリオネット様は、そのお茶をいったんテーブルに置いたと思うと、片手でアッシャーの襟首のスカーフを掴んだ。

 え?けんか?と思って、私は飲んでいたカップを置き、二人を止めようとしてその眼前で、リオネット様はアッシャーに

 ぶっちゅーっとキスをした。

 え?

 ちゅぽんっと口が離れる。

「……てめぇ!リオン!カリンの前ではすんなって言っただろうが!」

 カリンの前では?
 それはつまり、私の前でなければ……。

「まぁ、良いじゃないですか」

 リオネット様は飄々としている。
 アッシャーはワナワナしている。

「お、お兄様方がそんなご関係とはつゆ知らず……」

 痴話喧嘩が始まるなら、ちょっと部屋に避難したい。

「違う!誤解だ!カリン!」
「いや、流石に誤解しようがないと思うんだけど」
「リオン!説明しろ!」
「ふふふ……、アッシャー、元気になりましたね。何よりです」

 言われてみると、確かにアッシャーは普段通りの顔色になっていて、疲労も解消されている様だった。

「え、愛の力?」
「違う!魔力の補給だ!リオネットは口から魔力を急速に移したんだよ!」

 魔力を移す?リオネット様を見るとこれまた楽しげに笑っている。

「そう言う事です。アッシャーは何故か魔力がほぼ底をついていたので、回復系のスキルが無効になっていました。普通は魔力が尽く前に補給すべきなんですけどね」
「てめぇの作った魔具のせいだろうが。あんなに魔力使うとか聞いてねぇよ」
「目算をほんの少し見誤りました。初めに魔石か何かでMAXまで回復させておくべきでしたね。まぁ、魔石での回復より口こちらの方が早くて確実ですが。魔石の在庫もなかったでしょう?アッシャー」
「助かったよ!助かったけど、それは最終手段だ!そして、頼むから人前は勘弁してくれ!」

 キスが魔力補給の方法……?凄い世界だ。絵本のあれこれから考えると、キス自体はあちらの世界と意味は変わらない様なのに。

「カリンは、魔具を使う場合は先に魔力を補給してから使ってくださいね」
「あ?こいつにはアンズがいるから大丈夫だろ?」
「昨晩の様にアンズがいない時もあるので、念のため、ですよ」

 つまり、昨日の魔具ペンダントは魔力を消費するタイプで、アンズがいなければ先に魔力を補給しておかなくてはいけなかった。しかも急速に……。って事は、昨日のアレは単なる魔力の補給……?

 リオネット様がにっこりと微笑む。
 この策士、本当に腹が立つ!
 しかも、万一アッシャーが仮面娘が私だと気がついた時に、昨日は私はペンダントを使えなかったというアリバイ工作まで完璧だ。

 ぐぬぬぬ。

「おや、カリン、ヤキモチですか?カリンにもして差し上げましょうか?」
「い「不要だ」

 私が「いらない!」という声より多く、ナルさんが現れた。

「カリンには僕から魔力あげるんだもーん!」

 ばびゅんっとアンズがくっつくと、私も力が湧いてきた気がする。触れてると魔力を送りやすいのか、それともアニマルセラピーの力か。モフモフ素敵。

「我が君にはアンズ殿がいる。それと我が使令を通しても少量ながらお送りする事は可能。昨夜の様にアンズ殿がトラップされても、余程の魔法を使おうとしない限りは私からお送りする魔力で十分だ」

 つかつかと歩いて、リオネット様と私の間にナルさんが割って入った。朝の散歩にしてはかなりハードだったのか、彼は汗をかいていた。汗をかいているのに、何故だか石鹸の香りしかしない。なんかズルい。

「トラップでアンズを捕まえたんですか?」
「いえ、新作のカリングッズを廊下に落としてしまいまして、何故かその先に檻があったようです」
「カリンの生写真が廊下に点々と落ちてたのー。全部拾ったら檻に入ってた……」

 アンズ!アホな子過ぎる!

「ナルニッサも同罪ですよ。アンズ強化の検査のための捕獲でしたので」
「索冥と企てたのだろう」
主人あるじが知らないのは問題では?」
「それ言い始めたら、索冥の主人の主人はカリンだろ。カリンに言えねぇ合理的な理由が無けりゃ、アンズの事はカリンに一言断るのが筋だ」

 アッシャーの声で、皆が黙る。私なんて、ナルさんもアンズも全く把握してません。

「リオンが頭が良すぎんだよ。あんまり策をろうしてばっかじゃ、身内の反感かっちまうぞ?」
「……そうですね。次回からは一言申し上げます。アンズ殿を勝手に捕まえてすみませんでした、カリン」
「そうですね、お城内だし多分安全とは思ってはいましたけど、少しは心配でした。リオネット様は安全で無い所ではされないんでしょうけれど、私はまだその安全かどうかに疎いので、説明いただいた方が嬉しいです」

 リオネット様はじっと私を見て……。

「カリンは本当に可愛い弟だ」

 と言って抱きしめた。
 
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