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 ハンター女子になって数回のハントで簡単に見習いは返上した。上物が取れるわ、森のお友達はいるわ、そりゃそうなる。髪を伸ばしている間はずっと知識吸収に努めてたのもあり、晴れて弟子からは卒業だ。

「とは言え、交渉は難しいですね。駆け引きが、特に」

 一番難しいのは文化的ノリだけど。

「個人間交渉で粘らなあかんほど、困窮してへんし、苦手な奴はエージェントに任す奴もおる。ハンターとしてはもう一丁前や」
「ありがとうございます。雨情さんのおかげです」
「おう、褒めたって褒めたって」
「凄い!天才!」

 定型の流れには慣れてきました。

「つうわけで、見習いから相棒に格上げな。今日から敬語もさん付けも無しで」
「でも、雨情さんの方がベテランなので」
「嫌や」

 え?

「そんなん寂しいやんけ」

 1人でずっとお仕事してたのに?

「あの、雨情さん」
「雨情」

 ピシッと指を刺された。目が三角ですよ、雨情さん。

「……雨情、雨情はなんで1人でお仕事してたの?」

 ハントは数人でやってる人も多い。家族で、という場合もあればグループを作る人達もいて、仲間募集は取引所の掲示板で良く募集されてるのに……って。
 目の前で雨情は白くなっていく。

「……俺な、15才で独立やーって、親のパーティー蹴り出されてから、10回はコンビ組んだり仲間作ったりしてん」
「う、うん」

 あ、なんかこの流れデジャヴ。

「うち3回詐欺やった。残り4回は痴話喧嘩に巻き込まれて空中分解。残り3回は……」
「元嫁?」

 ガバッと雨情は私に抱きついた。

「せやねん。ユウキ、俺の相棒なったってー!募集出しても有名人過ぎて誰も申し込んでくれへんねん!」

 なんでやー!

「わ、私は兄様を探していてっ」
「おお、それは見つけたるで」
「マンチェスターの兄達にも会いたいし、魔王征伐もしなきゃだし」
「おお、ほなら俺もついてくで。俺強いし」

 は?

「その後!その後でええし!2週間ももったん、ユウキが初めてやねんて」

 その後?その後は……。
 考えて浮かんだのはアッシャーの事だった。帰っていく場所、帰りたい場所。
 私にあちらとこちらの時間差がある事を言わなかったのは、無闇に言ったところで私を不安にさせるだけだったからかもしれない。
 私を見てくれる様になったアッシャーと話がしたい。彼を助けたいのはもちろんだけど、それより会えない事自体で身体の真ん中が空洞になっている感じがする。
 じっと雨情は私を見つめると、はぁぁあっとため息をついた。

「……、ユウキには待っとるやつおるんやな」
「うん、ごめん」
「ええよ。しゃあない。そいつ、マンチェスターの方の兄貴?」
「うん」

 彼は良く人を見てる。察する能力も異常に高い。どうしてダメ人間ウォーカーなのかは謎だ。

「……俺な、作戦考えてん。ユウキの話を総合すると、ファンレターに紛らせて居場所を伝えるんがええと思う」

 すちゃと出したのは可愛らしい封筒だ。

「ファンレターとユウキの髪の毛を入れる。ほんで兄貴に送る。ファンレターは手元に届いとんにゃろ?送り元で居場所が分かるやん。後は、どうやって早ように開けてもらうか、やけど」
「……苗字で出せば、リオネット様なら気づくかもしれない」

 リオネット様はファンレターも動向調査として確認してる。している事を私が知っているから、連絡手段に使う可能性は把握してそうだ。

「苗字?」
「うん、あちらでは家を表す名前は平民も持っていて、こちらでは公表してない。それをリオネット様は知ってるから……」
「それ、偽名の時に使えば良かったんちゃうん?名前として」
「あ」

 確かに。

「……今更変更とか?」
「怪しすぎるで、それ。マンチェスターの兄貴達が動いた時、敵側にマークされる可能性が上がってまう」
「すみません」

 雨情は苦笑いした。

「抜けてるとこあるんが、ユウキらしいわ」

 わしわしと頭を撫でられて、髪がぐちゃぐちゃです。

「手紙は二通。近場の街からと、隣の領地から出す。こことお隣さん、貴族同士の派閥もちゃうし輸送ルートも違う。ついでに強い商人同士も反目中。どっちかあかん様になっても片方は絶対届くはずや」
「隣の領地に行くの?」
「うんにゃ、係累に有償で頼むねん。西の地域は帰還人や異世界人にルーツがある奴が集まっとる。全体みたら多くはないけど、他の地域と比べたらむっちゃ多い。まぁ、そんだけ異世界から来た奴の力はよわあて、だから集まるんやけどな。その分、連帯感があるし、情報網は貴族同士には負けへんで」

 手紙をしたため、伸びた毛先の髪を一房ずつ入れる。あちらにはアンズがいて、匂いで私だと分かるに違いない。

 一通を街で速達で出した後、私達はハンター御用達の酒場に向かった。そこには登録所にいたおじさまが飲んでいた。

「まいど」
「おお、雨情!連れは……噂の嫁候補か?」
「せやで、やらんで」

 あれ?と驚いていると、おじさまは手を差し出した。

「驚いとんな。俺はサキョウ。登録所んとこにおったんはウキョウ、双子やねん」
「はじめまして、ユウキです。知らずに失礼しました」

 握手に応じると、サキョウさんは雨情に「マジメやんけ」と楽しそうに絡んだ。

「今日は隣の領地までのお使いしてくれる奴探しとんねんけど」

 手紙をピラっと見せると、サキョウさんの雰囲気が変わった。目が鋭く、これは交渉の時の空気だ。

「ほう、また危ない事に手ぇ出すんか?」
「聞かん方がええで」
「……、ファンレターに紛らせる……、女がええな。ついでに足がつかん奴……、アシェリーは?」
「……しゃあないな」

 出されたのは大体一万円札程度の紙幣。

「呼んでくるわ」

 サキョウさんは奥に引っ込んで行った。

「手紙出すのに、それくらい?」
「ちゃうで、紹介料。交渉はこっからや」
「え」
「この街は金持っててナンボやねん。息を吸うにも金がかかる。それを負けてもらえるとしたら、よっぽどの恩がある時ぐらいで……」
「お久しぶり、雨情」

 現れたのは艶やかな美人だ。赤い髪にウェーブがかかり、出るとこ出てて引っ込んでるとこ引っ込んでる身体は私から見ても惚れ惚れとする。

「これ、隣の領地から発送してもらいたい」
「いきなり本題だなんて、無粋だわ。こちらのお嬢ちゃんはあなたの新しい嫁候補かしら?」
「ちゃうわ。仕事で来とんねん。報酬は?」

 珍しく雨情はちょっとイライラしてる感じ。ボケてない。

「そうね、十万円でどうかしら?」

 私の翻訳の加護がお金にまで対応し始めた!
 しかし、郵便一通で十万?高過ぎない?もはやレートが分からない。

「……、ほな、これな。よろしく」
「あら、下げの交渉無しなの?」
「今回は確実性が欲しいねん」
「ふーん」

 彼女は私を見た。その目には興味津々と書いてある。

「……五万でいいわ。その代わり、このお嬢ちゃんと一杯お酒飲ませて」
「あかん」
「あら、過保護?悪い様にはしないわ。女性ハンター同士の交流って大事よ?」

 雨情はぐっと詰まってから「30分な」と言って席を立った。

 私はどうすれば?

「初めまして、アシェリーよ。あなたの噂は聞いているわ。雨情の一族で貴族の下でハンターやってたってね」
「ユウキです。あの……」
「ふふ、貴族の話なんか聞き出さないわよ。命が惜しいもの。安心して」

 彼女は私に確認してからジュース一杯と、カクテルを一杯注文した。もちろん、私にはジュースだ。

「あなた、雨情の下で2週間も生活してるんだって?本当?」
「はい、そうですけど、何かあるんですか?」
「嫌にならない?」
「え、何がですか?」
「雨情の無神経さに」

 無神経?

「いえ、むしろ細やかな性格だなと思っています」

 着替えの時はぴゃっと消える気の使いようだし、食べ物やら衣服等あれこれ世話を焼いてもらっている。

「優しいでしょ、あいつ。誰にでも」
「そうですね、人に限らず動物にも優しいです」

 ハントをやる時は大暴れする事もあるけれど、それは許可を主から取った時のみ。下手に争いにならない様にできる限り動物の邪魔はしないし、怪我をしている動物を見ると蹴り飛ばされても治療しようと挑んでいる。私が見開きをしてからはそんな事は無いが、あの行動は1人でやってた時からの癖の様だ。

「あいつ、絶対助けてくれるの。でも、それは誰が相手でも。だから、良く騙されるし、万年金欠」

 手紙一通で十万ポンと払ってしまうし、私にも収入の一部を渡してくる割に、それら雨情発案の行動では請求はされない。武闘家の服もそうだし、ハンター用の武器のクナイもいきなり買ってきてくれた。ちゃんと私を見てくれて考えてくれているから、サイズも使い勝手も完璧だった。
 そして、困っている人がいたら、同じように助けようとし始める。たまに赤字になるので、私がいただいたお金はその時に使っているが、次の収入の時に利子つけて返してくる義理人情。

「その分働き者ですよね。仕事もできるし。時々猪突猛進で心配にはなりますけど」

 アシェリーさんは、奇怪な物を見るような目で私を見た。

「……本当に雨情にムカつかないの?嫌いにならない?」
「凄く素敵な方だと思っています」

 私にはもったいないくらいの友達だ。

「あんな雨情を理解してくれる子が存在するなんて」

 アシェリーさんの目からブワッと涙が溢れてきた。

「え?どうされました?私何か失礼な事を?」
「ううん、私ね、雨情の元妻なの」

 どのダメ女だ?!

「元々違う仕事に就いてたんだけど、ちょっとトラブっちゃって行くとこ無くてさ。雨情の弟子にしてもらったの。凄い優しいでしょ、彼。だから、持てる技術全部使って落とそうと思ったのに『自分大事にしいや』って抱きしめるだけ。惚れない方が無理だった。……それで、ハンターの弟子を卒業って時にお嫁さんにして欲しいってお願いしたら、簡単に『ええで』って言われて結婚。でも十日も一緒に生活したら、分かっちゃうの。アイツ全然私の事が好きじゃ無くて、ただ優しいだけなのよ。しかも、妻がいても他人にもずっと優しい。特別になれない。別れる時も『もう、一人で食ってけるもんなぁ』で追いすがりもしない。あんまりムカついたから共同名義で借金して高跳びしてやったんだけど」

 これは、ハンター名義の人か、お金の人かどっちか、だよね。彼女から見た景色は雨情の思い出とは違うものらしい。

「サキョウに諭されて、お金は返したし、今はこの世界でもそこそこの仕事をやりながら、夫にも恵まれてるんだけどね」

 アシェリーさんはサキョウさんの方を見ると投げキッスをした。サキョウさんは慌てている。なるほど。

「私の方が年上って事もあって、雨情に合う人がいるって分かったら、なんか親心?感極まっちゃった」

 全力で優しくても、手に入らない人、か。

「ちょっと分かります。嫌われてない、好かれているって分かっていても、他の女の人との話を悪気なくされて嫉妬した事はあるので……、それがずっとだと辛い、ですよね。そういうのも、ちゃんと話していって積み上げていくのが理想……ですね」
「うんうん!」

 アシェリーさんは目が爛々として喜んでる?!

「あの、すみません、相手は雨情じゃないです」
「なんでやねん!」

 美女が、カウンターに顔からけた。この人もこのノリだったのか。

「でも、だからこそ、雨情の優しさに振り回されずに相棒には向いているかもしれません」
「そうだけどさ。雨情にもようやく春が来たと思っちゃったじゃない」

 肘をついて口を尖らせ、彼女はぶー垂れた。そして、カクテルを一気飲み。

「ま、先の事は分かんないしね。とりあえずコレは死んでも送付まで持ってくから」

 封筒を見せると彼女は立ち上がり、サキョウさんにキスしてから、奥に戻って行った。
 
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