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 ほんの数日で屋敷の私の自室のすぐ隣、そこにナルさんの部屋が整いました。音が筒抜けタイプだった付き人控えのお部屋は完全防音で、単なる横にある部屋へと様変わり。

 しかも入口扉同士は、遠い場所に位置してるからほぼ隣の部屋とは感じない。

 ナルさんは隣だからとホクホク。実際は近すぎないから私もホクホク。
 アンズのレベルアップの間、アンズもリオネット様も籠る事になるので、念のための念のため、という事でアッシャーとナルさんの部屋に直通のベルだけ付けられました。
 これもアンズのが終われば取り外す予定。

「変なのー、そんなに寝る時は区切っておきたいものなの?僕に対しては平気なのにぃ?」
「それはアンズが特別だからだもん」

 影がモゴモゴしまくった。

「早く出たいなー。カリンにスリスリしたいよー。そんで人になったら思いっきり抱きつくんだー」

 アンズは性別無いって兄様が言っていたはず。想像上の見た目は可愛い幼児だ。抱っこしがいがありそう。
 しばらく小狐スタイルの方もフサフサしながら寝れないのかと思うと少し寂しいが……。
 ゆらゆらしている影をそっと撫でてみる。

「訓練頑張ってね」
「にゃー」

 私の影は世界一可愛い。

 更に数日経ち、私の魔力とアンズの魔力が十分に満ちたと確認されるや否や、リオネット様はアンズを連れて行った。特殊な結界内で行われるそうで、見学不可。索冥とリオネット様がつきっきりで、早くて1週間、恐らく10日はかかると言う試算だそうだ。
 その間はアッシャーやナルさんは体力の調整をして、その後に西へ旅立つ準備をする。私は加護の回復系がゴリゴリ魔力を使うらしく、ひたすら読書と軽いトレーニングを課されるのみ。魔法は禁止。アッシャーとナルさんが市場調査に出る時はついて行っても良いけれど、それ以外の外出も禁止と言われた。

「何があっても、開けてくれるなと聞いているが……、リオンの事だから開けられない様にはしてあるだろうな」

 3人が消えて行ったのは扉がぴっちり閉められた大広間だ。中ではどんな結界が張られているのだろうか。通常、扉の外にも結界の一部があって、それを傷つける事で中止したり、外からの情報を入れられる様になっているはずだが、それすら無い。

「これほどの強固な結界が張れるのは、流石リオネット殿としか言いようがないな」
「あいつ変態だからな。異世界の医学とか物理学とかいうアレコレの知識が半端ねぇんだよ。ここ10年の各専門分野でも名を馳せているしな」
「リオネット様って、やっぱり凄いんですね」

 扉の前で3人並んで感嘆していると、屋敷の外から喧騒が聞こえてきた。

「何事だ?」

 うちの衛兵と白魔道士が慌てた様子でアッシャーの前に膝をつく。

「怨嗟がお屋敷の裏手で発生しております!」
「……俺が行く。ナルニッサにはカリンを頼む。近隣の諸侯に連絡と、ナナミ殿にも知らせておいてくれ」

 怨嗟が発生するのは想定済みだったらしい。ナルさんはすぐに連絡の指示を出している。

「アッシャー、気をつけて」
「すぐ片付けて来るから。屋敷から出んなよ」

 軽くそう言うと、私の頭を撫でてから外に出て行った。

「最近貴族街で怨嗟が発生しやすくなっている様です」
「どうしてだろうね。でも貴族街なら白魔道士も多いから、ある意味助かるんだけど」 

 ナルさんに説明を受けながら屋敷の裏手側の廊下に回ると、思った以上に怨嗟が発露している者達が集まっている。

「出られないのが悔しい」
「我が君……」

 アッシャーと屋敷の衛兵達が戦っているのが見える。怨嗟でやられた者は殺意を持っているのに、こちらは相手の意識を落とす様にするしか無い。怪我をさせない様に、痛みが少ない様に。アッシャーの優しさが戦況を不利にしていく。

「……少し、不利ですね」

 ナルさんが無意識にかつかに手をかけている。

「応援は?」
「先程サンダーランド邸より派遣すると連絡がきました。数分以内に参るはずではありますが」

 間に合うか?怨嗟から怨嗟が伝播するよりも早く、発露している人が多い。おかしい。

「ナルさん、応援がくる数分の間、アッシャーの応援に出てもらえる?その間、私は部屋で安全に過ごすから」
「御意」

 言うが早いか、ナルさんは彼の最速でかけて行った。
 民を守る力があるのに振るえないのはもどかしい。魔力が使えない今の私ですらそうなのだから、ナルさんはもっと我慢していたんだと思う。
 ……部屋に戻ろう。これで私が万一でも巻き込まれたら、ナルさんのせいになってしまいかねない。
 廊下で踵を返すと、真っ青な顔の衛兵が今度は私の前で膝をついた。

「カリン様!お客様が!」
「お客様が、襲われた?」
「いえ、いらっしゃっております!ご無事です!」

 来客の予定は無いはずだ。それに、無事ならどうしてそこまでおののいているんだろうか?

「お客様って?」
「お客様は女王陛下です!」

 女王陛下……って、クラリス陛下?!

 何故?分からないけど、とにかく急がないと。
 お会いするのは召喚された時以来?いや、試合の表彰の時にお見かけした以来だ。リオネット様は辛うじて直接話しかけても良い立場だけれど、それ以外は余程の事が無ければ同席すら難しい方だ。

 客間を開けると、確かにそこには陛下が佇んでいた。

 美しいその立ち姿はその場を清廉な空気に変える。自然と膝を折って頭が下がる。この人が、王だ。

「表をあげよ」

 命令されて、顔を上げると陛下は私の手を取った。

「時間が無い。わらわと一緒に城へ」
「恐れ多くも、今私は魔力が制限されております。お役に立てる事など無いかと……」
「そうか、ならばより急がねばならぬ。ついて参れ」
「……御意」

 理由は分からないけれど、とにかく私が行かなくてはいけない事だけが分かった。使令のチュンチュンを急ぎ召喚して、事の次第を手短に託ける。

 うちの屋敷の前には騎獣の引く馬車があり、陛下と私は乗り込んだ。馭者ぎょしゃはいるとは言え、ほぼ陛下お一人でここまでいらっしゃったらしい。お付きの者がいないなんて、どんな異例な事が起きたのだろうか?

「外の者の狙いはカリンだ。みろ、外の者達は倒れてゆく。離れれば怨嗟は抜けるらしい」
「怨嗟の者達が……。陛下、これは?」
「城に着けば多少安全だ。そこで」

 走り出してすぐ私達は空を飛んだ。遥か下で、確かに怨嗟の発露があった者達は糸か切れたマリオネットの様に倒れていく。

 城の空の玄関と思しき場所に着くと、すぐに召喚の間に連れてこられた。

「ここはリオネットの術がある。安全であろう」
「陛下、一体何が起こったのですか?」

 陛下は魔法陣をあらためながら私に言った。

「カリン、そなた女だな?」
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