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試合その3

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 予想はしていたけれど、やはり準決勝の相手はナルさんだった。リオネット様より長い緑色の髪は後ろに束ねられているが戦闘にはなんだか邪魔そう。
 その耳には金のピアスがあり、貴族である事が一目瞭然だった。貴族の中でも当主や跡目を継ぎ、政治的な行為をする男性は髪を伸ばす事になっているので、地位も高いのだろう。

 『貴族の中では一番勇者の座が近いとされてる。ブロードソードだけで無く、爪にも注意。ま、こいつに負けても痛手はねぇから。卑怯な潰し方は絶対にしねぇし』

 事前情報を反芻してみたけど、……爪?

 服装はまるで軍服か何かの正装の様に整っていて、爪も普通。イメージでは毒々しい長い爪でも伸ばしてるのかと思い込んでいたもんだから、訳が分からない。どちらか言うと鞘が右腰にあるから左利きって言う方が特徴的に思う。

『まぁ、でも負けて良いなら逆にちゃんとやってみたいよねー』
「流石アンズさん、わかってるね」

 半身の遠回しな提案に思わず苦笑した。きっと好奇心で目は爛々としているんだろな。勇者の加護のせいか、私も少し高揚していて、気持ちは完全同意。アッサム様は格上過ぎて、私が全力で向かっても練習の域を出ない。あくまで私の対応や反応に合わせて受けたり、課題を出したりというスタイルばかりだった。それはそれでやり甲斐はあるのだけれど。

「ナルニッサ・サンダーランドだ。美しい試合にしよう」
「カリン・マンチェスターです。よろしくお願いします」

 試合前に握手まで求められて、貴族の決闘のそれ。ビジュアルも相まって、バックに花背負ってる様にさえ見えて来る。

「さて、と」

 ブロードソードを構えた相手に先手を取る。が、相手は華麗なステップを踏む様に、受け流した。上手い、アッサム様みたい。というか、お手本通り。

 距離をとって体勢を立て直して挑むも隙は無い。隙が無く、スピードに圧倒的な差をつけられないなら私の得物の方が不利だ。剣自体だけでなく、手足の長さでとんでもないリーチ差がある。

「作戦A、お願い!」
『ほいきた』

 ダガーに水を纏わせる。長く整形して、それから凍らせて、即席のブロードソードをこさえた。

「?」

 ナルさんは怪訝な顔になった。そりゃそうだ。普通の黒魔法程度で氷を作っても、簡単に割れる。普通なら。
 こちとら、氷系黒魔法の最高水準で硬度をあげられる。現在人間で使える人はいないレベルの魔法だから、今回の武具条件内のブロードソードと同じ程度なんて簡単だよっ……とアンズさんが言ってた。ありがたい。

 ナルさんは割れる事も警戒しながら、割れない場合も想定して、やはりお手本通りに受けて来る……けど。

『今、踏み込めなかった?マインゴーシュの方で』

 奇妙な隙が一瞬できたけれど、私は直感的に引いた。それにアンズは不思議そうに聞いてくる。

「そうなんだけど、なんか不自然で」

 お手本通り、綺麗な打ち合い。でも生じる何かは、誘いやフェイクとは違う不自然さだ。向こうから仕掛けたのを受けて、軽く押し合い、力任せに押し切ってみる。彼は右手一本で剣を操り、体勢を立て直した。

「っアンズ、硬度上げて!」
『おけ』

 これはまずは、相手のブロードソードを壊さなきゃ。

 すでに相手はこちらより多い試合を受けていて、彼の打ち込みの強さから考えると剣本体の疲労のある箇所はなんとなく分かる。ナルさんを狙う風を装って、剣の弱点に思い切り打ち込んだ。

『やった!』

 間に合うか?

 折れた手応えを感じて、直ぐに身体を引いたけれど間に合わず、私の服はズタズタに裂かれた。後一歩分遅かったらやられてた。

『え?え?』
「あれが、爪だよ」

 ナルさんは目を丸くしながら折れたブロードソードを改めるとそれを放り投げて、左手の先の鉤爪を広げている。

『あれ?いつの間に?』
「私と同じだよ。ブロードソードはフェイク兼防具。袖口から爪が降りる様に装着できる様になってたの」

 というか。

「……いつ、気がつかれましたか?」

 先程とは全く異なる、構え……左手を前に突き出して隙のないフェンシングの様に構えなおしたナルさんは嬉しそうに尋ねてきた。

「左利きなのに、ブロードソードを右で扱ってたからなんかあるかなって」
「そうですか」

 ふつふつと怒りが湧いてくる。充分卑怯な部類では?アッサム様め。私がナルさんのブロードソードでやられると思ったか。爪を出されるまでも無いってね。

 ひゅっと空気を切る音がして、ナルさんは一足飛びで私の懐に入った。長物がなけりゃ、こんなに速いとかっ。流石に無理かも。

 マインゴーシュを手放して、全力で身体を下げる。空いたばかりの手をついて、脚の力と反動で真横に避けて、それから爪の攻撃を受けて……、

 ビシッ。
 氷の部分では無くて根本のダガー本体に亀裂が入った音がする。

「そのヒビ入りの氷の剣でどこまでやれる?」

 高揚で頬を赤くしたナルさんは、油断したのかほんの一瞬速度が落ちた。

「らっきぃ」

 左手を思い切り引く。マインゴーシュを……正しくは魔法で極細鉄線をくっつけたお手製鎖付きクナイを魔法で操って、射程に入った彼の脚に一刺し。このやり方じゃ、重さは出ないけれど、この傷が有れば次のあのスピード攻撃は多少殺せる。

「な」

 驚愕した彼は右手で脚の傷を確かめると目を見開いた。そしてそのまま、まるで目に焼き付けるように私を見た。
 また、敵を作っちゃった、かも?

「……」

 呆然としている様に見えるが、ゆっくりと外に向いた彼に警戒を強める。あんなもの使う人がだから油断なんかしませんよ。
 次は何?まだなんか出る?いや、でも予算的にそんなに武具は次々と出せないはず!

 固く構えた私を見ることもなく、彼はなんと、爪を外して外に放り出した。

「え?」
「……降参する。これでは美しく舞えない」

 降参?

 うぉーっと会場が何かに沸いた。それは私が勝ったから?それとも彼の引きの良さ?
 こちらを向き直したナルさんは試合開始の時の様な紳士然として、また握手を求めてきた。

「原石と聞いている。加護は勇者のものであろう。元は余程の黒魔道士であったとお見受けする」
「は、はぁ」
「良い試合だった。惜しむらくは、今回で魔力を消耗させ過ぎてしまった事。次の試合、貴殿の活躍を祈る」
「あ、ありがとうございます?」

 退場して行くナルさんは、見た感じ引きずる訳でもなくて、多分だけど彼の最速はまだ見せてなかったのでしょう。これは、ちょっと本気でラッキーだった。
 次の試合では持ち手までしっかりコーティングせねば。
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