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 サブカル小説がリオネット様のものしか流行らなかった。というのは、逆に言えば、リオネット様のは流行ってる訳です。付随的に二次創作物も流行っているという事に気がついたのは、カフェに入ってからでした。

 上流階級が利用しているであろうそのカフェは最上階にVIP専用の席があった。生まれも育ちも貴族や有力商人である者だけの区画だ。360°貴族のリオネット様はそちらに、私はボーイさんが少し悩んだ末にすぐ隣の区画に案内されかけた。

「いえ、その人はこちらです」

 と声をかけたのは、リオネット様ではなく、すでにVIP席をご利用の姫君達。

 巷で流行してる創作物の概要とダイジェストはパーティー前に手紙に資料として添付されていたので、こんな時の対応は分かる。

「ありがとうございます。お姉様方」

 きゃーっと黄色い声が飛んだ。よしよし。

 もちろんそんな事は知らない貴族の方もいるけれど、若い姫君の反応を見て、新しい流行だと理解される。流行に遅れてると思われるとまずい女性陣から注目され、子女の流行りには寛容に構えている事が美徳とされる男性は我らをスルー。
 VIP席は生まれも育ちも高貴な人を喜ばせるための席でもあるのだ。

「マンチェスターのリオネット様、カリン様でいらっしゃいますよね?本日はご観光ですか?」
「うちの可愛い弟は世間知らずなので、少し記念の旅行に」

 虚構と現実が錯綜する。虚構の弟設定と現実の婚約後の旅行が混ざって、『弟と新婚旅行』みたいな方向にリオネット様が誘導している。

「残念ながら、二人きりではないんですよ。心配性のもう一人の弟と、カリンの犬が一緒に来ています」

 どんどんと燃料が投下されて行ってる……。

「カリン様はアルコールを召し上がりますか?」
「いえ、僕は、あ、私は飲めないのでお気持ちだけいただきます」

 これで良いですか?お兄様。
 リオネット様は満足そうに微笑んだ。

「悪りぃ、一時間も持たなかったわ」
「同じく。身動きが取れなくなる前に戻るのが最善だと判断した」

 30分も経たずに二人もカフェに……、え?

 彼らは何十人という人達を引き連れてやってきた。

「色香で釣り上げた人達です。では、入会手続きやりますよ」

 VIPの席から一般席に移り、アッシャーとナルさん、それからリオネット様と私のファンクラブの入会手続きの会場が特設された。

「わ、私はリオ×カリ推しですっ!」
「ありがとうございます。では、こちらの案内に……」

 柔かにそれでいて淡々と捌かれる人の波。言っても1番多いのは色香の力が強いナルさんだ。

「あの、カリン様の犬ってもしかして?」
「……いかにも。私の事に違いないが、我が君以外にその様な扱いを受ける謂れはない」

「あ?心配性?まぁ、リオンもカリンもほっとけねぇよな。結構抜けてる事も多いし」

 狙ってか、天然か、発言するたびにどんどんファンクラブは肥大していった。

「なんや、偉い事なってへん?」

 そこに若干引き気味の雨情がやって来た。

「あの方は?」
「雨情は私の手足で、カリンの親友です」
「まぁ!」
「いつもは私の影として働いてくれているので、表に出てくる事は珍しいですが」
「……彼の情報は?」
「雨情のファンクラブ入会はこちらです」

 とうとう雨情まで、巻き込まれた。集団催眠とかパニックになっていて、なんだか絶対入会しなきゃいけない雰囲気になっている。怖い。

 一通り終わると、入会資料だけ乞われるままに大量に置いて私達はカフェを出た。

「……リオネット様にもろたこの目が役に立ちましたわ。ここはやっぱり、ちょっと俺らにはキビシイ土地ですわ」

 さっきまでの事は雨情の中ではなかった事になったらしい。そう言って、雨情が案内してくれたのは最高級のお宿だ。

「さて、それでは次の行動です」

 宿についたからと言って、やる気をみなぎらせたリオネット様は止まらない。誰も止められない。
 アッシャーとナルさんはさっき来たばかりなのに各々領地に逆戻り、何かを運ぶらしい。
 雨情は魔石を取りに行き、リオネット様は新たに小説を書く、できた小説を私が高速模写していく……。

「リオネット様、私、高速模写遅いですよ」
「良いんですよ。高速模写係という大義名分があれば。実際は私がやるので問題ありません」
「じゃあ、私の役割は?」
「私の癒しです」

 癒し?という響きにちょっと身構える。

「流石に今日は手出ししませんよ。貴女は寝ていれば良い。他の三人の手伝いをさせたくなかっただけですから」
「遅いですけど、高速模写の手伝いはします!」
「他にも手伝いはできますよ」

 リオネット様が微笑む……。

「どっから出したんですか?これ」
「カリンなら一人で着られると思って、前々から縫っていました」

 出て来たのは浴衣です。制作活動のネタのためと言われて、ロココな世界で純和風。

「前々から思ってたんですけど、私の服って全部リオネット様が?」
「まさか、ほとんど既製品ですよ。浴衣や男装の麗人の服、それ以外は下着とパジャマだけです」

 まさかの下着類。ブラがあるのは確かに不思議だった。

「直接肌に触れるところはなるべく私の手仕事の物を与えたいと思いまして。男装が基本でしたからね。繊細な貴女の身体が崩れては困る。ちなみにサニタリーのアレもカリンだけのために特別に作りました。使い勝手が良さそうなので広めましたから、今では市中で売買されてますが」

 あの布ナプはリオネット様作?一般的に売ってるのかと思い込んでました。次から自分で作ろう。そうしよう。
 それにしても、と少しモヤモヤする。

「リオネット様、女性の体にお詳しいですね……」
「おや、心配ですか?私は潔癖なので、カリン以外とあんな事はした事ありませんよ」
「そうですか。では本か何かで学ばれたのですね」
「いえ、私、転移前は女だったので」
「へ?」

 小説を書いていたリオネット様は、筆を置いて私を見た。

「流石に前は普通の日本人でしたよ。この容姿ではあちらで浮いてしまう。皮の様にあちらの容姿を着て生まれ、こちらに来た時にそれは脱げた。その時、私の本当の性別の男の容姿になりました」

 女性……?

「元々性別にこだわりはあまり無かったのですが、事情があり男性になりたかったので好都合でしたね。それに、貴女をこちらに呼ぼうと画策していたら、ひょっこり貴女も現れた。幸運でした」

 まさか。
 あちらとこちらの時間は一致しない。あちらからこちらに来た女の子。

「有希?」
「はい」

 リオネット様は、あの気の抜けた様な笑顔になった。

「気づくの本当に遅いね、花梨」
「いや、ちょっと待って!」
「何を?」

 彼は私にずいっと迫って来た。

「『花梨はあたしのものにする。死が二人を分つまで、あたしはかりんを殺さないし、愛して護り続けると誓います』って誓ったでしょ?」
「そうだけどっ」
「時間、無いんだけどな。でも、止まれないよね。しちゃっていい?」

 覆い被されて口を塞がれた。いや、ちょっと、ほんとに、今は!

「ぷくくく、あはは」

 有希は私から離れて爆笑した。

「しませんよ。私はあくまで男として貴女を抱くのが好きなだけですから。……、それに、貴女にとっての有希も特別だった事は知っています」

 おいで、と開かれた胸に飛び込んだ。

「有希が無事だったって分かって、良かったです」
「ええ」
「本当に心配していて」
「知っています」
「……こんな危ない所で一人ぼっちとか、有希は凄いけど、もしかしたら、とか」
「大丈夫、泣かなくて大丈夫です」
「何も出来なくてごめんない」
「……黙っててくれたでは無いですか。『女が召喚されたら、使われる』世界で。その中で、召喚の記録とか調べてらしたのは知っていますよ。……それに、私にも非はあります」
「非、ですか?」
「早々に花梨が私を探しているのではと感じましたが、言いませんでした」
「そういえば。何故ですか?」
「私が有希だとバレると、私は貴女にとって大切な親友かつ家族になってしまう。少なくとも、身体を貪り合う関係にはなれてなかったでしょうね」

 確かに。

「いや、でも、今でも有希だって聞いちゃったら!」
「貴女の身体に教え込んだ後なので、大丈夫です」

 指が私の腕をなぞる。途端に高揚し始める私の身体。

 何、この人怖い。

 でも、確かに口調や容姿は変わったけれど、天才で自分基準な所とかは変わりない、かも。

「……、元の世界には興味無い?」
「私とあちらを繋ぐのはカリンだけですよ。あちらは窮屈過ぎた。同じ境遇の中では恵まれた環境でしたけれど。……あ」
「どうしたの?」
「一人、カリンと仲の良い子がいましたね。あの子はどうなりましたか?凄く頭が良かった……」
「ああ!ソラちゃん?中学の模試で全国一位を取って、生活費の出る私学に特待生で迎えられるとかなんとかって辺りで、私がこっちに来ちゃった」
「それはそれは」

 リオネット様はゴソゴソと戻り、すでに小説作成を再開していた。

「興味ないなら聞かなくても」
「ありますよ。カリンの特別になった訳ではなさそうだったので、充分です」

 この人は。

「ただ、彼女は馬鹿じゃないから嫌いではありませんでした」

 この辺りは確かに有希っぽさがある。素直じゃ無い。
 微笑ましく感じながら、私はもう一つの計算をする。思ったより帰ってくるのに時間がかかっている……。

「……この七年で森に動きはありません。兄君の事は間に合います」
「リオネット様がそう断言したって事は根拠があると思っても良いの?」

 彼は返事の代わりに微笑んだ。

 

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