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 ナルさんはマンチェスター城には居なかった。そりゃそうだ。昨晩婚約者が決まって、本日出立なのだから。
 リオネット様は何かまた新しい小説だか、噂だかを広めるつもりらしく、制作活動をしている。

 私はアンズに誘われて、庭に出てみた。思えばサンダーランドの庭は結構歩いた事がある割に、こちらはゆっくりと見た事は無い。
 空を見上げると二匹の騎獣がこちらに向かってきた。

「よお、散歩か?」
「おかえりなさい、アッシャー。雨情も?」
「おお、リオネット様に色々貸してもうてんねん。ほんで、アッサム様のお迎え行ってきた」
「お疲れ様」
「雨情、悪いが少しカリンと2人にしてもらえるか?」
「了解~」

 雨情は「朝メシ朝メシ~」と歌いながら部屋に入っていった。

「色々心配かけてたが、上手くいったわ。さんきゅーな」
「私、何もできなかったけど?」

 くっと、アッシャーは笑った。それから、ピシッと立って、礼をとる。

「仮面の姫君のおかげです。……俺が気づかなかったとでも?」
「まじで?」
「まじ」
「は、恥ずかしっ」

 バレてたのですか……。

「おお、そんで、もう会えねぇっつったんだよ。お、こいつカリンじゃね?って思って、んで色々考えた結果間違いない、と」
「はぁー、バレたかー」
「まぁ、お陰で色々進んだわ。助かった」
「それは良かった……」
「それとな」

 青い花が一輪、頭に飾られた?

「おめでとう。弟が妹になって、義妹になった。ややこしい事この上ねぇな」
「お花?」
「うちの、サルフォードの地方じゃ花嫁に家族から青い花を髪に差してやるんだ。それをしに、昔リズの結婚式にも行って……、まぁ記念って感じで家族の代役やらせてもらった。式は当分出来ないだろうから、とりあえず」
「ありがとう、嬉しい」
「リオンには妹が世話になるって頭下げねぇとな」
「喧嘩したら、リオネット様の方を止めてね」

 ははは、とアッシャーは笑った。

「ところで、そろそろリオンの呼び方変わんねぇの?」
「リオン?」
「いや、そうじゃなくて……、まぁまだいいのか。それじゃあ俺も朝メシ食ってくる」

 なんだろう、と思いながらアッシャーを見送った。

 昼食より前にナルさんはマンチェスターにやってきた。昨日のパーティーとは違っていたが、正装をしていて、そしてその隣には件の婚約者が。待ちきれず、馬車の中を雨情に投射してもらった。

「リオネット様!あの人って!」
「ええ、以前のお見合いの方ですね。グーテン嬢です」

 あれ?なんかこの会話に覚えがあるような?

 小さな声できゃいきゃいやってしまったけれど、馬車が停まったので、お口チャック。

 城の前には毛氈もうせんの様なものが引いてあるし、リオネット様も私も実は一応正装をしている。私は正装は騎士の服な訳ですが。
 結婚式は延期だけれど、近隣同士でご紹介しあう簡易な場が設けられたと言う事らしい。
 両方の中間地点でやるのが普通だろうに、一応私がナルさんは主人になるためこんな形になった。
 本当に顔だけ合わせたら帰ってもらうわ、ナルさんはそのままこちらで一緒に東に立つわで、お相手には申し訳ない。

「……我が君、リオネット殿、こちらが私の婚約者となりました、マリアナ・
グーテンです」
「お久しぶりでございます」

 柔かに彼女は膝を曲げた。美しい所作だ。

「お久しぶりです。マリアナ殿。ナルニッサ殿、私達も、婚約致しました」
「今後とも変わらぬ関係を」

 定型分をほぼ棒読みしながら、私は騎士式の礼をとる。リオネット様の婚約者という立場より、勇者の加護を受けた黒魔道士と言う立場の方が正式なため、なんだかヘンテコな事になっている。

「……カリン様はナルニッサ様の主人だと聞いております」

 そして、定型通り、男女に分かれてお話をする。以前も思ったが、とても妖艶な方だ。

「はい、お世話になっております」
「どうか、ナルニッサの事をよろしくお願いいたします」
「この度の遠征後、また魔王討伐においても必ずマリアナ様の元にお返しいたします」
「ありがとうございます」

 リオネット様達は今更感があって話す事はほとんど無いのか早々に無言だ。

「それでは、私は失礼致します」

 空気をバッチリ読んでマリアナ様は馬車に戻る。ナルさんが完璧にエスコートして、美男美女で目の保養。

 それにしても落ち着いた2人だ。リオネット様なら、軽く窓越しにキスとかやってのけそう。いや、一人で帰らせたりしないな。

 馬鹿な事を考えているとナルさんが戻ってきた。

「彼女は我が君に失礼は?」
「全然!とても素敵な方だね。ナルさんとお似合いだと思った」

 ナルさんは何故か少し俯いた。

「……恐れ多くも、我が君にお願いがあります。献上した使令の御返還をお願いしたいのです」
「チュンチュン返すの?」

 いや、こちらも願ったり叶ったり。

「……はい、あれを通して貴女に穢れが移ってしまう」

 穢れ?

「ナルニッサ」

 咎める様なリオネット様の声は冷たかった。

「お前の悔恨でカリンに混乱を与えないでください。己の罪をつまびらかにするつもりは無いのでしょう?それとも、ここで吐いてカリンに軽蔑されますか?」

 かんっぜんに切れてる。リオネット様、怖い。

「あの、リオネット様?」
「いえ、リオネットが正しい。申し訳ありませんでした。ただ、お返し願いたい」

 なんなんだ?分からないけれど、とりあえずチュンチュンを取り出した。すると、ぬいぐるみはぽてっと倒れて、中身はナルさんの影に。

「ぬいぐるみはある!」
「良かったですね」

 リオネット様は元の穏やかな口調に。この二人、本当に何があったんだろう。パワーバランスが謎だ。

 そして、荷物をまとめて一路東へ。
 リオネット様と二人でアンズに乗せてもらう。アンズは結構リオネット様には懐いてるので、二人乗りも快諾してくれた。アンズさんも調教されてる感がある。

「東の街は貴族至上主義の思想が強いです。異世界人や原石への差別が残っている。カリンは異世界人の血を引いた原石ということになっていますので、念のため私の側からは離れない様に」
「東の街じゃなければ離れて良いの?」
「まさか」

 リオネット様は私を抱きしめる。

「離す訳ありませんよ。あくまで離さない理由のための情報です」

 ですよねー。

「まずは街を治めている方にご挨拶に行くんですよね?どの様な方ですか?」
「ロイヤルグレイス公もあまり褒められた人物ではありませんね。個人的見解ですが」

 ロイヤルグレイスと言われて、聞き直そうかと思った。経験上、名前は恐らくそのままの音である場合と意味が翻訳されて聞こえている場合がある。
 例えば、マンチェスター家だとイギリスのマンチェスターの都市が私の頭の中にあるため、その地域の雰囲気に似た都市を治めている家、程度の意味だ。ラテン語の由来まで深く突っ込んではない、へっぽこ翻訳機能があてがった名前なので、加護が無ければ違う様に聞こえてると思われる。リオネットやアッサムは恐らくそのままの音だと思う。意味が関連付けられないし、そもそも翻訳機能がつく前からアッシャーはアッシャーだ。

 そこにロイヤルグレイス。王の様に気高く女神の様に優美。凄い名前だ。貴族の名前と土地の名前は陛下に許可をもらえれば、自分達で好きにつけられるそうなので、多分自分達の趣味でつけているのだろう。昔からその地方がそう呼ばれていたから、苗字にしましたレベルのマンチェスターとは大分違いそう。

 そして、その予感は的中した。

「ロイヤルグレイス殿とは面会の予定を申し入れていたはずですが?」
「恐れ入りますが、主人は本日気分がすぐれません。また後日」

 リオネット様の目の前で城の扉は閉められた。怖い物知らず過ぎないか?

「仕方ありません。本日は街で泊まり、明日また出直しましょうか」

 リオネット様は怒ってない。つまり、十倍返し位はやるつもりだ。後で仕返しをするから、今怒る必要が無いと言うやつだ。

「ほなら、宿の確認もしてきますわ。ついでに魔石ハンターの登録もしてきますんで、ちょっと茶でもしばいといてください」

 雨情はフットワーク軽く街に消えて行った。ナチュラルにリオネット様の手足になってる。

「では、予定通りに」
「承知した」
「しゃあねぇな。一時間で良いか?」
「ええ、集合場所は……、このカフェで結構です」

 ナルさんとアッシャーも消えて行った。

「二人はどちらに?」
「コマーシャル、ですね。この地域はサブカル小説が私の貴族らしいものしか浸透しませんでした。影響力がまだまだですので、この度、ナルニッサの小説も含めて広める事にしました」
「どうやって?」
「大抵の人は色香に耐性は無いんですよ。実物を見れば、落とすのは簡単です」

 悪い笑顔だ。最近で一番腹黒い感じの。

「それなら、私はお手伝いできませんね」
「カリンと私はこちらで活動です。そのための衣装ですから」

 新作のふわっとしたマント付きの男装の麗人の服の中には武器も収納されていて、もはやケチの付けようが無く、私は朝からこの格好。

 そして、私達はカフェに入った。

 
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