上 下
45 / 65

44

しおりを挟む
 そんな、まさか。あの雨情が?

「雨情を……殺したの?」
「いや、大事な情報源だ。おとなしくはしてもらったが、まだ死んではいない」
「あなたは、……あなた達はカリンを殺すのね。私を殺して、カリンを殺して、それから雨情も」
「初めから、お前ら異世界の血はこの世界の穢れでしかない」
「じゃあ、なんで呼び出すのよ……」

 私みたいに2回目で来たい人なんて他にはきっといないはずだ。

「人未満であるからこそ、魔王と戦わせられる。貴族や力を持つ民が殺されれば、それだけでこの世界の損失だろう?」

 怖い。完全に正義を確信している目だ。

「女王陛下に逆らうの?」
「あの方の気持ちを慮るのが配下の役目」
「クラリス様はそんな事考えてない!」
「我が君の名を、下賤が口にするな!穢れるわ!」

 エイスは杖を、杖にしていた剣を鞘から抜くと私に構えた。こちらはクナイしか無い。ダガーもマインゴーシュも宿屋のカバンの中だ。クナイも目立たない様に普通の強度。リーチも不利だ。距離を取って逃げなくては。後ろの茂みから沢に降りて……。
 気取られない様に構えは崩さずにいると、視界を何かが横切った。

「くっ?」
『がおーっ。カリンちゃんに剣を抜いたから敵ー!』

 仔熊ちゃんがエイスの左手に噛み付いた?

「危ない!」

 スローモーションの様に見えるのは、何かの加護のおかげだろうか?見えている。どうなるか分かる。なのに、体が追いつかない。

 ざくっ。

『ーーーっ!』

 剣は仔熊ちゃんを貫いて、声にならない叫びがこだまする。

『おのれ』

 熊さんがエイスに飛びかかろうとし、エイスが構えて、今!

「ぎゃあっ!」

 クナイで右手首を引っ掛けて引っ張ると、バランスを崩したエイスの左肩を熊さんは噛みちぎった。

「あ、あぁあ、うぐっ」

 エイスは……、負けを察したのか逃げ出した。あの傷なら普通は失血死する。しかし白魔法が使えるなら命に別状は無い。ただし、左手はここに残しているから片手を失うのは確実だ。
 追いかけてとどめを刺した方が良い?と一瞬逡巡した私を仔熊ちゃんが現実に引き戻してくれた。

『いた、い。さむ、い』
『ああっ!』

 刺された位置は肺。人体絵本だと、白魔法でなんとかできる部位、のはず。
 やるしか無い。やった事無いけど、成功させるしか。方法は学んだ事はある。

「再生」

 ごそっと魔力が抜ける音が聞こえた。体の何かが危険信号をおくってくる。でも、それは同時にはじめての再生の魔法が成功した事も物語っていた。

『いた、くない?痛くないよ!ママ!』

 ぴょこんっと仔熊ちゃんは起き上がった。

『カリン……助かった』
『こちらこそ、巻き込んですまなかった。助けてくれてありがとう。仔熊ちゃんも』

 仔熊ちゃんはコロコロ走り回っていて、もう大丈夫そうだ。

『待て、煙の匂いがする』

 喜ぶ暇もなく、熊さんの視線の先を見ると、エイスが逃げていった先から煙が上がっていた。

『森に、火をつけたか!』
『消しに行ってくる』
『カリン、体調が悪そうだが?』
『魔力切れだと思う。魔石を拾いつつ消しに行ってくる。エイスもあの怪我だ。火をつけて、一旦逃げ帰ってからまた捜索するつもりだと思う。熊親子は他の動物を水辺に先導して欲しい』
『分かった。無理はするな。命があれば、この森は諦められる』

 嘘だ。森を無くせばその森に住んだほとんどの生き物は消えるしかない。多少は周りの森林が吸収できるが、それも範囲が狭ければ、だ。吸収した森も勢力が変わり植生が変わり、ただでは済まない。森で生きた数年で、そんな事は私でも知っていた。

 熊さんに気を遣ってもらっちゃった。

 勇者の加護様様だ。痛くない。怖くない。魔力切れの先が何か分かる。でも無理やりでも走れる。落ちている魔石なんかじゃ、もうなんの足しにもならない。拾っている時間は無い。
 火の元に向かうと、まだ広がりは大きくなく、ジャングルの湿度に助けられていた。
 それでも、魔法で点けられた火を自然に消すほどの効果は無い。
 すべき事が分かった。それなら、と念の為影に声をかける。

「チュンチュン、ここに居たら危ないから逃げて。もういいから」

 今になって分かった。チュンチュンはナルさんから魔力を届けてたから、私から離れられなかったんだ。

「もう、魔力は要らないから」

 相変わらずぽやーっとした顔の小鳥は、はて?という顔のまま飛び立っていった。
 あの子からの魔力では足り無い。充分な魔石を拾っていると、火は広がって間に合わない。

 あの子がナルさん達に届いて、リオネット様がここに来るまで何日かかるんだろうか。待つ事はできない。目を閉じると、まるで彼がそこにいるかの様に感じる。精神を安定させるために加護は幻覚まで見せてくれるのか。

「水流」

 沸き立つ水のイメージ、崩れゆくみずからの体。

 リオネット様……。

 火が鎮火するのを見届けて、私の体は地に落ちた。
 地面の冷たさすら感じない。目に光すら感じない。

 魔法を使ってしまって、ごめんなさい。

 私は、貴方が、好きでした。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!

石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。 クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に! だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。 だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。 ※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。

処理中です...