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30 夢での逢瀬

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 ペンダント つけて目を閉じ 夢の中

 寝れるかな?どうかな?と思いながら布団に飛び込み、ペンダントを装着して目をつぶったら、そこはもうサンダーランドの城の庭だった。
 すっごい。悔しいけど、リオネット様はやはり凄い。

 鮮明すぎて、夢という感じはしない。風は少しひんやりしていて気持ち良く、アッシャーと会った夜と同じ景色に見える。

「本当に、会えた」

 振り返ると、彼はいた。彼のその言葉で、ちゃんと仮面をつけた姿見に見えているのだとほっとする。

「こんばんは。少し話し相手をしてくださる?」
「喜んで」

 アッシャーはこちらに近づいて、それからテラスの手すりに身体を預けた。私はプライベートスペースに入らない場所を目算して、同じく手すりに寄りかかった。

「俺をお話し相手に選んで頂けたのは光栄です。ですが、その前にひとつだけ言っておきたい事があります」
「何でしょう?」
「俺はあなたを利用しようとしている」
「利用?」
「俺は心に綻びがあります。貴女と話しているとその原因を取り除ける気がしている」
「私と話すのは辛く無いですか?」
「あなたと話すのは、……分からない。自分でも上手く言えない、けれど心惹かれる物を感じています」

 正直過ぎる。アッシャーをひっくり返して振り回しても、利用するなんて言葉は出てこない。これはリオネット様から何か言われているな。彼はそういう人だ。

「ならば構いません。私も、あなたの心の奥の抱えている物に興味がありますから」
「やはり、不思議な姫君だ」

 さて、何から話そうか。まずは仲良くならねばならない。そうなると初めにすべき事は、カリンと仮面娘の知っている事を統一させておきたい。心を紐解く時に、何故そんな事を知っているんだと思われたら、心が閉じてしまうかも知れない。

「アッサム様はどちらでお育ちになられたのですか?」
「サルフォードを……知っていますか?」
「少し。赴いた事はありません。貧困の村であったと、聞いています」
「俺はそこで幼少期を過ごしました。姉と二人家族で、姉が母替わりでした。あそこには面倒見の良い司祭がいて、俺たちは死なずにすんだ」

 やはり、あの司祭様が保護者をされていたようだ。

「お姉様は今?」
「結婚して、子供がいます。今日顔を見に行ってきました」
「その割に寂しそうに見えます」

 私はその出来事を知っている。だけど、夢の中では偽る方が難しいからからか、アッシャーの表情は痛みを抑えた苦笑で、それは明らかだった。

「……原石の記憶は皆から全て消え去ります。それが姉達を守る方法ですから」
「そう、ですか。しかし、それでも……アッサム様は、それでも貴族の養子になって良かったと思っておられますか?」
「……そうですね。記憶が消えるのは知っていました。それでも養子になるために8歳で勇者を決める試合に出た訳ですから」

 8歳で優勝したのか、この人。やばない?

「もっとも、ナルニッサが成人前を理由に出場していなかったから勝てたんですけどね。俺が15になるまで、手合わせをしてもずっと連敗だった」
「それでも8歳は凄いと思いますよ」
「どうも」

 さらりとした感触。彼の心に溜まる汚泥の元はここでは無いっぽい。

「養子になりたかったのは、サルフォードの貧困を救うためですか?」
「いや、まさかそこまで高尚な子供じゃありませんよ。予想外に褒美として与えられたので、叶えてはもらいはしましたが」
「では、お姉様とあなた自身の貧困のため?」
「それも、違う、かな」

 貧困のためじゃ無い?では、何のために記憶を無くしてまで養子になりたかったのだろうか?
 畳みかけると、追い詰めてしまう。今日はここまでかと逡巡した時、アッシャーは答えた。

「姉から、俺の記憶を消したかった」
「え?」

 予想外の答えに言葉を失うと、アッシャーもはっとした顔をした。

「夢では、偽る事は難しい、か。そういや、昔リオンが言ってな」

 ぽつりと呟く声から、彼がそこまで話すつもりが無かったのだと分かった。でも、私はその奥を紐解きたい。

「何故消したかったの、と聞いても良いのですか?」
「……少しミスをしたんです。姉の前で。姉はそれを非常に気に病んだ」
「ミス……」
「ミスの内容は貴女には刺激が強い。聞かないでください。スラムでは良くある事、とだけ」

 スラムで良くある事。そして、リズさんが気に病む事、それこそアッシャーが記憶を消したいと思うほどのミス。

「人を殺めたのですか?お姉様の目の前で」

 アッシャーは爽やかマンの笑顔のまま、ふっと息を吐いた。流石と言っている様な、私が分かる事を少しは期待していた様な表情だ。拒否は無い。セーフ?

「軽蔑しますか?」
「まさか」
「夢では偽る事は難しい、お互いに。その反応か偽りでないなら、貴女はやはり少し、おかしい」

 はい、不思議からおかしいに評価変わりましたー。

「私はサルフォードで生きた事はありません。そこでの出来事を判断は出来ない」
「俺達が当たり前に思う事を、同じ様に当然と考える貴族はさぞや生きづらいでしょう。……その通りです。殺されないために、俺は人を殺しました。あの村の司祭は俺に戦い方を教えたんです。力を仕事にできる様に、と。姉は純粋にその言葉通りに受け取って習わせていたのでしょう。じぃさんは、まぁ、分かってた感じです。姉を守る方法とも言ってたんで。いつもは襲ってくる奴らを返り討ちにして、姉の前での命のやりとりは無かった。けれど、あの日、流れてやってきたその男は、あの地域の暗黙のルールを破った。引かない限り、こちらも引けない。誰にも責められる事でも無かったと俺は今でも信じています。けれど、姉は優し過ぎた」

 殺した事を後悔はしていない顔だった。信念を持って正しかった、あの世界では間違ってなかったと、そう物語っている。

「それで、お姉様の記憶を」
「ええ、俺が知らなさ過ぎた。女性があれほど繊細だとは思っていませんでした。俺のミスです」

 ん?

「アッサム様は、人の亡くなる瞬間を見たからお姉様が辛い思いをされたと思ってらっしゃる?」
「ええ」
「サルフォードでは人が亡くなるのが日常なのに?」
「そうですが?」

 怪訝な表情で見返された。

「それは違うのでは?」
「何故?」
「あの地域でアッサム様が戦える様な歳になるまで、お姉様が平穏無事に過ごしてきたはずは無いと思うからです」

 スラムに生きる若い女性。彼女はアッシャーがいたから「生きてこれた」と言っていた。命を取られる以外の、死んだ方がましと思える出来事は沢山あったはずだ。それが、目の前で襲ってきた暴漢が果てる姿を見て、病むのは不自然過ぎる。

「あくまで想像ですが、アッサム様が人を殺すのに躊躇いが無かったとか、慣れてたとか、アッサム様が将来犯罪者として裁かれる側の能力や考え方を持ってしまったとか。もしくはそう言った世界でアッサム様が亡くなる可能性がある事にショックを受けたのでは無いでしょうか?」

 自分の知らないところで殺しに慣れた弟は、知らない所で命を落とすだろう。我が子同然の8歳の弟が、21歳の自分を守るために死んだり、捕まったりする事の方がきっとリズさんは怖かったはずだ。この国では殺人は死罪。最も、戸籍や治安が行き届いている訳では無いので、お目溢めこぼしも多いだろう。けれど、正義感の強いアッシャーが子供の頃からそうなら、お目溢しをされない相手を手にかけかねない。

「まさ……っ」

 アッサム様は「まさか」と言いかけて、何かを思い出した様だった。手を額に当てて、その目は見開いていた。

「そうか、なるほど」
「心当たりが?」
「実父が殺人で処刑されてると聞いた事がありました。優しい人だったのに、と姉は幼い頃懐かしんで泣いていた。そういや、俺は父親に似てるとも」
「お姉様はその時の感覚が甦ったのですね」
「……そーか、そうだったのか」

 恐らくお目溢しをしてもらえ無い相手にアッシャーのお父さんは手を出してしまったのだろう。もし私がスラムにいて、アッシャーが今の様に家族として居るならと想像するだけで、リズさんの気持ちは痛いほど分かる。想像でも胸が詰まるくらいなのだから、実際はもっと苛酷だったんだろう。

 手を口に当てたアッシャーは顔面が蒼白だった。が、一度手で顔を撫で下ろすと元の爽やかマンの表情に戻った。

「それなら、養子にならなくても方法はありました。今更です。どうしようも無い」

 何か、今触れられそうだった。それはさらりとかわして闇の中へ。

「姉は罪を恐れていた。敬虔な神の信徒だと、ずっと思っていました。教会でも良く祈っていたので」
「アッサム様の無事を祈っていたのでしょうね」
「ええ」

 罪は愛する人を処刑台へ攫っていく。彼女にとって、罪は良心的な呵責で無く、現実的な別れそのものだった。

「アッサム様にとっての罪はまた違う意味を持っていそうに思います」

 少なくとも殺人をする事だけなら彼にとっては罪では無い。お姉さんと違って具体的な行為自体に罪悪感を感じてはいなさそうだ。それならば、彼の心を蝕むのは精神的な物?

「そうですね。姉の影響を受けたせいか、司祭の教育の賜物か俺は良心に反する事は好まない。というか出来ないたちなので」

 知ってます。結果、薄幸の器用貧乏化してらっしゃる。

「……、以前他の貴族から原石がどう見られてるか、という話をした事を?」
「ええ、覚えています」
「他の貴族が原石を下に見る理由の一つに、どこで何をしてきたか分からないから、というのがあります。原石達の記憶は消されるので、犯罪もチャラだ。少なくとも、俺は貴族にとっての罪は犯している。後悔は一切無いが、貴族に下に見られる事自体は仕方ないと思っています」

 なぜ?

「それは、その貴族が同じ状況になっても相手を倒さない場合だけでしょう?そして貴族は力を持ち、守る責務がある。相手を倒さなければ、それはそれで力を持つ者がゆえの罪だと思います」
「それでも、貴族だろうが平民だろうが冒してはならない罪がある。それを冒していない保障は俺には無い。今も、これからも」

 それは、アッシャーが今現在も罪だと思う事を冒しているという告白だった。しかも、これからも自分が罪を冒しつづけるとでも思って居る様な。

 アッシャーがそう言った瞬間、彼の中の汚泥が見えた。見開きを展開すると、それはアッシャーの罪悪感と後悔、恐れ、そしてそれは以前あの闘技場で見た時より明らかに育っている。

 何故?お姉さんの事や人を殺めた事では無い、何かの罪がアッシャーをさいなんでいる。

「ぐっ」
「アッシャー!?」

 突然胸を押さえて膝をついたアッシャーは驚いた様に、私を見た。それから苦しそうに微笑んだ。

「姫、俺はもう貴女に会えない」

 黒い闇が彼から吹き出し、そしてアッシャーは消えた。
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