上 下
132 / 192

87 甘い御褒美

しおりを挟む
昼が過ぎて、屋台でパンケーキと飲み物を彼女に、自分用にアルコールを買った。約束のご褒美だ。
「前から思ってましたけど、時々食事代わりにお酒だけってされてるの、体に悪そうですよね。」
「まぁ良うはないな。パンケーキ、甘い系でええか?おススメはコレやけど、塩味系のアレも美味いで。」
「じゃあ、おススメの甘い系で!」
買って近くのベンチに座り、軽く防音の魔法をかけ、使令も放つ。内緒話くらいはこれで漏れないし、こちらを伺うモノがいたら使令が知らせてくる。
いただきまーす。と言って、まずはちぎってマリちゃんに渡す。それから食べ始めた彼女は美味しそうにもぐもぐやっている。こういう姿は年相応というか幼く見えて微笑ましい。
「何か付いてますか?」
「いや、えらい美味しそう食べるなぁ思て見ててんけど、確かにめっちゃ口の周りに付いてるで。」
手で取ろうとして、一瞬躊躇した。その間に彼女はハンカチで拭い取っていた。
「すみません。齧り付くタイプのモノ綺麗に食べるの苦手で。」
多少恥ずかしげな姿は珍しいから、ちぎって食べれば?というアドバイスはやめておいた。

「せや、明後日攫われるんやったらその時に使令1匹つけさせてもうてもええか?今から付けとったら城で弾かれるさかい。」
「お願いします。」
やっぱりまた口の周りにクリームをつけて返事された。

「ほんで積もる話の方やけど、城でバイト以外は何しとったん?」
キョロキョロ周りを見たので、結界を張ってあることを伝える。

「キュラス様から調べて欲しいと言われた事があって、情報収集やってました。その過程で掃除メイドに紛れてたんですけど、最終的にバレちゃったからついでにそのままバイトに雇ってもらいました。情報収集って言っても、サタナさんやディナさんやカナト様に手伝ってもらってまとめただけですので、大した事はしてないんですよね。」
「いやいや、的確な指示をもらえたからこっちも動けたんやで?結晶、混ぜられた後は危ない目合わへんだ?」

「あ、すみません。全然大丈夫でした。報告しなくてごめんなさい。」
「いんや、無事やったらええねん。」
「家政婦長さんが大事にならないように取り計らって下さいました。それから、それに関わっていたメイドさんが1人ディナさんの指導でメイド戦士になって…」
「メイド戦士やて?」
「はい。ディナさんは今日はその最後や稽古をつけてるそうで、私が暇になったんですよ。」
「いや、メイド戦士って簡単になれるもんちゃうで?よっぽど素地があったとしても信じられへんわ。」
「ソフィーさんには素質あったみたいです。それにテルラさん作β版訓練法があったので。あれ、凄いですよ。ディナさんのファンだった軍部の若手もメキメキ強くなったらしいです。でも、ディナさんもメキメキ強くなっちゃって最後まで勝てなかったとも聞きました。」

「いやいや、ちょお待って。β版ってまだ使者来てへんのにもう取り入れてはんの?」
「はい。内緒で始めてもらってます。少人数から始めたけれど、今は全体でやってるんじゃなかったかな?改善点もまとめてもらってるので、明日の使者の方にも渡せるはずです。こちらの国は公的なやり取りは必須だから使者を求めましたけど、いきなり実務の話になるでしょうね。」

この娘は、常に想像をぶった斬る。こちらの軍の長は職人肌の頑固オヤジだ。しかも、亡くなった王太子の弟寄りで規律に厳しい。
「ちょっと話の流れでサタナさん通さずにハトで向こうに連絡したんですけど、明日の予定は聞いてらっしゃいますか?」
「訓練法の提供と今後の研究協力についての締結。あと、転送円を設置する、て。もしかして、全部交渉やのうて、確定事項なん?」
「そうです。非公式ですけど、陛下に内諾はもらいました。」

「は、ははは。」
もう笑うしかない。とんでも無いことをやって来たらしい。そして、とんでも無い事をやってきた自覚は無いらしい。どうやってそれをやったのか、想像すらつかない。
「サタナさん?」
「いや、ご褒美がパンケーキだけっちゅう訳にはいかへんな、思て。」
彼女は如才なく笑った。
「皆様のご協力のおかげです。」

「後は運が良かったなって思います。短期間で全て上手くいって。個人的には、ディナさんの物語の続きが途中で終わってしまったのが心残りですが。もう、検閲されないし必要ないんですけど、ラストがどうなるか気になる…。ディナさん、小説家の才能あると思いませんか。」
「小説家なぁ、なってもええ事あんま無いし。頼んだらえいこサンのためには書いてくれるんとちゃう?」
いつの間にか食べ終わった彼女は両手で飲み物のカップを持ったままキョトンとしていた。

「小説家になってもいい事無いんですか?」
「小説家って小説を書く人やろ?地位も名誉もお金にもならん崇高な趣味とは言えるけどなぁ。」
「小説書いても収入にならないんですか?!」
あまりに驚いているのに驚きだ。

「小説、物語やろ?小説家が書いた本が宿とか食堂に置かれて、それをを読みたい奴が高速模写して広がっていくやん?誰が書いたかなんて分からへんし、挿絵も改変も続き書くんも自由やから、あの小説みたいに二巻以降は全然違う話になり得る。それって一巻書いた人の心境は複雑やろなぁ。」
「著作権って無いんだ。」
「ちょさくけんって?」
「いえ、えと、図書室で見たような本もですか?」
「歴史書は国定と私的なんがある。国定は国が内容を保証してるから、書いた人は一応不明ってことになっとるし、私的なんは名前書くなんて恐ろしい事せんわな。科学書は記名してあるし、その上で国定のもんもある。質問あったら問い合わせられるようになったんねん。」
ほぇーっとひどく衝撃を受けているようだった。そんな事に、と思うがお互い様なのだろう。

前に別れた時に少し心配していたが杞憂だった。隣に座っても問題ない。彼女との距離感は、これでいい。
「えいこサンが、めっちゃ頑張ったんはよぉ分かった!もっと食べるか?」
ウインクして見せると、彼女の目は上をさまよってから元気よく返事が帰ってきた。

次は塩系のパンケーキ。黒胡椒とクリームチーズが絶妙にマッチしていて、うまい。
熱々をちぎってマリちゃんに、更にちぎり始める。熱いからかと思ったが、大きい塊をこちらに寄越した。
「1人より2人、2人より3人で食べる方が美味しいので是非私のコレを美味しく味わわせてください。」
量が多かったのか、と思い受け取る。
「おーきに。うん、やっぱり美味いな。」

少し気を抜いていたのが悪かった。上目遣い気味でこちらを伺っていた彼女が微笑んだ。
「美味しいですね。」
弾んでる声が、味だけのせいだけではないくらい分かる。
「なんや、俺に食わせたかったんかいな。昼メシ酒だけっちゅうのはそんなにあかんか?」
「え、違いますよ。分けて食べた方が美味しいからです!
でも、サタナさん、なんか今日変な感じがしていたので体調でも悪いのかなーって思ってたんですけど、ちゃんと美味しいって思ったなら良かったなって。」
嬉しそうに微笑んでいる彼女の表情はいつものあの笑顔とは違った。陽だまりに咲いた、花のよう…

どくっ。と心臓の音が耳のすぐそばで聞こえた。ヤバイ。心音を抑え、興奮を逃す。泡立った皮膚が凪ぐよう祈り、体温を下げる。まずい、上手くいかない。
「サタナさん?どうかされましたか?」
「あー、ちょっとジェードに呼ばれたみたいやわ。悪いけど戻ってええか?」
ダメだ。咄嗟に嘘を吐く。平静を保たなくては。
「もちろんです。今日はありがとうございました。」
いつも通りの表情で彼女に別れを告げ、その場から逃げた。

息を切らして宿の部屋に戻っると、ジェードが驚きの声を上げた。
「サタナさん、息切らして大丈夫ですか?顔も赤いですし…」
「すまん、ちょお寝るわ。」
個室に入って、洗面台で顔を洗う。それでも、鏡に映った顔は赤い。
「っくそ。」
あの感情の名前は知っている。百年ほど前に手放したアレだ。予兆はあった。だから、気を張っていたのに。
「バカか。」
認めざるを得ない状況になってベッドの横に座り込む。恋になんて、墜ちたくなかった。





後書き
えいこ×サタナの話を『モブ転A子 エロ話 if』に掲載しました。今日のある方はそちらへ。
エンディング投票(誰とくっつくか)の希望も引続き受け付けております。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

黒猫と異世界転移を楽しもう!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1,074

私の知らぬ間に

恋愛 / 完結 24h.ポイント:234pt お気に入り:2,919

貴方への愛は過去の夢

恋愛 / 完結 24h.ポイント:234pt お気に入り:1,938

40代(男)アバターで無双する少女

SF / 連載中 24h.ポイント:213pt お気に入り:759

クズヒロインなのになぜか人が寄ってくる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:983

スペアの聖女

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:3,804

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

恋愛 / 完結 24h.ポイント:205pt お気に入り:789

推しに婚約破棄されたとしても可愛いので許す

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:92pt お気に入り:5,648

処理中です...