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84 ジーナとアニー

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「ディナさん。少しお時間頂けませんか?」
「はい?構いませんが。」
神殿で主人がえいこ様を部屋に誘ったので、思い切って彼女を呼び止めた。人に聞かれたくない話なので、自分の部屋へ招き入れる。

「家政婦長様のお部屋は王妃様のお部屋に近いのですか?」
「ええ、ジーナ様がそう、望まれたので。」
席を勧めても彼女は決して座らなかった。正しくメイドである。
「今日は個人的に聞きたい事があって呼んだの。何か召し上がる?」
「いえ、お気遣いは結構です。私で分かる事でしたら何なりと。」
字面では固く冷たいが、彼女の声と表情は柔らかくてそれを感じさせない。
「貴女はとても演技の上手い方ね。えいこ様は嘘が苦手な様だけれど。」
緩やかな笑顔のまま彼女は何も答えない。
「だからかしら。初めてあなた方を見た時えいこ様がメルク様に似ていると思ったわ。けれど、実際は」
やはり表情に変化は一切見られない。
「貴女がジーナ様によく似ているの。」
「私が、ですか?」
少し驚いた様に答えているけれど、きっと驚いてはいないのでしょう?
「先ほどの、お話の女性はえいこ様ですね?大好きな女性と言うのは。」
「如何なさいましたか?お聞きになりたい事の意図が計りかねます。」
暗にプライベートを散策する理由を聞かれた。
否定はしないのね。やはり、彼女なら知る事ができる。
「教えて欲しいのです。ジーナ様が本当に一欠片も哀しみを感じてらっしゃらなかったのかを。本当にお幸せでいらっしゃったのかを。彼女は、貴女に似ているの。清らかにしか見えない仮面の下はしたたかで、計算高くて、独占欲の強いっ…
「しぃっ。」
いつの間にか彼女は私の側にいて、口の前で人差し指を立てていた。
「家政婦長様も、相当嫉妬深そうでらっしゃいますわね?」
黒い、美しい笑顔。姿は違うのに、これはジーナ様の笑顔だ。私が魅せられた、あの。

「分かりました。そこまで仰るならお教え致しましょう。もし、私が彼女なら、何を思うか。それが知りたいのね。アニー。」
声も違う。けれど名前を呼ばれて体が固くなる。緊張に震える。クラクラする。

「幼い時からワタオ様がメルク様を憎からず思ってらっしゃるのは知っていました。けれど、私だってメルク様に憧れておりました。王家の婚約者同士としてお会いする度に、どんどん惹かれて行ったのです。
ワタオ様とメルク様がご結婚される時、私だけ除け者になると思った時の恐怖、理解出来るかしら?けれどドリュー様を失ったメルク様を支える人が必要だと気がついた時、逆に福音となったわ。
ワタオ様もメルク様も私を大事にしてくださった。私は側にいれて幸せだったの。ワタオ様を女性として支えていたら、ドランを授かったわ。メルク様の負い目が軽くなった瞬間だった。その時、私はメルク様をその負い目で縛っていたのだと気づいたの。気づいて慌てたけど遅かった。彼女は負い目が無くなって、私に遠慮して、距離を置こうとした。
でもね。その時にはすでに彼女は私無しでは生きられない状態だったの。可愛そうなメルク様。クリウス様を使ってストレスをかけたら、あっという間にダメになったわ。私が助けても良かったんだけど、それじゃあ、ダメ。もっと私を想って欲しかったの。だから、陛下をけしかけた。『貴方は彼女を抱けるのにズルイ』って、『貴方なら彼女を助けられるのに酷い』って。結ばれた二人だけど、二人の心の中は私の事ばかり。二人は私の物なの。亡くなったって、二人の愛の結晶、私への想いの結晶を自分で育てられて、これ以上無い幸せだったわ。アニー。私、貴女に話していたわよね?なのに何故今更そんな事聞くの?」

やはり、私の知っているジーナ様だ。それならば、
「私の事は?」
ずっと聞きたかった問いを投げた。
ニヤリとジーナ様の笑みが深くなって、そして、
「そうね。あの二人の百分の1くらいは好きだったわ。だから、話したのだもの。」

それは、過分な割合だった。百分の1。それは、その他大勢のゾイ達と比べると圧倒的な愛であり執着であった。

「家政婦長様?」
ハッと気がつくと、ディナさんは入ってきたところから一歩も動いていなかった。表情は不思議そうで穏やかだ。何故彼女がジーナ様に見えたのだろう。

「突然黙り込まれたのですが、如何なされたのでしょうか?」
「いえ、いいえ。何でもないわ。ただ、そう、ただ辛い事があるなら相談にのりたいの、と言いたかったの。」
「お気遣いありがとうございます。もし、堪らなくなった際はご厚意に甘えさせていただきます。」
優雅に頭を下げてから退室する彼女を私は呆然と見送った。


気が乱れたお陰で上手く幻影を送り込めた。ジーナが生前アニーに語った事と昨夜えいこ様から伺った話を絡めて作り上げた幻影をアニーは気に入ってくれたようだ。
それにしても、ジーナには驚かされる。これこそ、開けてはいけない箱だった。アニーはきっともう他には話さないだろうから、鍵をかけたもの同じだ。

「ふぅ。」と一息つく。
私の彼女へのこの想いは主人の想いが混じっている。けれど、彼女がこの世界にとっても、主人や彼にとっても、そして私自身にとっても大切な人なのは変わらない。
手段は選べない。来訪者は弾みで帰還する事も稀にあるけれど、ほとんどは帰れない。魔女や聖女が現れれば帰ることも出来るけれど、魔女や聖女と違い帰るかどうか選べるはずだ。
彼女には是非とも残ってもらいたい。だから、この世界に執着するように打てる手は打たせてもらう。

誰でもいいの、彼女が帰るのを引き止められるなら。
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