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13 走馬灯

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 闇に放り出される。恐怖を感じたのは一瞬だけ。後は喜怒哀楽という感情がすーっと離れるようだった。

 自分より下には瑠璃色のビー玉と青色のビー玉、上にはレモンイエローのビー玉が浮かんでいる。
大地君、海里君、月子ちゃん……?

 自分だけは人型のまま、落ちている。周りは闇だけれど、下からの風を受ける皮膚感覚がそれを教えてくれていた。

 しばらくするとなんの前触れもなく暗闇の中に映像が流れ始めた。
 これが、走馬灯……?
 私は死ぬのかもしれないし、死んだのかもしれない。
 それとも、この落下の終着点が死なのかもしれない。でも何の感慨も感じなくなっていた。

『私のことは「もっちゃん」って呼んで!』
『じゃあ、私はー「だんだん」?「やまだん」でもいーよー』
『山は被るから、だんだんね!』
『私は、えいこでいいよ』
『ダメだよ!』
『ダメよー』
『山下、下、した、しー、しー、しーまん!』
『だんだんナイス!しーまんね!』
『そう言えば、失礼なんだけど名前なんて読むの?気になっちゃって。えっと、だんだんは「みいこ?」、もっちゃんのは読めなくて、ごめんね』
『いや、読めなくて良いよ!将来改名するし!木へんを取って口にするんだ!で、子も取るの!目立つ名前は困るし!』
『あー、私、読み「みいこ」に変えたいー』

 場面は少しずつ昔に向かって次々と変わっていった。

 入学式、海里君の挨拶。
 誕生日のカレー。
 中学の卒業式。

 随分長い時間が経った気もするし、意外と短かったのかもしれない。

 自分が産まれる瞬間。暗闇。

 それから、

 迫ってくる車。
 見知らぬはずの女の人が映る鏡。
 見知らぬはずの男の人が額に触れる。

 すとん。

 下に着いた。と同時に映像は切れた。

 足元は一辺十メートルくらいの大陸の地図。見たことがあるような、初めて見るような。

 青色のビー玉は西の比較的大きな街に吸い込まれていった。それに続いてレモンイエローのビー玉が東の大きな街に吸い込まれ、瑠璃色のビー玉は中央西寄りの町に吸い込まれた。

 私は一番近かった瑠璃色のビー玉が吸い込まれたあたりを手で確かめたが、ぽよんとした弾力を感じるだけだった。

 他の二ヶ所も確かめたが同じだ。地図上のあちこちを触るが、ぽよぽよしている。どうにかしなくてはならない、そんな気がするけれど、頭の中にゆっくりと霞がかかってくる。

 しばらく見ていると、地図の真ん中が黒く変色し、波打ち、膨らみ、爆ぜた。
 瞬間、沢山のビー玉が噴き出した。

 ビー玉のいくつかはすぐにまた地図に吸い込まれ、いくつかはしばらく浮いていて、

 一つは人になった。
 白髪で色素が薄い男の人だ。

 私は……その人に見覚えがある気がした。彼は迷う事なく地図の荒地の上に行き、地図に手を当てた。力を入れている様子も無く、ガラスのようにそこは割れる。

「……あ」

 無音の世界に思った以上に私の声は響いた。

「《……何故、ここに人がいる?魔人か?聖人か?》」

 彼の言葉は理解できなくて、ただ何かを問うているように思える。けれど、何と応えていいか分からない。彼はこちらに近づいてくる。

「《言葉が通じないらしいな。外の世界、神の世界から漏れてきたか》」

 興味深そうに向けられたその顔を間近で見て、私のなけなしの集中力が持っていかれた。深い闇をたたえた瞳に真っ白な皮膚と髪。その造形は自分の知り得る中で間違いなく一番の美しさだった。

 その感動も直ぐに霧散する……ダメだ、考えが、本当にまとまらない。意識が飛び散っていく……

「《このまま世界に溶けゆく、か》」

 彼は、私の腕を掴む……掴まれた腕は、透けて、いる?

「《弾かれしモノ。世界に親和性が無いお前は、俺と同質という事だ》」

 彼は私にキスをした。

「遊んでやる。生きてさえいれば、な」

 唐突に彼の言葉を理解して、私は地図に空いた穴に突き落とされた。
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