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118 幸せってなんだっけ

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ナツが出て行ってから少しして私は眠った。疲れてあるハズなのに眠りは浅く、昔の夢を見た。誰かのお葬式で呆然としている自分。ああ、この時の自分と比べると、ベッドから動けない今の方がマシだな、と思った。けれど、誰のお葬式だったか思い出せない。

ドアの開く音で目を覚ますと、デューがいた。

「寝てな。ボスにお願いされてね。」

驚きすぎて声を失っていると、デューはいつもの調子よりもっと優しく、気遣うように答えた。手には、またお粥のような食事を持っている。もう朝だったのか。感覚よりは深く眠っていたらしい。

お粥はサイドテーブルに置かれて、デューに助けてもらいながら起きた。眠る前よりは大分良くなっている。次の食事くらいからは一人でも平気そうだ。

「バースの事聞いたよ。あの馬鹿、アキに何も言わずに逝ったんだね。」
「デュー…」
「言っとくけど、あたしは落ち込んでなんかいないよ。だから、上手く慰める事も出来ないけど…その無防備な格好は確かに男に世話させるもんじゃないからね。」

なんと。前回の食事は男性のお世話になりましたが。

「バースはどんなだった?」

デューの元いた世界では、日本のように葬送があったそうだ。だから、私はその様子を話した。バースの表情、バースが運ばれる様子、闇の宰相に任せれば無碍には扱われない事、それから、三つ編みの男性が見えた事。

「もしかして?」
「…魂のビジュアルは以前の姿のままなんだね。変わらない男だ。多分、中身も…我らの王陛下命!のままだったんだろうね。ほんと、馬鹿。」

バース達は何らかの報酬を目的に働いていた。それは、多分その王様に関する事なんだろと思う。なら、デューの報酬は?

報酬は人には教えられないから聞きはしない。でも、バースに関する事のような気がした。

「さぁ、食事は済んだね。お風呂入るよ!」
「え、と。まだ難し…「さあさあ、脱いで!」

一人でお風呂に入るのは難しい、けれど、全身洗われるのも恥ずかしい。あ、でも、シャルさんやディナさんに洗ってもらった事あったな。今回も私に拒否権は無かった。
なお、デューは何故か手馴れていて、すごく小さい時にお母さんに洗ってもらった時のような感じでした。

「デューがここにいる間、山の方は大丈夫なの?」
「ハルに代打をお願いしたよ。ハルがもう少し大きければ、アキのお世話もできるのにねぇ。」

にかっと笑われて、真実は話せなかった。


その日のうちに歩けるようにはなって、私は私のご主人様に報告に行った。

「お前は阿保だ。」

開口一番から辛辣なお言葉をいただく。口数は多くないが、一撃一撃の攻撃力は高かった。やれ、素早さがアップしただけなのに何故体力アップしたつもりでいたのだとか、貧血持ちだった事を忘れていたのかこの阿呆とか、全くもってその通りのです。はい。
一通り愛の鞭と言う名の口撃を受けた後はさっさと次の話になった。

私達が今回集めた古文書は
『世界を癒す者は乙女のみである』
『役目を終えた乙女は再び家路に着くだろう』
『光と闇、聖と魔のチカラが集まれば世界は救われうる』
『救われうる道は一つ、世界を分かつ事。』
この四つに『世界を分かつ方法』の上下を併せた六つだった。以前のものと併せて合計九つ。コンプリート。

「やっぱり、世界を救うお膳立てが整ったら帰されるのは確定みたい。」

家路に着くというのは帰されるという事だろう。ゲーム内で月子ちゃんがこちらに残るエンドもあったハズだけど、それは確か新しい神に願いを叶えてもらった的な流れだった。

「『救われうる道は一つ』か、一つしかない、とは言っていない訳だな。」

一つ〇〇、二つ××という言い方はないことはないけど、やらしさを感じる。
Dは世界を分かつ方法について、解析するそうだ。世界を分けるエンドは何度か経験していて、その記憶はあるが古文書本文丸っと全部は初めて目にしたらしい。私にはただの文書にしか見えないけれど、プログラムがどうちゃらこうちゃらで、魔法文字がウンタラカンタラだそうです。ふーん。まかせた。
バースを餌にした大地君の想定される強さを数値化して説明された。普通バースレベルはパーティーで撃破する。その経験値は貢献度に応じてパーティー内で振り分けられる。参加しているだけでも経験値がもらえるのだ。逆に、ソレを独りで倒した。あまり例は無いが、すでに私では正面からは太刀打ち出来ない。
続いてモンスターの配置についての案の説明。現在問題となっているのは、カークの割当の祠が不在となる事。とりあえず、すでにある程度強くなった大地君のお膝元であるニアメを空けて配置するそうだ。無論、異論は無い。

「あ、そう言えばご飯ご馳走様でした。美味しかった。セレス料理できるんだね。」

ひと段落したところで、あの意外すぎるたまご粥について言及した。私の記憶のどこを探してもキッチンに立つ姿は想像できない。

「お前らが来る前、俺は何を食っていたと思っている?」

外食かテイクアウト?いやでも、あんまり社交的じゃないからこの世界の食堂的な場所で毎回食事するのは辛いか。

「…、阿呆が消耗していたから負担が少なく高栄養なものにした。フユに任せると…腕によりをかけてはいるが病人には向かない物を作りそうだったからな。」
「あはは。優しい味で染みたよ。ありがとう。癒された。」
「癒しは俺に求めるな。ハルかナツにしておけ。」

そう言えば、ナツに仲直りしろとか言ったそうですね。充分優しい。

「癒しを求めてる訳じゃないけど…。そういえば、ハルがね、死ぬ事に対して悲しみとかを感じてないみたいで驚いた。ナツもあんまりだし、こっちの人ってそんなものなの?」
「お前、まだ脳がいかれたままか?この世界の代表にするにはあの二人、いや、ここにいる奴ら全員アブノーマル過ぎると思わないのか?」
「う、ごもっともです。」
「こちらでも死者を悼む風習は、ある。ハルは魔獣だからだろうが、普通は死ぬ事を恐れ忌避するものだ。そうでないと生物として滅びる。」
「そうだね。すみません。ハルがバースの事を幸せで良かったって言うから、なんかすごくビックリして。」

少し馬鹿にしたような態度だったセレスが怪訝な顔になった。

「幸せである事は良かったにはならないのか?」
「そもそも幸せなの?」

あんまりやり込められるから、揚げ足を取るつもりで突っ込んだ。報酬のためにモンスターとなり、命を捧げる。それは仕方ないことかも知れなくても私の思う幸せからは程遠い。

「幸せだろう?役割を全うし、願いが叶うだけでなく、最後の方…お前に会った後はモンスターには望み得ないひと時があった。俺の記憶では、モンスター達があれほど姦しく笑い合う事など無かった。興味深い観察対象だった。お前に出会う前後で確実に奴らの生活の質は変わっている。…あれは確かに心地よさを覚えるものだから、幸せと言って間違いは無いように思うが?」

ただただビックリしてしまった。セレスの口ぶりは決して彼らを下に見ているものでは無かった。モンスター達だから、普通の団欒を得られるなんておかしいという方向では無い。
あの私にとってあまりにもありふれたひと時を、セレスも得難いものだと認識しているようだった。

なんだかひどくショックを受けて、彼の部屋を出た。悲しいとか辛いとかでは無い、純粋な衝撃。それぞれの境遇は分かっているつもりだった。けれど、それはつもりなだけだった。

ふらふらしていると、キッチンにフユがいる。
手伝いを申し出たけれど、私が本調子ではないからと断られた。それでもここに居ていいかと尋ねると、自動的に茶菓子とお茶が出てくる。なんかむしろお手間をかけさせてすみません。

「フユはバースの事どう感じた?」

思った時には口に出ていた。仕事中にする話題で無かったかと思い、慌てて謝る。

「いえ、構いませんが正直にお話しした方がよろしいでしょうか?」

手を止めてわざわざ私の側まで来てくれた。普通なら深刻な話題だから当然かも知れないけれど…。

「うん、お願い。」
「羨ましい、と思いました。」

少しは出来ていたと思う心構えを越える答えだった。

「満願成就。その上、貴女にそこまで想われて逝けるなど、羨ましく思いました。けれど同時に、貴女を悲しませた罪には腹立ちも覚えます。ですから、私にはその道がありません。残念ながら。」

そう答えるフユは、ひたすら私の表情を見ている。私が傷つかないか気遣っている。

「私は、私のために死ぬのは許さない。けど、この世界のために死ぬ必要がある事もあるって知ったよ。知っても、でも、やっぱり、そういうのは辛い。」
「存じております。」

穏やかに微笑まれて、そうなんだと悲しくなった。身勝手にも、悲しく感じた。
『アキか悲しむ事を分かっている。だから、しない。』
理解しているけれど、共感は無い。普通に自分を大切にする感覚が無い。
良い子ちゃんや偽善者だったつもりは無いのに、ただ驚いて、ただ悲しくて、やるせない。

大団円のエンディング。大団円はすべてがめでたくおさまる事。すべてというザルから溢れた者たちは誰が救うのだろうか。
この世界は相変わらず、目眩がするくらい美しくて醜い。
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