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117 疲労困憊
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カークの金色の長い髪は風になびいて、とても絵になった。思わず見惚れてしまうほどに。
「何見てんのよ?」
「ごめん、綺麗だなって。」
「あら♡」
「髪がね、光を受けて水面みたい。」
「髪だけ?一言多いわ。」
嘘、本当にカークは美人だ。
「バースは何か言っていた?」
なんとなく下心とやらを聞く機会を逸してしまったて、話題を戻した。
「そうね。…あんたが古文書を探しに行く少し前だったかな。バースがもう糧になりたいって言いだしてね。ナツは止めてたわ。フユやDは理由を聞いてたような気がする。それから、結局今回は止めておくって話になったの。でも、バースのテリトリーに大地とかいう人が入っちゃった時に『悪い、アキや谷の皆のことは頼んだ。やっぱり今じゃなくちゃいけねぇ。今は亡き国の神のご加護を。』って言ったきり村に出てっちゃった。あんたが悲しむだろなって分かってたのに、止めなくて悪かったわ。」
もしその時私がバースを止められる位置にいたなら、止めさせたとは思う。今でも、ニューゲームを止めるために例えばモンスターの誰かを殺さなくてはならなくなったとしたら決断できるかわからない。そういういろんな足りない覚悟のせいで、優しい周りに迷惑をかけていると思った。
「ううん。バースがその時じゃないとダメだって思った何かがあったんだと思う。私こそ気を遣わせて…ごめん…?」
目の前がチカチカして、少し気分が悪い。あれ?貧血?
「ちょっと!アキ?!」
気づくとカークの腕の中だ。
「ごめん…。なんか、しんどい。」
ここに来て、この体たらく。
「ああ、もう!謝らなくていいから!もうちょっとくらい人に甘えなさい。」
そう言ってカークは私を抱き抱えた。
「カーク?歩けるよ?」
「しーっ!あんた、分かってないわ。」
しかし何故かそのままお姫様抱っこで家路についた。
家に戻って、みんなに謝らなくちゃとか色々考えていたけれど、自分の部屋にそのまま放り込まれた。
「アキー!ごめんなさいー!」
ベッドに寝かされると、なんだか体が鉛のように重い。そんな私にハルが泣きながらすがる。
「ハル?大丈夫だよ。なんか体が重いだけだし。」
「僕のせいだ。アキが頑張り屋さん過ぎるの知ってたから、僕が止めなきゃだった!」
おいおい泣きながら話す事を繋げると、私が早く祠を回りきりたいと言ったから結構無謀な行程で回っていたらしい。回復魔法の効果か、全然疲労を感じなかったから分からなかった。
「ハルは私の願いを叶えようとしてくれてたんだね。」
ハルの分体の一つは家で家事を手伝っていた。バースが死んだ時直接は知らされてないけれど、何かあった事はわかった。でも、それを私に知らせても心労を募らせるだけだと思って黙っていてくれたみたい。
「ちゃんとできなくてごめんなさい!」とハルは謝るけれど、落ち度は一つも無い。むしろ、私がみんなに甘えまくった結果だ。
私こそごめんね、と謝って仲直り。ただ、ハルにとって私の絶対性を知った。
「ハルはバースのこと、どう思った?」
カークと話したから、というわけでは無いけれどハルも悲しんでいるならそれに添いたいと思った。私だけ見送りをした訳だし。けれど、ハルの答えは私の予想と大きく異なるものだった。
「どうって…ちょっとさみしいけど、幸せで良かったなって思ったよ。役割を全うして死を迎える事は魔獣としては羨ましい事だし。アキは人間で、しかも他所の人だから、死はとても辛い事なんだよね。」
だから、大丈夫。僕もみんなも、アキが悲しまないように死んだりしないように頑張る!と真剣な顔で言われた。
ハルは私が生まれた時から育てている。なのにここまで感覚が違うというのは、彼が魔獣だからだろうか?ハルにとって生死はあまり重要ではなく、使命を果たすかどうかが大事であった。そして、その使命は私が悲しくない事であり、私の願いが叶う事。
こんなに近くにずっと一緒にいたのに、こんな時まで気がつかないなんて。
「ハル、バースが亡くなって取り乱しちゃったし、今ちょっと体調悪いけど、サポートしてくれてありがとう。すごく助かったし感謝してる。」
そう言うと、ハルはにっこりと笑顔になった。
ハルは使令だからか、疲れは無いそうで家事してくる!と出て行った。分体一人は私の影の中に残して。
ほぼ入れ替わりで、ナツが少しだけ気まずそうに食事を持って来てくれた。
「これな、Dの旦那が作ってくれたんやで。しかも美味いねん。」
実は起き上がるのも一苦労だったので、介助してもらいながら食べる。卵おかゆのような優しい味で美味しい。意外だ。
私がしてしまった非礼を謝まると、ナツは苦笑いした。
「ナツ?」
「いや、先謝られて困ってん。Dの旦那にも『これ持って仲直りして来い』言われて。なんやかっこ悪いわ。」
「困らなくてもいいですよ。それに、バースを止めようとしたって聞きました。なのに責めるような態度をとっちゃって…」
「止められへんかったんや。せやし、変わらへん。」
違う、と思うけれど断固とした確信は無くて何も言えない。お粥を口にしながら、それでもこの人も同じ立場なら同じ事をやるだろうなと思った。
「今、アキ…えいこサンが思てること当てたろか?」
そう言えば二人きりだったか、と気がついた。私の下に付いた人には皆、人がいるところではアキと呼ぶようにと言ったけれど、二人きりの時にわざわざ名前で呼び直すなんてナツは律儀だな、とぼーっと考えた。
「俺がバースと同じ立場やったらやっぱり同じ事やったんやろなって思ってへん?」
「違うんですか?」
「いや、おうとる。」
「なんの新鮮さも無いですね。」
そんなに何でも私は顔に出てるのか、と思うとちょっと凹む。目の前の人はもっと凹んでいたけれど。
「でも、それなら何故バースを止めたんですか?」
「なんでやろ?多分変えとうなかったから、ちゃうかな。」
「変えたく無い?」
「あの、みんなでワイワイしとる感じが好きやってん。せやから、もう少し先延ばししとうて。」
「それは、分かります。」
あの、暖かな空間を思い出して思わず私は涙が溢れた。
「うわっ!すまん…。」
「私泣いてばかりですね。すみません。」
「いや、ええねん。泣いてくれて、ええねんけど。」
本気で慌ててる姿を見て、今度は笑ってしまった。忙しいやっちゃな、とナツも笑った。
「でな、話戻すけどバースの事ゆるしてやって欲しいねん。」
「え?」
私がバースの事を怒ってる?そんなハズない。
「私、怒ってるように見えますか?」
「いや、見えへん。けど、相談も報告もせんと自分の命使って自分がやるべきやと思った事やってまう事、えいこサンは納得せえへんやろなって。」
「…、それって実はサタナさん自身の事を言ってますか?」
以前彼はその通りのことをした。
「俺はな、今生きとるしええねん。反省も挽回もできる。せやけど、バースの気持ちもめっちゃ分かる。納得とか共感とかせんでもええんやけど、ただ、そういう生き方しかでけへん奴もおるって理解はして欲しい。」
許すとは、赦すではなく許容して欲しい、という事だったらしい。
私が答えないでいると、今すぐやなくてもええんやけどな、と言い残してサタナさんも出て行った。
私はバースの死自体は受け入れられたと思う。バースに何がしかの確信があって死を早めた事も必然があったのだろうと理解しつつある。
そして、バースが身を呈して教えてくれたから、私の覚悟も決まりかけている。
皮肉にも、これも必然の理由の一つ、私が覚悟を決めるために必要な事だったとも言えてしまうのが嫌だった。
「何見てんのよ?」
「ごめん、綺麗だなって。」
「あら♡」
「髪がね、光を受けて水面みたい。」
「髪だけ?一言多いわ。」
嘘、本当にカークは美人だ。
「バースは何か言っていた?」
なんとなく下心とやらを聞く機会を逸してしまったて、話題を戻した。
「そうね。…あんたが古文書を探しに行く少し前だったかな。バースがもう糧になりたいって言いだしてね。ナツは止めてたわ。フユやDは理由を聞いてたような気がする。それから、結局今回は止めておくって話になったの。でも、バースのテリトリーに大地とかいう人が入っちゃった時に『悪い、アキや谷の皆のことは頼んだ。やっぱり今じゃなくちゃいけねぇ。今は亡き国の神のご加護を。』って言ったきり村に出てっちゃった。あんたが悲しむだろなって分かってたのに、止めなくて悪かったわ。」
もしその時私がバースを止められる位置にいたなら、止めさせたとは思う。今でも、ニューゲームを止めるために例えばモンスターの誰かを殺さなくてはならなくなったとしたら決断できるかわからない。そういういろんな足りない覚悟のせいで、優しい周りに迷惑をかけていると思った。
「ううん。バースがその時じゃないとダメだって思った何かがあったんだと思う。私こそ気を遣わせて…ごめん…?」
目の前がチカチカして、少し気分が悪い。あれ?貧血?
「ちょっと!アキ?!」
気づくとカークの腕の中だ。
「ごめん…。なんか、しんどい。」
ここに来て、この体たらく。
「ああ、もう!謝らなくていいから!もうちょっとくらい人に甘えなさい。」
そう言ってカークは私を抱き抱えた。
「カーク?歩けるよ?」
「しーっ!あんた、分かってないわ。」
しかし何故かそのままお姫様抱っこで家路についた。
家に戻って、みんなに謝らなくちゃとか色々考えていたけれど、自分の部屋にそのまま放り込まれた。
「アキー!ごめんなさいー!」
ベッドに寝かされると、なんだか体が鉛のように重い。そんな私にハルが泣きながらすがる。
「ハル?大丈夫だよ。なんか体が重いだけだし。」
「僕のせいだ。アキが頑張り屋さん過ぎるの知ってたから、僕が止めなきゃだった!」
おいおい泣きながら話す事を繋げると、私が早く祠を回りきりたいと言ったから結構無謀な行程で回っていたらしい。回復魔法の効果か、全然疲労を感じなかったから分からなかった。
「ハルは私の願いを叶えようとしてくれてたんだね。」
ハルの分体の一つは家で家事を手伝っていた。バースが死んだ時直接は知らされてないけれど、何かあった事はわかった。でも、それを私に知らせても心労を募らせるだけだと思って黙っていてくれたみたい。
「ちゃんとできなくてごめんなさい!」とハルは謝るけれど、落ち度は一つも無い。むしろ、私がみんなに甘えまくった結果だ。
私こそごめんね、と謝って仲直り。ただ、ハルにとって私の絶対性を知った。
「ハルはバースのこと、どう思った?」
カークと話したから、というわけでは無いけれどハルも悲しんでいるならそれに添いたいと思った。私だけ見送りをした訳だし。けれど、ハルの答えは私の予想と大きく異なるものだった。
「どうって…ちょっとさみしいけど、幸せで良かったなって思ったよ。役割を全うして死を迎える事は魔獣としては羨ましい事だし。アキは人間で、しかも他所の人だから、死はとても辛い事なんだよね。」
だから、大丈夫。僕もみんなも、アキが悲しまないように死んだりしないように頑張る!と真剣な顔で言われた。
ハルは私が生まれた時から育てている。なのにここまで感覚が違うというのは、彼が魔獣だからだろうか?ハルにとって生死はあまり重要ではなく、使命を果たすかどうかが大事であった。そして、その使命は私が悲しくない事であり、私の願いが叶う事。
こんなに近くにずっと一緒にいたのに、こんな時まで気がつかないなんて。
「ハル、バースが亡くなって取り乱しちゃったし、今ちょっと体調悪いけど、サポートしてくれてありがとう。すごく助かったし感謝してる。」
そう言うと、ハルはにっこりと笑顔になった。
ハルは使令だからか、疲れは無いそうで家事してくる!と出て行った。分体一人は私の影の中に残して。
ほぼ入れ替わりで、ナツが少しだけ気まずそうに食事を持って来てくれた。
「これな、Dの旦那が作ってくれたんやで。しかも美味いねん。」
実は起き上がるのも一苦労だったので、介助してもらいながら食べる。卵おかゆのような優しい味で美味しい。意外だ。
私がしてしまった非礼を謝まると、ナツは苦笑いした。
「ナツ?」
「いや、先謝られて困ってん。Dの旦那にも『これ持って仲直りして来い』言われて。なんやかっこ悪いわ。」
「困らなくてもいいですよ。それに、バースを止めようとしたって聞きました。なのに責めるような態度をとっちゃって…」
「止められへんかったんや。せやし、変わらへん。」
違う、と思うけれど断固とした確信は無くて何も言えない。お粥を口にしながら、それでもこの人も同じ立場なら同じ事をやるだろうなと思った。
「今、アキ…えいこサンが思てること当てたろか?」
そう言えば二人きりだったか、と気がついた。私の下に付いた人には皆、人がいるところではアキと呼ぶようにと言ったけれど、二人きりの時にわざわざ名前で呼び直すなんてナツは律儀だな、とぼーっと考えた。
「俺がバースと同じ立場やったらやっぱり同じ事やったんやろなって思ってへん?」
「違うんですか?」
「いや、おうとる。」
「なんの新鮮さも無いですね。」
そんなに何でも私は顔に出てるのか、と思うとちょっと凹む。目の前の人はもっと凹んでいたけれど。
「でも、それなら何故バースを止めたんですか?」
「なんでやろ?多分変えとうなかったから、ちゃうかな。」
「変えたく無い?」
「あの、みんなでワイワイしとる感じが好きやってん。せやから、もう少し先延ばししとうて。」
「それは、分かります。」
あの、暖かな空間を思い出して思わず私は涙が溢れた。
「うわっ!すまん…。」
「私泣いてばかりですね。すみません。」
「いや、ええねん。泣いてくれて、ええねんけど。」
本気で慌ててる姿を見て、今度は笑ってしまった。忙しいやっちゃな、とナツも笑った。
「でな、話戻すけどバースの事ゆるしてやって欲しいねん。」
「え?」
私がバースの事を怒ってる?そんなハズない。
「私、怒ってるように見えますか?」
「いや、見えへん。けど、相談も報告もせんと自分の命使って自分がやるべきやと思った事やってまう事、えいこサンは納得せえへんやろなって。」
「…、それって実はサタナさん自身の事を言ってますか?」
以前彼はその通りのことをした。
「俺はな、今生きとるしええねん。反省も挽回もできる。せやけど、バースの気持ちもめっちゃ分かる。納得とか共感とかせんでもええんやけど、ただ、そういう生き方しかでけへん奴もおるって理解はして欲しい。」
許すとは、赦すではなく許容して欲しい、という事だったらしい。
私が答えないでいると、今すぐやなくてもええんやけどな、と言い残してサタナさんも出て行った。
私はバースの死自体は受け入れられたと思う。バースに何がしかの確信があって死を早めた事も必然があったのだろうと理解しつつある。
そして、バースが身を呈して教えてくれたから、私の覚悟も決まりかけている。
皮肉にも、これも必然の理由の一つ、私が覚悟を決めるために必要な事だったとも言えてしまうのが嫌だった。
応援ありがとうございます!
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