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116 葬送

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家の転送円から転がり出て、それに続いてハルたちも現れた。
「これ、どういう事?ハルもナツも知ってたの?」
ナツが口を開きかけて、つぐむ。ハルは困った様な顔になった。
「知ってるか知らないかで言うと、知らない、だよ。でも、何かあったのは知ってたよ。」
「バースはどうなったの?ひどい怪我とかしてるんじゃないの?」
Dがいるから、大怪我をしていても大丈夫かもしれない。だから、わざわざ報告しなかったのかもしれない。
かもしれない、けれど、それなら逆に教えてくれるはずだとも思った。ナツはそう言う人だ。

「騒々しいな。」
Dがそう言いながら、部屋に入ってきた。その後ろにフユもいる。
「…これ何?バースは?」
私の持つ紙を一瞥するとDは舌打ちをして顔をしかめた。
「我が君…」
フユかそう言い淀んでだ後、Dが答えをくれた。
「バースは死んだ。」

「嘘…。」
口はそう言った。けれど、やはりとも思った。思ったのに、

ただ、ショックで、実感が湧いてこない。

「あら、帰ってたのね。」
そう言いながら、カークも現れた。手にはまた大きなバケツ。
「カーク…」
カークはバースとずっと通信していたはずだから、詳しく知っているはずだ。けれど、まだ心の準備ができていないのか何を問えば良いか分からない。

「行くわよ。」
その手に持ったバケツをフユに渡して、カークは私の手を引いた。
「触らないで!」
つい、反射的に拒否してしまい、しまった、と思った。今、カークに当たるのは違う。

「嫌よ。」
そう言って、カークは私を抱えて転送円に向かった。皆は誰も止めなかった。

出た先は林のような森のような場所。少し小高い場所ですぐ近くに大きめの村が見える。

「間に合ったみたいね。」

そう言って、カークは私に何かした。額から肩、腕、と順に手がかざされて爪先まで下りる。最後までいって、軽くポンと押されると、ぐらりと体の中心がズレた気がした。
「なんの魔法?」
「魔法じゃなくて特殊スキル。これでヒトガタに認識されなくなったわ。姿も声も全部他のヒトガタの相からズラしたの。あんた側からは分かるようにしたけどね。そんなことより、あの村の広場にバースの死体?遺体?があるわ。あんたの国では死者は送るもんでしょ?」

「カーク…」
「呆けてる場合じゃないって。早く行かないと持って行かれちゃう。あたしはバレる可能性があるからここで待ってるからね。何も無いと思うけど、ちゃんと見てるから。」

右手で輪っかを作って目に当てて見せられた。ハルも今は影の中にはいない。けれど、私は村に向かって走った。

Dの薬のせいか、前より息切れしにくい。それなりの距離はあったけれど、何とか走りきることができた。村の前に闇の国の兵士がいて、一瞬身構えたが彼らに私は見えていないようだった。心肺機能が追いつかなくて肺が痛い、でもまた走る。

周りを観察して感知して、どちらが広場か当たりをつける。多数の魔力を感じる方向と少し離れた所に強い魔力が二つ。強い魔力の一つは大地君だと思う。多数の魔力は円になっていて、その中心には異質な聖の力が微かに香る、気がした。

直感的に多数の魔力が集まる方に向かっていって、やはり聖の力は気のせいだとわかった。近づいても一向に強まらないどころか、最初に感じた気配すら今は感じない。

広場に抜けて、人だかりの間をすり抜ける。途中人を少し押してしまったが、振り返った人は私の目と鼻の先で小首を傾げただけだった。

人だかりの中心に、やはりバースはいた。
痛々しい傷口から地面にかけてある血だまりは乾ききっている。もう痛みが無いのだ、ということの方が良かったとさえ思えるほど痛々しい。

「バース…」

応えない事は承知でも、声をかけて彼の体に触れた。冷んやりとした体は谷の岩肌のようだ。トカゲの様な体だったけれど、そう言えば彼と話す時、触れた時は確かに温もりがあった事を知った。
目に光は無く、けれどその表情は穏やかで、むしろ誇らしげでもある。しばらく触れて、彼の体の中にもう彼がいない事を理解して納得させて、それから離れた。

「プリン、作ってあげられなくて、ごめん。

それから、ありがとう。」

こんなにも悲しいのは、私の覚悟が無かったからだ。後悔は、覚悟が無かったせいで感謝を伝えるのを後回しにした事。

開いたままのまぶたに手を当てて、閉じてあげようとした。けれど、今閉じると不自然だ。諦めようとしたその時、私の手の上に手が重ねられ、バースの目は閉じられた。私のすぐ側にいる香りは懐かしいものだった。

「…っウランさんっ!」

 驚いて声を上げたけれど、ウランさんは私に全く気がついていなかった。そのまま、彼の右手は胸の前で横に結ぶ動作になる。この国の最敬礼の祈りの所作だ。

「あなたの死は我々の糧にさせて頂きます。どうか安らかに。」

そう呟いた後に、研究所の人や兵士の人とバースを無垢の布で包んだ。

闇の国ではあまり神などへの信仰が厚くない。けれど、研究所の、ウランさんやサンサンの考えで、実験などで無闇に犠牲を出さないために、検体には敬意を示す事を慣例としていた。贄となるモノすら彼らは大切に扱う。
バースの殻は、彼らに任せれば大丈夫だ。無下には扱われない。
大規模な魔法陣が数人がかりで描かれていき、バースは恐らく研究所に飛ばされいった。

バースが消える瞬間、がっしりとした体躯に長い三つ編みの男性が後ろ手で手を振る姿が見えた。

「さようなら。」

またね、とは言わない。また会うわけにはいかない。絶対。

村の近くの転送円に戻ると、カークが肩をすぼめて見せた。
「大丈夫だよ。連れてきてくれてありがとう。」
「どういたしまして。さっきよりはマシな顔になったわね。」
「元が元だけどね。」
みんなに謝らなくちゃ。誰もバースに死んで欲しいと思った訳じゃない。みんなだって辛くないはずは、無い。言わないのか言えないのか、辛い以上に何か違う感情があるだけ。
「みんなの気持ちが知りたいな。」
「はぁ?」
「下世話だけどね。残り時間はあまり無いけど、みんなの事を理解したい。知りたいって思っちゃった。」

バースが偶然大地君と対峙して、油断して負けたとは到底考えられない。だから、わざと負けたんだと思う。あの力量差は偶然やラッキーで覆るものではなかった。
彼が以前言っていた天啓とはこの事だったのだろうか。彼が見込んだ男を必要なところまで引っ張り上げる事が、彼がここでの役割だったと、そう思ったんじゃないかと思う。
それが彼の報酬を得るための方法だった。そして、その報酬は自らの死を止めそうな私に何も言わずに実行させる程大切な価値があった。

「 私の価値、私の目的を達成するだけじゃ無くて、みんなにとって大切な価値も大事にできたら…。」
それは私が帰るために絶対に必要な事ではないけれど、
「 それはきっと、私が傷つかない方法でもある。」

いつもなら絶対口にしない本音がつい口をついた。

はっとしてカークを見たが、彼は優しく微笑んだ。

「いいんじゃない?あんた聖女でも女神でもないんだから、アンモラル上等よ。ネズミちゃん達だって、同じだろうけどね。」

みんなも私の目的を知りたいだろうか。私のドロドロした内面さえ見たいだろうか。

「カーク、ありがとう。」

風が西から吹いて、カークは手で自分の髪をかきあげるように梳いた。
「あたしだって、下心が無いわけじゃないわ。」

それは私が苦手とする分野の話じゃ無くて、カークの言葉は私でも分かるくらい隠しきれない寂しさを含んでいた。
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