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109 谷に棲むモノ

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「はぁい、みんな!集合よ!」
谷の最も力の濃い場所で、カークはパンパンと手を叩いた。
ゾロリ、と影から力の塊が出てくるのがわかった。

異形の者達がゆっくりと集まってきたが、思ったほどの数はいなかった。7体と言うべきか、7人と言うべきか。

「あんたが、わしらのボスか?」
声帯がどうなっているのか不明だが、彼らからは人間のおじさんの声がする。
「そうよ。ふぅん。直接見るのはお初だけど、中々いいボディしてるわね。」

どうやら、カークは千里眼で見ていただけで会うのは初めてらしい。
「そちらは?」
声の主は六本足の巨大なイグアナの様だった。しかしその眼は両目が繋がった様な一つしかない。

「ん?ん?」
最初、遠慮がちに私の足先を見ていた眼がゆっくりと上がっていって私と眼が合う。異形で巨大。けれど不思議なことに気持ち悪さや怖さは感じなかった。
「んー?」
そう言って大きな顔が私の顔のすぐ近くまで寄ったかと思うと、にかっと破顔した。笑うと迫力と愛嬌がないまぜになったファニーフェイスになった。

「おお!髪色は違うが、あんたか。石化無効ゲットか!やるじゃないか!」
「この子の今の名前はアキ、よ。それから、他のヒトガタとおんなじで記憶は無いからね。」

そーかそーか、ほーほー言いながら全身を見られて、大きな手の小指の先の爪が目の前に伸びてきた。
それが握手を求めているのだと気づいて両手で握ると、イグアナさんはにっこりした。
「すみません。アキ、と申します。お会いした事があるようですが覚えていなくて。今日はお願いがあってお邪魔しました。」
「いやいや、俺らも何回か戦さ場で会っただけでな。いやぁ、やわこい娘っ子がなんかしとるなーと気になってたんだ。ああ、そうだ俺はバシリスク、と言う生きもんらしい。昔はバースと呼ばれておったわい。」

ガッハッハと笑う姿は豪快だった。

「バースさん、僕らも紹介してくださいよ。」
その声の主は小型犬サイズのウサギの様なリスの様な二足歩行の獣、額に小さい鏡の様なものが付いている。声は若いがこちらも男性。
「私はカーバンクルです。バンと呼んでください。永らくこの地に女性が来ることが無かったので華やいで嬉しいです。」
そう言いながら私と握手。華やかなのはカークだと思うんだけどな。

彼らはみんな仲間で、管理者にまとめて雇われているらしい。理由とか報酬については秘匿だそうで教えてはもらえなかった。

けれど私の、祠に移動してもらって、そこで聖女一行を鍛えて欲しいと言う申し出を彼らは大いに喜んだ。
「我らが目的もまた、女神が破壊神を救う事にある。その為に毎回毎回彼らと闘って、彼らのレベルを上げておったのだ。毎回死んではここで目覚めて、またダメだったかと落胆しておったが、今回こそはいけそうだの?」
「ええ、そうですね!」
バースとバンはきゃっきゃうふふとテンションが高かった。他の者達もそれぞれ喜んでいる様だ。
彼らモンスターには大体2タイプいて、バースの様に本人が強いタイプと、聖獣を集めて凶暴化させるバンの様なタイプらしい。

「後は彼らを運ぶ方法ね。ハル、魔法陣。」
「えっと、僕、アキの僕をしてるマリスのハルです。描くのに何日かかかっちゃうので、しばらく通います。よろしくお願いします。」
ぺこりと頭を下げると、彼らは拍手喝さいだった。
なんか、想像とだいぶ違ったけれど、仲良くなれそうで良かった。今度来るときは何か差し入れを持ってこよう。

家に戻るとナツとフユも帰ってきていた。疲れてるのようっと言うカークを引っ張っていったから、まだお仕事があるらしい。
一応、我らが主人様に経過を報告しにDの部屋へ向かった。
めずらしくドアが開いていて、外から声をかけたけれど返事はない。
そーっと覗くと椅子が倒れている。
「D?!」
慌てて中に入ったけれど、倒れているわけでは無かった。というか、居なかった。いつもそれなりに整った机の上がぐちゃぐちゃで、机の上に瓶が置いてある。吸い寄せられる様に手を伸ばした。

ガシッとその手首を強い力で掴まれて、我に帰る。
「D!」
いつのまにか背後にいたDが息を切らせながら、私の手から丁寧に瓶を取り上げた。
「勝手に部屋に入ってごめんなさい。」
これは、かなり怒られるだろう。プライベートスペースを侵されることは彼にとって最悪な事だ。なんで、よりによってこの瓶を触ろうと思ったんだろう。

「飲んでないな?」
瓶を金庫の様な箱にしまってから、Dは私の両頬を手で包んで私の顔を覗き込んだ。
すごく張り詰めて、緊張と不安が私にも伝わる。
「飲んでない、よ。ごめん。なんで自分でも触ってしまったのかわからないけど。」
けど、飲み物だとは知っていた。

「飲んでないならいい。いいか。絶対飲むな。今回は俺が迂闊だった。」
ため息をついてDは椅子に深く腰掛けた。
「ハル、席を外せ。アキと二人で話したい。」
私の中からハルが出てきたので、頷いて退室を促した。ハルが出て行ったのを確認して、D、セレスは話し始めた。

「記憶の取り戻し方が分かった。」
「セレスは、記憶取り戻したの?」
「ああ。」
記憶が手に入る。過去の情報があればこれから起きる事にも対応できるかもしれない。成功率を上げるならば、取り戻した方がいい。けれど、私の口からは何も声が出なかった。
「お前は記憶を取り戻してはいけない。」
「え?」
「お前の記憶が戻ると、今回も失敗する。前回はお前が過去の記憶を取り戻したから失敗した。だから、過去の記憶には触れるな。」
過去の記憶が失敗に繋がる?
「そもそも俺がノートを処分したのも、お前が誤ってそれを読まない為だった。」
「でも、管理者から少しだけ記憶のかけらみたいなの返してもらってたよ。」
「どう言う事だ?」
「ナツとフユが村にシェルター配って、そこを襲わせようかって。」
「ああ。そっちか。それは止めたんだな。」
「うん。」
セレスの白い顔が青ざめている。私の記憶ってそんなにやばいんですか?セレスがビビるほどの記憶を受け止めきれる自信は、はっきり言って無い。
「分かった。記憶を取り戻そうとはしないよ。あの瓶にも触らない。何か思う事があったらセレスに相談する。」
両手を上げてそう伝えると、明らかにホッとした表情で私の髪をくしゃっと撫でた。
「それで、いい。俺達と管理者の目的は今のところ同じだ。このくだらないゲームはこれで最後にする。」
そう言った彼の目の奥には優しい光が灯る。

嘘つき。セレスも私に対して、なんとも思ってない事ないじゃ無い。
けれど、彼が一番はじめに思い出したのは、『月子ちゃんを守る』こと。彼の一番は彼女だろう。
私はなぜか唇を軽く噛んでいた。

食堂に行くと皆んな集まっていて、話し合いをしていた。
「どうかしたの?」
「朗報よ。」
「朗報ゆうなや。」
うふふとカークが笑うのを、ナツが嗜める。
「例の村を凶暴化した魔獣が襲いました。怪我人は出ましたが、シェルターがあったため大事にはならなかった様です。それで購入したいとの問い合わせが何件か。」
そう言い終わるかどうかのあたりで3号が、「シェルター一機予約入りました!」と手を挙げた。
「ダヤンの通話受付は3号に任せてんねん。」
同僚はいつのまにか魔改造されていました。

「凶暴化した魔獣達が襲うほどには力が満ちてきたんだね。じゃあ、できたらシェルター作りを優先させたいな。」
一つの村が襲われた、と言うことは他の村も危ないと言うことだ。
「設計図を売るのでは?」
「聖人や魔人のいる街相手にはね。でも、人間の村では作れないでしょう。小さな村には無償で、それ以外も価格は落として配りたい。皆んなには苦労をかけるけど。」
頭を下げようとして、むんずとカークに掴まれた。
「あたし、やらないわよ。そんな面倒な事。だから、頭を下げる相手が違うわ。」
困惑して顔を上げると、カークがニンマリしていた。

「と、言うわけでよろしくお願いします。」
材料と巨大プリンを添えて、私はモンスターな7人に頭を下げた。
「そりゃまた、何というか。」
バースは頭をパリパリかいていて、バンはプリンを興味深そうに眺めている。
「何よ。あたしにも頭を下げさせたいの。」
踏ん反り返ったまま、カークが凄んだ。
彼らは目をパチクリさせながら顔を見合わせた。
「まさかぁ!こんなおもしろいこと、むしろ喜んで手伝わせてもらうよ!なあ!」
バースの掛け声に皆が、応!と威勢のいい声を上げた。

「俺らも普通の民を傷つける趣味はねぇ。むしろカークリノラースその人がそれに協力しようってのに驚いただけさぁ。」

明るく言ってのけてくれて、肩の荷が降りた。いい人達だ。人じゃ無いけど。

魔法陣で運べる最大サイズのパーツまでここで組み立て、それを送ってフユやナツが組み立てることになった。予算はもちろんDに前借り。私とハルが作り方を見せると、力も技術もある彼らは、いつもの何倍もの速さで作り上げていった。

なお、カークはソファに座りながら、私が作ったプリンを「私の知ってるプリンじゃない。美味しく無いわ。」と言いながら食べていました。バニラなかったから、ほぼ甘い茶碗蒸しだからね。本物食べたことある人からすると、そりゃそうなるわ。バース達には好評だったから、問題ないけどね!
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