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101 谷底の地下牢

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「我が君っ!」
おぉう、カナトだ。
地下牢に閉じ込められていたのは光の国のお偉いさんでした。え、マズくない?セレス、カナトの事知らなかった?
「カナト!どうしてここに?」
「カナの祠にて貴女を探しておりました。そこに怪しげな魔法陣が隠されておりましたので…」
セレスが移動の魔法陣を隠さないはずがない。それを破った?と驚くと同時に思い出した。この人の感知の仕方は特殊だったと。
「心配、かけたよね。ごめんね。でも、私は大丈夫。」
キレてる人のしもべになっちゃったけどね。
「ご無事で、何よりでした。」
本当に、心底安堵した表情をされて流石に良心が痛む。
「カナト、せっかく探しにきてくれたのに本当に悪いんだけど、私ここでやらなくちゃいけない事が出来たの。」
「やるべき事、ですか?」
「うん、詳しくは言えないんだけど。」
困った。何て説明しよう?あっちの国にもそっちの国にも下手に動かれたくない。セレスは煩わしい事が嫌いだろう。女神がいらっしゃる準備で…はダメ。じゃあ、僕もってなるし。うーん。
「私の意思で残りたいの。それと、他の人には私がここにいる事は内緒にして欲しい…。」
我ながら、都合の良すぎるお願いだ。

「分かりました。」
え、いいの?やっぱり女神(仮)のお願いだから聞いてくれる感じかな。
「私も残ります。」
予想外の答えが続いた。
「いや、それはちょっと…」
「我が君が何をなさろうか尊重すべきだと考えておりました。けれど、貴女の命が危険に晒された時私は大きな過ちに気がついたのです。貴女の命より大事な物は、ない。」

すごーく澄み切った、一切の迷いのないカナト。けれど、私女神ちゃいますねん。
ここはセレスの住処だし、そうでなくても女神至上主義な人は側に置きたくありません。女神のためなら死ぬタイプだ。

「ダメ、帰って。そもそも私は女神じゃない。女神は来年の春に来るの。私が置いてきた手紙、読んだよね?」
「いえ、貴女が我らの待ち人です。」
「…だから、側には置けない。私の話は聞かないし…私は女神じゃない。カナトが側にいたいのは女神でしょ?本当に女神じゃないってあなたが理解した時、信頼できない人は側におけないの。それなら、」

言いかけた私の隙をついて、牢屋の格子越しに手が伸びてきて腕が掴まれた。そのまま彼の耳に触れさせられる。
「でしたら、私を下僕にお召しください。決してお邪魔にはなりませんから。」
「人の話を聞…「貴女が世界を救う要でしょう?再び悪の精霊におなりになるのですか?」
決して強くはない語調の、そのセリフは私の思考の一切を奪った。
「…なんで?」
「素直ですね。貴女は危う過ぎます。」
「カマかけたのね。」
脱力して座り込んでしまったけれど、手は離してもらえない。

「適当に申し上げた訳ではありません。我が一族には我が一族で真理に近づくよう努力しております。」
「はぁ、ほんともう嫌になる。だけど、私は、人を側に置きたくないの。私のために貴方は危ない目に遭うのを厭わない。違う?貴方が傷つくのを見るのが嫌なの。分かって?」
「分かりません。もし、しもべにしていただけないならこの場で自死します。」
「え?」
「本懐を遂げられない、不甲斐ない神官は不要です。一族の願い、私の願いを貴方こそ聞いてらっしゃらないのでは?忠誠の証か、もしくは憐憫の情がおありなら永遠の眠りを今お与えください。」
しっかりと握られた手首は頑として解けない。しかもなんか、さらっと自殺から他殺に変わってますけど?!

「なんでそう極論になるのよ!」
「いいじゃねぇか?」
ほぼ絶叫した私の声に背後からの声が答えた。そこには闇しかなかったのに、滲み出るようにセレスが現れた。
「D?」
「男にそこまで言わせるとは、ペットにしちゃ上出来だ。」
セレスは魔力も聖力も切っている。魔力を感じるようになって分かったけれど、これをやられるとかなり存在感が薄くなる。
カナトは一瞬、ペットという単語にピクリと反応したけれど、口は開かなかった。
へたり込んだままの私の顎を掴み上げ、無理やりセレスは自分方に向かせた。
「忠誠、誓わせろ。」
「命令、じゃないんだね。」
「命令はしない。だが、下僕にしないならこいつの命はない。」
「!!」
「俺は身内には優しいが、それ以外は…わかるだろうが?俺が面倒ごとを見逃すとでも?」
姿を見せた時点で解放する気は無いのは分かっていた。雑事が増える事と比べたら、消す事の方が彼には何倍も容易い。

「最低」

手に魔力を送る。マリちゃんと契った時とは違う風が私の中に甘く吹く。この感覚は、知っている。これは多分一度目の感覚じゃない。
それは私が消えればこの証も無かったことにされる事を私に教えてくれていて、少し安心した。
耳朶に私の印が刻まれて、カナトは牢屋から出された。

「カナト、命令以外は自由意思に任せたい。でも、自分の命は大切にして欲しいと思ってる。それから、心の共有は切っておいて。頼りない主人だから苦労をかけるかもしれないけれど。」
「承知いたしました。恐れ多いことにございます。」
マリちゃんとセレスの例から都合良さそうな条件を拾ってぶっ込んでおく。ほとんどしもべの意味無いけど、私は今機嫌が悪いんです。
「それから…彼はD。ダヤンの、と言えば分かるかな。私のご主人様。」
カナトはセレスに礼をとった。
「それが、我が君がこちらにいらっしゃる理由ですか?」
「違う違う。借りがあったのと私の目的と合致してたからだよ。」
「主人の主人は殺れるからな。気に食わなければ遠慮は要らない。俺も遠慮はしないが、な。アキ、倉庫なら好きに使ってもいい。」
倉庫を部屋に使っていいってことかな。セレスはまた闇に溶けていった。

さて、どう説明するか、と悩んでいたら一生懸命挙げている手が視界に入った。
「ハル…。」
「はい!僕ハルちゃん!先にしもべになったの僕だから!だから僕が先輩!」
ふんっふんっと手を挙げて主張している姿は可愛いけれど、カナトは無表情にじーっとマリちゃんを見つめていた。
「…よろしくお願いいたします。ハル先輩。」
カナトは私のご主人様より丁寧な礼をとった。
その横で、3号も手を挙げていた。

なんでこんなキャラ濃縮みたいな現場になっちゃったんだろう。

カナトに諸々を説明して、外では呼び捨てでアキと呼ぶよう言い含めた。そして、カナトはフユと呼ぶ事に。フラグ立ったね。絶対後一名様夏のポジションが来る。
カナトが来た事は大変不本意だったけれど、正直大いに助かった。私の魔法の訓練に目処がついたのだ。更に、闇の国の魔法訓練法もまるっと暗記してくれていたので、苦手分野を潰す方法も分かった。

苦手分野、それは魔力のコントロール。
セレスみたいに元々魔法が使えた人は魔力さえ使令を通して感じられるようになれば普通に使えたらしい。けれど、魔力体感歴が短い私は細かな魔力のコントロールを身につけるため、単純作業の繰り返しが必要で、結果1日の4分の1くらいはセレスの作業場で通信機器を作る内職をすることになった。

まぁ、ね。私のせいで食費等もかかっているわけですし?結晶もボリボリ食べてますし?

失敗や事故も起こすので、セレスが作業場にいる時限定だ。セレスは仕事や買物に外に出る時間もそれなりにあるので、後は家事とホールでの修行に当てている。私の減った家事の割り当て分は、マリちゃんとカナトにしわ寄せだ。

ある程度内職が上手くなって来ると、並列思考の訓練。つまり、セレスとおしゃべりしながらやれ、とカナトからアドバイスが出された。なお、マリちゃん相手は不可。家事に忙しいし、セレスもマリちゃんが作業場のあちこち触るのを嫌がった。

並列でなくてもセレスとおしゃべりってハードル高く無いですか?
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