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99 ハルとアキ

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気がつくと私はまたベッドに寝ていた。その私を女の子が心配そうに覗き込んでいる。長い栗色の髪で小学生くらいの彼女の目はこぼれ落ちそうなくらい大きくて、バラ色の唇が、愛らしい。この顔に見覚えがあった。秋穂が務めていた幼児教室のキャラクターだ。人物系のキャラは敬遠されがちだが、この子は人気があって自分も好きだった。性格も良くてこんな娘が欲しいと思ったものだ。
「マリちゃん?もう大丈夫なの?」
姿が違っていても間違えるわけのない。私は私の半身に呼びかけた。
「うん、ママ、しんどくない?」
小さくて暖かい手がおでこにあてられて、自分が少し冷えているのに気がついた。
「多分、また貧血になったんだよ。」

あぁ、そうか。何をどこまで話したか記憶は曖昧だけど、色々話したストレスがすごくて倒れたんだったと思い出した。

「僕、お話の途中からいたけど気づかなかった?」
「うん、ごめんね。」
ふるふるとマリちゃんは顔を振った。
「ううん。ママいっぱいいっぱいだったもん。この姿、好き?ママが1番好きそうな姿を選んだんだけど。」
「うん、とっても可愛い。」
なら良かった。と、微笑んだ姿は天使みたいだった。

「Dがね、『この世界を管理している奴はシステムに反する事は出来ない』って。だから、『いきなり死ぬ事も無いし、ここには結界が張ってあって色んな魔法が無効になっているから安心しろ』って言ってた。」
そう言えば、セレスは守るとかなんとか言ってた気がする。じゃあ、せめて先に言え。
マリちゃんの事がなかったら報復してたわ。あ。

「マリちゃん、勝手に契約してごめんね。契約したけど、今まで通りの関係でいたいの。上下とかはつけたく無い。」
「ママ、僕ママとひとつになれて嬉しい。それに、ママの気持ちはわかるから大丈夫だよ。でも、だから、『心の共有』は切っておくね。」
ぎゅうと抱きつかれると、マリちゃんの嗅ぎなれた日向のような匂いがした。それから、私に伝わっていた私を心配しているマリちゃんの気持ちが途切れた。

「Dは?」
「多分、ママにお詫びする準備じゃ無いかな?」
お詫び?
「なんでDがそんな事すると思うの?」

セレスがやるとも思わないけど、何故マリちゃんが妙にセレスに無警戒というか懐いているのかが気になった。確かに彼はマリちゃんを助けてくれたけれど…

「Dと私が契約したところってマリちゃん覚えてないよね?」
だから、Dがいい人だとマリちゃんは思ってると思っていた。
「覚えてるよ。」
意外にもそう答えたマリちゃんは、よじよじと少し高いベットに上がって、私の横に腰かけた。
「あのね、ママが思ってるより多分あの人いい人だよ。」
ハテナが飛ぶ私の横で足をぶらぶらさせながら、マリちゃんは私を傷つけないよう頑張って言葉を選んでいるようだった。

「ママに無理矢理話させたのは酷いことだって分かってる。ママが辛かったのも見てたよ。でも、ママにとってそんなに悪い人じゃないと思ったの。」
「でも、マリちゃんの事すぐに助けてくれなかったよ?」
「違うよ。Dが僕をあのままにしていたのには理由があったんだ。」
私を契約させる以外に?と問う前にマリちゃんは続けた。
「僕ね、実はもう寿命が近かったんだ。」
「え?」
β種の平均寿命で言えば来年の2月まではあるはず。
「魔法のね、使いすぎみたい。黙っててごめんね。Dは知ってた。」

不意に彼の言葉を思い出す。
『出来なけりゃ諦めるのは『魔法の習得』だけじゃないぜ?」』
あれはもしかしてマリちゃんの事?

「カークリノラース、あの時僕たちを襲った奴が来た時、僕、ちょっと無理めの防御魔法をママの前に展開したんだ。一度しかあいつの攻撃防げなかったけど。それで僕の命はちょっぴりになっちゃった。だからDは僕をそのままで保存してくれた。僕の時間がほとんど進まないようにして、痛みもとってくれたの。治療しちゃうと僕の時間が進んで寿命が尽きちゃうからって。」

でもそれはマリちゃんがいないと私が魔法を覚えられないからでは?
その問いは口に出す前にマリちゃんに伝わったようだった。それは使令だからではなくて、ただ私が考えそうな事くらいマリちゃんには分かるというものだったけれど。
「ママ、あの時のDはママが来年の春までに居なくなることは知らなかったよ。だから、僕がいなくてもママがまた僕と同じくらいのマリスを育てられる事ぐらいは考えついていたはずなんだ。でも、彼はそうしなかったんだよ?」

「そう、だね。」
セレスはそんなキャラじゃなかったはずだ。ということは、セレスと私の間にも何かあったのかもしれない。
セレスが本当に親切で優しい人なら、私の話を聞いてなお、私と恋愛関係になろうなんて思わないだろうし、セレスがやっぱり冷血漢なら私が彼を好きにはならないだろう。大丈夫。今のところ問題は、無い。


「ママは何で若かったのに死んじゃったか聞いていい?」
唐突にマリちゃんは聞いてきた。
「アキホの時、30歳くらいで死んだって言ってた。そんな危ない世界なら、僕ママを帰したく無い。だから、違う方法考えたいんだ。」
マリちゃんの瞳は本気で、真剣で、ちょっと笑ってしまった。
「何で笑うんの!」
「ううん、優しい、いい子に育ったなぁって思って。」

頭を撫でてあげた。あんな話を聞いて、1番に考えていたのが未来の私の事だなんて、真っ直ぐすぎて愛しく思った。
「あのね、確かに三十歳、正確には三十歳になる直前に死んだんだけど、私が悪いの。クリスマスに大好きな人に会いに行こうとして、慌てちゃってね。不注意で事故に遭ったのよ。慌てても、走る馬の前に飛び出しちゃダメよね。」
「馬の前に飛び出したの?」
「馬みたいなもの、かな。」
「危ないよ。」
「うん、だから死んじゃった。もう、しない。」
「絶対だよ!」
「うん、絶対。」

もう一度頭を撫でると、私の膝の上にゴロンと寝転がった。身体はとても軽かった。
「体、軽いね。」
「これは魔力で作ってるからね。3体くらいにはなれるよ。今は2体で、一体はママの影の中にいるんだ。だから、この体の僕と離れてても心の共有切っててもお話しできる。一体はママから離れないから、僕はママが無事なら死なない。だから安心してね。」

何をどこまで話したか曖昧だけど、かなり色々話したらしい。記憶なくすタイプの二日酔いの人の気持ちが嫌という程分かった。

「それと、マリちゃん。お外ではこれからアキって呼んでね。本当の名前を知られると変な契約させられるかもって話は聞いてたっけ?」
「うー、うん。多分。なんかいっぱい色んなこと知って頭から溢れちゃったかも。」
「そうなんだ。難しい話もあったもんね。
本当の名前は秘密にするんだって。だから、マリちゃんにも名前がいるね。」
「僕、ハルが良い。」
「ハル?私が前に使ってたよ?」
「うん、だから良い。それにアキとハルだとセットみたい。」
「じゃあ、ハルにしようか、春生まれだし。可愛くていいね。」
「うん!僕しばらくママの事をアキって呼ぶ練習するね!お外で呼んじゃいそうだから。」

可愛いなぁと和んでいたら、ドアがノックされた。
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