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95 せこい作戦
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祠の周辺で見られるモンスターは祠から離れる事は無かった。ある程度の魔力が湧く環境が必要なのだろう。これはつまり、勝手にどこかから祠に集まった訳ではない、という事だ。
えいこサンが運んでいる、というのは穿ちすぎた見方だろうか?彼女は俺に攻撃を仕掛けたが、ダヤン自体は慈善活動もやっている。わざわざモンスターを放つ理由は?こちらの力を把握したにも関わらず、闇の国を攻めることも無かった。
ダヤンの長は表に出てこず、何を企んでいるかが見えない。
「それ、ほんとなら悪い精霊っぽいですね。」
会議中、側に控えていたジェードがポロリとこぼした。
「精霊?」
「すみません。つい…」
「いや、いい。それより悪い精霊ってなんだ?」
「おとぎ話です。千里眼を持ってて、王様達を惑わす悪い精霊が、初めは困っている人の人助けするんです。でも、実は困らせる原因を作っていたのは精霊で、バレて公開処刑されるんですけど。」
「ああ、なるほど。」
相槌を打ったウランさんの表情は語感に反して険しげだった。
「あながち間違いではないかもしれませんね。その物語の時代も滅びの前で、魔人でも聖人でもない人達の不安に漬け込み、見せかけの救いで神の子のように崇めさせる事に成功しています。」
「…今回ですと、救いはシェルター、脅威はモンスターですかな。物語と違い、暴くのは難しそうですな。彼女らがモンスターを放つ瞬間を取り押さえるかでもしなくては。いや、それさえモンスターの調査をしていたとか、新しいシェルターの試験をしていたなんて言い逃れされかねんの。」
モートンさんの指摘は一理ある。が、しかし。
「言い逃れされても、念のための取り調べくらいはさせてもらうさ。無理にでもな。だけど、それもチャンスは一回きりだ。奴らはすでに人間側の心はつかみつつあるし、金、経済も握っている。失敗したら、奴らが手を下さなくても民衆の力で俺らは引き摺り下ろされかねない。そうでなくとも、人間サイドに新たに神の国でも建てるだろうな。」
「光の国でも闇の国でも無い新たな国…既存の国を使わないのは世界全てを手に入れるつもりかもしれませんね。今まで聖人でも魔人でも無い人間は弱い立場でしたが、ダヤンの技術とこの地に溢れつつある力を使いこなせれば立場は逆転します。数は圧倒的に人間が多い。」
「奴らが、持っている全ての技術を売ってるとは思えぬしのぅ。」
明らかに重くなった空気の入れ替えに窓を開ける。外は少し肌寒く、いつのまにか冬を感じる。
こちらに身を埋めるなら、常識程度に絵本も読むべきだな、それからその分あちらの常識倫理に囚われる必要も無いかと冷ややかな空気を吸った。
「悲観的になるのは早くねぇ?要は失敗せずにえいこサンを確保すりゃいいんだろ。」
捕まえてしまえば、後はどうとでも言える。民主主義じゃありえない方法だが。
地図を広げて、モンスターが現れた祠を示していく。
「このまま順番通りにモンスターを放っていくなら、ニアメまで来るには来年にはなりそうだ。そこを叩く。」
モンスターは谷と山の間の祠から順に現れている。
「そんな先まで待つんですか?」
「待つなんて悠長な話じゃねぇ。間に合わせる、だ。今の俺の力じゃえいこサンに敵わない。おまけに生け捕りだろ?時間が足りるかギリギリってとこだな。」
ギリギリだなんてハッタリだ。だけど、間に合わせるしか無い。
「…地形を考慮に入れて、聖、魔両方の結界も準備致しましょう。けれど、あまり大々的にするわけにはいかないので実行人数はあまり裂けません。」
「少数精鋭上等。ま、えいこサンの手紙もある事だし隠れ蓑代わりに兵力増強には力入れていこうぜ。」
他の祠の様子を注視しながら、誰が何をしているかを見極める。今のところ、『ダヤンのえいこサンがモンスターを運んでる』仮定でいるが、それに疑問がついた時点で再び方向性を確定していくことにした。
後はレベルアップに邁進する。ダヤンやえいこサンのことがなくても月子が世界を救いにやって来るのは恐らく正しい。もう、何年も前にしか感じられないあちらの世界での最後を思い出す。海里も来るのだろう。
内容が漏れることを危惧して光の国には、えいこサンに似た人物がダヤン内で目撃されている事は伝えたが、捕縛に関しては伝えなかった。光の国でも伝説の武器が見つかり、それは王太子と側近が手に入れたらしい。えいこサンの手紙はあちらにもあり、レベルアップのための情報は共有した。
御誂え向きに、祠に放たれるモンスターは一匹ではなく弱いものから強いものまで付近をうろついていた。交配するのか補充されるのか多少駆除してもまた現れる。治安的には好ましくないのだろうが、レベルアップには適していた。
こちらの事情を知ってか知らずか、年が明けてからは光の国の祠からモンスターが放たれた。
そう、やはりえいこサンが運んでいる事が確認された。そして、祠にモンスターか放たれる日は10日毎である事が分かった。時間は早朝。ボツワでも感づかれる事なく予測通りえいこサンが現れモンスターを放って行くことを確認できた。
修行の手応えは十分。ダヤンの魔法機械から、一部流用して独自の通信機器も作った。ニアメには魔方陣や結界の基礎を張り、えいこサンを迎える準備は整えられた。
そして予測されていた日の予測されていた時刻に、ニアメの祠にえいこサンが入った事を確認された。
こちらは俺とウランさん、ジェードと俺の僕数人だけ。ディナは本人から出る事を辞退された。『えいこ様を前に冷静にいられる自信も、取り込まれない自信もございません。』と言われたので、既にこちらに戻って来ているシャルとモートンさんでサンサンと城の防衛を頼んである。万一こちらの動きがバレていれば、城が狙われる可能性はある。もっともあちらの大将が本気を出せば、その三人では持たないだろうが、防衛やこちらへとの連携を考えるとベストだと思う。
彼女が祠から出てくるまでには十分ほどしか無い。既に数十回のシミュレーションは行なっており、結界の最後の仕上げをその間に行なった。名乗りは上げない。話し合いは城に着いてからで充分だ。
「くっ?!」
えいこサンが三重の目隠しを施した魔属性のトラップにかかった。そして、即時に解除される。想定内だ。続いて無属性の網で絡め取る。これも突破される予定。魔法の後の物理的な捕縛に怯む一瞬でジェードとウランさんで感知からの解析を行い、時間差でこちらにも情報を流してもらう。
バケモノ、だ。以前会った時より俺は数十倍は魔力を扱えるようになった。それより、更に上。おまけに大体の状態異常は無効と表示されている。
「マジでありえねーな」
次に放つ予定だった麻痺捕縛は魔属性捕縛に変更。感知の結果は最悪だが、その場合のプランもある。チマチマと魔属性と物理的捕縛を繰り返すと、予定通りえいこサンがキレた。
「こんな方法で捕まるわけないでしょ!」
一気に全ての捕縛魔法が吹き飛ばされた時、ウランさんから通信が入る。「感知解析即時共有可能になりました。」
これで、目をつぶっていても彼女が5キロ圏内に居ればどこで何の魔法を使おうとしているかまで俺らには分かる。 そして、それは彼女にも分かったはずだ。
「迂闊。こんなセコイ方法、発案は宰相殿かしら?」
「さあねぇ。とりあえず闇の城のテーブルで話そーぜ?」
今のえいこサンの気が乱れる方向性をプロファイリングから出したのは俺、イラつく攻撃法をいくつか出したのはジェード、効果的にアレンジしたのがウランさんだ。
「おまけに闇討ちとは、闇の国の次期王閣下のなさる事なの?」
無詠唱で火柱、あえてそれは避けずにその場で相殺して見せる。
「?!」
「感知も、できねぇだろ?ちょっとは成長したんだぜ?」
えいこサンの視界の外からジェードが魔属性の捕縛を撃つ。
「何人いるのか知らないけど、成長見せたいなら他に方法ってあるんじゃないの?」
「残念ながら、そんな気はねぇよ。卑怯っつーことなら、痛くも痒くも。俺は次期『魔』王なんでね!」
「納得っ!」
遠慮の無い水玉を放つと、更に上の力で魔法ごと燃やされた。
水蒸気で周りが曇る中、違和感を感じた。『妙ですね。水を火で潰すのはいくら何でも効率が悪い。土属性もお願いします。』ウランさんも同様の感想らしい。感知で見える彼女の位置に土玉を打ったが、やはり燃やされた。
「プラン続行。」
ジェードに指示を出した。えいこサンはこちらを感知できていない。水蒸気で視界は悪く、そこでまた捕縛開始だ。魔力をつきさせるのは不可能だが、数十秒動きが止められれば特製の捕縛器を用意してある。魔法無効化でなく、そもそも魔法に影響を受けない檻だ。物理強度はクマが暴れても大丈夫なレベル。これに放り込みさえすればこちらの勝ちだ。
えいこサンは魔力は恐ろしい程あるが、戦い方は素人のそれだ。調査では土属性の魔法などの使用も確認されているが、咄嗟に打てるのは火属性だけなのだろう。火属性は使いやすいが魔法で言えば初歩だ。そして、えいこサンにはちゃんとあちらの、日本の記憶もあるらしい。魔王が卑怯である、という言葉に対して「納得」と返した。魔王が卑怯や悪者という感覚はこちらには全く無い。
死んだ身体を乗っ取られたりした訳ではない。洗脳か、もしくはやむにやまれない事情か。
ウランさんが空間系の魔法を撃つ。幻術類は無効なはずだが、フェイクを空間に浮かべるのは解析能力が無いと判別できない。そして、案の定えいこサンは全て炎で叩き潰した。
魔法を無詠唱で即時展開はすごい事だが、多少の隙はできる。連続で撃つ彼女の後ろからジェードが魔法機器を使って聖の力自体を撃った。
それは炎で叩き潰したりはされず、そのまま彼女に吸収された。
「吸収?!」
以前の彼女は器無しだったので、魔力も聖力も霧散し影響は与えなかった。それをまるで聖人のように吸収したのだ。
『解析結果は聖人のそれですね。』
ウランさんの声どおり、魔の力は消え去り、えいこサン自身から聖の力が感知された。それもバケモノ級の。
ならば、と魔の力を撃つとそれも吸収された。無論、彼女は魔の力のみ感知される。
「どう、なってるんだ?」
『でも、えいこサンの様子が変ですよ!』
ジェードに言われて見ると、確かに多少フラついているように見える。
暴発があってはいけないので、魔属性の捕縛と聖属性の捕縛に切り替えて、交互に撃つと明らかにえいこサンの動きが悪くなる。そして、聖属性の時は聖の力が魔属性の時は魔の力が感知される。
とうとう、彼女は膝をついて立てなくなったが、捕縛魔法は次々と解除されていく。見た限りこれはどうやらオート解除のようだ。
試しに物理捕縛を放つと、やすやすと捕まえる事が出来た。それも魔力も聖力も体に十分残っている状態で、だ。けれど現実に彼女は立つ事すらままなら無かった。朦朧としているのか、焦点も怪しい。魔属性、聖属性は意思に関係なく解除される仕様だが、肉体への負担があるらしい。
檻を近づけるために彼女を空間に留め置く。抵抗は無かった。
しかしその時、ずぅんと周辺に圧がかかった。
「な、んだ?」
「体が、重い、です。」
「えいこサン!」
ウランさんに言われてえいこサンを見ると、彼女を留め置いた空間の更に上に、えいこサンを抱く男が浮いていた。白髪で、恐らく身長はそれほど高くは無い。けれど圧倒的な威圧感がある漆黒の双眸。無表情なその顔が嫌に整っているのが更に恐怖を感じさせる。恐怖?そう、本能として怖いのだ。圧倒的すぎる力を感じる。
間違いない。こいつがダヤンの長だ。
「うちのに何か?」
短い問いの声量は無かったが、はっきりと聞こえた。
「あんたが、ダヤンのトップか?えいこサン返せよ。」
どうにか震えず声はでた。
「バカは嫌いだ。」
侮蔑を含む、心底めんどくさそうに男は答えた。
「うちのを襲っていたようだから、何か用があるのか、と聞いた。それに対して、俺の名前を問い詰める権利も答える義務もない。しかも、まるでうちのを俺が攫ったような口の利き方は、ありえない。」
反論はすべきじゃない。こいつの気分一つでえいこサンどころか俺らの命はどうとでもなる。と、本能が警鐘を鳴らす。
「それは悪かった。えいこサンが祠にモンスター放ってたんだよ。俺はテルラと言う。この国て働いているが、モンスターなんて放たれちゃ治安上問題があるんだ。」
「うちのが、モンスターを?」
本気で知らなかったのか、しらばっくれているかは分からないが、そいつは祠の方をチラリと見た。
「うちのがした証拠は無い。けれどお困りならこの程度のモンスターの回収は容易いが?」
「いらねぇよ。」
確かに突きつけられる証拠は無い。だから、借りを作るようなマネは避けるべきだ。
「うちのが誤解を与えるような事をした事は謝罪しよう。二度とこのような事が無いようにしっかりと監視しておく。…もし、モンスターでお困りになったなら、ダヤンの者に言えば格安でお引き受けしよう。」
丁寧な言葉と裏腹に、語感からは軽んじられている事が伝わる。
「うちの、うちのと仰っておりますが、その方はえいこという名では無いのですか?」
ウランさんがいつも通りの語調で話しかけた。しかし、奴の力は感じているのだろう、顔色は悪い。
「さあ?これは俺のペットだ。名は俺が与えた。だが、貴様らに教えてやる義理はない。」
そう言って男はえいこサンの胸元の辺りに顔を近づけて、顔を上げた。口元からチェーンがえいこサンの首に伸びている。えいこサンが掛けていたペンダントを口に咥えて見せているようだ。
あ、とジェードの口から声が漏れたと同時に『では、失礼する。』と声が残されて二人は消え去った。
えいこサンが運んでいる、というのは穿ちすぎた見方だろうか?彼女は俺に攻撃を仕掛けたが、ダヤン自体は慈善活動もやっている。わざわざモンスターを放つ理由は?こちらの力を把握したにも関わらず、闇の国を攻めることも無かった。
ダヤンの長は表に出てこず、何を企んでいるかが見えない。
「それ、ほんとなら悪い精霊っぽいですね。」
会議中、側に控えていたジェードがポロリとこぼした。
「精霊?」
「すみません。つい…」
「いや、いい。それより悪い精霊ってなんだ?」
「おとぎ話です。千里眼を持ってて、王様達を惑わす悪い精霊が、初めは困っている人の人助けするんです。でも、実は困らせる原因を作っていたのは精霊で、バレて公開処刑されるんですけど。」
「ああ、なるほど。」
相槌を打ったウランさんの表情は語感に反して険しげだった。
「あながち間違いではないかもしれませんね。その物語の時代も滅びの前で、魔人でも聖人でもない人達の不安に漬け込み、見せかけの救いで神の子のように崇めさせる事に成功しています。」
「…今回ですと、救いはシェルター、脅威はモンスターですかな。物語と違い、暴くのは難しそうですな。彼女らがモンスターを放つ瞬間を取り押さえるかでもしなくては。いや、それさえモンスターの調査をしていたとか、新しいシェルターの試験をしていたなんて言い逃れされかねんの。」
モートンさんの指摘は一理ある。が、しかし。
「言い逃れされても、念のための取り調べくらいはさせてもらうさ。無理にでもな。だけど、それもチャンスは一回きりだ。奴らはすでに人間側の心はつかみつつあるし、金、経済も握っている。失敗したら、奴らが手を下さなくても民衆の力で俺らは引き摺り下ろされかねない。そうでなくとも、人間サイドに新たに神の国でも建てるだろうな。」
「光の国でも闇の国でも無い新たな国…既存の国を使わないのは世界全てを手に入れるつもりかもしれませんね。今まで聖人でも魔人でも無い人間は弱い立場でしたが、ダヤンの技術とこの地に溢れつつある力を使いこなせれば立場は逆転します。数は圧倒的に人間が多い。」
「奴らが、持っている全ての技術を売ってるとは思えぬしのぅ。」
明らかに重くなった空気の入れ替えに窓を開ける。外は少し肌寒く、いつのまにか冬を感じる。
こちらに身を埋めるなら、常識程度に絵本も読むべきだな、それからその分あちらの常識倫理に囚われる必要も無いかと冷ややかな空気を吸った。
「悲観的になるのは早くねぇ?要は失敗せずにえいこサンを確保すりゃいいんだろ。」
捕まえてしまえば、後はどうとでも言える。民主主義じゃありえない方法だが。
地図を広げて、モンスターが現れた祠を示していく。
「このまま順番通りにモンスターを放っていくなら、ニアメまで来るには来年にはなりそうだ。そこを叩く。」
モンスターは谷と山の間の祠から順に現れている。
「そんな先まで待つんですか?」
「待つなんて悠長な話じゃねぇ。間に合わせる、だ。今の俺の力じゃえいこサンに敵わない。おまけに生け捕りだろ?時間が足りるかギリギリってとこだな。」
ギリギリだなんてハッタリだ。だけど、間に合わせるしか無い。
「…地形を考慮に入れて、聖、魔両方の結界も準備致しましょう。けれど、あまり大々的にするわけにはいかないので実行人数はあまり裂けません。」
「少数精鋭上等。ま、えいこサンの手紙もある事だし隠れ蓑代わりに兵力増強には力入れていこうぜ。」
他の祠の様子を注視しながら、誰が何をしているかを見極める。今のところ、『ダヤンのえいこサンがモンスターを運んでる』仮定でいるが、それに疑問がついた時点で再び方向性を確定していくことにした。
後はレベルアップに邁進する。ダヤンやえいこサンのことがなくても月子が世界を救いにやって来るのは恐らく正しい。もう、何年も前にしか感じられないあちらの世界での最後を思い出す。海里も来るのだろう。
内容が漏れることを危惧して光の国には、えいこサンに似た人物がダヤン内で目撃されている事は伝えたが、捕縛に関しては伝えなかった。光の国でも伝説の武器が見つかり、それは王太子と側近が手に入れたらしい。えいこサンの手紙はあちらにもあり、レベルアップのための情報は共有した。
御誂え向きに、祠に放たれるモンスターは一匹ではなく弱いものから強いものまで付近をうろついていた。交配するのか補充されるのか多少駆除してもまた現れる。治安的には好ましくないのだろうが、レベルアップには適していた。
こちらの事情を知ってか知らずか、年が明けてからは光の国の祠からモンスターが放たれた。
そう、やはりえいこサンが運んでいる事が確認された。そして、祠にモンスターか放たれる日は10日毎である事が分かった。時間は早朝。ボツワでも感づかれる事なく予測通りえいこサンが現れモンスターを放って行くことを確認できた。
修行の手応えは十分。ダヤンの魔法機械から、一部流用して独自の通信機器も作った。ニアメには魔方陣や結界の基礎を張り、えいこサンを迎える準備は整えられた。
そして予測されていた日の予測されていた時刻に、ニアメの祠にえいこサンが入った事を確認された。
こちらは俺とウランさん、ジェードと俺の僕数人だけ。ディナは本人から出る事を辞退された。『えいこ様を前に冷静にいられる自信も、取り込まれない自信もございません。』と言われたので、既にこちらに戻って来ているシャルとモートンさんでサンサンと城の防衛を頼んである。万一こちらの動きがバレていれば、城が狙われる可能性はある。もっともあちらの大将が本気を出せば、その三人では持たないだろうが、防衛やこちらへとの連携を考えるとベストだと思う。
彼女が祠から出てくるまでには十分ほどしか無い。既に数十回のシミュレーションは行なっており、結界の最後の仕上げをその間に行なった。名乗りは上げない。話し合いは城に着いてからで充分だ。
「くっ?!」
えいこサンが三重の目隠しを施した魔属性のトラップにかかった。そして、即時に解除される。想定内だ。続いて無属性の網で絡め取る。これも突破される予定。魔法の後の物理的な捕縛に怯む一瞬でジェードとウランさんで感知からの解析を行い、時間差でこちらにも情報を流してもらう。
バケモノ、だ。以前会った時より俺は数十倍は魔力を扱えるようになった。それより、更に上。おまけに大体の状態異常は無効と表示されている。
「マジでありえねーな」
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「こんな方法で捕まるわけないでしょ!」
一気に全ての捕縛魔法が吹き飛ばされた時、ウランさんから通信が入る。「感知解析即時共有可能になりました。」
これで、目をつぶっていても彼女が5キロ圏内に居ればどこで何の魔法を使おうとしているかまで俺らには分かる。 そして、それは彼女にも分かったはずだ。
「迂闊。こんなセコイ方法、発案は宰相殿かしら?」
「さあねぇ。とりあえず闇の城のテーブルで話そーぜ?」
今のえいこサンの気が乱れる方向性をプロファイリングから出したのは俺、イラつく攻撃法をいくつか出したのはジェード、効果的にアレンジしたのがウランさんだ。
「おまけに闇討ちとは、闇の国の次期王閣下のなさる事なの?」
無詠唱で火柱、あえてそれは避けずにその場で相殺して見せる。
「?!」
「感知も、できねぇだろ?ちょっとは成長したんだぜ?」
えいこサンの視界の外からジェードが魔属性の捕縛を撃つ。
「何人いるのか知らないけど、成長見せたいなら他に方法ってあるんじゃないの?」
「残念ながら、そんな気はねぇよ。卑怯っつーことなら、痛くも痒くも。俺は次期『魔』王なんでね!」
「納得っ!」
遠慮の無い水玉を放つと、更に上の力で魔法ごと燃やされた。
水蒸気で周りが曇る中、違和感を感じた。『妙ですね。水を火で潰すのはいくら何でも効率が悪い。土属性もお願いします。』ウランさんも同様の感想らしい。感知で見える彼女の位置に土玉を打ったが、やはり燃やされた。
「プラン続行。」
ジェードに指示を出した。えいこサンはこちらを感知できていない。水蒸気で視界は悪く、そこでまた捕縛開始だ。魔力をつきさせるのは不可能だが、数十秒動きが止められれば特製の捕縛器を用意してある。魔法無効化でなく、そもそも魔法に影響を受けない檻だ。物理強度はクマが暴れても大丈夫なレベル。これに放り込みさえすればこちらの勝ちだ。
えいこサンは魔力は恐ろしい程あるが、戦い方は素人のそれだ。調査では土属性の魔法などの使用も確認されているが、咄嗟に打てるのは火属性だけなのだろう。火属性は使いやすいが魔法で言えば初歩だ。そして、えいこサンにはちゃんとあちらの、日本の記憶もあるらしい。魔王が卑怯である、という言葉に対して「納得」と返した。魔王が卑怯や悪者という感覚はこちらには全く無い。
死んだ身体を乗っ取られたりした訳ではない。洗脳か、もしくはやむにやまれない事情か。
ウランさんが空間系の魔法を撃つ。幻術類は無効なはずだが、フェイクを空間に浮かべるのは解析能力が無いと判別できない。そして、案の定えいこサンは全て炎で叩き潰した。
魔法を無詠唱で即時展開はすごい事だが、多少の隙はできる。連続で撃つ彼女の後ろからジェードが魔法機器を使って聖の力自体を撃った。
それは炎で叩き潰したりはされず、そのまま彼女に吸収された。
「吸収?!」
以前の彼女は器無しだったので、魔力も聖力も霧散し影響は与えなかった。それをまるで聖人のように吸収したのだ。
『解析結果は聖人のそれですね。』
ウランさんの声どおり、魔の力は消え去り、えいこサン自身から聖の力が感知された。それもバケモノ級の。
ならば、と魔の力を撃つとそれも吸収された。無論、彼女は魔の力のみ感知される。
「どう、なってるんだ?」
『でも、えいこサンの様子が変ですよ!』
ジェードに言われて見ると、確かに多少フラついているように見える。
暴発があってはいけないので、魔属性の捕縛と聖属性の捕縛に切り替えて、交互に撃つと明らかにえいこサンの動きが悪くなる。そして、聖属性の時は聖の力が魔属性の時は魔の力が感知される。
とうとう、彼女は膝をついて立てなくなったが、捕縛魔法は次々と解除されていく。見た限りこれはどうやらオート解除のようだ。
試しに物理捕縛を放つと、やすやすと捕まえる事が出来た。それも魔力も聖力も体に十分残っている状態で、だ。けれど現実に彼女は立つ事すらままなら無かった。朦朧としているのか、焦点も怪しい。魔属性、聖属性は意思に関係なく解除される仕様だが、肉体への負担があるらしい。
檻を近づけるために彼女を空間に留め置く。抵抗は無かった。
しかしその時、ずぅんと周辺に圧がかかった。
「な、んだ?」
「体が、重い、です。」
「えいこサン!」
ウランさんに言われてえいこサンを見ると、彼女を留め置いた空間の更に上に、えいこサンを抱く男が浮いていた。白髪で、恐らく身長はそれほど高くは無い。けれど圧倒的な威圧感がある漆黒の双眸。無表情なその顔が嫌に整っているのが更に恐怖を感じさせる。恐怖?そう、本能として怖いのだ。圧倒的すぎる力を感じる。
間違いない。こいつがダヤンの長だ。
「うちのに何か?」
短い問いの声量は無かったが、はっきりと聞こえた。
「あんたが、ダヤンのトップか?えいこサン返せよ。」
どうにか震えず声はでた。
「バカは嫌いだ。」
侮蔑を含む、心底めんどくさそうに男は答えた。
「うちのを襲っていたようだから、何か用があるのか、と聞いた。それに対して、俺の名前を問い詰める権利も答える義務もない。しかも、まるでうちのを俺が攫ったような口の利き方は、ありえない。」
反論はすべきじゃない。こいつの気分一つでえいこサンどころか俺らの命はどうとでもなる。と、本能が警鐘を鳴らす。
「それは悪かった。えいこサンが祠にモンスター放ってたんだよ。俺はテルラと言う。この国て働いているが、モンスターなんて放たれちゃ治安上問題があるんだ。」
「うちのが、モンスターを?」
本気で知らなかったのか、しらばっくれているかは分からないが、そいつは祠の方をチラリと見た。
「うちのがした証拠は無い。けれどお困りならこの程度のモンスターの回収は容易いが?」
「いらねぇよ。」
確かに突きつけられる証拠は無い。だから、借りを作るようなマネは避けるべきだ。
「うちのが誤解を与えるような事をした事は謝罪しよう。二度とこのような事が無いようにしっかりと監視しておく。…もし、モンスターでお困りになったなら、ダヤンの者に言えば格安でお引き受けしよう。」
丁寧な言葉と裏腹に、語感からは軽んじられている事が伝わる。
「うちの、うちのと仰っておりますが、その方はえいこという名では無いのですか?」
ウランさんがいつも通りの語調で話しかけた。しかし、奴の力は感じているのだろう、顔色は悪い。
「さあ?これは俺のペットだ。名は俺が与えた。だが、貴様らに教えてやる義理はない。」
そう言って男はえいこサンの胸元の辺りに顔を近づけて、顔を上げた。口元からチェーンがえいこサンの首に伸びている。えいこサンが掛けていたペンダントを口に咥えて見せているようだ。
あ、とジェードの口から声が漏れたと同時に『では、失礼する。』と声が残されて二人は消え去った。
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**********お知らせ***********
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