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√ナルニッサ53

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 流石に黙ってベッドを借りる訳には行かない。大体、ナルさんがこれから彼女と話す度に転げまってたら、ナルさんでなくても心配するだろう。私の頭を。

 深呼吸深呼吸。もしかしたら、前サンダーランドの最後の主人も、同じ様に苦しんだだけかもしれない。しもべは主人の気持ちを汲んで、結婚しなかった。それだけなのかも。
 それを考えたら、リオネット様の指輪を得られた私はラッキーだ。ほら、悪い事ばかりじゃない。

 よし、と気合を入れて部屋を出て、戻ろうと廊下を曲がったらナルさんがいた。

「我が君?何故その様な格好を?」

 変装が中途半端すぎた!ちょっとバレるの早すぎる!

「え、えと、つい?」

 ついなんだ。なんだというんだ自分。正装したナルさんは間近で見るとかっこよすぎて、目も合わせられない。

「お探ししていました。話があります、こちらへ」

 腰を押される様にして、私は元のあの部屋に戻された。

「ごめん、さっき気分が悪くなっちゃって、この部屋勝手に借りちゃった。決して泥棒などでは無く!」
「……ご気分が、優れなかったのですか?もしかして、先程までホールの方に?」
「え、あ、うん、2階から見てたよ。綺麗な人がいっぱいいだけど、ナルさんが1番綺麗だったね。それから、ダンスも上手くて……」

 あ、やばい、泣きそう。我慢。

「……ダンスを踊り始めたあたりでご気分が悪くなったと?」
「うん、でも、もう大丈夫!ナルさんこそ、私のお願いは?花嫁さん見つけなきゃダメ。早く戻って」

 両手でナルさんを押したら、その手を掴まれた。
 命令なら抵抗なく動いてくれるはず。そうではないという事は、花嫁を見つけるために戻る必要はもう無い……という事。もう、花嫁は決まってしまったの?

「恐れながら、今はお願いは聞けません。忠誠の繋がりを切らせていただいています」
「それって切れるものなの?」
「はい、アンズ殿が修行の時に切っていたのと同じように」

 そんなに簡単に切れるものなら、使令はピンチになった時に逃げていきそうなものだけど……。理解はできないけれど、とりあえず今、ナルさんは私の命令が効かないのは分かった。

「私、もしかして主人失格?」
「いえ、まさか。これはただ、貴女に命令で動いていると思われないための行為ものです」

 心の奥、確かに繋がりは感じられず。寂しさの様な隙間がある。本当に、切られてるんだ。そして、きっと、

「好きな人を、見つけたんだね」
「はい。唯一無二の愛する方を見つけました」

 やっぱり、と思った。

「ゆび、わ、もう渡した?」
「いえ、まだです。お伝えもしていません」

 苦しい。笑え。震えなるな、私。

「ナルさんなら絶対受け取ってもらえる。もしかしたら、初めは誤解されるかもしれないけど、どんな女性ひとでも、きっとナルさんの事好きになる。だから……、大丈夫、だよ」
「その言葉を貴女から聞けて、安心しました」

 ナルさんは、本当に愛しげな顔で笑った。これで良かったんだという事なのに、心が千切れるくらい、痛い。

「こちらへ」
「あ、……ごめん。少しここで休ませて?貴方は彼女のところに、戻ってあげて……」

 手を引かれて、思わず振り解いてしまった。まだご紹介されるのは無理だ。せめて、笑顔を偽れるまで待って欲しい。

「いえ、今はご命令もお願いも聞けません」

 掬うように抱き上げられて、私はベッドに座らせられた。
 そこは窓に近く、空の雲が切れたのか月明かりが部屋には注ぎ込まれた。
 薄暗かった部屋は明るくなり、彼の顔がよく見えるようになった。それは私の顔もよく見えるという事だ。気持ちを偽るには都合が悪い。
 ナルさんは何も発さずに、ただひざまずく。

 何?

 状況が飲み込めない私の手を取り、左の爪のあたりにナルさんはいつも通りにキスをした。そして、いつもと違って、指にはあの指輪が嵌められた。

「え?」

 途端に動悸が激しくなる。

「我が君」

 ナルさんの声は脳が溶けそうな位甘い。
 きっと私は顔が真っ赤だ。解らない。何かとても恥ずかしいような、堪らない感情。両手で顔を覆って、こぼれていく思考力を総動員して考える。

「忠誠のため、貴女のために貴女を選んだ訳ではありません。私の心が貴女を求めて、貴女を欲しています。一目見た時からお慕い申し上げていました」
「ごめん、待って、今、私おかしい……」
「おかしくはありません。それが本来の貴女の私への想いです。この指輪は色香無効のまま、貴女の恋愛感情抑制系の加護を無効にする呪いのかかった指輪だそうです」
「そんな、リオネット様は……」
「全てリオネットにはお見通しだった様ですよ。貴女が最後、どの様な選択をするかを。その上で、それを選ばない方法を探した様ですが」
「リオネット様が?」
「……その様な甘い声で、他の男の名ばかり呼ばないで欲しい」

 切なげで甘い声はすぐ耳元に感じる。顔を覆う手にナルさんの手が重なり、包まれる。

「カリン、可愛い顔を見せて」

 名前を呼ばれて、あらがえない。

「どうか、私のプロポーズを受けて欲しい」

 真っ直ぐで、私の心を捉えたその目が私を酔わせる。

はいとは言ってもらえないだろうか?」

 「は……」

 い、と答えようとした口は、ナルさんに塞がれた。
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