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√ナルニッサ43

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 温かな感触を感じたのは唇から。それが広がって、私を満たす。次に戻った感覚は聴覚。

「我が君」

 という声は温かく苦しく、その苦しさは自分のものか彼のものか分からない。

「帰りましょう、カリン様」

 死ぬのってこんなに都合が良かったんだな。夢でも幻覚でも、あえてよかっ……た……。



「いつまで寝とんねん!起き起きぃー!」

 雨情の聞き慣れた声で私は飛び起きた。ら、痛い!物凄く痛い!しかも全身!全身全霊をかけての激痛!

「い、いたたたたっ!」
「嘘やん。ほんまに起きた」

 どうゆう事?てゆーか何呑気な声で?!っと声のする方を見たら、雨情が笑っていた。左目には眼帯をして。

「雨情!目!」
「おう、命は取られへんだで!ラッキー!」
「その目、まさか」
「カリンのせいちゃうし、気にしたらあかん。ほんまギリ危ない所でリオネット様達に助けてもろてん」
「私のせいじゃない、訳ない、でしょ……?」
「と思うやろ、ちゃうねんで。エイス、俺の事ちょろっと切った後、残った奴らに拷問しろって命令してからカリン追っかけにいきよってん。ほんで、残った三下がナイフ顔に突きつけて来よったから、隙つくったろー、びびらしたろー思って目に自分で刺したってん。目からナイフがびよーんって出てるとこにリオネット様達ご登場!あほやん自分!みたいな」

 笑い話にしてしまおうと雨情がすればするほど、取り返しがつかない事をさせてしまった真実味が増す。雨情は私に何かを背負わすことを極端に嫌うたちだ。

「それよか、全身痛いやろ?横になっとれ。今リオネット様呼んでくるし」

 言われてから周りを見ると、マンチェスターの方の城に帰って来たのだと気がついた。私は長く眠っていたの?
 記憶をたどって見ると曖昧だけど、助けてくれたのは、多分、ナルさんだ。

「ご気分はいかがですか?」

 爽やかにこやかな笑顔でご登場された訳ですが、彼の後ろには真っ赤な仁王像が二人ほど見える気がする。

「あの、リオネット様?ご、ごめんなさい?」
「とりあえず謝っておこうとするその態度が気に入りません」
「ごめんなさい」

 あくまでも笑顔で目だけ冷たい。そして、しばらく無言で責められている……。

「まぁ、いいでしょう。良い人に拾ってもらいましたね。方法は悪くなかったと思います。ただ、見せれるものなら髪の毛が届いた時のこちらの阿鼻叫喚の様子をお見せしたいですが」
「ご、ごめんなさ、い」
「おかげさまで光速で、全員西の地方に向かわせていただきました。何故現地の偽名をヤマザトの方にしなかったのか。魔石ハンターの登録簿をユウキなんて名前でされたお陰で、無駄に時間がかかってしまった」
「すみません」
「この、有希という偽名、何かの意図があったのですか?」
「友達の名前です。もしかしたら、友達ともコンタクト取れるかなって」
「とってるか暇ありますか?アホですか?アホですね」
「ごもっともです」
「事情は雨情から聞きました。あなたはここに来て、3日間意識不明だったので、それはもう色んな話を聞かせてもらいました。とりあえず……」

 笑顔で怒りまくってるリオネット様の手が伸びて来た。デコピンでもされるかと思ったら、優しく抱きしめられた。

「おかえりなさい。心配していました。貴女が帰ってきて良かった」
「ありがとうございます」

 良く見ると、リオネット様は疲れた顔をしていた。それくらい心配も心労も、それから手間暇をかけさせてしまった。

「あの、みんなは?」
「まずは可愛い使令の名前を呼んであげてください」
「アンズ?」

 そう言えばまだ見かけていない。流石にまだ修行中と言うわけでないか。私が名前を呼ぶと、布団の中で影がもっごもっごした。

「カリンは今消耗が酷い。パワーアップしたアンズ殿はあなたの影に戻り、ずっとあなたに魔力を送り続けている。あなたが回復するまでは声も出せないんですよ」
「アンズ……。ごめんね、ありがとう。会いたかった」

 影、ゆらゆらする。かわゆす。

「それと、回復系以外の加護を一時的に弱めていますので、アッシャーとナルニッサには会わない方がいいでしょう」
「何故ですか?」
「ナルニッサは色香テンプテーションというスキルがあり、アッシャーもその耐性をつける訓練をした時に弱いながら色香のスキルが付きました。私は嗜好に偏りがあるので2人の色香はほぼ無効ですが、今のカリンには刺激が強すぎる」
「私を迎えにきてくれたのはナルさん、ですよね?」
「ええ、覚えているのですか?」
「少しだけ。だから、お礼を言いたかったなって……ダメですか?」

 リオネット様は俯いて考え込んだ。

「良いでしょう。ただし、刺激が強いので私が側で補助します。それでもよろしいですか?」
「はい!」

 ナルさんに会える!絶対色々迷惑かけてるから、顔見て謝れるしお礼が言える!
 それに、会えるという事に、なんだか私が嬉しい気がする。

 リオネット様は扉に向かって「という事です。部屋に入る許可がでましたよ」と声をかけた。ナルさんは扉の外で控えてたらしい。

「失礼いたします」

 ナルさんの声だ!と嬉しかったのは一瞬だけ。耳がどくんっと、脈打ってそれだけで、心臓がドキドキした。
 あ、れ?

「我が君」

 現れたナルさんは髪を短く切っていて、それは似合っていたんだけど、なんかもうそれより全体的に尊かった。

 恐ろしく美しいプロポーションに整った顔、目は知的で優しげで艶っぽく、吐息すら甘そう。

 なんじゃこれ!

 尊いものが近づいてくるのは、嬉しさとかなんとかより、むしろ恐怖。溶ける。蒸発しそう!

「このナルニッサ、我が君のおかえりを心より……」
「ぎゃー!無理!ごめん!無理無理無理無理無理よりの無理!近づかないでっ!」
「カリン様……?」
「リオネット様!助けて!」
「ほら、言わんこっちゃない」

 激痛跳ね除けて、リオネット様に縋り付く、これ以上視界にいれたら昇天する。

「……ごめん、ナルさん。本当にごめん」

 顔をリオネット様のローブに押しつけて、本当は耳も塞ぎたいけどそこは根性で我慢して、ナルさんに謝る。

「いえ、……御前、失礼いたします」

 静かに部屋を下がってくれたのに、部屋から消えた瞬間ゴールデンだった空気が普通に戻った。纏う空気も一瞬ファビュラスだった。もう少しで、パリの散歩道が聞こえてきたかもしれない。

「まずはアッシャーで試せば良かったですね」

 確かに拒否するにしても、もう少しマイルドだったら丁寧に伝えられたかも?

「色香の耐性っていつ戻ります?」
「あなたの体調次第ですよ」
「分かりました。大人しくアンズの応援やっときます」

 影がもっふもっふと動いた。
 
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