18 / 64
はずれ
しおりを挟む
ナルさんの寝かしつけをしながら、窓の外の月を見る。それから、今日のアッサム様の話を反芻した。
貴族の社会で本当に原石が謙る必要があるのならば、ファイさんのお作法レッスンで私はそれを習うはずだ。私の知る範囲だけれど、社交の場のあれこれは、リオネット様が出ていた。それから、そのうち私も出る必要があるからとお作法を叩き込まれていた。
アッサム様は?
その様な会に出ていたと聞いた事は無い。それは、試合があるからだと思っていたけれど、今日の様子からだとそうでは無さそう。
「我が君」
「眠れない?」
「その輝く瞳の憂いの理由を聞かねば、死んでも死に切れません」
「いや、死ななくていいから」
それでも少しは眠さが出てきているのか、声が少し掠れていた。
「今日お庭でアッサム様に会ったの。アッサム様は私をちゃんとナルさんの恋人だとは思ってくれたんだけど、なんだか妙に謙り過ぎる様に思えて」
「左様で、ございましたか」
うっとりしながらのガン見。ナルさん目力強いから、毎回無駄にドキドキする。
「それは、アッシャーに直接お尋ねに、なられるのが良いかと」
「そうかな」
意外にも、話し始めてすぐナルさんは寝息を立てた。結構究極に眠かったんじゃん。
「ありがと。そうするね。おやすみ」
ここで間違って私も寝てしまうとマズイので、そう声をかけてから自分の部屋に戻った。
アッサム様が自領に戻ってたのに驚いたけれど、良く考えればおかしくは無い。諸侯は王都と自領を行き来しているが、通例として役職を拝命している貴族は王都にある事が多く、御隠居様や息子、場合によっては弟や妻が自領を切り盛りしている物だ。マンチェスター家ではリオネット様が役職を頂いているので王都に居を構えていて、これまでは義父達が自領をみていた。義父達が自領を見る立場を失ったのだから、アッサム様にその役割はスライドするはず。
それで、ご挨拶とかなんとかで今日サンダーランド家に来ていた……と考える事ができた。
そうなるとアッサム様はこれから自領にずっといる事になるのだろうか?
一応マンチェスター家の一員のはずなのに、全くどうなってるかか知らなくて、少し寂しく思う。それは、アッサム様のあの言葉のせいでもあるのかもしれないけど。
翌朝、ナルさんに確認すると試合で数日空けていた分の仕事は終わらせており、マンチェスター家とのやりとりつつがなく終わっているとの事。ナルさんのお父様は王都にいて、サンダーランドの都と領全体のあれやこれやはナルさんが取り仕切っているそうだ。
ただし、こちらでは長老院という歴史の長い行政の補助をしてくれる人達がいるそうで、日々の雑務にはそれ程手を割かなくても良くなっているのだとか。ちなみに地方はナルさんのご兄弟も活躍されてるそう。
「我が一族は鍛錬や芸事、学業等文武両道である事が必須ですので、そのため他所より誇り高き機関を作り上げております」
との事。
そんな訳で、大森林に行く事が思いの外早く叶った。
森にはいくつかルートがある。資源を集めたり、有事の際の緊急路としてある程度整備や見回りが行われているルートだ。どこかへ続く訳ではなく、入口の出口がほかの入口になっていたり、必要な距離までしか無い行き止まりの道もある。
今日はまず、その道を進んでみる。見慣れた景色や、動植物が有れば万々歳。無くて元々。整備されたルートはそもそも動物達と棲み分けがされた後なので、エンカウントも少ないそうだ。
兄様がそんな所の近くに住んでいるとは思えないけれど、逆に欺くためという場合や、こちらの挙動を知るために何かしら感知できる結界はあるかも知れない。
そもそも、ルートを外れて歩くには私とナルさんだけではパーティーとして危ういとナルさんは心配していた。
ナルさんも白魔道士無しでは念の為踏み入れない様にしてるのだとか。
ナルさんがお仕事で行けない日ももちろんあったが、数日かけてかなり入念に森を調べた。調べれば調べるほど、その手応えは確信に変わっていく。
「ここじゃ無い、と思う」
通れる道のほとんどを調べ尽くして、更に空の上から見ても、私が過ごしたあの場所は見つからなかった。
「ぼくもそう思うかな。ここの葉っぱの魔力の匂い、知らないのが多かったよー」
アンズも同意見らしい。ならば、他を探さなくては。
「時間をとってもらったのにごめん」
ナルさんに謝ると、彼はいいえと言った。今日の森からの帰りの私の反応から、察しはついていたのかもしれない。森中を探している間、ナルさんは不平はもとより、ずっと私を励ましていてくれた。それなのにと申し訳なく思う。
「お探しの風景を表すためにも必要な事でした。それに、一箇所候補が減ったのですから。次はどちらに参りましょうか?」
そして、イソイソと地図を出してきてくれた。
「ナルさん、次は一緒には行かないよ?お仕事あるでしょ?」
ナルさん地図を落とす。
「……それは承服致しかねます。我が君はお強いですが、どれほどお強くても森は獣の領域。危のうございます」
「前から訂正しようと思ってたんだけど、私の方が弱いよ」
「まさか!」
「いや、本当に。忠誠とかなんとかあって、見たくない現実かも知れないけど、私が勝ったのはあの闘技場のあの条件の時だけ。それもナルさんが棄権したからだし。なんなら今から手合わせしても構わないんだけど」
ナルさんの顔色が一瞬無くなった。その後、何故かいつもの切ない様な悲しげな表情になった。
「……カリン様は何があっても私の主人です」
絞り出す様にそう言って、「本日はこちらで失礼します」と言って、彼は部屋に下がった。
「カリン、今のはちょっと酷いよー」
その後をアンズが慌てて追いかけて行った。
ほわい?
多分だけど、ナルさんだって気がついてるはずだ。大森林に出かける時間以外では、一応鍛錬場で日々のルーチンくらいはやってたし、彼はそれを見ていた。アッサム様の足元にも及ばないのだから、流石にどの辺りのレベルかはわかるだろう。
強くも無い。美しくも無い。望まれてできるもんなら、彼の主人に能う人間になってあげたいけど、さ。彼の鍛錬の様子も見せてもらったり、お仕事も邪魔にならない範囲で見せてもらったりもしたけれど、ナルさんはナルシストであっても仕方ないほどに優秀だった。見た目も美しく、やる事も美しく、そして成果を出す。ついでに優しい。なんで、私なんかを主人に選んだのか。
夕日が落ちて、だけどまだ暗くなる前の庭に出た。ナルさんから借りた地図の西を沈んだ太陽の方に置いてみる。異世界だから、正確には西でもなんでもなく、ただ日の沈むべき方向って意味なんだけど。
地図の南は大きく大森林が描かれており、北は魔王の住まう未開の砂漠、西と東は山脈になっている。西は山の上が白く描かれており、東の山の裾野は森が点在している。西の森の方が少し広そうだ。
「次は西かな」
私は地図を指で触る。進むにしても、一旦は王都に戻らなくては。情報も集めたい。
不意に地図に夕日で長くなった影がかかった。
「また、お会いしましたね」
「ひゃっ!」
またアッサム様?
「こんばんは、まさかこんな時間にお会いするとは」
「こちらのセリフですよ。姫君に夜風はまだ身体に触る季節です」
毎度毎度だけれど、この爽やか青年は誰だ。
「ナルニッサ様はお部屋にいらっしゃるはずです」
「ええ、今日は手紙を……兄からの手紙を持ってただけですから。伝書鳩です」
「強くて早いハトですこと。安心ですね」
ふっと、アッサム様は笑った。
「……何となく、貴女に会える気がしました」
「何かお尋ねになりたい事でも?」
自分で言っときながら、そりゃ聞きたい事だらけでしょう。謎過ぎる不審者なんだから。
「分かりません。少し不思議な事をおっしゃってたのが、気にかかってるのかも知れない」
「少しも不思議な事は言ってないつもりです。今でも、勇者候補……、将来的には魔王と戦って、国を守ってくださる方で……、原石風情などと言う言葉は相応しくないと思っています」
「やはり、不思議な姫だ」
「世間知らず、と仰っていただいて結構です」
是とも非とも答えず、アッサム様は今度は立ち去らずにこちらに来た。前回より少し近い距離に。
「私は原石です。平民でありながら、貴族並みに魔力の素質を持っていました」
そうですよね。という意味で頷いて返す。
「貴族並みの魔力しか無いんですよ。それなら、他の素養……才能や、教養、後ろ盾のある貴族の方のほうが身分は上です」
「それでも勇者候補の一位なら、あなたが勇者としての務めを果たすのでは?」
「果たしますよ。その代わり貴族の身分にありながら、他の貴族の仕事……ナルニッサの様な芸事や治政、社交などの『雑事』はほとんど与えられません。貴族並みの魔力があり、貴族の素質は無い。だから、全てを剣術にかけて生きています。そうすれば、『雑事』を行っている貴族より秀でるのは当然です。だが……」
しん、とした空気が流れた。
「勇者候補にはカリン、私の弟もいる」
「え?」
「私の義理の弟で、原石の召喚者です。魔力の素質は彼の方が高い」
「でも、先日の試合では勝たれたのでしょう?」
というか、永遠に勝てる気配は無い。
「もちろん。これからも負けませんよ」
アッサム様は破顔して、こちらもほっとした。
「ただ、それは俺がカリンの力量や適性を知っているからで、『普通』の貴族には……、それこそ俺の兄やナルニッサレベルでないと分からないんですよ。俺の魔力が本当に優れていたなら、養子になった後でも召喚の時に兄やカリンで無く俺が召喚されていたはず。原石は貴族になった後も召喚され得ますから。つまり俺の魔力は大した事が無く、ただ修行の時間があっただけ。そう普通の貴族は思うはずなんです」
いつの間にか、さっきの破顔から苦笑に変わっていた。
「何故笑うんですか。馬鹿みたい。大した事が無い?なら他の貴族が担うべきでしょう。百歩譲っても他の方がアッサム様に勝ててから言うべき事では無いですか?最も、やる気を無くす事を匂わす様な人を相手にしなくてはいけないのは心底同情いたします……わ」
ちょっと怒りが勝って、深窓の姫君設定が遠ざかってしまった。慌てて語尾で修正するも失敗した感。
「それに、リオネット様はその雑務とやらもなさっているのでは?」
「リオンは帰還人です。出自は分かりませんが、魔力が高く、召喚で帰ってたという事なので、推定貴族……恐らく貴族の胎児が彼方に流れたのだろう、という事になります。記録を元に『恐らく』マンチェスター家の実子であろう、と」
開いた口が塞がらなくなった。
「リオンもカリンもどちらにしても天に選ばれし才能です。だから、2人とも雑事をこなしても天からの仕事はできる、と期待されています」
はぁ?はぁ?はぁ?
「……いっそ、そこまでいけば期待されない方がマシかも知れないくらい、無茶な要求です、ね」
「ええ、ですから無難に貴族にはあの様な対応にしてます。それにしても、貴女は予想外だ」
そりゃ、当事者ですし。
「……ナルニッサが羨ましいな。俺は貴女の名前も知り得ない」
「私の名前なんてものの数にも入らないので、お気になさらずに」
「……また、会えますか?」
「ご縁があれば」
私はそのままスタコラ部屋に退散した。なんとなく、なんとなくだけど不味い気がする。もう仮面娘で会ってはいけない気がする。
だけど、一方でカリンでは聞けない事を聞ける手段にも思える。
聞きたい事はまだあった。確かに常日頃の様子を見ても、気にしているとは思えない。だけど、試合の時、心の中に見た汚泥の様なアレ。
本当に貴族のしがらみを気にした無いのだろうか?心の奥底から納得してるのだろうか?
「アレはなんとかした方が良いんだけど」
見開はどんな相手でも出来る。でもアレを取り除くにはもう一歩は近づかなくてはならなくて。
先が思いやられて、私は息を吐いた。
貴族の社会で本当に原石が謙る必要があるのならば、ファイさんのお作法レッスンで私はそれを習うはずだ。私の知る範囲だけれど、社交の場のあれこれは、リオネット様が出ていた。それから、そのうち私も出る必要があるからとお作法を叩き込まれていた。
アッサム様は?
その様な会に出ていたと聞いた事は無い。それは、試合があるからだと思っていたけれど、今日の様子からだとそうでは無さそう。
「我が君」
「眠れない?」
「その輝く瞳の憂いの理由を聞かねば、死んでも死に切れません」
「いや、死ななくていいから」
それでも少しは眠さが出てきているのか、声が少し掠れていた。
「今日お庭でアッサム様に会ったの。アッサム様は私をちゃんとナルさんの恋人だとは思ってくれたんだけど、なんだか妙に謙り過ぎる様に思えて」
「左様で、ございましたか」
うっとりしながらのガン見。ナルさん目力強いから、毎回無駄にドキドキする。
「それは、アッシャーに直接お尋ねに、なられるのが良いかと」
「そうかな」
意外にも、話し始めてすぐナルさんは寝息を立てた。結構究極に眠かったんじゃん。
「ありがと。そうするね。おやすみ」
ここで間違って私も寝てしまうとマズイので、そう声をかけてから自分の部屋に戻った。
アッサム様が自領に戻ってたのに驚いたけれど、良く考えればおかしくは無い。諸侯は王都と自領を行き来しているが、通例として役職を拝命している貴族は王都にある事が多く、御隠居様や息子、場合によっては弟や妻が自領を切り盛りしている物だ。マンチェスター家ではリオネット様が役職を頂いているので王都に居を構えていて、これまでは義父達が自領をみていた。義父達が自領を見る立場を失ったのだから、アッサム様にその役割はスライドするはず。
それで、ご挨拶とかなんとかで今日サンダーランド家に来ていた……と考える事ができた。
そうなるとアッサム様はこれから自領にずっといる事になるのだろうか?
一応マンチェスター家の一員のはずなのに、全くどうなってるかか知らなくて、少し寂しく思う。それは、アッサム様のあの言葉のせいでもあるのかもしれないけど。
翌朝、ナルさんに確認すると試合で数日空けていた分の仕事は終わらせており、マンチェスター家とのやりとりつつがなく終わっているとの事。ナルさんのお父様は王都にいて、サンダーランドの都と領全体のあれやこれやはナルさんが取り仕切っているそうだ。
ただし、こちらでは長老院という歴史の長い行政の補助をしてくれる人達がいるそうで、日々の雑務にはそれ程手を割かなくても良くなっているのだとか。ちなみに地方はナルさんのご兄弟も活躍されてるそう。
「我が一族は鍛錬や芸事、学業等文武両道である事が必須ですので、そのため他所より誇り高き機関を作り上げております」
との事。
そんな訳で、大森林に行く事が思いの外早く叶った。
森にはいくつかルートがある。資源を集めたり、有事の際の緊急路としてある程度整備や見回りが行われているルートだ。どこかへ続く訳ではなく、入口の出口がほかの入口になっていたり、必要な距離までしか無い行き止まりの道もある。
今日はまず、その道を進んでみる。見慣れた景色や、動植物が有れば万々歳。無くて元々。整備されたルートはそもそも動物達と棲み分けがされた後なので、エンカウントも少ないそうだ。
兄様がそんな所の近くに住んでいるとは思えないけれど、逆に欺くためという場合や、こちらの挙動を知るために何かしら感知できる結界はあるかも知れない。
そもそも、ルートを外れて歩くには私とナルさんだけではパーティーとして危ういとナルさんは心配していた。
ナルさんも白魔道士無しでは念の為踏み入れない様にしてるのだとか。
ナルさんがお仕事で行けない日ももちろんあったが、数日かけてかなり入念に森を調べた。調べれば調べるほど、その手応えは確信に変わっていく。
「ここじゃ無い、と思う」
通れる道のほとんどを調べ尽くして、更に空の上から見ても、私が過ごしたあの場所は見つからなかった。
「ぼくもそう思うかな。ここの葉っぱの魔力の匂い、知らないのが多かったよー」
アンズも同意見らしい。ならば、他を探さなくては。
「時間をとってもらったのにごめん」
ナルさんに謝ると、彼はいいえと言った。今日の森からの帰りの私の反応から、察しはついていたのかもしれない。森中を探している間、ナルさんは不平はもとより、ずっと私を励ましていてくれた。それなのにと申し訳なく思う。
「お探しの風景を表すためにも必要な事でした。それに、一箇所候補が減ったのですから。次はどちらに参りましょうか?」
そして、イソイソと地図を出してきてくれた。
「ナルさん、次は一緒には行かないよ?お仕事あるでしょ?」
ナルさん地図を落とす。
「……それは承服致しかねます。我が君はお強いですが、どれほどお強くても森は獣の領域。危のうございます」
「前から訂正しようと思ってたんだけど、私の方が弱いよ」
「まさか!」
「いや、本当に。忠誠とかなんとかあって、見たくない現実かも知れないけど、私が勝ったのはあの闘技場のあの条件の時だけ。それもナルさんが棄権したからだし。なんなら今から手合わせしても構わないんだけど」
ナルさんの顔色が一瞬無くなった。その後、何故かいつもの切ない様な悲しげな表情になった。
「……カリン様は何があっても私の主人です」
絞り出す様にそう言って、「本日はこちらで失礼します」と言って、彼は部屋に下がった。
「カリン、今のはちょっと酷いよー」
その後をアンズが慌てて追いかけて行った。
ほわい?
多分だけど、ナルさんだって気がついてるはずだ。大森林に出かける時間以外では、一応鍛錬場で日々のルーチンくらいはやってたし、彼はそれを見ていた。アッサム様の足元にも及ばないのだから、流石にどの辺りのレベルかはわかるだろう。
強くも無い。美しくも無い。望まれてできるもんなら、彼の主人に能う人間になってあげたいけど、さ。彼の鍛錬の様子も見せてもらったり、お仕事も邪魔にならない範囲で見せてもらったりもしたけれど、ナルさんはナルシストであっても仕方ないほどに優秀だった。見た目も美しく、やる事も美しく、そして成果を出す。ついでに優しい。なんで、私なんかを主人に選んだのか。
夕日が落ちて、だけどまだ暗くなる前の庭に出た。ナルさんから借りた地図の西を沈んだ太陽の方に置いてみる。異世界だから、正確には西でもなんでもなく、ただ日の沈むべき方向って意味なんだけど。
地図の南は大きく大森林が描かれており、北は魔王の住まう未開の砂漠、西と東は山脈になっている。西は山の上が白く描かれており、東の山の裾野は森が点在している。西の森の方が少し広そうだ。
「次は西かな」
私は地図を指で触る。進むにしても、一旦は王都に戻らなくては。情報も集めたい。
不意に地図に夕日で長くなった影がかかった。
「また、お会いしましたね」
「ひゃっ!」
またアッサム様?
「こんばんは、まさかこんな時間にお会いするとは」
「こちらのセリフですよ。姫君に夜風はまだ身体に触る季節です」
毎度毎度だけれど、この爽やか青年は誰だ。
「ナルニッサ様はお部屋にいらっしゃるはずです」
「ええ、今日は手紙を……兄からの手紙を持ってただけですから。伝書鳩です」
「強くて早いハトですこと。安心ですね」
ふっと、アッサム様は笑った。
「……何となく、貴女に会える気がしました」
「何かお尋ねになりたい事でも?」
自分で言っときながら、そりゃ聞きたい事だらけでしょう。謎過ぎる不審者なんだから。
「分かりません。少し不思議な事をおっしゃってたのが、気にかかってるのかも知れない」
「少しも不思議な事は言ってないつもりです。今でも、勇者候補……、将来的には魔王と戦って、国を守ってくださる方で……、原石風情などと言う言葉は相応しくないと思っています」
「やはり、不思議な姫だ」
「世間知らず、と仰っていただいて結構です」
是とも非とも答えず、アッサム様は今度は立ち去らずにこちらに来た。前回より少し近い距離に。
「私は原石です。平民でありながら、貴族並みに魔力の素質を持っていました」
そうですよね。という意味で頷いて返す。
「貴族並みの魔力しか無いんですよ。それなら、他の素養……才能や、教養、後ろ盾のある貴族の方のほうが身分は上です」
「それでも勇者候補の一位なら、あなたが勇者としての務めを果たすのでは?」
「果たしますよ。その代わり貴族の身分にありながら、他の貴族の仕事……ナルニッサの様な芸事や治政、社交などの『雑事』はほとんど与えられません。貴族並みの魔力があり、貴族の素質は無い。だから、全てを剣術にかけて生きています。そうすれば、『雑事』を行っている貴族より秀でるのは当然です。だが……」
しん、とした空気が流れた。
「勇者候補にはカリン、私の弟もいる」
「え?」
「私の義理の弟で、原石の召喚者です。魔力の素質は彼の方が高い」
「でも、先日の試合では勝たれたのでしょう?」
というか、永遠に勝てる気配は無い。
「もちろん。これからも負けませんよ」
アッサム様は破顔して、こちらもほっとした。
「ただ、それは俺がカリンの力量や適性を知っているからで、『普通』の貴族には……、それこそ俺の兄やナルニッサレベルでないと分からないんですよ。俺の魔力が本当に優れていたなら、養子になった後でも召喚の時に兄やカリンで無く俺が召喚されていたはず。原石は貴族になった後も召喚され得ますから。つまり俺の魔力は大した事が無く、ただ修行の時間があっただけ。そう普通の貴族は思うはずなんです」
いつの間にか、さっきの破顔から苦笑に変わっていた。
「何故笑うんですか。馬鹿みたい。大した事が無い?なら他の貴族が担うべきでしょう。百歩譲っても他の方がアッサム様に勝ててから言うべき事では無いですか?最も、やる気を無くす事を匂わす様な人を相手にしなくてはいけないのは心底同情いたします……わ」
ちょっと怒りが勝って、深窓の姫君設定が遠ざかってしまった。慌てて語尾で修正するも失敗した感。
「それに、リオネット様はその雑務とやらもなさっているのでは?」
「リオンは帰還人です。出自は分かりませんが、魔力が高く、召喚で帰ってたという事なので、推定貴族……恐らく貴族の胎児が彼方に流れたのだろう、という事になります。記録を元に『恐らく』マンチェスター家の実子であろう、と」
開いた口が塞がらなくなった。
「リオンもカリンもどちらにしても天に選ばれし才能です。だから、2人とも雑事をこなしても天からの仕事はできる、と期待されています」
はぁ?はぁ?はぁ?
「……いっそ、そこまでいけば期待されない方がマシかも知れないくらい、無茶な要求です、ね」
「ええ、ですから無難に貴族にはあの様な対応にしてます。それにしても、貴女は予想外だ」
そりゃ、当事者ですし。
「……ナルニッサが羨ましいな。俺は貴女の名前も知り得ない」
「私の名前なんてものの数にも入らないので、お気になさらずに」
「……また、会えますか?」
「ご縁があれば」
私はそのままスタコラ部屋に退散した。なんとなく、なんとなくだけど不味い気がする。もう仮面娘で会ってはいけない気がする。
だけど、一方でカリンでは聞けない事を聞ける手段にも思える。
聞きたい事はまだあった。確かに常日頃の様子を見ても、気にしているとは思えない。だけど、試合の時、心の中に見た汚泥の様なアレ。
本当に貴族のしがらみを気にした無いのだろうか?心の奥底から納得してるのだろうか?
「アレはなんとかした方が良いんだけど」
見開はどんな相手でも出来る。でもアレを取り除くにはもう一歩は近づかなくてはならなくて。
先が思いやられて、私は息を吐いた。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
二回目の異世界では見た目で勇者判定くらいました。ところで私は女です。勇者見習い女子が勇者の義兄を落とす話。
吉瀬
恋愛
10歳で異世界を訪れたカリン。元の世界に帰されたが、異世界に残した兄を想い16歳で再び異世界に戻った。
しかし、戻った場所は聖女召喚の儀の真っ最中。誤解が誤解を呼んで、男性しかなれない勇者見習いに認定されてしまいました。
ところで私は女です。
兄を探すためにお世話になった家の義兄が勇者候補なんですけど、病んでるっぽいので治そうと思ったらややこしいことになりました。
薄幸の器用貧乏男に幸あれ
√アッサム
二回目の異世界では見た目で勇者判定くらいました。ところで私は女です。逆ハー状態なのに獣に落とされた話。
吉瀬
恋愛
10歳で異世界を訪れたカリン。元の世界に帰されたが、異世界に残した兄を止めるために16歳で再び異世界へ。
しかし、戻った場所は聖女召喚の儀の真っ最中。誤解が誤解を呼んで、男性しかなれない勇者見習いに認定されてしまいました。
ところで私は女です。
訳あり名門貴族(下僕)、イケメン義兄1(腹黒)、イケメン義兄2(薄幸器用貧乏)、関西弁(お人好し)に囲まれながら、何故か人外(可愛い)に落とされてしまった話。
√アンズ
すぽいる様リクエストありがとうございました。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
囚われた姫騎士は熊将軍に愛される
ウサギ卿
恋愛
ラフラン帝国に姫騎士と称された魔法騎士団長がいた。
北方の獣人の治めるチューバッカ王国への進軍の最中思わぬ反撃に遭い、将軍の命により姫騎士率いる部隊は殿を務めていた。
何とか追っ手を躱していくが天より巨大な肉球が襲いかかってくる。
防御結界をも破壊する肉球の衝撃により姫騎士は地に伏してしまう。
獣人の追撃部隊に囲まれ死を覚悟した。
そして薄れゆく意識の中、悲痛を伴う叫び声が耳に届く。
「そこを退けーっ!や、やめろっ!離れろーっ!それは!・・・その者は儂の番だーっ!」
そして囚われた姫騎士ローズマリーはチューバッカ王国にその熊有りと謳われた、ハッグ将軍の下で身体の傷と心の傷を癒していく。
〜これは番に出会えず独り身だった熊獣人と、騎士として育てられ愛を知らなかった侯爵令嬢の物語〜
二度目の人生は異世界で溺愛されています
ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。
ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。
加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。
おまけに女性が少ない世界のため
夫をたくさん持つことになりー……
周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。
男女比が偏っている異世界に転移して逆ハーレムを築いた、その後の話
やなぎ怜
恋愛
花嫁探しのために異世界から集団で拉致されてきた少女たちのひとりであるユーリ。それがハルの妻である。色々あって学生結婚し、ハルより年上のユーリはすでに学園を卒業している。この世界は著しく男女比が偏っているから、ユーリには他にも夫がいる。ならば負けないようにストレートに好意を示すべきだが、スラム育ちで口が悪いハルは素直な感情表現を苦手としており、そのことをもどかしく思っていた。そんな中でも、妊娠適正年齢の始まりとして定められている二〇歳の誕生日――有り体に言ってしまえば「子作り解禁日」をユーリが迎える日は近づく。それとは別に、ユーリたち拉致被害者が元の世界に帰れるかもしれないという噂も立ち……。
順風満帆に見えた一家に、ささやかな波風が立つ二日間のお話。
※作品の性質上、露骨に性的な話題が出てきます。
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
とある令嬢が男装し第二王子がいる全寮制魔法学院へ転入する
春夏秋冬/光逆榮
恋愛
クリバンス王国内のフォークロス領主の娘アリス・フォークロスは、母親からとある理由で憧れである月の魔女が通っていた王都メルト魔法学院の転入を言い渡される。
しかし、その転入時には名前を偽り、さらには男装することが条件であった。
その理由は同じ学院に通う、第二王子ルーク・クリバンスの鼻を折り、将来王国を担う王としての自覚を持たせるためだった。
だがルーク王子の鼻を折る前に、無駄にイケメン揃いな個性的な寮生やクラスメイト達に囲まれた学院生活を送るはめになり、ハプニングの連続で正体がバレていないかドキドキの日々を過ごす。
そして目的であるルーク王子には、目向きもなれない最大のピンチが待っていた。
さて、アリスの運命はどうなるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる