二回目の異世界では見た目で勇者判定くらいました。ところで私は女です。お供は犬っぽいナルシストです。

吉瀬

文字の大きさ
上 下
6 / 64

野外訓練

しおりを挟む
 単純な戦闘訓練だけで話は終わるはずもなく。
 パーティーの野外訓練は王都の外、それ程離れてはいないが野生動物がちらほらいる林で実施された。

「本来ならうろつくのは聖獣魔獣になるだろうが、今は感覚だけで良い」

 火を起こす魔法などを使えば快適だけど、実際魔王征伐に行けば、魔力は出来るだけ消費しないようにする。その中で最大限に体力の回復を図るのだ。

 しかも、

「心臓の音は感じるな?離れたら戦闘開始だと思え」

 アッサム様と背中合わせで座った状態の就寝。ちなみにリオネット様も訓練に参加してくださってはいるが、聖女役として簡易テントの中。何かあった時の為らしいけど、ここでは何も無いと思いますが?しかも、何故かアンズもテントの中。

 何故だ?

 すぐにアッサム様は動かなくなっておそらく寝たんだろうけど、私は寝れない。まず三角座りでも長座でも寝た事ない。尻痛い。
 直前までハードな訓練があったから体はくたくたなんだけど、訓練だからで夕食は水のみ。アッサム様やリオネット様も同様で、そもそも二人には今更必要は無い訓練のはずで、わざわざ付き合ってもらってる身で文句も言えない。

 しかし、寝れない。

 木々の隙間から見える夜空は星が明るいほどで、地球とはやはり違う。こちらで習った星座は丁度あちらでで習ったのと鏡面のように逆になっている。ゆっくりと星が回るのを私はぼんやり眺めていた。

「おい、まだ寝てねぇな?」
「あれ?アッサム様も?」
「アホか、俺は一回寝て今起きたんだよ。そしたらまだ寝た気配もねぇし」
「……戻ったらこの格好で寝る練習しておきます」
「緊張で寝れねぇんじゃ無いんだな」
「緊張?」
「手ぇ貸せ」

 貸す?どうやって?とりあえず地面に置いていた右手を後ろにやると、彼は手を重ねてきた。

「お前の兄貴がどんなんかしらねぇけど、兄貴の手だと思え」
「え」
「想像すんだよ」

 兄様の手、かぁ。最後に繋いだのは思い出せない位前に思う。
 ただ何となくぎこちない暖かさが逆にそれっぽく感じて、私の意識は遠くなって行った。兄様……会いたいな。感じた寂しさは、すぐに暖かさに包まれて昇華される。
 言葉が分からずに泣いて寝ていた日々、兄様は私を抱きしめて寝かしつけてくれていた。そんな暖かさだった。


「おはよー!」

 もふっと顔にアンズがへばりつかれて、私は起床した。ええ、横になってました。そして、掛けてもらった上着はアッサム様とリオネット様の2人分……。

「す、すみません……」
「初めはそんなものです。それより、アッシャーは少し顔色が優れないようですが?」
「うるせー。カリン、寝相が悪すぎる。一人で座って寝れる様になりやがれ」
「はい」

 そんなに酷かったか?確かに座って寝れない、離れた事にも気がつかなかったし……、うん、酷い。訓練の意味無い。

「すみません、お二人は寒く無かったですか?」
「昨晩程度なら無くても問題ねぇな」
「私にはアンズ殿がいましたので」

 もう一度頭を下げた所に、アッサム様は上着を私に乱暴に被せた。

「肉をつけろ。食事無しで寝た時に体温が下がり過ぎてた。家帰ったら風呂であったまってから、肉になるもん食って寝ろ。夕方まではフリーだ」

 包まれた香りは昨夜感じた物で、私の胸は少しどきりとした。

――――――――――――――――――――――――――

「緊張で寝れねぇんじゃ無いんだな」
「緊張?」
「手ぇ貸せ」

 人の気も知らず、無防備に彼女は手を伸ばしてきた。

 女じゃ無い。初見で女だと思わなかったじゃねぇか。と散々自分に喝を入れたところで、背中の鼓動はリオンと比べるとか弱くあたりも柔らかい。
 初めて森でサーベルタイガーを相手にした時より、何故か緊張して眠れない自分が情けない。

 さらに、あまり深く考えず移した行動で、彼女の手が覚悟していた以上に華奢で小さく感じられて、自分の方の症状は悪化した。

「……兄貴っていくつだ?」

 気まずさを振り払おうと声を掛けたが、返事は無い。この一瞬で寝たのか?と思うと全く意識されていないという証左でもあり面食らった。

「うっ……」
「あん?」

 くぐもった声が聞こえず顔だけで振り返ったが、彼女はグラリと体勢を崩して、反射的に抱き留めた。
 っておい、この後どうするよ?

「にぃ、さま……」

 寝言か、呑気な。と思って彼女の顔を見てぎょっとなる。寝顔はまだあどけなく無防備で、その目には少し涙した後がある。人生で感じたことのない、ヤバイ何かの衝動を必死で堪えた。

 「ん」

 ぎゅっ。

 胸のあたりに顔を埋めるように、小さな力で彼女が服を掴む……。
 無意識に彼女を抱きしめてしまった。

「いや、これは、あれだ。体温が低すぎるからだ。緊急避難だ」

 風呂にも入っていないはずの彼女から、脳が蕩けそうな甘い香りまでする。
 何を考えているんだ。訓練だぞ?
 リオンがテントにいる。自分を止めて欲しいのと同じ位の強さで、何故か邪魔だと感じる。

 なんだ、これは。落ち着け自分。

「アッサム兄様」

 周囲への警戒を怠っていた事に、声を掛けられて初めて気がついた。これではカリンに偉そうな事は言えない。そっとマント状の被服をカリン掛けた。

「何故ここにいるんだ、ソフィア?」
「アッサム兄様が結界の外に居たから、意識を飛ばしてきたの」

 半透明の義理の妹、マンチェスター家の娘が隣に立った。

「会いたかった」
「来月の試合には観戦に来るんだろうが」
「いじわるね。……お父様からの提案断ったって聞いたの。何故?」
「俺は魔王討伐に出る。お前の夫にはなれねぇだろが」
「新しい勇者候補が来たって聞いたけど?」
「俺の方が強えよ」

 ふっとソフィアは笑って、後ろから抱きついている、らしい。感覚はなく、ただ、回された腕が視界に入った。

「確かにそうね。……私は帰るまで待っても良いのに」
「父上を早く安心させろ」
「ひどい人。……あら?その子は?」

 バレた、か。

「新しい弟だ。今日は野外訓練を」
「眠りこけてて、ほんとにダメね。それに鈍そう」
「俺の弟子の悪口はやめてもらおうか」
「私のアッサム兄様の胸で寝るようなバカは要らな……ちょっと待って。この子、女よ」
「んな訳あるか」
「違う!女だ!汚しい女!」

 振りかぶったソフィアの手を弾こうとして、やっちまったと舌打ちをする。幻影のソフィアの手はすり抜けて、自分にも彼女にも実害はない。

「……今、弾こうとした?私の手を打つ気だった?」
「悪い、反射だ。他意はない」

 嘘だ大有りだ。現に実害が無くても暗い物が腹に溜まっていく。

「もし、仮に女だとしても、俺らが男だっつってんだ。外に広めるなんてバカな事はすんなよ。リオンの敵に回る事になる」
「つまり、あの女のせいね」
「女王陛下相手に口は慎め」
「……私は女王陛下なんて言ってないわ」

 ソフィアは嫌な笑顔になった。

「大丈夫、誰にも言わないわ。アッサム兄様。私達の大事な弟、ですものね」

 そのまま、ソフィアはすっと消えていった。魔具を用いてもソフィアの魔力ではここまでが限度だろう。ふっと息を吐いた。

「つー、訳だ。どうする?リオン」
「……愚かな妹殿に何かできるとは思えませんが、用心はしておきましょうか」

 テントからリオンはあくびをしながら現れた。同時に、リオンはテント中心に四方八方に撒いていた小動物と虫の使役獣を回収した。弱ければ弱い生き物ほど見つかるリスクは低く監視や盗聴には向いている。

「それより、虫達は全て回収したので続きをどうぞ」

 俺は一番近くにいた奴のテントウムシの使役獣を投げつけた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

捕まり癒やされし異世界

波間柏
恋愛
飲んでものまれるな。 飲まれて異世界に飛んでしまい手遅れだが、そう固く決意した大学生 野々村 未来の異世界生活。 異世界から来た者は何か能力をもつはずが、彼女は何もなかった。ただ、とある声を聞き閃いた。 「これ、売れる」と。 自分の中では砂糖多めなお話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

二回目の異世界では見た目で勇者判定くらいました。ところで私は女です。勇者見習い女子が勇者の義兄を落とす話。

吉瀬
恋愛
 10歳で異世界を訪れたカリン。元の世界に帰されたが、異世界に残した兄を想い16歳で再び異世界に戻った。  しかし、戻った場所は聖女召喚の儀の真っ最中。誤解が誤解を呼んで、男性しかなれない勇者見習いに認定されてしまいました。  ところで私は女です。  兄を探すためにお世話になった家の義兄が勇者候補なんですけど、病んでるっぽいので治そうと思ったらややこしいことになりました。 薄幸の器用貧乏男に幸あれ √アッサム

【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。 ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。 涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。 女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。 ◇表紙イラスト/知さま ◇鯉のぼりについては諸説あります。 ◇小説家になろうさまでも連載しています。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

処理中です...