拝啓、王太子殿下さま 聞き入れなかったのは貴方です

LinK.

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第十八話 ウィルの過去

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忘れたくても忘れられない。
真っ赤に燃え盛る家屋と泣き叫ぶ人々の声。

薄れていく意識の中、何故かあいつの後ろ姿だけが鮮明に見えた。


▷▷▷


人の数が少ないからか、みんな家族みたいな関係で、家の鍵を閉め忘れても笑っている。
友達の友達はみんな友達。
裕福ではないけど貧乏でもない。

そんな長閑な田舎の村で、俺は育った。


強い父さんに綺麗な母さん、そして甘えん坊の妹。

ありふれた毎日がつまらないと思うこともあったけど、それなりに幸せだったと思う。

そんな幸せが崩れたのは、突然だった。


「○○、逃げるんだ!」

父さんが妹を抱いて、俺の腕を引っ張る。

「どうしたの?なんで外がこんなに煩いの?」

聞いても父さんは答えてはくれなかった。

「とにかく安全な場所に避難するんだ!村のみんなで決めた避難場所は覚えているだろう?あそこにお母さんがいるから、そこまで走るんだ!」

外に出ると、逃げ惑う人達。色んな所から火の手が上がっていた。


(なんで?何があったの?)

手を引かれて走りながら、俺は変わり果てた村を見ていた。

突然、空気を切り裂くような叫び声が聞こえる。ハッとして前を見ると、黒尽くめの男が剣を構えていた。繋いでいた手が離れて、父さんが蹲る。

「父さん!どうしたの?」

「○○、お前は先に行きなさい。お母さん達のところに逃げるんだ」

父さんは苦しそうな顔をしていた。

「でも…」と躊躇していると、父さんが怒鳴った。

「早く!走るんだ!」

こんなに怖い顔で怒鳴る父さんは初めてで、俺が無我夢中で走った。

黒尽くめの男が俺を捕まえようとしたけど、父さんが体当たりしているのが横目で見えた。


「母さん?ここに居るの…?」

俺は怖くて震えながら母さんを呼んだ。

「○○!良かった。無事だったのね」

母さんが茂みから出てきてを抱き締めてくれた。

「父さん達はまだ村にいるんだ。先に行けって怒鳴って…」

「そう……」

母さんの俺を抱き締める力がギュッと強まる。


「こんな所に逃げ込んでいたとはな。手間を掛けさせおって…」

母さんの肩の向こうから、知らない男の声が聞こえた。

「○○さん!○○!クソッ、俺が引き止めるから二人は逃げてくれ!」

村人が飛び出してきて、俺達を逃してくれた。


母さんは立ち上がって俺の腕を引っ張って走る。


「随分と勇ましいな。麗しき家族愛か?あぁ、平民の同族愛か」

あいつは馬鹿にしたように笑った。

「なんでこんな事をするんだよ!俺達が何をしたって言うんだよ!」

あいつは村人に何かを言い返していたみたいだけど、俺には聞こえなかった。

聞こえてきたのは、村人の苦しそうな叫び声。


俺は母さんと手を繋いで必死に走った。でも、あいつは俺達に簡単に追い付いてしまう。

「私を煩わせないでくれ。家族仲良くあの世で落ち合うと良い」

母さんは俺を抱き締めて……
母さんの吐き出した血が俺の肩にかかった。

「母さん?」

恐る恐る聞くと、母さんは「大丈夫。大丈夫よ」と笑った。

母さんが倒れ込んで、俺は下敷きになってしまう。
何かが切れる音と母さんの身体が強ばるのが同時で、俺は怖くて震え上がった。

「大丈夫だからね」

母さんは額に汗をかきながら、笑顔で言う。

「しぶとい奴だな。興が冷めた」

あいつはそう言って、何処かへ行ってしまった。


「母さん、あいつは何処かに行ったよ。もう大丈夫だよ」

母さんは返事をしてくれない。

「母さん!起きてよ!もう大丈夫だよ!」

母さんは俺を固く抱き締めたまま動かない。

「母さん……」

俺の意識が段々と遠くなっていく。
最後に見えたのは、俺達に背を向けて歩くあいつの後ろ姿。

「許さない。村を…、家族を…。壊したあいつを絶対に許さない」


▷▷▷


「目を覚ましたかい?」

気が付いたら、俺は知らない場所にいた。

目の前にいるおじさんは誰?ここは何処?
俺は……誰……?

考えようとすると、頭がズキズキと痛む。


「大丈夫かい?辛い目にあったね」

おじさんが俺に向かって手を伸ばしてきたから、咄嗟に手を跳ね除けてしまう。

怖い……

自分に向かって来る大きな手。
何か思い出しそうで、でも思い出したくない。


(嫌だ!あっちに行け!)

ハクハクと口は動くのに、声が出ない。

おじさんが喋れないのかと聞いてきたから、俺は頷いた。

「そうか……。時間が経てば喋れるようになるよ。もう少し休んでいなさい」

おじさんがそう言って部屋を出て暫くすると、大きな怒鳴り声が聞こえてきた。


「なんだって!あの子は口がきけないのかい?そんな不良品なら金額が下がっちまうじゃないかい!」

「大きな声を出さないでくれよ。あの子に聞こえてしまうだろう?」

「喋れないんだから聞かれたって構いやしないよ!そんな事よりどうするのさ?」


俺は何処かに売られるのだと理解した。


濡れた布で体を拭くように言われ、新しい服に着替えさせられる。
そして引き合わされたのは、片目が潰れた大男だった。

「口がきけないみたいなんどけどね…、顔が良いだろう?その分色を付けておくれよ」

おばさんが大男に強請っている。

「喋れないのか?」

大男に聞かれて俺は頷いた。

「文字は読めるか?」

頷く。

「名前は?」

俺は首を振った。


「きっと襲われた衝撃で忘れてしまったんでしょう」

おじさんがそう言うと、大男は不敵に笑う。

「面白い。良いだろう。こいつを買うよ」

大男は懐から金貨を取り出して床に投げた。

「今日からお前の名前はウィルフレッドだ。俺について来い」
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