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XXI

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そして、遂にこの日が来た。

「奥様、クロード様がお呼びです」

侍女に案内されて入ったのは応接室。
サマンサは契約履行の手続きか、最終確認か何かをするのだと思っていた。


「やぁ、サム。待っていたよ」

待ち構えるサマンサを見ても、クロードは何も言わない。

少し考えて「人払いをお願いしてもよろしいでしょうか…」

そう尋ねると、クロードは喜喜して使用人達を退出させる。


「君も同じ事を考えているとは思わなかったよ」

考えるも何も、契約履行の話以外に何があるのか…

「それ以外にありませんよね?」

「いや、待ってくれ。女性の君から言わせる事はしたくない。私から言おう」

クロードは深く息を吸い…、そして吐いた。

「今夜から寝室を共にしようと思っているんだ」

サマンサは驚きすぎて固まってしまう。


「あの…、契約履行のお話では…?」

「契約?あぁ、あれは破棄で良い」

自由を夢見るサマンサは必死に訴えた。

「いえ、1年というお約束でしたよね?その為の契約書です」

「君の気持ちはわかっているよ。今更隠さなくても良いんだ」

「……」

何も言わないサマンサを安心させようと、クロードは机から契約書を取り出して、破って見せる。

「これでサムを縛る物は無くなった。もっと自由に過しても良いんだ」

サマンサの求める自由とクロードの言う自由は違うものだろう。

「他になんの不安がある?噂か?元婚約者達を懲らしめてやろうか?私にはそれだけの力があるんだ」

自分はサマンサを守ってやれると誇示したいクロードだったが、権力を見せつけられたサマンサは縮み上がった。


震えるサマンサを見て都合のいいように誤解するクロード。

「今夜は急過ぎだったな…。明日からにしよう」

部屋に戻ったサマンサは焦っていた。



その日の深夜遅い時間
屋敷を動き回る怪しい人影があったのだが、誰も気付くことは無かった……。


翌朝、侍女達がサマンサの部屋を訪ねても、返事が返ってこない。暫く待っても物音ひとつしなかった。

奥様に何かあったのでは?

部屋の中に入ると、そこには誰もいない。
そして、風に吹かれて開いたのか、窓が全開だった。

まさか誰かに攫われたのか?
追い返してもしつこく来ていたローレン伯爵家が怪しい…。

侍女達はすぐにクロードに伝え、クロードは急いで伯爵家に向った。


「サムは何処にいる!」

突然屋敷に入って来たクロードを見て驚いたアーノルドだったが(どういう意味だ?)と考える。

「おまえ達がサムを拐った事はわかっているんだ!事を荒立てたくなければ今すぐに返してもらおうか」

しかし、サマンサはここにはいない。

それなら誰が拐ったんだ?
考えても思い浮かばない。

屋敷の中をくまなく探しても見つからないサマンサ。
何か事件に巻き込まれたのかも知れない。

クロードは自分の屋敷には戻らずに、街中を駆け回っていた。



その頃の公爵邸では…

何やら屋敷が騒がしいな…。

そんな事を思いながら庭師のフレッドは庭園の手入れをしていた。
道具を取りに行こうと物置小屋に入ると、一通の手紙が置いてある。

(勝手に侵入したのは誰だ?)

乱暴に手紙を開くと綺麗な字が認めてあった。


読み終わったフレッドは急いで屋敷に向かう。
ナタリー達を見つけて声を掛けようとしたフレッドだったが、話し声を聞いて思いとどまった。

「サミーはどこに行ってしまったのかしら?」

「でも、公爵家に侵入して人を拐うなんて事が有り得るの?」

「サミーが自分の意志で出て行ったってこと?そんなはずないじゃない」

「そうよ。侍女たちならともかく、私達に何も言わないなんてサミーはそんな事をしないわよ」


フレッドは握っている手紙を懐に仕舞い

「この大馬鹿者が!」

大きな声で怒鳴り、物置小屋に戻って行った。


(気付いてやれなくて悪かったな…)

フレッドは手紙を真新しい道具箱にそっと入れた。


それはフレッドの誕生日にサマンサがあげた物。

「いつもお世話になっているお礼よ」

サマンサが女中の給金で購入した道具箱で
「こんな綺麗な物なんか使えるかよ」
フレッドはそう言って大事に抱えて持って帰った。

使うのが勿体無くて、居なくなった女中サミーの道具を入れている。


偏屈なフレッドに話しかける使用人は居なかったが、噂話は耳に届いていた。

奥様の世話を放棄すると話している使用人達を横目に、くだらない事をするもんだと思って聞いていた。

屋敷に入らない自分には関係のない話だと思って、気にも留めていなかった。

その奥様がまさか女中のサミーだとは…

仲良く一緒に働いたところで、罪が消えるわけでは無い。
自分にはあってナタリー達に手紙が無かったのは、そういう事だろう。

(嬢ちゃんの頼み事は荷が重いんだがな…)

フレッドは道具を持って庭園に戻り、手入れを始めた。


その日の夜遅い時間に屋敷に戻って来たクロードは、翌朝も早くに外に出てサマンサの行方を追っていた。

屋敷に居ればフレッドに会えたのに、その機会を自分で無くしている。

数日経ってやっとクロードに会うことが出来たフレッドは、サマンサから預かった手紙を渡した。
それを読んだクロードは崩れ落ち、自分の行動に後悔する毎日を繰り返している。



サマンサとクロードの話は瞬く間に社交界に広まった。

サマンサが出て行ってしまったらしい。

信じられなかった貴族達だったが、傷心した様子のクロードが一人でいるのを見て、事実だったと確信する。

良識のある令嬢達は夜会での二人の様子を知っているので、クロードをそっとしようと遠くから見守っていた。

良識の無い令嬢達だけがクロードに近付き、女嫌いに拍車がかった。



離縁の話を聞いたハリーは、自分が付いていればと後悔している。

エマに聞いても
「それを聞いてどうするの?ここに連れ戻すの?」
答えられないハリーには何も教えてくれなかった。
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