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XIX
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孤児院にも行けず、好きな事もできない。
常に侍女が行動を共にするので、だらける事もできない。
いつの間にか女中のサミーは仕事を辞めて実家に戻った事になっていた。
不審に思ったセバスチャンと侍女長だったが
クロードに言い切られ、渋々ながら納得せざるを得ない。
残り2ヶ月
クロードは契約結婚の事など忘れていた。
サマンサは自分を慕っているし、照れ隠しで上手く喋れないんだと思っている。
だから理由を付けて夕食や茶会をして、二人で過ごせる時間を作った。
侍女達に世話をするように言ったし、サマンサは大切にされていると喜んでいることだろう。
一緒出掛けた時に贈ったドレスや宝石も、嬉しくて言葉にもなっていなかった。
朝食も共にしたいし、寝室も同じで良い。
それはもう少し時間をかけて緊張を解してからだ。
サマンサが自分の為に焼いたクッキーを食べたいが、サミーの事は知らないふりをしなければいけない。
なんとももどかしいものだ。
いっその事知っていたと打ち明けて、サマンサの恋心に応えようか?
そんな事を考えていた。
(残り2ヶ月ね…)
サマンサは待ち遠しくて仕方がない。
大声で笑いたい。
子供達と一緒に遊びたい。
エマに会ってお喋りしたい。
もっと自由に過ごしたい。
あれもこれもとやりたい事を思い浮かべては、出来ないとわかって落ち込んだ。
そして…
またローレン家から火急の手紙が届いた。
サマンサが再び3人の侍女を連れて実家に戻ると、今度は父アーノルドが待ち構えていた。
「サマンサ、私の可愛い娘。頼れるのはお前だけだ」
何を言っているのか…
そう思いながら応接室に連れて行かれると、すぐにその意味を理解する。
二人掛けのソファには泣いているアマンダ。
その向かいに座るアーノルドと母グレイス。
二人の後ろにアマンダの夫ハロルドが立っていた。
「ごめんなさい。許して…」
アマンダはずっと泣いて謝り続けている。
「許してって、お前は自分が何をしたのかわかっているのか!」
「長い婚約期間を君のために我慢して待っていたのに、こんな仕打ちを受けるとは思ってもみなかったよ」
アーノルドとハロルドは怒り狂っている。
赤ちゃんの泣き声が聞こえてきたのだが、誰も動かない。
サマンサが窓際にあるベビーベッドに歩いて行き、泣いている赤ちゃんを抱っこした。
(こんなに可愛い子なのにね。あなたも孤児院に送られてしまうのかしら…)
ぐずる赤ちゃんは褐色の肌を持ち、アマンダの不貞の証拠。
前回会った時に見た大きなお腹。子供の父親は果たしてハロルドなのか…
サマンサが驚きもしないのは、薄々勘付いていたからだった。
サマンサがグレイスに孤児院に置いて行かれる日。
ある時から、アマンダもグレイスと出掛けるようになる。
「今日は孤児院に行って来たの」
屋敷に帰ったアマンダが嬉しそうにアーノルドに報告する姿を見て、嫌な予感がした。
冬でも夏でも、馬車に乗り込むと上着を脱いで肌の見えるドレスを着て、一体どこに行くのだろう。
帰りの馬車では甘い香りをさせ、屋敷に戻ってすぐに湯浴みをする。
そういう事に疎いサマンサにでもわかる。
サマンサはそっとグレイスを盗み見た。
グレイスの顔は青ざめ、虚ろな目でアマンダを見ている。
(これからどうなるのかしらね…)
言い争いには参加せずにサマンサが赤ちゃんをあやしていると、寝てくれた。
構ってほしくて泣いていたんだろう。そっとベッドに寝かせる。
「サマンサ!そんな所に居ないでこっちに来なさい!」
アーノルドが大声を出して呼んだ。
「私達にはもうサマンサしかいないんだ」
「お義父さんと話し合ってね。君の産んだ子供を引き取らせて欲しいんだよ。仲のいい君達なら、赤ん坊の二人くらいわけないだろう?」
「クロード様だってサマンサの頼みなら聞いてくれるだろう?」
何も答えないサマンサにしびれを切らし、アーノルドは言い募る。
「どうした?いつものように『はい』と言わないのか?」
「お父様、そのような事でしたら、クロード様に直後仰ってください。私はクロード様の妻。公爵家に嫁いだ身です。私の口からは言えません」
「それが出来ないから頼んでいるんだろう!こんな醜聞を聞かせられるか!」
「では、お姉様がもう一度お産みになればよろしいかと…」
「あいつは最早私の娘ではない!」
(浮気は男の甲斐性で、女だと許されないのね)
サマンサはアーノルドの言動に呆れながら、どうこの場を切り抜けようか考えていた。
サマンサに詰め寄ろうとしたアーノルドだったが、部屋の隅に待機する侍女達に気付く。
自分を鬼のような形相で睨む3人の侍女。
不味いことを聞かれてしまった。
今更ではあるが、その場を取り繕って
「とにかく頼んだぞ」
そう言ってサマンサを公爵家に返した。
帰りの馬車の雰囲気はどんよりと重く、誰も言葉を発しない。
部屋に入るサマンサを見届け、侍女達はクロードに事の全貌を報告した。
「私とサムの子供を寄越せだと?いくら義理の父といえども許せるものではない!」
クロードはローレン家とのやり取りを一切禁じる。
手紙は送り返され、訪問しても追い返されてしまう。
「私に娘に会って話したいだけなんだ!サマンサを出してくれ!」
「こんな所で騒いでもいいのか?家の醜聞が広まるぞ」
アーノルドが辺りを見回すと、何事かと人がどんどん集まってくる。
「サマンサならわかってくれるはずだ。私が来たことは伝えて欲しい」
そう言って帰って行くアーノルド。
セバスチャンは塩を撒いていた。
(大きな声はここまで聞こえて来るのね…)
アーノルドの怒鳴り声が聞こえなくなってホッとする。
サマンサは離縁した後にローレン家に戻る事はないだろう。
出戻りを受け入れてくれるとは到底思えない。
子供だって、白い結婚なのだから二人どころか一人も生まれる予定はない。
今のサマンサはクロードの妻。夫の言う事に従うことしかできない。
(求める私になれなくてごめんなさいね…)
常に侍女が行動を共にするので、だらける事もできない。
いつの間にか女中のサミーは仕事を辞めて実家に戻った事になっていた。
不審に思ったセバスチャンと侍女長だったが
クロードに言い切られ、渋々ながら納得せざるを得ない。
残り2ヶ月
クロードは契約結婚の事など忘れていた。
サマンサは自分を慕っているし、照れ隠しで上手く喋れないんだと思っている。
だから理由を付けて夕食や茶会をして、二人で過ごせる時間を作った。
侍女達に世話をするように言ったし、サマンサは大切にされていると喜んでいることだろう。
一緒出掛けた時に贈ったドレスや宝石も、嬉しくて言葉にもなっていなかった。
朝食も共にしたいし、寝室も同じで良い。
それはもう少し時間をかけて緊張を解してからだ。
サマンサが自分の為に焼いたクッキーを食べたいが、サミーの事は知らないふりをしなければいけない。
なんとももどかしいものだ。
いっその事知っていたと打ち明けて、サマンサの恋心に応えようか?
そんな事を考えていた。
(残り2ヶ月ね…)
サマンサは待ち遠しくて仕方がない。
大声で笑いたい。
子供達と一緒に遊びたい。
エマに会ってお喋りしたい。
もっと自由に過ごしたい。
あれもこれもとやりたい事を思い浮かべては、出来ないとわかって落ち込んだ。
そして…
またローレン家から火急の手紙が届いた。
サマンサが再び3人の侍女を連れて実家に戻ると、今度は父アーノルドが待ち構えていた。
「サマンサ、私の可愛い娘。頼れるのはお前だけだ」
何を言っているのか…
そう思いながら応接室に連れて行かれると、すぐにその意味を理解する。
二人掛けのソファには泣いているアマンダ。
その向かいに座るアーノルドと母グレイス。
二人の後ろにアマンダの夫ハロルドが立っていた。
「ごめんなさい。許して…」
アマンダはずっと泣いて謝り続けている。
「許してって、お前は自分が何をしたのかわかっているのか!」
「長い婚約期間を君のために我慢して待っていたのに、こんな仕打ちを受けるとは思ってもみなかったよ」
アーノルドとハロルドは怒り狂っている。
赤ちゃんの泣き声が聞こえてきたのだが、誰も動かない。
サマンサが窓際にあるベビーベッドに歩いて行き、泣いている赤ちゃんを抱っこした。
(こんなに可愛い子なのにね。あなたも孤児院に送られてしまうのかしら…)
ぐずる赤ちゃんは褐色の肌を持ち、アマンダの不貞の証拠。
前回会った時に見た大きなお腹。子供の父親は果たしてハロルドなのか…
サマンサが驚きもしないのは、薄々勘付いていたからだった。
サマンサがグレイスに孤児院に置いて行かれる日。
ある時から、アマンダもグレイスと出掛けるようになる。
「今日は孤児院に行って来たの」
屋敷に帰ったアマンダが嬉しそうにアーノルドに報告する姿を見て、嫌な予感がした。
冬でも夏でも、馬車に乗り込むと上着を脱いで肌の見えるドレスを着て、一体どこに行くのだろう。
帰りの馬車では甘い香りをさせ、屋敷に戻ってすぐに湯浴みをする。
そういう事に疎いサマンサにでもわかる。
サマンサはそっとグレイスを盗み見た。
グレイスの顔は青ざめ、虚ろな目でアマンダを見ている。
(これからどうなるのかしらね…)
言い争いには参加せずにサマンサが赤ちゃんをあやしていると、寝てくれた。
構ってほしくて泣いていたんだろう。そっとベッドに寝かせる。
「サマンサ!そんな所に居ないでこっちに来なさい!」
アーノルドが大声を出して呼んだ。
「私達にはもうサマンサしかいないんだ」
「お義父さんと話し合ってね。君の産んだ子供を引き取らせて欲しいんだよ。仲のいい君達なら、赤ん坊の二人くらいわけないだろう?」
「クロード様だってサマンサの頼みなら聞いてくれるだろう?」
何も答えないサマンサにしびれを切らし、アーノルドは言い募る。
「どうした?いつものように『はい』と言わないのか?」
「お父様、そのような事でしたら、クロード様に直後仰ってください。私はクロード様の妻。公爵家に嫁いだ身です。私の口からは言えません」
「それが出来ないから頼んでいるんだろう!こんな醜聞を聞かせられるか!」
「では、お姉様がもう一度お産みになればよろしいかと…」
「あいつは最早私の娘ではない!」
(浮気は男の甲斐性で、女だと許されないのね)
サマンサはアーノルドの言動に呆れながら、どうこの場を切り抜けようか考えていた。
サマンサに詰め寄ろうとしたアーノルドだったが、部屋の隅に待機する侍女達に気付く。
自分を鬼のような形相で睨む3人の侍女。
不味いことを聞かれてしまった。
今更ではあるが、その場を取り繕って
「とにかく頼んだぞ」
そう言ってサマンサを公爵家に返した。
帰りの馬車の雰囲気はどんよりと重く、誰も言葉を発しない。
部屋に入るサマンサを見届け、侍女達はクロードに事の全貌を報告した。
「私とサムの子供を寄越せだと?いくら義理の父といえども許せるものではない!」
クロードはローレン家とのやり取りを一切禁じる。
手紙は送り返され、訪問しても追い返されてしまう。
「私に娘に会って話したいだけなんだ!サマンサを出してくれ!」
「こんな所で騒いでもいいのか?家の醜聞が広まるぞ」
アーノルドが辺りを見回すと、何事かと人がどんどん集まってくる。
「サマンサならわかってくれるはずだ。私が来たことは伝えて欲しい」
そう言って帰って行くアーノルド。
セバスチャンは塩を撒いていた。
(大きな声はここまで聞こえて来るのね…)
アーノルドの怒鳴り声が聞こえなくなってホッとする。
サマンサは離縁した後にローレン家に戻る事はないだろう。
出戻りを受け入れてくれるとは到底思えない。
子供だって、白い結婚なのだから二人どころか一人も生まれる予定はない。
今のサマンサはクロードの妻。夫の言う事に従うことしかできない。
(求める私になれなくてごめんなさいね…)
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