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サマンサがクッキーを持って孤児院に行くと、案の定ハリーが待ち構えていた。
「サマンサ!」
抱き着いてくるハリーを引き剥がし、エマにクッキーを渡す。
「ありがとう。子供達も喜ぶわ!」
責任者のサラが気を利かせて、子供達はおやつの時間になり、3人で話せることになった。
「やっぱりここが一番落ち着けるわね」
そう言ったサマンサをエマは心配そうに見ていた。
「大丈夫なの?辛くない?」
「大丈夫よ。楽しく生活しているわ」
それでもエマはもう一度確認しようとした。
「ごめんね。エマ、ちょっと手伝ってくれない?」
サラに呼ばれて子供達の所へ行かなくてはいけなくて、結局聞けずじまいに終わってしまう。
「エマも大変そうね」
サマンサがそう言うと、ハリーは少し怒った風に返した。
「大変なのはサマンサだろ?」
「私が?そんなこと無いわよ」
サマンサは笑ったが、ハリーは怒ったままだ。
「俺、調べたんだ。サマンサは食事も世話もしてもらえないんだろ?だから女中の格好をしてるんだろ?」
「そんな噂が流れているの?大変だわ、どうしましょう…」
「違うよ。知ってるのは俺だけ」
良かったと安心したサマンサは、ハリーの目を見て答える。
「私は大丈夫よ。楽しんでやっているの。女中のみんなも良い人ばかりで、大変な事なんて無いわ」
「サマンサってホント損してるよね…」
ハリーは諦めたように言った。
サマンサが「そうかしら?」と聞くと、ハリーは背もたれに寄りかかった。
「そうだよ。優しいって言えば聞こえは良いけどさ、我慢して人の言うこと聞いて、利用されても許すなんてさ…。お人好しにも程があるよね。何で言い返さないの?」
「ハリー、そこまでにしなさい」
手伝いから戻って来たエマがサマンサの向かいに座る。
「それ以上はあなたの領分じゃないわよ」
ハリーが「でも…」と言ってサマンサを見た。
サマンサは困った顔をしていて、言い過ぎたのかと反省する。
「ごめん…」
「良いのよ。私のことを思って言ってくれたんでしょう?」
もう一度見たサマンサはいつもの優しい笑顔で、ハリーは安堵した。
「もう帰るわね。また来週来るわ」
「あ、俺も帰るよ。途中まで一緒に行こう」
二人を見送ったエマは誰もいない玄関で呟く。
「好きの反対は無関心。サマンサは優しいから人を嫌いになれないだけなのよ…」
二人が見えなくなると、孤児院に戻って仕事を再開した。
いつもよりも早く帰宅したサマンサは、部屋で休んでいた。
(言い返したってどうにもならない事もあるのよ…)
ハリーには言えなかった言葉を飲み込む。
トントン…
部屋の扉をノックされ、誰だろうと思っていると
「サミー?部屋にいるかしら?」
小さな声で女中が尋ねる。
「えぇ、どうしたの?今開けるわ」
扉を開けると女中が泣きついてきた。
「サミー…。クロード様が…、すごくお怒りなの。サミーを呼べって……」
またか…。今日は休日なのに何故?
「私が休みだって知っているのよね?」
「そうなんだけど…」
「着替えたら行くわ」
サマンサは急いで女中服に着替え、クロードの居る執務室に向かった。
「お呼びと伺ったのですが…」
すぐに扉が開き、クロード自らサマンサを招き入れる。
「聞きたいことがあるんだ」
冷たいクロードの表情からは感情が窺えない。
「何でしょうか…?」
サマンサが怖ず怖ずと尋ねると、クロードは手を開いて差し出した。
「クッキーはどうした?」
「クッキーですか…?」
「あぁ。庭園で待っていたのに来ないから、呼び出す羽目になった」
状況が上手く飲み込めないサマンサ。
「今朝焼いたんだろう?」
クロードに言われて気付いたサマンサは、訝しげに答える。
「孤児院に持って行きました。あれは子供達の為に焼いた物なので…、手元には残っていません」
「そうか…」
掌を見つめたままクロードは動かない。
「どこの孤児院だ?私も行こう」
「いえ、薄汚い孤児院ですので…。旦那様の行くような場所ではありません」
(旦那様か…)
サマンサは女中として言ったのだが、クロードは自分の旦那だと言っていると誤解する。
せっかく二人で過ごせる時間を提供しようとしたのに…
断られた事に憤慨するも、次期公爵であるサマンサの旦那…つまり、自分には薄汚い場所は似合わないということか。
女を欝陶しいものとしか見ていなかったクロード。
誘い方も扱い方も知らない。
女の気持ちを考える事もした事が無かった。
女は自分に付き纏うものと信じて疑わないクロードは、サマンサが自分に会いに庭園に来ると思っていたし、クッキーも自分の為に焼いたと思っていた。
変わった女だと思って興味を持ったのに、結局他の女と同じように考える。
それに気付かないうちは、サマンサに心の内は伝わらないだろう。
斯くいうサマンサも、従順に生きていたが色恋沙汰には疎い。
恋愛もしてこなかったし、今までの婚約者の求めるように行動しただけだったので、そういった感情を汲み取れなかった。
クロードは一体どうしてしまったんだろう。
孤児院に行きたいと言い出すなんて…
大声で笑っても許される、走り回っても誰も何も言わない
自分の大切な場所。
そこでの自分を見られたら、また二重人格と罵られるかも知れない。
契約不履行でローレン伯爵家に帰らされるかも知れない。
サマンサは断るのに必死だった。
「サマンサ!」
抱き着いてくるハリーを引き剥がし、エマにクッキーを渡す。
「ありがとう。子供達も喜ぶわ!」
責任者のサラが気を利かせて、子供達はおやつの時間になり、3人で話せることになった。
「やっぱりここが一番落ち着けるわね」
そう言ったサマンサをエマは心配そうに見ていた。
「大丈夫なの?辛くない?」
「大丈夫よ。楽しく生活しているわ」
それでもエマはもう一度確認しようとした。
「ごめんね。エマ、ちょっと手伝ってくれない?」
サラに呼ばれて子供達の所へ行かなくてはいけなくて、結局聞けずじまいに終わってしまう。
「エマも大変そうね」
サマンサがそう言うと、ハリーは少し怒った風に返した。
「大変なのはサマンサだろ?」
「私が?そんなこと無いわよ」
サマンサは笑ったが、ハリーは怒ったままだ。
「俺、調べたんだ。サマンサは食事も世話もしてもらえないんだろ?だから女中の格好をしてるんだろ?」
「そんな噂が流れているの?大変だわ、どうしましょう…」
「違うよ。知ってるのは俺だけ」
良かったと安心したサマンサは、ハリーの目を見て答える。
「私は大丈夫よ。楽しんでやっているの。女中のみんなも良い人ばかりで、大変な事なんて無いわ」
「サマンサってホント損してるよね…」
ハリーは諦めたように言った。
サマンサが「そうかしら?」と聞くと、ハリーは背もたれに寄りかかった。
「そうだよ。優しいって言えば聞こえは良いけどさ、我慢して人の言うこと聞いて、利用されても許すなんてさ…。お人好しにも程があるよね。何で言い返さないの?」
「ハリー、そこまでにしなさい」
手伝いから戻って来たエマがサマンサの向かいに座る。
「それ以上はあなたの領分じゃないわよ」
ハリーが「でも…」と言ってサマンサを見た。
サマンサは困った顔をしていて、言い過ぎたのかと反省する。
「ごめん…」
「良いのよ。私のことを思って言ってくれたんでしょう?」
もう一度見たサマンサはいつもの優しい笑顔で、ハリーは安堵した。
「もう帰るわね。また来週来るわ」
「あ、俺も帰るよ。途中まで一緒に行こう」
二人を見送ったエマは誰もいない玄関で呟く。
「好きの反対は無関心。サマンサは優しいから人を嫌いになれないだけなのよ…」
二人が見えなくなると、孤児院に戻って仕事を再開した。
いつもよりも早く帰宅したサマンサは、部屋で休んでいた。
(言い返したってどうにもならない事もあるのよ…)
ハリーには言えなかった言葉を飲み込む。
トントン…
部屋の扉をノックされ、誰だろうと思っていると
「サミー?部屋にいるかしら?」
小さな声で女中が尋ねる。
「えぇ、どうしたの?今開けるわ」
扉を開けると女中が泣きついてきた。
「サミー…。クロード様が…、すごくお怒りなの。サミーを呼べって……」
またか…。今日は休日なのに何故?
「私が休みだって知っているのよね?」
「そうなんだけど…」
「着替えたら行くわ」
サマンサは急いで女中服に着替え、クロードの居る執務室に向かった。
「お呼びと伺ったのですが…」
すぐに扉が開き、クロード自らサマンサを招き入れる。
「聞きたいことがあるんだ」
冷たいクロードの表情からは感情が窺えない。
「何でしょうか…?」
サマンサが怖ず怖ずと尋ねると、クロードは手を開いて差し出した。
「クッキーはどうした?」
「クッキーですか…?」
「あぁ。庭園で待っていたのに来ないから、呼び出す羽目になった」
状況が上手く飲み込めないサマンサ。
「今朝焼いたんだろう?」
クロードに言われて気付いたサマンサは、訝しげに答える。
「孤児院に持って行きました。あれは子供達の為に焼いた物なので…、手元には残っていません」
「そうか…」
掌を見つめたままクロードは動かない。
「どこの孤児院だ?私も行こう」
「いえ、薄汚い孤児院ですので…。旦那様の行くような場所ではありません」
(旦那様か…)
サマンサは女中として言ったのだが、クロードは自分の旦那だと言っていると誤解する。
せっかく二人で過ごせる時間を提供しようとしたのに…
断られた事に憤慨するも、次期公爵であるサマンサの旦那…つまり、自分には薄汚い場所は似合わないということか。
女を欝陶しいものとしか見ていなかったクロード。
誘い方も扱い方も知らない。
女の気持ちを考える事もした事が無かった。
女は自分に付き纏うものと信じて疑わないクロードは、サマンサが自分に会いに庭園に来ると思っていたし、クッキーも自分の為に焼いたと思っていた。
変わった女だと思って興味を持ったのに、結局他の女と同じように考える。
それに気付かないうちは、サマンサに心の内は伝わらないだろう。
斯くいうサマンサも、従順に生きていたが色恋沙汰には疎い。
恋愛もしてこなかったし、今までの婚約者の求めるように行動しただけだったので、そういった感情を汲み取れなかった。
クロードは一体どうしてしまったんだろう。
孤児院に行きたいと言い出すなんて…
大声で笑っても許される、走り回っても誰も何も言わない
自分の大切な場所。
そこでの自分を見られたら、また二重人格と罵られるかも知れない。
契約不履行でローレン伯爵家に帰らされるかも知れない。
サマンサは断るのに必死だった。
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