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XIV

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「久しぶりね。元気そうで安心したわ」

オリビア夫人はサマンサに会うなり抱きしめる。

「ようこそお越し下さいました」

「あら、そんな他人行儀な言い方では駄目よ」

オリビアに上目遣いで懇願され、苦笑するサマンサ。

「急だから驚きましたよ。さぁ、中でお茶でも飲みましょう。腕のいい女中がいるんですよ」

クロードが公爵夫妻を中に招き入れたのだが、サマンサは冷や汗が止まらない。

「大丈夫?顔色が悪いわ…」

「いえ、大丈夫です」

「ちょっとクロード!サマンサを扱き使ってるんじゃないでしょうね?」

「そんな事ありませんよ。まだ緊張しているんでしょう」

クロードはサマンサをひと睨みし、奥へと歩いていく。

「照れてるんだよ。気を悪くしないでくれ」

スコット公爵に言われ、サマンサ達も後に続いた。



部屋に入ったクロードは侍女にサミーにお茶を用意させるように頼むが、近くに待機していたナタリーが体調不良で休みだと伝える。

「そうか…。残念だが仕方ない。よく休むように伝えてくれ」

「どうしたの?」

オリビアが尋ねると、クロードは至極残念そうに答えた。

「お茶の淹れ方が上手い女中が居るのですが、今日は休みのようです。またの機会にしましょう」

オリビアがそっとサマンサを盗み見ると、とても不安そうな顔をしている。

(大丈夫。クロードはあなただけが好きなのよ)

そう伝えるため、サマンサに片目を瞑って見せた。

よくわからないけどウィンクを送られたサマンサは微笑む。

侍女が淹れたお茶を飲み、なんとかその場を乗り切ったサマンサだった。


スコットとオリビアが喋り続ける夕食の時間も終わり、サマンサは部屋に戻って一息つく。湯浴みも終わって、髪を乾かして寝るだけだ。

ガチャ

ノックも無しに部屋の扉が開き、クロードが入ってきた。

クロードは髪が濡れたままのサマンサを見て目を見開き、慌てて外に出ていく。

(そうだわ。公爵夫妻が滞在している間は部屋に来るのよね。すっかり忘れていたわ…)

サマンサは急いで自分の顔に化粧をした。
ナタリー達にやってもらう程上手くできないが、無いよりはマシだろう。

髪を乾かす時間もなく、一纏めにして扉を開けた。


「お待たせいたしました」

クロードは前回のように椅子を部屋の隅に持っていき、そこに座る。サマンサが淹れたお茶を飲んで、時間が経つのを待った。

俯いてお茶を飲むサマンサの顔をクロードはじっと観察していた。

(何処かで見た事のある顔だな。これと顔を合わせたのは数える程度なのに、何度も会っている気がする…)

考える必要もない。あと半年もしないうちに会わなくなるのだから。

クロードは考える事を放棄して、時間が経ってから自分の部屋に戻った。



翌日、みんなで劇を観に行こうとオリビアが提案する。

「実はもうチケットを買ってあるの。最近流行りの劇団なのよ?」

上演まで時間があるからと、前回同様にサマンサのドレスを選び、着替えと化粧をさせて劇場まで向かった。


(誰かに似ていると思ったのは気のせいか…)

馬車の中でずっとサマンサを見ているクロード。
オリビアもスコットも、その姿を嬉しそうに見ているのだった。


その日の夜、サマンサは化粧を落とさずにクロードを待ち、帰ったあとに湯浴みをした。

朝になってクロードと並んでスコット達を見送り、ようやく仕事が終わったと肩の荷を下ろした。


この日は丁度女中の仕事も休みだったので、サマンサは孤児院に行こうと決める。どうしてもエマに会いたかったのだ。
ハリーも来るかも知れないと考え、サマンサはクッキーを焼いてから訪ねることにした。

サマンサがクッキーを焼いていると、匂いにつられた女中達がやって来た。

「いい匂いね。クッキーを焼いているの?」

「えぇ、そうなの。申し訳ないけれど、みんなにはあげられないわ」

「別に良いわよ。気にしないで」

女中達は仕事に戻ると言って持ち場に帰っていった。


掃除をしながら女中達の口は止まらない。

「あれってクロード様にあげるのかしら?」

「そうに決まってるわよ」

「健気よね。側に居たいからって正体を隠して働くんですもの」

「どういう意味だ?」

小さな声で話していたのだが、たまたま近くを通ったクロードに聞かれてしまう。

女中達は焦っていた。サマンサと誰にも言わないと約束したのに、本人に聞かれてしまった。なんと言って誤魔化せば良いのか…。

「どういう意味だと聞いているんだ」

クロードの氷のように冷たい表情と声色に縮み上がる女中達は、耐えきれずに話してしまった。


サマンサがクロードを慕っていて、少しでも側に居ようと女中として働くようになったこと。
今もクロードの為にクッキーを焼いていること。


(契約に同意したではないか)

最初は遺憾に思っていたクロードだったが『サミー』の名前を聞いて表情を少しだけ和らげる。

(そうか、サミーか…)

満更でもない様子のクロードを見た女中達は言い寄った。

「サミーは照れているだけなんです。気付いていないふりをして頂けませんか?クロード様にお茶を淹れる事がサミーの楽しみなんです」

「健気な乙女心をわかってやってください」

そんなに自分の事が好きなのかと思ったクロード。

「そこまで言われては仕方がないな」

そう言って軽い足取りで執務室に戻って行った。


クロードを見送った女中達は、良い仕事をしたと褒め合っている。

クロードが知らないふりをしてくれるから大丈夫。サマンサとの約束は守られている。
これで二人の拗れた初恋が動き出す。自分達がもっと協力をしなくては。

サマンサにいち早く伝えたかった女中達だったが、我慢して何も伝えないことに決めた。
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