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XIII
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毎日楽しそうに働くサマンサは、行く先々で他の使用人達に声をかけられる。
話したことがないのは持ち場の違う3人の侍女たち。
嫁いだばかりの頃は世話をしてくれたので、彼女達は奥様の素顔を知っている。だから、サマンサは絶対に会わないように気を付けていたのだ。
侍女と女中では仕事も違うから鉢合わせることはないし、ナタリー達が協力してくれるので、結果的に正体がバレて良かったと思うサマンサだった。
(それにしても、夜会の時も公爵夫妻がいらっしゃった時も彼女達は部屋に来なかったわね…。ナタリー達がいてくれて良かったわ)
嫌嫌ながら奥様の世話をしに行こうとした侍女たちを引き止めたのはナタリー。
侍女たちは喜喜して代わり、仕事をさぼっていると知られないように休憩室に籠もっていた。
「最近はここで休憩してばかりね」
「クロード様にお茶を持って行く仕事もなくなってしまったからね」
「あの冷たい表情を見る時間は至福だったわ…」
侍女たちは今日も休憩室でお喋りをしている。
「奥様のお世話をしなくても良いんだから、それくらい我慢しなさいよ」
「そうよね。同じ屋敷に住んでいるんだから、いつでもお顔は見れるわよね」
「何もしなくてもお給金を貰えるのよ?こんなに良い仕事は他には無いわ」
侍女たちは他の使用人達が働いている時間は休憩室に籠もり、みんなが食事をしている時間に持ち場の掃除をしていた。
クロードの部屋や執務室の掃除は女中のサミーに任されているし、奥様の部屋の掃除はしない。
奥様の世話もしない侍女たちの持ち場は、応接室などの数部屋の掃除のみで、簡単に終わる仕事だった。
そんな事実があった事すら知らないサマンサは、今日もクロードの寝室を掃除していた。
カチャ
ドアの開く音が聞こえ、振り返るとクロードが入ってきた。
「あぁ、続けてくれ。忘れ物を取りに来ただけだからすぐに出る」
クロードはサマンサに声をかけ、机から何か取り出してサマンサの手元を見る。
「毎日新しい花を活けてくれてありがとう」
そう言って部屋を出た。
(心臓に悪いわね…)
サマンサはさっさと片付けて次の掃除場所へと移動した。
なんとなく午後のお茶当番をしたくないと思ったサマンサは、ナタリーに変わって欲しいと頼む。
照れ隠しだと思ったナタリーは快く了承し、昼食を食べ終わったサマンサは庭の掃除をしていた。
「サミー!クロード様が呼んでいるわ!なんだかお怒りみたい…」
執務室でお茶を出しているはずのナタリーが走って来て、青い顔をしている。
「何かしてしまったのかしら…」
「わからない。サミーを連れて来いとしか言わないのよ。とにかく急いで行って!」
サマンサは小走りで執務室に向かった。
入室の許可をもらい、サマンサは俯いたまま扉を開ける。
「お呼びと伺ったのですが…」
「待っていたよ。私にお茶を淹れて欲しい」
クロードは叱責する事もなく、サマンサにお茶を淹れるように言った。
「かしこまりました。他にご要件は…?」
「特にない。終わったら戻ってくれて構わない」
ナタリーの顔が青褪めるほどお怒りだったのでは…?
疑問に思ったサマンサだったが、何も言わずにハーブティーを用意した。
「失礼させて頂きます」
退室しようとしたサマンサをクロードが呼び止める。
「休日以外は君が来てくれ」
「かしこまりました…」
サマンサはすぐにナタリーの元へ戻った。
「大丈夫だった?」
「えぇ。明日からお茶を持ってくるように言われたわ…」
ナタリーは喜んでいたが、サマンサは不快に思っていた。
ずっと気楽に仕事をしていたのに
ここに来てからは、頼み事をされても命令された事は無かった。
ただでさえ正体が気付かれないように気を張っているのに、クロードの執務室に毎日行きたくない。
(だから嫌な予感がしていたのね…)
無言でいるサマンサを見たナタリーは幸せを一人で噛み締めたいに違いないと気を使って、早めにサマンサを休ませる。
「後はやっておくから戻って良いわよ。夕食も持って行ってあげるから、部屋で休んでいなさいよ」
疲れてしまって何も考えたくないサマンサは、その言葉に甘えることにした。
部屋に戻ったサマンサはクローゼットの奥に置いてある使い古した鞄の底の裏に隠してある書類を取り出す。
(互いに干渉しないこと…。これは女中のお仕事だから契約違反にはならないわよね…?自由に生活しても良いと書かれているし、大丈夫よね…?)
ややこしい事になってしまったと契約結婚の書類を読み返し、再び鞄の底に隠したサマンサだった。
それからは特に変わった事もなく、サマンサは女中の仕事に明け暮れていた。
そんなある日
サマンサが執務室にお茶を持って行くと、クロードがとても疲れた顔をしていた。
「あぁ、サミーか。丁度良いところに来た。疲れの取れるお茶を出してくれ」
初めてお茶の注文をされたことに驚き、サマンサは無意識に尋ねてしまう。
「何かあったのでしょうか?」
「いや、父上達が来ると手紙を寄越してきたんだ。明日と書いてあるから、断ることもできない」
そういう事かと、サマンサも納得した。
「サミー、また奥様に伝えてくれるね?」
セバスチャンに頼まれ、サマンサは了承の返事をして部屋を出る。
(私も奥様にならなくては…。ナタリーにお願いしましょう)
ナタリーと女中達が俄然とやる気を出したのは言うまでもない。
話したことがないのは持ち場の違う3人の侍女たち。
嫁いだばかりの頃は世話をしてくれたので、彼女達は奥様の素顔を知っている。だから、サマンサは絶対に会わないように気を付けていたのだ。
侍女と女中では仕事も違うから鉢合わせることはないし、ナタリー達が協力してくれるので、結果的に正体がバレて良かったと思うサマンサだった。
(それにしても、夜会の時も公爵夫妻がいらっしゃった時も彼女達は部屋に来なかったわね…。ナタリー達がいてくれて良かったわ)
嫌嫌ながら奥様の世話をしに行こうとした侍女たちを引き止めたのはナタリー。
侍女たちは喜喜して代わり、仕事をさぼっていると知られないように休憩室に籠もっていた。
「最近はここで休憩してばかりね」
「クロード様にお茶を持って行く仕事もなくなってしまったからね」
「あの冷たい表情を見る時間は至福だったわ…」
侍女たちは今日も休憩室でお喋りをしている。
「奥様のお世話をしなくても良いんだから、それくらい我慢しなさいよ」
「そうよね。同じ屋敷に住んでいるんだから、いつでもお顔は見れるわよね」
「何もしなくてもお給金を貰えるのよ?こんなに良い仕事は他には無いわ」
侍女たちは他の使用人達が働いている時間は休憩室に籠もり、みんなが食事をしている時間に持ち場の掃除をしていた。
クロードの部屋や執務室の掃除は女中のサミーに任されているし、奥様の部屋の掃除はしない。
奥様の世話もしない侍女たちの持ち場は、応接室などの数部屋の掃除のみで、簡単に終わる仕事だった。
そんな事実があった事すら知らないサマンサは、今日もクロードの寝室を掃除していた。
カチャ
ドアの開く音が聞こえ、振り返るとクロードが入ってきた。
「あぁ、続けてくれ。忘れ物を取りに来ただけだからすぐに出る」
クロードはサマンサに声をかけ、机から何か取り出してサマンサの手元を見る。
「毎日新しい花を活けてくれてありがとう」
そう言って部屋を出た。
(心臓に悪いわね…)
サマンサはさっさと片付けて次の掃除場所へと移動した。
なんとなく午後のお茶当番をしたくないと思ったサマンサは、ナタリーに変わって欲しいと頼む。
照れ隠しだと思ったナタリーは快く了承し、昼食を食べ終わったサマンサは庭の掃除をしていた。
「サミー!クロード様が呼んでいるわ!なんだかお怒りみたい…」
執務室でお茶を出しているはずのナタリーが走って来て、青い顔をしている。
「何かしてしまったのかしら…」
「わからない。サミーを連れて来いとしか言わないのよ。とにかく急いで行って!」
サマンサは小走りで執務室に向かった。
入室の許可をもらい、サマンサは俯いたまま扉を開ける。
「お呼びと伺ったのですが…」
「待っていたよ。私にお茶を淹れて欲しい」
クロードは叱責する事もなく、サマンサにお茶を淹れるように言った。
「かしこまりました。他にご要件は…?」
「特にない。終わったら戻ってくれて構わない」
ナタリーの顔が青褪めるほどお怒りだったのでは…?
疑問に思ったサマンサだったが、何も言わずにハーブティーを用意した。
「失礼させて頂きます」
退室しようとしたサマンサをクロードが呼び止める。
「休日以外は君が来てくれ」
「かしこまりました…」
サマンサはすぐにナタリーの元へ戻った。
「大丈夫だった?」
「えぇ。明日からお茶を持ってくるように言われたわ…」
ナタリーは喜んでいたが、サマンサは不快に思っていた。
ずっと気楽に仕事をしていたのに
ここに来てからは、頼み事をされても命令された事は無かった。
ただでさえ正体が気付かれないように気を張っているのに、クロードの執務室に毎日行きたくない。
(だから嫌な予感がしていたのね…)
無言でいるサマンサを見たナタリーは幸せを一人で噛み締めたいに違いないと気を使って、早めにサマンサを休ませる。
「後はやっておくから戻って良いわよ。夕食も持って行ってあげるから、部屋で休んでいなさいよ」
疲れてしまって何も考えたくないサマンサは、その言葉に甘えることにした。
部屋に戻ったサマンサはクローゼットの奥に置いてある使い古した鞄の底の裏に隠してある書類を取り出す。
(互いに干渉しないこと…。これは女中のお仕事だから契約違反にはならないわよね…?自由に生活しても良いと書かれているし、大丈夫よね…?)
ややこしい事になってしまったと契約結婚の書類を読み返し、再び鞄の底に隠したサマンサだった。
それからは特に変わった事もなく、サマンサは女中の仕事に明け暮れていた。
そんなある日
サマンサが執務室にお茶を持って行くと、クロードがとても疲れた顔をしていた。
「あぁ、サミーか。丁度良いところに来た。疲れの取れるお茶を出してくれ」
初めてお茶の注文をされたことに驚き、サマンサは無意識に尋ねてしまう。
「何かあったのでしょうか?」
「いや、父上達が来ると手紙を寄越してきたんだ。明日と書いてあるから、断ることもできない」
そういう事かと、サマンサも納得した。
「サミー、また奥様に伝えてくれるね?」
セバスチャンに頼まれ、サマンサは了承の返事をして部屋を出る。
(私も奥様にならなくては…。ナタリーにお願いしましょう)
ナタリーと女中達が俄然とやる気を出したのは言うまでもない。
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