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XII
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楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
代わり映えしない仕事だけの毎日だったが、女中の仕事が楽しくて、気が付けば次の休日になっていた。
サマンサは孤児院には行かず、朝から市場に買い物に来ている。
ハリーにお礼がしたいと言うと、孤児院にいた時に食べていた手作りのクッキーが欲しいと頼まれたのだ。
「エマの方が上手に焼けるわ…」と、サマンサは躊躇したのだが、ハリーはそれでも欲しいと言って譲らない。
目当ての物を買ってから屋敷に戻ったサマンサは、予めに料理長に頼んで朝食後の使わない時間に厨房を借りる許可を取っていたので、誰もいない厨房でクッキーを作り始めた。
バターに砂糖を入れて混ぜ、卵を足して…
サマンサの好きな紅茶の葉を砕いて入れて
半分の生地にはよく洗って削ったレモンの皮も入れた。
温めて置いたオーブンに形を整えたクッキーを入れて、あとは焼き上げるのを待つだけ。
ふんわりといい匂いが漂ってくると、料理長が厨房に入ってきた。
「お、やってるか。いい匂いだな」
「テッドさん。厨房を貸してくれてありがとう」
サマンサが料理長テッドと親しげに話せるようになったのは「いつも美味しい賄いをありがとう」と食後に言いに行ってからだった。
腕に自信のあるテッドは自分が作る料理が美味しいと思っていた。でも、誰もそう言ってくれない。
食べている人の顔を見れば気に入ったかどうかわかるけど…
「美味しい」や「ありがとう」
一言でいいから誰かに言って欲しい。
それをまだ若いサマンサが言ってくれた。
一度や二度じゃない。顔を合わせるといつもだ。
そんなサマンサが厨房を使いたいと言うなら喜んで貸そう。
テッドは快く場所を提供した。
暫く二人で話していると、焼き上げる時間になって
サマンサはクッキーをオーブンから取り出して、そのまま置いて冷ました。
(綺麗に焼けたわ)
待っている間もテッドの料理話は止まらない。
サマンサは話を聞きながらクッキーを袋に仕分け、リボンで結んで出来上がった。
「テッドさんの作るものには劣るけど、良かったら食べて貰えるかしら?大事な厨房を貸して頂いたお礼よ」
サマンサはテッドにお礼を言って、先週買った緑の服に着替えてハリーの元に向かった。
クッキーを受け取ったハリーはサマンサを抱き締めて、泣きそうになるほど喜んでいた。
「俺のために作ってくれたんだよね?ありがとう!」
子供のようにはしゃぎながらひとつ食べ
「まだ一緒に居たいけど仕事があるから…」
ハリーは仕事に戻っていく。
働くハリーを見届けた後、遅くなってはいけないと、サマンサは屋敷に戻った。
作り過ぎて余ってしまったクッキーを持って、庭園にあるベンチで夕焼けを見ながら食べようと向かった。
この時間なら誰もいない。
(うまく焼けたみたい。これならハリーも喜んでくれているわね)
サマンサが沈む夕日を眺めていると、クロードが現れた。
(どうして…?)
誰もいないと思ったのに…
クロードが庭園に行った事なんて、今まで無かった……
サマンサが慌てていると、クロードが近付いてくる。
「サミーか。その格好は…、今日は休みだったのか。ここで何をしている?」
サマンサがどう答えようか迷っていると
「いい匂いがするな」
クロードが目ざとくクッキーを見つけた。
「もし良ければ…」
差し出されたクッキーをひとつ摘んで、ドカッとサマンサの隣に座ったクロード。
サマンサはいそいそとベンチの端に移動する。
「美味いな」
またひとつ摘んでパクっと口に放り込んだ。
「これはレモンか…?これも美味い」
クロードの手は止まらない。
あっという間に全部食べてしまって、サマンサの手元には空の袋だけが残っている。
「もう一袋差し上あげます。でも、明日食べてくださいね。食べ過ぎは良くないので…」
サマンサはクロードにクッキーを渡した。
「あぁ、ありがとう」
クロードはそれを受け取って立ち上がり、屋敷へと戻る。
鉢合わせしないように少し時間を置いた後、サマンサも自分の部屋に戻っていった。
翌日、テッドにクッキーのお礼を言われたサマンサ。
「クッキーって何のこと?」
ナタリー達に聞かれても、何も言わずに微笑む。
執務室にお茶を届けに行くと、クロードに「休日は何をしているんだ?」と聞かれて驚いた。
いつも何も話しかけてこないし、気が向いたときに「ありがとう」と言うだけなのに、どういう風の吹き回しか…
サマンサは平然を保って「孤児院に行っております」と答え、セバスチャンにもお茶を出してすぐに部屋から出る。
(あぁ、そうだわ。休みの日に庭園に勝手に入ったから聞かれたのね…。これからは室内に留まりましょう)
サマンサは休日には孤児院に行っていて屋敷にはいないが、屋敷に居る時は室内にいようと決めた。
サマンサには好きに過ごしていいと言われていても、サミーには言われていないからだ。
(これでは本当に二重人格ね…)
サマンサは元婚約者に言われた言葉を思い出して自嘲する。
クロードは執務室でお茶を飲みながら、昨日貰ったクッキーを見つめていた。
(今日の休憩にと思っていたが、勿体ないな。夕食後にでも食べよう)
それにしても、あの女中は変わっているな。
一人でベンチに座ってぼうっとする、そんな令嬢は見たことがない。
隣に座ると端に移動していた。令嬢は擦り寄ってくるものだと思っていたのに、彼女はそうじゃなかった。
次に会った時はもう少し話をしてみよう。
来週の同じ時間、もう一度庭園に行こうと思ったクロードだった。
代わり映えしない仕事だけの毎日だったが、女中の仕事が楽しくて、気が付けば次の休日になっていた。
サマンサは孤児院には行かず、朝から市場に買い物に来ている。
ハリーにお礼がしたいと言うと、孤児院にいた時に食べていた手作りのクッキーが欲しいと頼まれたのだ。
「エマの方が上手に焼けるわ…」と、サマンサは躊躇したのだが、ハリーはそれでも欲しいと言って譲らない。
目当ての物を買ってから屋敷に戻ったサマンサは、予めに料理長に頼んで朝食後の使わない時間に厨房を借りる許可を取っていたので、誰もいない厨房でクッキーを作り始めた。
バターに砂糖を入れて混ぜ、卵を足して…
サマンサの好きな紅茶の葉を砕いて入れて
半分の生地にはよく洗って削ったレモンの皮も入れた。
温めて置いたオーブンに形を整えたクッキーを入れて、あとは焼き上げるのを待つだけ。
ふんわりといい匂いが漂ってくると、料理長が厨房に入ってきた。
「お、やってるか。いい匂いだな」
「テッドさん。厨房を貸してくれてありがとう」
サマンサが料理長テッドと親しげに話せるようになったのは「いつも美味しい賄いをありがとう」と食後に言いに行ってからだった。
腕に自信のあるテッドは自分が作る料理が美味しいと思っていた。でも、誰もそう言ってくれない。
食べている人の顔を見れば気に入ったかどうかわかるけど…
「美味しい」や「ありがとう」
一言でいいから誰かに言って欲しい。
それをまだ若いサマンサが言ってくれた。
一度や二度じゃない。顔を合わせるといつもだ。
そんなサマンサが厨房を使いたいと言うなら喜んで貸そう。
テッドは快く場所を提供した。
暫く二人で話していると、焼き上げる時間になって
サマンサはクッキーをオーブンから取り出して、そのまま置いて冷ました。
(綺麗に焼けたわ)
待っている間もテッドの料理話は止まらない。
サマンサは話を聞きながらクッキーを袋に仕分け、リボンで結んで出来上がった。
「テッドさんの作るものには劣るけど、良かったら食べて貰えるかしら?大事な厨房を貸して頂いたお礼よ」
サマンサはテッドにお礼を言って、先週買った緑の服に着替えてハリーの元に向かった。
クッキーを受け取ったハリーはサマンサを抱き締めて、泣きそうになるほど喜んでいた。
「俺のために作ってくれたんだよね?ありがとう!」
子供のようにはしゃぎながらひとつ食べ
「まだ一緒に居たいけど仕事があるから…」
ハリーは仕事に戻っていく。
働くハリーを見届けた後、遅くなってはいけないと、サマンサは屋敷に戻った。
作り過ぎて余ってしまったクッキーを持って、庭園にあるベンチで夕焼けを見ながら食べようと向かった。
この時間なら誰もいない。
(うまく焼けたみたい。これならハリーも喜んでくれているわね)
サマンサが沈む夕日を眺めていると、クロードが現れた。
(どうして…?)
誰もいないと思ったのに…
クロードが庭園に行った事なんて、今まで無かった……
サマンサが慌てていると、クロードが近付いてくる。
「サミーか。その格好は…、今日は休みだったのか。ここで何をしている?」
サマンサがどう答えようか迷っていると
「いい匂いがするな」
クロードが目ざとくクッキーを見つけた。
「もし良ければ…」
差し出されたクッキーをひとつ摘んで、ドカッとサマンサの隣に座ったクロード。
サマンサはいそいそとベンチの端に移動する。
「美味いな」
またひとつ摘んでパクっと口に放り込んだ。
「これはレモンか…?これも美味い」
クロードの手は止まらない。
あっという間に全部食べてしまって、サマンサの手元には空の袋だけが残っている。
「もう一袋差し上あげます。でも、明日食べてくださいね。食べ過ぎは良くないので…」
サマンサはクロードにクッキーを渡した。
「あぁ、ありがとう」
クロードはそれを受け取って立ち上がり、屋敷へと戻る。
鉢合わせしないように少し時間を置いた後、サマンサも自分の部屋に戻っていった。
翌日、テッドにクッキーのお礼を言われたサマンサ。
「クッキーって何のこと?」
ナタリー達に聞かれても、何も言わずに微笑む。
執務室にお茶を届けに行くと、クロードに「休日は何をしているんだ?」と聞かれて驚いた。
いつも何も話しかけてこないし、気が向いたときに「ありがとう」と言うだけなのに、どういう風の吹き回しか…
サマンサは平然を保って「孤児院に行っております」と答え、セバスチャンにもお茶を出してすぐに部屋から出る。
(あぁ、そうだわ。休みの日に庭園に勝手に入ったから聞かれたのね…。これからは室内に留まりましょう)
サマンサは休日には孤児院に行っていて屋敷にはいないが、屋敷に居る時は室内にいようと決めた。
サマンサには好きに過ごしていいと言われていても、サミーには言われていないからだ。
(これでは本当に二重人格ね…)
サマンサは元婚約者に言われた言葉を思い出して自嘲する。
クロードは執務室でお茶を飲みながら、昨日貰ったクッキーを見つめていた。
(今日の休憩にと思っていたが、勿体ないな。夕食後にでも食べよう)
それにしても、あの女中は変わっているな。
一人でベンチに座ってぼうっとする、そんな令嬢は見たことがない。
隣に座ると端に移動していた。令嬢は擦り寄ってくるものだと思っていたのに、彼女はそうじゃなかった。
次に会った時はもう少し話をしてみよう。
来週の同じ時間、もう一度庭園に行こうと思ったクロードだった。
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