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XI

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サマンサは歩きながら離縁後のことを考えていた。

(残り一年。きっとあっという間に来てしまうのね……)


古き良き家柄のローレン家には戻れないだろう。
お金は充分に貰えるし、女中としての給金もある。
孤児院で子供たちの世話をしようと思っていたが、今のように大勢の同僚と楽しく働くのも悪くない。

無理矢理従わせるような人が居なければ
自分を利用する人が居なければ
きっと何処でもやっていける。


考えに夢中になっていると、いつの間にか孤児院の前にいた。

(お土産を買おうと思ったのに、そのまま来てしまったわ)


「おはよう!今日も早いのね!」

エマに迎えられ、お土産は次回にしようと諦める。


孤児院の手伝いをして、子供達が昼食を食べ終わった後
責任者のサラが子供達を見てくれると言うので、エマと二人で少し休憩することにした。

「ねぇ、ずっと聞きたかったんだけどさ…」

聞くべきか迷っていたのだが、エマにはずっと気になっていた事があった。

「どうしていつも制服で来るの?」

「他に孤児院に着ていける服がないのよ」

「公爵様は買ってくれないの…?」


サマンサが女中の制服を着ている理由は
屋敷で見つかっても不審に思われない為
そして、部屋には綺羅びやかなドレスとクロードから送られた夜会用のドレスしか入っていなかった為。

サマンサが持って来た服はいつの間にか無くなっていたので、他に着る物が無かった。

お金はあるから買えるのだが、サマンサは何処で買えるのかも知らない。


「服を買いたいの?もしかして、丁度いいところに来たのかな?」

突然誰かが二人の間に割って入ってくる。

「ハリー!驚かせないでよ!」

エマが叱ると、ハリーは悪びれた様子も見せずにサマンサを抱きしめた。

「サマンサ、会いたかったよ!元気だった?」

ハリーは孤児院出身で、つい最近16歳になって独り立ちした少年。
サマンサによく懐いて、勉強を教えてくれるサマンサの後をよく付いて回っていた。

「ハリーは相変わらずね。女性に抱き着いたら駄目よ?」

サマンサはハリーを弟のように可愛がっているので、軽く嗜める。

「はいはい、わかったよ。ところでさ、服を買いたいって言ってたよね?俺に任せてよ」

ハリーはサマンサのお陰で、今は小さな商会に勤めているのだ。

「最近経営が上手く行って、貴族用の服も売るようになったんだ」

「良いじゃない!ハリーの店で洋服を買いなよ!」

エマは乗り気だ。

「そうね。お願いしようかしら?」


こうして次の休日にハリーの働く店に行くことになり

「この時間に迎えに来るから!」

笑顔で帰って行くハリーを見送りながら

「あんなに小さかったハリーが立派になったのね。感慨深いわ」

「ずっとサマンサに引っ付いていたもんね」

サマンサとエマはしんみりと話していた。



それから1週間、サマンサは初めての買い物を楽しみに働いている。

ナタリー達との会話も
フレッドとの庭園の世話も
あと1年で終わると思うと寂しく感じた。

(こんなに気楽に働ける場所は見つかるかしら?)

最初からわかっていたのに、期限を意識すると後ろ髪を引かれてしまう。


前回は買えなかったからと、市場でお菓子を買ってから孤児院に行ったサマンサ。

午前中は手伝いをして、迎えに来たハリーに連れられて商会に向かった。

こじんまりとした店構えだったが、置いてある商品はどれも品質の良い物だった。

「ここが俺の働いてる店だよ!」

誇らしげに言ったハリーは立派な青年で、もう小さな男の子ではないんだと実感する。
時間が経つのは早いものだ。


「貴族用の服は隣で売ってるんだ!」

ハリーはサマンサの腕を引っ張って隣の店まで連れて行く。
先程の店とは比べ物にならない位に大きな建物で、2階部分もあるようだ。

「好きな服を選んでよ」と言われても、サマンサにはよくわからない。
今までは姉アマンダのお古や、母グレイスが選んだ服を着ていたのだ。

「たくさんあって選べないわ…」

「じゃあ俺が何着か選ぶからさ、その中から好きなの選んでよ」

ハリーはそう言ってどんどん服を選んでいく。
どれも着たことのない色の洋服だった。

「茶色とか灰色の物はないかしら?」

サマンサが尋ねると

「それってずっと着てたやつじゃん。たまには好きな色を着なよ。緑とか好きでしょ?」

ハリーが綺麗な緑色の洋服を取って見せた。

「とにかく着てみなよ。それで気に入ったのを買えば良いんだからさ」


サマンサが試着したのは5着。

どれも可愛くて、地味な自分が着てもおかしくない。
これなら夜会みたいに派手な化粧をしなくても、違和感なく着ることができる。

どれに決めようか散々迷った挙げ句、決められずに結局全部買ってしまった。

(これは必要経費よ…)と自分に言い聞かせて支払いをしようとすると、思ったよりも安くて驚いた。

「本当にこの値段なの?気を使わなくてもいいのよ?」

サマンサが聞くと、ハリーは笑った。

「仕事だからそんな事はしないよ。ここの会長が誰でも気軽に買える店を心掛けているから、この値段なんだ。いつも量よりも質だって煩いんだ」

「良いところで働けて良かったわね」

サマンサは自分の息子が旅立ったような、そんな嬉しさが込み上げてくる。
ハリーは照れながら「サマンサのお陰だよ」と言っていた。

「今日はありがとう。とてもいい買い物ができたわ」

サマンサが帰ろうとすると、ハリーは慌てた。

「待ってよ。そんな大荷物じゃ一人で持って歩けないでしょ?途中まで持って行くよ」

ハリーに服を持ってもらい、二人は色んな話をしながら歩いていた。
屋敷の裏門まで持って来てくれて、サマンサはお礼を言った。

「結局最後まで持たせてしまったわね。ありがとう、助かったわ」

背を向けたサマンサに、ハリーが呼びかける。

「ねぇ、今は幸せ?」

「えぇ、もちろんよ」

1年後はどうなるかわからないけど、今は幸せだ。サマンサは心の底からそう思った。

「そっか。それなら良いんだ」

走っていくハリーの背中を見つめて、サマンサは考えていた。

働き先はゆっくり考えればいい。
それくらいのお金は貰えるのだから。
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