2 / 27
Ⅰ
しおりを挟む
真面目でつまらない女
都合のいい友人
手間のかからない子供
それがサマンサ・ローレンだった。
由緒正しき…いや、それも過去の栄光。
今はもう、歴史しか誇れる物のない
そんなローレン伯爵家の次女として生まれ
古臭い教えを未だに守っているような、堅苦しい伯爵家で育って来た。
『目上の人には敬意を払って何事にも従いさない』
『女性は一歩下がって殿方について行きなさい』
『慎ましやかに「はい」と言うだけで良いのです』
こうして出来上がったのがサマンサ。
人の顔色を窺ってきたお陰か
空気を読むことも、相手が何を望んでいるのかも
すぐに察することが出来るようになっていた。
サマンサが幼い頃に一度だけ両親に我が儘を言ったことがある。
その時は頬を叩かれて、罰として部屋に閉じ込められてしまった。
「あなたも馬鹿よね。もっと要領よくしなさいよ」
姉アマンダはサマンサだけに聞こえるように笑って言う。
アマンダはくるっと振り返って
「お母様。私、この間礼儀作法を先生に褒められたの」
声色を変えて母グレイスの元へ歩いていった。
「まぁ、さすがアマンダね。何かご褒美をあげるわ」
「それなら新しいドレスが欲しいわ」
二人はサマンサには目もくれず、話しながら何処かへ移動する。
「お前はここで反省していなさい」
父アーノルドが睨みながら部屋の扉を閉めて、外から鍵をかけた。
(勉強を頑張ったご褒美に髪飾りが欲しいって言っただけなのに…。ちょっと順番が違っただけで、お姉様と同じ事をしたのに…。なんでこんなに違うの?)
罰として夕食も与えられず、その日は水を飲んで朝まで過ごした。
(みんなの望む令嬢になるわ。そうすれば文句もないんでしょう?)
相手が言う事を全て受け入れて望む言葉を返し、自分から何かを言うこともしない従順な令嬢になるとサマンサは決意する。
両親は「手間のかからない娘だ」と言って喜び、罰を与えることをしなくなった。
仲のいい友人もできて、お茶会に招待されるようになった。
これで良い。
これが一番良い解決策だった。
両親が姉だけにたくさんのドレスや宝石を買っている事も
自分だけが招待されていないお茶会がある事も
気が付いていたけど、サマンサは知らないふりをする。
サマンサが10歳になったある日、
淑女教育の一環として、グレイスに孤児院に連れて行かれた。
伯爵家の馬車に乗って向かい、孤児院に着くとサマンサだけが降ろされる。
「後で迎えに来るから、それまでここで孤児たちの世話をしていなさい」
グレイスが乗る馬車は街なかに消えて行った。
孤児院の責任者を務めるサラに案内され、孤児たちの元へ向かう。
サマンサよりも年上の子もうんと小さい子もたくさん居て、ボロボロの薄汚い洋服を着ていたけど、みんな楽しそうに笑っていた。
みんなが自分に何を求めているのかわからなくて、サマンサは戸惑った。
なんて言って欲しいの?
何をして欲しいの?
ここで何をすればいいの?
隣に立つサラに「今日はみんなと一緒に遊んでくれるかしら?」と言われるまま、サマンサはみんなと遊んだ。
それが自分に求められていることだから。
走っても怒られない。
大声を出しても、歯を見せて笑っても、部屋に閉じ込められない。
ここでは自由なんだ。
最初は遠慮がちにしていたサマンサも、最後の方には笑顔で走り回るようになっていく。
あっという間にグレイスが迎えに来て、サマンサが屋敷へと帰る時間になってしまった。
(また孤児院に行きたい)
その言葉を飲み込んで、サマンサは黙って馬車に乗り込む。
それからグレイスが何処かへ出かける日は、サマンサが孤児院に行ける日になった。
何回も通って行くうちに気が付いたこと。
みんながサマンサに求めているものは、サマンサ自身だった。
年下の子たちと走り回ったり
同じ年の女の子と色んな話をしたり
年上の子の話を聞いたり
サマンサが何をしても否定しない。
本当の友達が出来たような気がして、凄く嬉しかった。
サマンサは自分の考えや思ったことを素直に言えるようになり、孤児院のみんなには顔色を窺うこともしなくなる。
嬉しい事に、グレイスの外出の頻度が増えてサマンサが孤児院にいる時間も増えた。
でも、気を抜いてしまうとみんなといる時の自分が家族や友人の前で出てきてしまう。
この間のお茶会ではうっかり自分の意見を言ってしまって
「どうしたの?いつものサマンサじゃないみたいだわ…」
「今日のサマンサは少し様子がおかしいわ…」
と、言われてしまった。
気を引き締めないと…
サマンサが14歳になってから婚約者が出来た。
スミス伯爵家の嫡男デイビッド、16歳。
頭の良い青年で、少し卑屈っぽいところがあった。
自分の意見は絶対で、他者の意見を受け入れられない。
反論されることがあれば、正論という名の持論を振りかざし、怒鳴り散らす。
デイビッドが望むのは、何でも肯定してくれる女性。
今までの教え通りに慎ましい令嬢に見えるように、サマンサはデイビッドの言う事全てを頷いて聞いていた。
交際も順調に進んで1年ほど経ったある日
そんなデイビッドの屋敷に招待されたサマンサは応接室に通された。
(今日は四阿ではないのね)
不思議に思いながらソファに腰掛けると、デイビッドは用紙の束をテーブルに投げ捨てる。
「君は孤児院によく行っているそうだね。これはその報告書だよ」
「えぇ。淑女教育の一環として、お母様に言われましたの」
報告書を読みながらサマンサは答えた。
「先日その孤児院に様子を見に行った時、私は信じられないものを見たよ」
報告書を読み終えて顔を上げると、デイビッドがサマンサを厳しい目で見ている。
「普段の君とはあまりにもかけ離れていた。君は二重人格なのか?そのような危険な女性と添い遂げることは出来ないよ」
「二重人格だなんて…、どちらも私ですわ」
孤児院の子たちは気の許せる友達で、平民。
彼らと接する態度が違うのは仕方がない。
他の人だって、家族に対する態度と初めて会う人の態度は違うでしょう?それと何が違うの?
そう思っても言えなかった。
「どちらも君…、正反対の性格の君だよ。それを人は二重人格と言うんだよ」
二人の婚約は白紙になってしまった。
都合のいい友人
手間のかからない子供
それがサマンサ・ローレンだった。
由緒正しき…いや、それも過去の栄光。
今はもう、歴史しか誇れる物のない
そんなローレン伯爵家の次女として生まれ
古臭い教えを未だに守っているような、堅苦しい伯爵家で育って来た。
『目上の人には敬意を払って何事にも従いさない』
『女性は一歩下がって殿方について行きなさい』
『慎ましやかに「はい」と言うだけで良いのです』
こうして出来上がったのがサマンサ。
人の顔色を窺ってきたお陰か
空気を読むことも、相手が何を望んでいるのかも
すぐに察することが出来るようになっていた。
サマンサが幼い頃に一度だけ両親に我が儘を言ったことがある。
その時は頬を叩かれて、罰として部屋に閉じ込められてしまった。
「あなたも馬鹿よね。もっと要領よくしなさいよ」
姉アマンダはサマンサだけに聞こえるように笑って言う。
アマンダはくるっと振り返って
「お母様。私、この間礼儀作法を先生に褒められたの」
声色を変えて母グレイスの元へ歩いていった。
「まぁ、さすがアマンダね。何かご褒美をあげるわ」
「それなら新しいドレスが欲しいわ」
二人はサマンサには目もくれず、話しながら何処かへ移動する。
「お前はここで反省していなさい」
父アーノルドが睨みながら部屋の扉を閉めて、外から鍵をかけた。
(勉強を頑張ったご褒美に髪飾りが欲しいって言っただけなのに…。ちょっと順番が違っただけで、お姉様と同じ事をしたのに…。なんでこんなに違うの?)
罰として夕食も与えられず、その日は水を飲んで朝まで過ごした。
(みんなの望む令嬢になるわ。そうすれば文句もないんでしょう?)
相手が言う事を全て受け入れて望む言葉を返し、自分から何かを言うこともしない従順な令嬢になるとサマンサは決意する。
両親は「手間のかからない娘だ」と言って喜び、罰を与えることをしなくなった。
仲のいい友人もできて、お茶会に招待されるようになった。
これで良い。
これが一番良い解決策だった。
両親が姉だけにたくさんのドレスや宝石を買っている事も
自分だけが招待されていないお茶会がある事も
気が付いていたけど、サマンサは知らないふりをする。
サマンサが10歳になったある日、
淑女教育の一環として、グレイスに孤児院に連れて行かれた。
伯爵家の馬車に乗って向かい、孤児院に着くとサマンサだけが降ろされる。
「後で迎えに来るから、それまでここで孤児たちの世話をしていなさい」
グレイスが乗る馬車は街なかに消えて行った。
孤児院の責任者を務めるサラに案内され、孤児たちの元へ向かう。
サマンサよりも年上の子もうんと小さい子もたくさん居て、ボロボロの薄汚い洋服を着ていたけど、みんな楽しそうに笑っていた。
みんなが自分に何を求めているのかわからなくて、サマンサは戸惑った。
なんて言って欲しいの?
何をして欲しいの?
ここで何をすればいいの?
隣に立つサラに「今日はみんなと一緒に遊んでくれるかしら?」と言われるまま、サマンサはみんなと遊んだ。
それが自分に求められていることだから。
走っても怒られない。
大声を出しても、歯を見せて笑っても、部屋に閉じ込められない。
ここでは自由なんだ。
最初は遠慮がちにしていたサマンサも、最後の方には笑顔で走り回るようになっていく。
あっという間にグレイスが迎えに来て、サマンサが屋敷へと帰る時間になってしまった。
(また孤児院に行きたい)
その言葉を飲み込んで、サマンサは黙って馬車に乗り込む。
それからグレイスが何処かへ出かける日は、サマンサが孤児院に行ける日になった。
何回も通って行くうちに気が付いたこと。
みんながサマンサに求めているものは、サマンサ自身だった。
年下の子たちと走り回ったり
同じ年の女の子と色んな話をしたり
年上の子の話を聞いたり
サマンサが何をしても否定しない。
本当の友達が出来たような気がして、凄く嬉しかった。
サマンサは自分の考えや思ったことを素直に言えるようになり、孤児院のみんなには顔色を窺うこともしなくなる。
嬉しい事に、グレイスの外出の頻度が増えてサマンサが孤児院にいる時間も増えた。
でも、気を抜いてしまうとみんなといる時の自分が家族や友人の前で出てきてしまう。
この間のお茶会ではうっかり自分の意見を言ってしまって
「どうしたの?いつものサマンサじゃないみたいだわ…」
「今日のサマンサは少し様子がおかしいわ…」
と、言われてしまった。
気を引き締めないと…
サマンサが14歳になってから婚約者が出来た。
スミス伯爵家の嫡男デイビッド、16歳。
頭の良い青年で、少し卑屈っぽいところがあった。
自分の意見は絶対で、他者の意見を受け入れられない。
反論されることがあれば、正論という名の持論を振りかざし、怒鳴り散らす。
デイビッドが望むのは、何でも肯定してくれる女性。
今までの教え通りに慎ましい令嬢に見えるように、サマンサはデイビッドの言う事全てを頷いて聞いていた。
交際も順調に進んで1年ほど経ったある日
そんなデイビッドの屋敷に招待されたサマンサは応接室に通された。
(今日は四阿ではないのね)
不思議に思いながらソファに腰掛けると、デイビッドは用紙の束をテーブルに投げ捨てる。
「君は孤児院によく行っているそうだね。これはその報告書だよ」
「えぇ。淑女教育の一環として、お母様に言われましたの」
報告書を読みながらサマンサは答えた。
「先日その孤児院に様子を見に行った時、私は信じられないものを見たよ」
報告書を読み終えて顔を上げると、デイビッドがサマンサを厳しい目で見ている。
「普段の君とはあまりにもかけ離れていた。君は二重人格なのか?そのような危険な女性と添い遂げることは出来ないよ」
「二重人格だなんて…、どちらも私ですわ」
孤児院の子たちは気の許せる友達で、平民。
彼らと接する態度が違うのは仕方がない。
他の人だって、家族に対する態度と初めて会う人の態度は違うでしょう?それと何が違うの?
そう思っても言えなかった。
「どちらも君…、正反対の性格の君だよ。それを人は二重人格と言うんだよ」
二人の婚約は白紙になってしまった。
52
お気に入りに追加
3,467
あなたにおすすめの小説

純白の牢獄
ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

こんな人とは頼まれても婚約したくありません!
Mayoi
恋愛
ダミアンからの辛辣な一言で始まった縁談は、いきなり終わりに向かって進み始めた。
最初から望んでいないような態度に無理に婚約する必要はないと考えたジュディスは狙い通りに破談となった。
しかし、どうしてか妹のユーニスがダミアンとの縁談を望んでしまった。
不幸な結末が予想できたが、それもユーニスの選んだこと。
ジュディスは妹の行く末を見守りつつ、自分の幸せを求めた。

もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。
君のためだと言われても、少しも嬉しくありません
みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は…… 暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました
天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。
妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。
その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。
家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。
ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。
耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる