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Ⅰ
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真面目でつまらない女
都合のいい友人
手間のかからない子供
それがサマンサ・ローレンだった。
由緒正しき…いや、それも過去の栄光。
今はもう、歴史しか誇れる物のない
そんなローレン伯爵家の次女として生まれ
古臭い教えを未だに守っているような、堅苦しい伯爵家で育って来た。
『目上の人には敬意を払って何事にも従いさない』
『女性は一歩下がって殿方について行きなさい』
『慎ましやかに「はい」と言うだけで良いのです』
こうして出来上がったのがサマンサ。
人の顔色を窺ってきたお陰か
空気を読むことも、相手が何を望んでいるのかも
すぐに察することが出来るようになっていた。
サマンサが幼い頃に一度だけ両親に我が儘を言ったことがある。
その時は頬を叩かれて、罰として部屋に閉じ込められてしまった。
「あなたも馬鹿よね。もっと要領よくしなさいよ」
姉アマンダはサマンサだけに聞こえるように笑って言う。
アマンダはくるっと振り返って
「お母様。私、この間礼儀作法を先生に褒められたの」
声色を変えて母グレイスの元へ歩いていった。
「まぁ、さすがアマンダね。何かご褒美をあげるわ」
「それなら新しいドレスが欲しいわ」
二人はサマンサには目もくれず、話しながら何処かへ移動する。
「お前はここで反省していなさい」
父アーノルドが睨みながら部屋の扉を閉めて、外から鍵をかけた。
(勉強を頑張ったご褒美に髪飾りが欲しいって言っただけなのに…。ちょっと順番が違っただけで、お姉様と同じ事をしたのに…。なんでこんなに違うの?)
罰として夕食も与えられず、その日は水を飲んで朝まで過ごした。
(みんなの望む令嬢になるわ。そうすれば文句もないんでしょう?)
相手が言う事を全て受け入れて望む言葉を返し、自分から何かを言うこともしない従順な令嬢になるとサマンサは決意する。
両親は「手間のかからない娘だ」と言って喜び、罰を与えることをしなくなった。
仲のいい友人もできて、お茶会に招待されるようになった。
これで良い。
これが一番良い解決策だった。
両親が姉だけにたくさんのドレスや宝石を買っている事も
自分だけが招待されていないお茶会がある事も
気が付いていたけど、サマンサは知らないふりをする。
サマンサが10歳になったある日、
淑女教育の一環として、グレイスに孤児院に連れて行かれた。
伯爵家の馬車に乗って向かい、孤児院に着くとサマンサだけが降ろされる。
「後で迎えに来るから、それまでここで孤児たちの世話をしていなさい」
グレイスが乗る馬車は街なかに消えて行った。
孤児院の責任者を務めるサラに案内され、孤児たちの元へ向かう。
サマンサよりも年上の子もうんと小さい子もたくさん居て、ボロボロの薄汚い洋服を着ていたけど、みんな楽しそうに笑っていた。
みんなが自分に何を求めているのかわからなくて、サマンサは戸惑った。
なんて言って欲しいの?
何をして欲しいの?
ここで何をすればいいの?
隣に立つサラに「今日はみんなと一緒に遊んでくれるかしら?」と言われるまま、サマンサはみんなと遊んだ。
それが自分に求められていることだから。
走っても怒られない。
大声を出しても、歯を見せて笑っても、部屋に閉じ込められない。
ここでは自由なんだ。
最初は遠慮がちにしていたサマンサも、最後の方には笑顔で走り回るようになっていく。
あっという間にグレイスが迎えに来て、サマンサが屋敷へと帰る時間になってしまった。
(また孤児院に行きたい)
その言葉を飲み込んで、サマンサは黙って馬車に乗り込む。
それからグレイスが何処かへ出かける日は、サマンサが孤児院に行ける日になった。
何回も通って行くうちに気が付いたこと。
みんながサマンサに求めているものは、サマンサ自身だった。
年下の子たちと走り回ったり
同じ年の女の子と色んな話をしたり
年上の子の話を聞いたり
サマンサが何をしても否定しない。
本当の友達が出来たような気がして、凄く嬉しかった。
サマンサは自分の考えや思ったことを素直に言えるようになり、孤児院のみんなには顔色を窺うこともしなくなる。
嬉しい事に、グレイスの外出の頻度が増えてサマンサが孤児院にいる時間も増えた。
でも、気を抜いてしまうとみんなといる時の自分が家族や友人の前で出てきてしまう。
この間のお茶会ではうっかり自分の意見を言ってしまって
「どうしたの?いつものサマンサじゃないみたいだわ…」
「今日のサマンサは少し様子がおかしいわ…」
と、言われてしまった。
気を引き締めないと…
サマンサが14歳になってから婚約者が出来た。
スミス伯爵家の嫡男デイビッド、16歳。
頭の良い青年で、少し卑屈っぽいところがあった。
自分の意見は絶対で、他者の意見を受け入れられない。
反論されることがあれば、正論という名の持論を振りかざし、怒鳴り散らす。
デイビッドが望むのは、何でも肯定してくれる女性。
今までの教え通りに慎ましい令嬢に見えるように、サマンサはデイビッドの言う事全てを頷いて聞いていた。
交際も順調に進んで1年ほど経ったある日
そんなデイビッドの屋敷に招待されたサマンサは応接室に通された。
(今日は四阿ではないのね)
不思議に思いながらソファに腰掛けると、デイビッドは用紙の束をテーブルに投げ捨てる。
「君は孤児院によく行っているそうだね。これはその報告書だよ」
「えぇ。淑女教育の一環として、お母様に言われましたの」
報告書を読みながらサマンサは答えた。
「先日その孤児院に様子を見に行った時、私は信じられないものを見たよ」
報告書を読み終えて顔を上げると、デイビッドがサマンサを厳しい目で見ている。
「普段の君とはあまりにもかけ離れていた。君は二重人格なのか?そのような危険な女性と添い遂げることは出来ないよ」
「二重人格だなんて…、どちらも私ですわ」
孤児院の子たちは気の許せる友達で、平民。
彼らと接する態度が違うのは仕方がない。
他の人だって、家族に対する態度と初めて会う人の態度は違うでしょう?それと何が違うの?
そう思っても言えなかった。
「どちらも君…、正反対の性格の君だよ。それを人は二重人格と言うんだよ」
二人の婚約は白紙になってしまった。
都合のいい友人
手間のかからない子供
それがサマンサ・ローレンだった。
由緒正しき…いや、それも過去の栄光。
今はもう、歴史しか誇れる物のない
そんなローレン伯爵家の次女として生まれ
古臭い教えを未だに守っているような、堅苦しい伯爵家で育って来た。
『目上の人には敬意を払って何事にも従いさない』
『女性は一歩下がって殿方について行きなさい』
『慎ましやかに「はい」と言うだけで良いのです』
こうして出来上がったのがサマンサ。
人の顔色を窺ってきたお陰か
空気を読むことも、相手が何を望んでいるのかも
すぐに察することが出来るようになっていた。
サマンサが幼い頃に一度だけ両親に我が儘を言ったことがある。
その時は頬を叩かれて、罰として部屋に閉じ込められてしまった。
「あなたも馬鹿よね。もっと要領よくしなさいよ」
姉アマンダはサマンサだけに聞こえるように笑って言う。
アマンダはくるっと振り返って
「お母様。私、この間礼儀作法を先生に褒められたの」
声色を変えて母グレイスの元へ歩いていった。
「まぁ、さすがアマンダね。何かご褒美をあげるわ」
「それなら新しいドレスが欲しいわ」
二人はサマンサには目もくれず、話しながら何処かへ移動する。
「お前はここで反省していなさい」
父アーノルドが睨みながら部屋の扉を閉めて、外から鍵をかけた。
(勉強を頑張ったご褒美に髪飾りが欲しいって言っただけなのに…。ちょっと順番が違っただけで、お姉様と同じ事をしたのに…。なんでこんなに違うの?)
罰として夕食も与えられず、その日は水を飲んで朝まで過ごした。
(みんなの望む令嬢になるわ。そうすれば文句もないんでしょう?)
相手が言う事を全て受け入れて望む言葉を返し、自分から何かを言うこともしない従順な令嬢になるとサマンサは決意する。
両親は「手間のかからない娘だ」と言って喜び、罰を与えることをしなくなった。
仲のいい友人もできて、お茶会に招待されるようになった。
これで良い。
これが一番良い解決策だった。
両親が姉だけにたくさんのドレスや宝石を買っている事も
自分だけが招待されていないお茶会がある事も
気が付いていたけど、サマンサは知らないふりをする。
サマンサが10歳になったある日、
淑女教育の一環として、グレイスに孤児院に連れて行かれた。
伯爵家の馬車に乗って向かい、孤児院に着くとサマンサだけが降ろされる。
「後で迎えに来るから、それまでここで孤児たちの世話をしていなさい」
グレイスが乗る馬車は街なかに消えて行った。
孤児院の責任者を務めるサラに案内され、孤児たちの元へ向かう。
サマンサよりも年上の子もうんと小さい子もたくさん居て、ボロボロの薄汚い洋服を着ていたけど、みんな楽しそうに笑っていた。
みんなが自分に何を求めているのかわからなくて、サマンサは戸惑った。
なんて言って欲しいの?
何をして欲しいの?
ここで何をすればいいの?
隣に立つサラに「今日はみんなと一緒に遊んでくれるかしら?」と言われるまま、サマンサはみんなと遊んだ。
それが自分に求められていることだから。
走っても怒られない。
大声を出しても、歯を見せて笑っても、部屋に閉じ込められない。
ここでは自由なんだ。
最初は遠慮がちにしていたサマンサも、最後の方には笑顔で走り回るようになっていく。
あっという間にグレイスが迎えに来て、サマンサが屋敷へと帰る時間になってしまった。
(また孤児院に行きたい)
その言葉を飲み込んで、サマンサは黙って馬車に乗り込む。
それからグレイスが何処かへ出かける日は、サマンサが孤児院に行ける日になった。
何回も通って行くうちに気が付いたこと。
みんながサマンサに求めているものは、サマンサ自身だった。
年下の子たちと走り回ったり
同じ年の女の子と色んな話をしたり
年上の子の話を聞いたり
サマンサが何をしても否定しない。
本当の友達が出来たような気がして、凄く嬉しかった。
サマンサは自分の考えや思ったことを素直に言えるようになり、孤児院のみんなには顔色を窺うこともしなくなる。
嬉しい事に、グレイスの外出の頻度が増えてサマンサが孤児院にいる時間も増えた。
でも、気を抜いてしまうとみんなといる時の自分が家族や友人の前で出てきてしまう。
この間のお茶会ではうっかり自分の意見を言ってしまって
「どうしたの?いつものサマンサじゃないみたいだわ…」
「今日のサマンサは少し様子がおかしいわ…」
と、言われてしまった。
気を引き締めないと…
サマンサが14歳になってから婚約者が出来た。
スミス伯爵家の嫡男デイビッド、16歳。
頭の良い青年で、少し卑屈っぽいところがあった。
自分の意見は絶対で、他者の意見を受け入れられない。
反論されることがあれば、正論という名の持論を振りかざし、怒鳴り散らす。
デイビッドが望むのは、何でも肯定してくれる女性。
今までの教え通りに慎ましい令嬢に見えるように、サマンサはデイビッドの言う事全てを頷いて聞いていた。
交際も順調に進んで1年ほど経ったある日
そんなデイビッドの屋敷に招待されたサマンサは応接室に通された。
(今日は四阿ではないのね)
不思議に思いながらソファに腰掛けると、デイビッドは用紙の束をテーブルに投げ捨てる。
「君は孤児院によく行っているそうだね。これはその報告書だよ」
「えぇ。淑女教育の一環として、お母様に言われましたの」
報告書を読みながらサマンサは答えた。
「先日その孤児院に様子を見に行った時、私は信じられないものを見たよ」
報告書を読み終えて顔を上げると、デイビッドがサマンサを厳しい目で見ている。
「普段の君とはあまりにもかけ離れていた。君は二重人格なのか?そのような危険な女性と添い遂げることは出来ないよ」
「二重人格だなんて…、どちらも私ですわ」
孤児院の子たちは気の許せる友達で、平民。
彼らと接する態度が違うのは仕方がない。
他の人だって、家族に対する態度と初めて会う人の態度は違うでしょう?それと何が違うの?
そう思っても言えなかった。
「どちらも君…、正反対の性格の君だよ。それを人は二重人格と言うんだよ」
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